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19012001
pixivファンタジアキャラアイデア練り。
キャラクターシートの案。
1ページ漫画みたいにユーモラスな場面を切り取って描くつもりだったけどいい案が浮かばないので別の角度で。

はがね人ナカヨシでテーマにしたいのはドライな思考方法。
人間だったら生の欲望や感情がある。しかし、通常の人間は通常時それが露出しないように精神を整えて(抑圧して)いる。
でも人間は完全ではないので色々なきっかけで生の感情が露出する。



では感情のコントロールが完璧な人間だったらどうなるか。われわれの精神や感情のコントロールは完全を目指して行われているはずで、じゃあそれが達成されたらどういう感じになるのか。
それをシミュレートするキャラにしたい。

完全にコントロールされた精神。ドロドロがない。



なんだけど、そんなテーマをキャラクターシートで表現できるわけがない。

キャラクターシートはひたすら絵的な面白さに沿って発想すべきな気がする。つまり、私の苦手分野というか力の入れ方すらろくにわからない分野だ。うーん。

そうだな。どうせ情報量の多いいかっこいいキャラシは描けないんだからさっさとでっち上げてマンガのエピソードとかマスコットキャラを付けるかとかそういうところにパワーを使ったほうがいいな。情報量の極めて少ないキャラシになり、それで良い。

---



こんなもんか。こんなもんだな。
| マンガについての考えごと | 20:17 | - | - | permalink |
19011901


pixivファンタジアLSのキャラ。
はがね人の賢者ナカヨシ。
キャラの膨らみの最初のイメージが上記のようなものだったのでさっさと描いた。
これをもとにキャラシを描こう。何かごく他愛のないもので迷ってたり考えていたりする図になると良い。おやつに迷うというのがいいと思ったんだけどマンガで描いちゃったので別のがいいな。よく迷うものというと…服装? アクセサリ? おにぎりの具?
| マンガについての考えごと | 23:53 | - | - | permalink |
19011701
考えよう。
pixivファンタジアのキャラのアイデアが出たので練ってみる。
今まで念頭に置いていたのは「僧侶提督」というアイデアだったけど別のものを。

はがね人の賢者。
もしくははがね人の哲学者。
もしくははがね人の宗教家。

とにかくはがね人×考える人という組み合わせ。

はがね人。体が鋼鉄でできた種族だという。Jさん(pixivファンタジアの企画者)のことだからはがね人の設定は参加者各々が考えねばならないのだろう。

はがね人のように考えるとはどういうことだろうか。はがね人らしい考え方とはどういうものだろう。
おそらくそんなものはないのだ。人間だって千差万別のことを考えてるんだから種族が変わろうが変わるまいがみんなバラバラなことを考えている。
ただ、種族を変えることで「どういうふうに考えるだろう」というふうに思考を相対化できる気がする。

種族が違うから我々と違うふうに考えるのではない。我々はもともとみんな違うふうにしか思考しないのだ。



はがね人の哲学者キャラは作中でどんな運動をする? 生きる目的は?
今回のPFは戦争回。三国が土地を巡って戦うことになるだろう。
我がはがね人はどう関わる? 何を見出す?
詩と経済の話を持ってくる?
長生きしてるから戦争の勝ち負けなんてどうでもいい? どうせ誰かが勝ち誰かが負け、勝ったものもいつか滅びる。戦争なんかどうでもいい。
が、戦争をするたびに多くの不幸が生まれる。はがね人は強いし長生きなので弱くてすぐ死ぬ種族を守ってあげねばならない。こうかな?

イメージしてるはがね人ナカヨシは尊大さをギャグにする感じ。
「はがね人は完全無欠の判断力を持っているからおやつ選びに迷ったりなどはしない」
「…」
「やっぱりこっちのモンブランに…」
みたいな。

だから「強くて長生きのはがねびとが弱くて寿命の短い種族を守ってあげないとね」と言いつつ活躍できないとかそういうギャグになるんじゃないか。
そうか。フェアネスの精神。公平。恵まれているものが多く与えねばならないと考えていて、自分が恵まれている「持つもの」という自覚があり、だから周囲にそれを再配分して公平な世界を作ろうとしている。
なので性能がすごくいいはがね人であって良いな。空飛んだり変形したりレールガン撃ったりする。

いい気がする。この路線かな。平等公平主義者のはがねびとの哲学者… やはり賢者かな。はがね人の賢者ナカヨシ。だから強い種族には冷たくて弱い種族には優しい。
| マンガについての考えごと | 22:26 | - | - | permalink |
19011601
考え事。

アントマンだ。




マーヴェル映画のアヴェンジャーズ公式ツイッターアカウントがやっているキャンペーンで、フォローしてリツイートすると自分の過去のツイッターのつぶやきから自分のヒーロータイプを診断してくれるというもの。新作映画のプロモーションですね。

で、私の結果はアントマンだった。
この結果について私の反応は「ふーん」という流れたものではなく「そうか…! アントマン… そうか!」という感銘を含むもので、この結果は発見を与えてくれるものだった。

アントマン。
* 最強というわけじゃない
* けど他のヒーローができないことができる
* 実力で上回る戦略ではなく起点とアイデアで問題を解決する

チカラではなく工夫で問題に対処する態度がとても良く、自分のマンガのヒーローにも活かせるではないかと感じた。

でもアントマンの「小さくなる」能力そのものが欲しいわけではないんだよね。つまり、ブルーオーシャンで活躍する能力があれば良い。

アメコミ能力で好きなもの。
* テレパス能力(プロフェッサーX)
* レーダーセンス(デアデビル)

能力は知覚系のものに寄っている。

アメコミキャラで好きなもの。
* プロフェッサーX
* デッドプール
* キャプテン・アメリカ
* アントマン

特に統一感があるわけではない。

ヒーローズアンドヴィランズのナカヨシにアントマン的な能力を付与できないかな。
でもあいつにはすでに能力が複数ある(ミュータントのテレパス能力に、憑依してる宇宙馬の能力も)んだよね。
能力を増やすことではなく運用でアントマンのようにブルーオーシャンで勝負する工夫ができればいいんだな。

でもpixivファンタジアが控えているからヒロヴィラ考えてる場合ではないだろうな。
pixivファンタジアでアントマンをやる? 僧侶が良かったのでは? すると命の宿った仏像で大きさを変えられる?
僧侶でなければ… サムライ? つまり美学で生きている存在。詩人や騎士でもいい。商人や傭兵はふさわしくない。西部のガンマンもなんかそういう感じではない。
| マンガについての考えごと | 23:20 | - | - | permalink |
19011501
ひとと話をすることを通してむしろ自分についての理解が深まるということがある。

最近認識した自分の特徴はドライであるということだ。
* 生きがいや幸福について他人という要素をなるべく排除している
* 他人を必要としないことに価値を置いている
* 他人に期待せず、他人に求めないことを良いことだとしている

創作についての話になったとき。
私は「仮に他人からのフィードバックがゼロでも描き続けられるようでありたいのでフィードバックから受け取る喜びなんかは少ないほうだ」という話をした。
友人殿は「人から認められることが生きがいのサイクルに入っている」と言っていた。作品を通して同じ気持ちを共有できたら嬉しいと。

私には人間的な感情みたいなものをなるべく薄めて生きたいという方針もあり、これもドライさということだ。
つまり、「ウェットなこと」「ドロドロしたこと」をイヤなことだとしている。厳密にいうと自分のウェットなところや自分のドロドロした感情に出会いたくないということだ。

他人から見た時に妖精や爽やかな風のような存在として見えるように生きたいらしい。
ねとねとしたタール溜まりのようではなく。
メアリー・ポピンズのような…

つまり、私はかなり冷淡だということだ。その辺をマンガのナカヨシの描き方にうまく適用していければいいね。
西部劇のガンマンのようなのがいい。盗賊に襲われて困っている街にガンマンがふらりと現れて、街を救っていく。街の人々とも仲良くなってきたところで、街に残るように言われる。でもサラリと去っていく。

水が土地に染み込むようにではなく、風が森を撫でるように生きたいと。

そういうのがいい。

今日はこの辺で。
| マンガについての考えごと | 00:32 | - | - | permalink |
19011403
メモ:
「共感してほしい」
「私はきっと共感されない」

「寂しい」
という構造。

寂しさとはなにか。
寂しさの解決条件はなにか。

---

ファンタジーでやるなら寂しさの表現は簡単かもしれない。希少種族がいて、仲間に飢えており、仲間を見つける。
しかしこの場合は象徴で表現することで削り落とされるニュアンスのところに関心を持ちたい。

「共感してほしい」という欲求はその文言自体にではなくてその背景にある動機を探らないといけないのかもしれない。
自他とが一致して欲しいということ…?
わかってほしいという欲求は何をモチベーションにしているか。
その原型を幼児が母親に訴える泣き声だと空想してみてはどうか。するとそれは生存の基礎にまで影響が及ぶ。うーん。
| マンガについての考えごと | 00:38 | - | - | permalink |
19011402
現実世界の話。
女性の友人ができた。
私は39年間生きてきて彼女ができたことがないんだけど、今もできていない。
なんだけど、女性の友人ができた。
ことさらにこのブログに書くのはこの友人関係がユニークなもので、「双方の合意したルールに基づいて運用しよう」という話から出発していることによる。
双方の念頭にあるのは、マンガなんかでたまに見かける「付き合うわけじゃなく人工的に創出した定義によって異性間友人関係を運用する」というもの。双方ともそういうのを求めており、じゃあわれわれでやってみるかと面白がって合意に至ったという経緯。

ここ数日、「実存的な関係」について考えてたのは上記が理由。
で、このモチーフ、つまり「既存の社会規範にとらわれずに構築した関係」という件について、現実世界で接する幸運に恵まれたので、このモチーフは私がマンガで取り扱う資格を得たということだと考えたい。

現実での体験に由来するモチーフというものがあって、たとえば私のいつもの主人公のナカヨシは自分自身をモデルにしている。現実とのリンク。
私の脳内嫁という位置づけの「えりかさん」というキャラは、現実世界に対応物を持っていない。もし仮にこのキャラを作った当時私にお付き合いしている女性がいればその人をモデルにキャラ造形をしたと思うんだけど、そういう機会には恵まれなかったので自分の脳内検索のみで作られたキャラになった。

手塚治虫は医師の免許を持っているので医学ものを描く資格を高い度合いで持つ。
映画『Xメン』の監督をした映画監督ブライアン・シンガーは同性愛者(だという話)で、Xメンがミュータント差別社会で抑圧されているというのは同性愛者が現実世界で抑圧されているというのを象徴させて描いているという。

というふうに、現実世界での体験に根ざすモチーフはその作者にとって重要な手札になると考えている。



幸運にも現実世界で「異性の友人とルールを設けて関係を運用する」という機会を得られたので私のマンガの手札としたいという運び。

ではマンガに具体的にどう落とし込むかという課題を考えている。
この路線の話だとむしろファンタジーは向いてない気がする。つまり、常識的に社会に共有されている男女関係のフォーマット(交際する→結婚する→家庭を持つ みたいな流れ)が存在していることが必要で、ファンタジーにしてしまうとそういう習慣がその世界には存在していない可能性があるため。
現実世界を舞台に描くのに向いている。するとやはり過去に描いた作品でモデルになるのは『ノーブレイン』だな。

物語の構造から作るというのと違う手順が必要な気がする。うーん。

主要な課題としつつ一旦棚上げ。手法のヒント探しからになるんじゃないかな。




今日は映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見てきた。件の友人と。
伝記映画は劇映画と違って物語の構造がしっかりしていないものが普通なんだけど、今作は物語が構造的になるように設計されていた。
つまり、救いを必要とする魂として主人公のフレディ・マーキュリーがおり、彼の魂の救済を核としたお話になっている。
フレディー・マーキュリーの魂を救済する手の差し伸べ主はたくさんいる。
* 実の家族
* 疑似家族としてのバンド・Queen
* love of my life のメアリー
* ゲイであることを自覚してからのパートナー・ジム

で、救済されたものが最強であるという法則に則っている。作中での最強の存在はフレディ・マーキュリー。からくりサーカスでの最強の存在が最初のエピソードでは守られる対象だった少年であるのと同じ法則。

フレディ・マーキュリーの抱える危機は二段構えになっていると思う。
* 国籍や出身文化というアイデンティティのゆらぎ
* ゲイであるというセクシュアリティの問題

自分の名前を法的に変えてしまうというのは前者から来ていて、メアリーと破局してしまうのは後者から来ている。
なんだけど、映画を見ても彼のピンチがあまり感じられない。理解者は周囲にたくさんいるのに自ら手放してピンチにハマっていくというように見える。

例えば似たような「救いを求める魂」であるジョン・レノンだったら、「母に捨てられる」「父が蒸発する」と言ったようにもっとわかりやすいピンチの要素がある。


作中で私が注目していた登場人物がギターで天文学者のブライアン・メイで、彼はクイーンというフレディ救済疑似家族のホスト的な立場にいる。クイーンをあたたかい家庭に保つための支柱だ。作中でも穏やかで優しい人物として描かれる。こういうポジションが好きだ。


明日からまた仕事か…
pixivファンタジアも考えねば…
| マンガについての考えごと | 23:01 | - | - | permalink |
19011401
pixivファンタジアキャラ練り。
これ設定だけじゃなくてデザインラフを同時に進めるべきなのかもしれないな。

最近ニンテンドースイッチでディアブロ3をやっていて、モンクを使ってる。
『邪竜の翼』では主人公は僧侶で、拳法と棒術も使った。戦える僧侶。モンクだ。
ということでモンクにする? 戦えるけど強さを伸ばすことが本質ではないので雑魚には勝てるが気合の入った敵には勝てない程度の強さ。

船窓寺のアイデアをどうするか。採用する? 採用するかどうかで迷ってるよりさっさと資料集めるなりして実現容易性を高めておいた方がいいかもしれないな。
棒術を使うモンク。棒は先端がデッキブラシになっていて、甲板掃除が鍛錬を兼ねているとかどうだろう。
船窓寺はひとつところにとどまらない。これは諸行無常の教えと整合性がある。ヌネからの景色がいつも同じとは限らないように、万物は諸事いつも同じとは限らない。
海の表情も凪ぐときもあれば荒れるときもある。いつも同じとは限らない。

帆船? 外輪船? 船の生き物(シードラゴンのような)が曳航する?

マスコットキャラクターの系譜で海のドラゴンを出してそれに引かせようかな。帆や外輪を描くのはかなり大変。
寺の本尊は? いや そんなものいらないか。この地球と海自体が本尊なのであって人工物という劣化版に象徴させる必要はない。するとこれは寺というよりは神社に近くなる。船窓神社? そこは船窓寺のほうがゴロがいいな。
| マンガについての考えごと | 09:53 | - | - | permalink |
19011301
考え事。
関係の実存。
実存的関係。
恋愛漫画に隣接するジャンルになってくる。

一対の男女がいるとして、その理想の関係というテーマ。
人間は千差万別なので関係のあり方も千差万別のはず。
恋愛という先入観があり、これが抑圧としての枠組みとなる。それを乗り越えていく。
雛形が既存の社会に準備されていない関係を構築するという課題。

「村上春樹あたりの小説に出てきそう」という連想なんだけど、主人公の男性の女友達として美女が出てくるとする。別に恋人というわけではないが、社交的なだけの間柄ということでもなく、より親しい。そんな相手がいたらいいなあと思わせるような異性の友人。そういうモチーフに注目している。

恋人ではない形態での深い異性関係。それは可能か。それはどう構築し、どう運営するのか。

そういう関係が描かれるとかなりぐっとくるいいマンガになると思う。『ノーブレイン』はそれを目指したもの。『恋は光』の秋枝先生の作品からも感じる面白さじゃなかったかな。

お話を具体的に想像すると、発生エピソードと運用エピソードとの2タイプになりそう。そもそもそういう関係がどうやって始まったのかというところと、その関係が運用されているのを見せるところ。おそらく運用エピソードを描いて「なんかこいつらの関係いいな」と読者に思わせ、前日譚として発生エピソードを描くという順序だと効果的な気がする。


一旦立ち止まってこの着想の基礎の部分をチェックする。
私のマンガの目指すところは「読んだ人に生きるエネルギーを供給する」というものであるはずだ。この着想はそれに沿っているだろうか。
ターゲットの読者は、恋愛とか恋人関係みたいな社会にコンセンサスとして存在しているフォーマットに対して違和感を感じる人間たちになりそう。私自身も該当するはずだ。
男は男らしく、女は女らしく、という「らしさ」を求めることは抑圧であり、最近はそんなものは古い考えだとされて手放されてきている。自由が拡大していていいことだ。
で、同性愛も社会が受け入れる度合いが拡大してきていると思う。つまり、個人についても2者間関係についても、多様性が受け入れられ始めている時代だと言えるんじゃないか。当事者ではないので雰囲気しか感じられないが。実際にはまだまだ抑圧的な社会なのかもしれないけど。

2者間関係のさらなる模索。
こういう関係もありだよねということを示すことで共感を感じてもらい、それによって生きる活力にしてもらおうという狙いかな。

うーん。
好きという「感情」よりも理解という「知性」を重んじる態度。

理解されにくい感受性を持った魂があるとする。
それを理解するものと出会うとする。
すると両者間には美しい関係が構築されるのではないか。

「理解しがたい事柄を理解する」。ここで言う理解しがたい事柄というのは個人の特性。個人の差異。
理解されにくい個人と理解力のある個人との特別な友人関係。モチーフ。
既存の「あるべき関係の形」というのがあるが、それにとらわれない。既存の枠がむしろ邪魔になる。

ノーブレインのバリエーションのような会話劇になるんじゃないかな。どこで何をする? クレープ屋でクレープを食べる? このパターンだといつも飲食店で食事することになってしまうんじゃないか。会話シチュエーション自体に面白さを出すには? 卓球させる? カードゲームで対戦? でもレザボアドッグスでもパルプフィクションでも飲食店で会話するというのはごく自然なシチュエーションで別に避けなくてもいいのかもしれない。

会話劇。うーん。秋枝先生のマンガでも読んで脳をこっちに寄せておいたほうがいいかなあ。
| マンガについての考えごと | 18:59 | - | - | permalink |
19011201
なんか考えよう。

ちょっとしたきっかけで自分のマンガ『ノーブレイン』を読み返したんだけど、面白い。さすがわしだ!面白いマンガ描くじゃないか。

で、ああいうのいいなあと感じる。つまり、別に付き合っているわけではないんだけど仲の良い男女。

契約結婚という概念があり、哲学者のサルトルと作家のボーヴォワールとの間で実施されたとのこと。

昨晩の考え事で恋愛という概念は自分のマンガの領域ではないと判定した。恋愛というのはその内容の型がすでに決められている。従うべきフォーマットがあるという点を重く見ればそれは一種の抑圧なのではないか。
男女の一対がいるとして、しかし人間の内容は千差万別なので、その両者間で成立し得る関係の最良の形もまた千差万別(よりももっと種類が多い)であるはず。
サルトルたちが契約結婚という形を実施したのはその模索だったのだと思う。

あっ!そうか!これも実存の話だ!

つまり、私のマンガでは抑圧が悪で実存が正義である。自分で自分を定義せよ。
同様に、人間関係においても「既存の形にとらわれずに独自の形を模索する」ことが正義である。個人の実存を関係の実存にスライドさせるとそういうテーマになる。

この着想でアイデア出せないかな。
すると、これは戦いの話ではなく男女のお話になるな。恋愛ではない形を模索するチームになる。
それをうまく表現するには… ノーブレインのときの二人をシリーズ化する? ただあれだとナカヨシの一人称が例外的に「俺」だからそこが嫌なんだよね。別のシリーズにしてもいいか。

恋愛ではない不思議な関係を構築するお話。うーん。それこそサルトルとボーヴォワールのエピソードを調べるべき?

ま、いいや。ヒントの候補。
| マンガについての考えごと | 00:33 | - | - | permalink |
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