Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

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18012101
アイドルもののマンガを描くと、重要要素であるはずの楽曲がオミットされてしまう。著作権の問題で。
音楽へのあこがれが昔からあるんだけど学習コストが高すぎるので来世まではノータッチだなと思っていたんだけど、新しいことを始めるということをここ数年やっていないので、気が向いたのでちょっと音楽の勉強をしてみようと思い、入門書を買ってきた。

ものになるところまで継続できるかは別として、目標は以下。
* オリジナルの歌を作詞したい。
* オリジナルの歌を作曲したい。
* DTMソフトを作って最低限の音数の音源データを作れるようになりたい。
* 音声は保留(やっぱりボーカロイドなのかな?)

つまり著作権が自分にあるような歌を作ることが目標。それならマンガに出せる。
すごい曲を作れる必要はないし色々な曲を作れる必要もない。自分なりのワンパターンみたいなのが見つかると嬉しい。陳腐な作品で良い。

過去に一切楽器をやっていないので音楽的素養はゼロなんだけど、まあ結果は期待せずとりあえず入門書に目を通してみよう。全く無理だという結論に達しても勉強にはなる。

まだ読み始める前の現時点での着想をメモっておく。
作詞についてはマンガのストーリーを考えるときの方法から応用が効くように思われる。
理論が考えられる気がする。
別に世界に存在するすべての歌を説明しきれるような理論を打ち立てる必要はなく、極めて限定された・自分が使う場合にしか役たたない・しかも出力される歌詞がワンパターンになるような理論で良い。
マンガのお話で言えば、核となるテーマなりメッセージなりがあり、それを表現するように出来事や世界観を設計していく。テーマやメッセージを根とした樹形型の発想法。
歌詞についても同様に樹形型に発想できるんじゃないだろうか。
テーマなりメッセージなりがあり、それを表現するフレーズがあり、そこに関連するように周囲のフレーズが発想されていくと。

例えばスティングの「Englishman In New York」。
中心的メッセージは「Be yourself no matter what they say」ということだ。
それを具体的な状況として説明する歌詞が肉付けされていく。
* I don't take coffee, I take tea
* I'm an Englishman in New York

核心があって肉付けがある。
核心となるメッセージがあって、それを具体的にどういうシチュエーションで語るかという戦略があって、それが骨組みになる。
* 一人称で語る
 スティングの「Englishman In New York」
* 三人称で語る
 デビルマンの主題歌「デビルマンのうた」
* 視聴者に語りかけるように語る
 プリパラ主題歌の「make it」
* 物語として語る
 ピーター・ポール・アンド・マリーの「パフ・ザ・マジックドラゴン」
* 飲み屋での駄話のように語る
 エレファントカシマシの「ガストロンジャー」
* 特定の対象に語りかける
 ガンダム主題歌の「翔べ!ガンダム」

小学校中学校で教わった音楽の知識を思い出すに、曲にはハ短調とかの調子と、何分の何拍子という拍子があったはず。
調子がおそらく、その曲が基本的に使っている音の幅と、「明るい」「暗い」といったニュアンスのベースを持っていたんじゃなかったかな。
拍子がリズムを定義しているものなら早い遅いがあるはず。

つまり、「こういう感じの歌を作りたい」という構想があるとき、パクリ元の歌を指定してその歌の調子と拍子とを借用すれば基本的なニュアンスは近くなるんじゃないかということだ。
例えば私はカラオケでは「翔べ!ガンダム」と「宇宙戦艦ヤマト」しか歌わない。これらの調子と拍子とを調べるとする(一致はしないかもしれないけど)。で、作詞作曲の最低限の能力を得たとして、その調子と拍子とを拝借して歌を作れば自分がカラオケで歌えるような歌になる可能性は高いんじゃないか。


歌をメッセージなりテーマなりから作るとして、曲の方も理論を学べば枠組み(調子と拍子)を選択することは可能になる気がする。
自分のマンガのアイドルに歌わせたい歌が「女児を元気づける歌」だとする。
その歌が備えるべき曲の側の要素は以下のようになると思う。
* 明るい(長調ということなのか?)
* 女児が歌えるようにということは高めの音域(ヘ音記号ではなくト音記号の楽譜で書かれるべきということ?)
* 元気が出るように早めのリズム(早めの調子ということ?)
そうするととりあえず何長調(短調)で何分の何拍子というところまでは頭で考えて導き出せる気がする。
ただその後結局メロディを脳内で作れということになるだろうから、私の適性ではその時点で挫折する可能性は高い。

まあ何にせよ取り掛かる前の脳内地図はこんな感じ。

ゲームやってないで買ってきた本を開かないとね。


---
今読んでる本は以下のもの。



内容は義務教育の音楽の授業でやったものとかぶっている。
ということは義務教育の音楽の授業でやった知識分野を「楽曲」というのか。これは西洋音楽の楽譜の記述方法の基礎ルールということらしい。
この知識はかなり面白い。音楽というものをいかにして記録するかということを人間の知能を傾けて体系化しようとしている。言葉に出来ないものを言語化しようという知的なチャレンジの結晶だ。


拍子のところを読んで、これは音楽理解の基礎になるんだなというのがわかった。
フレーズの中で強いタイミングをひろうと拍子がわかると。

もぇ「あ」がーれー もぇ「あ」がーれー もぇ「あ」がーれー ガン「ダ」ムー
イチニイサンシイイチニイサンシイのリズム。「」がイチの場所。
どうも4分の4拍子らしい。4分音符4つが基本リズム。

宇宙戦艦ヤマトはどうか。

さら「ば」ー ちきゅう「よ」ー たび「だ」ー つふね「は」ー
イチニイサンシイイチニイサンシイのリズム。「」がイチの場所。
どうもやはり4分の4拍子らしい。4分音符4つが基本リズム。

ということは自分がカラオケで歌いやすい歌を作ろうと思ったら拍子の第一の選択肢は4分の4拍子になるということか!

理論を学ぶのは楽しい。物語構造論の本を読んだりプログラミングを身に着けたりするのと通じるところがあるんだろうね。
どうも「翔べ!ガンダム」と「宇宙戦艦ヤマト」とが私にとって特に重要な楽曲みたいだからこのふたつの楽譜が載っている本を買うべきだな。プリパラの「make it」が載ってる楽譜は今日見かけたのでついでに買ってあるのだ。… make it も多分4分の4拍子だな。しかし拍子記号が書いてない。必ず書かないといけない記号というわけではないのか。書いて!
| 音楽 | 19:01 | - | - | permalink |
18012001
アイデア練り。

第二話で姫様を味方にするのではなくておっさんプロデューサーに抑圧されたアイドルを解放する話を先にやってはどうか。

つまり、姫様が家のルールと戦うという筋にあんまり熱意が刺激されない。
一方でおっさんプロデューサーによる抑圧と戦うというほうのテーマには魅力を感じる。

問題を発生させ、それをステージライブで解決する。
抑圧的プロデューサー問題を具体的にどう問題化させるか。

---

脳が自分のマンガのアイデア練りに集中してくれないので雑記をダラダラと書いて脳の回転数をあげるところまで後退しよう。

今日見た映画。
* バーフバリ 伝説誕生
* ゴジラ 怪獣惑星

[バーフバリ 伝説誕生]
私のツイッターのタイムラインで今公開中の『バーフバリ 王の凱旋』の評判が極めて高い。
じゃあ一作目から見てみるかということで借りてきたもの。
私としては普通におもしろいけどハマるというほどではなかった。第二作目も少ない上映館をわざわざ探してまでは見に行かなくていいやという感想。
細かい描写は色々工夫があるし景気が良いんで見ていて楽しんだけど、物語の構造としてはシンプルな貴種流離譚である。
特別なメッセージや思想を持った構造をしているということではない。
例えば私のツイッター上で似たようなフィーバーの仕方をした『マッドマックス怒りのデスロード』なら、虐げられている弱者が自らの尊厳を守るために戦うというテーマが物語の構造に組み込まれていた。そこに大きく惹かれた。
例えばクエンティン・タランティーノの『ジャンゴ つながれざるもの』なら、やはり奴隷という虐げられたものが尊厳のために戦う構造だし、ジャンゴのメンター役となるドクターキングシュルツが知的で冷静で(アメリカ民主党的な意味での)リベラルな人物でこのキャラに特に強く惹かれた。
バーフバリは今のところ私の琴線に触れるようなテーマ性なりメッセージなりを見出しかねていると。なので「普通の映画」。

[ゴジラ 怪獣惑星]
とても素晴らしい。
シン・ゴジラという大傑作の記憶もまだ真新しい時期にあえてさらにゴジラに挑むそのチャレンジ精神が素晴らしい。シン・ゴジラを超えないといけないと考えてしまったらこの先50年位はゴジラの新作が作られないかもしれないというところに真っ先に次のゴジラが映画で出たので後世に与える影響は大きくしかも好ましいものだと思う。
内容そのものは私向けではなかったようで、前半の説明パートは退屈で度々止めてはゲームやったりしながら見て、後半のクライマックスのアクションシーンは半分ウトウトしながら見ていたらしくいつの間にか終わっていた。
ハリウッド版のゴジラ(2014)もクライマックスのゴジラ対ムートーの戦いのところは寝てしまっていたので、どうもゴジラ映画との相性が良くないらしい。しかしゴジラ第一作目やゴジラ対ヘドラやシン・ゴジラなんかは大好きなので新作のゴジラとの出会いがうまくいかないケースが多いという程度か。

ゴジラ怪獣惑星が私向けでないと感じた点はなんだろう。
【以後ネタバレ注意】

地球を怪獣に奪われた人類が異星に新天地を求めたが適した星が見つからず再び帰還、という設定がまだるっこしいし、その設定が現代の何かしらかの状況を表現しているということでもない。設定のためだけの設定にしか感じられず、自分には関係ない話だなと冷ややかな気分になってしまう。

…上記に尽きるか。
私が怪獣に求めている要素は第一に象徴性であるらしい。
第一作目のゴジラは戦争や核兵器の象徴だ。まだ戦争の記憶の新しかった時代に作られた、人類が直面した巨大な脅威の象徴。
ヘドラは直接的に公害を表現したもので、人間の愚かさが生み出した怪獣だ。恐るべき酸をもって、上空を飛んだだけで地上の人間をバタバタと殺していく。
つまり人間や社会や歴史と密接に結びついている。その関係が考えるべきテーマになってそこに惹かれる。
じゃあシン・ゴジラはなんの象徴だった? シン・ゴジラ自体は何かの象徴だったという印象ではないな。
その代わり人間の側の対応の現象がよく描かれていて、そっちに関心のメインがあったかもしれない。「日本っぽい」「現実にはこんなにうまくは行かない」「いや綿密に取材されてるからこれは立派な現実シミュレーションだ」と議論も呼んだ。やはり「いま・ここ・自分」との深い関係があるところが魅力なのだ。

怪獣惑星は、宇宙に行ってワープを繰り返すことでウラシマ効果とかの影響で主人公たちが地球に返ってくる頃には地球は二万年くらい時が経っている。
さらには、地球外の知的生命体が地球人に協力をしているんだけど、この宇宙人たちもやはり設定のための設定でしかなくて現代社会の何かしらかの対応する事象を表現しているわけではないので「どうでもいいしなんなら要らないのでは」と感じた。
いま・ここ・自分、いずれとも断絶されている。
興味が持てないから寝てしまったということですね。


プリパラの話。
相変わらずプリパラアニメを観進めている。いま34話まで観たのかな。
面白い。

テーマや哲学性がしっかりしてる。世界観やお話の構造にしっかり組み込まれている。その辺が私向きだ。
アイドルアニメはやはりツイッターのタイムラインの影響でアイカツを先に見てそれから派生でプリパラにもやってきたんだけど、どうもプリパラのほうがより私向けらしい。アイカツも非常に好きな作品なんだけどプリパラのほうがより私のアンテナとのシンクロ率が高いらしい。

今日見ていた回では、ボーカルドールのファルルがお目付け役のマスコットの命令を破ってらぁらとスカイプみたいなのをやって現実世界のことを教えてもらうという内容だった。
プリパラの思想には一貫性があり、その主要な要素のひとつが「解放」だ。
姉や親衛隊に依存していたそふぃが自立性を獲得する。
作ったキャラではダメなのではないかと悩んでいたみれぃが、プリパラでの姿も本当の自分の姿であると悟る。
プリパラ禁止を唱え続けてきた校長先生が自らの過去のトラウマを乗り越えてプリパラ禁止を解き自らもプリパラに復帰する。
自己を解放してハッピーになって輝こうというのが一貫した姿勢だ。そこがよい。
メッセージ・思想の内容が私好みで、それがきちんと物語や設定に組み込まれているという語り方の技法が私好みだ。


仮面ライダーの話。
なんだか仮面ライダーのゲームがやりたくなったのでタブレットで「仮面ライダーバトルラッシュ」を落として少し遊んでたんだけど不満を幾つか感じた。
* 好きなライダーが手に入らない
* 手元にいる好きなライダーがレア度が低いせいで弱い

なので3DSの「オール仮面ライダー ライダーレボリューション」を買った。こっちは好きなライダーが手に入れやすい。


好きなライダーというと候補がいくつもあって順位を決めにくい。
* 仮面ライダーゾルダ
* 仮面ライダー龍騎
* 仮面ライダーギャレン
* 仮面ライダーレンゲル
* 仮面ライダーマッハ
* 仮面ライダーG3
* 仮面ライダーアクセル

銃を使うライダーに抵抗がないらしい。
メインライダーよりはサブライダーに好きなのが多い。

プリパラを考えるようにはライダーについて深く考えられないのはなぜだろううーん。

おそらく、仮面ライダー・ガンダム・ウルトラマンなどはこどものころからずっと摂取してきているので、わざわざ思考のまな板の上に載せなくてももっと思考の基盤のところにインストールされているのではないか。
プリパラやアイカツは普段摂取しないタイプの刺激なので脳内で主題化されるけどそれはゲスト待遇なのであって思考回路の基本部分に存在していない。だからこそ考える対象として主題化できる。
のかもしれない。いやそんなことはないな。ウルトラマンや怪獣についてはきちんと考えることもよくあるから。仮面ライダーに関しては「見てて思い白い」以上の強い魅力を見出していないのかもしれないね。


仮面ライダーで好きなものとして列挙したものの「好きな根拠」はなにか。
* デザインが好みである(レンゲル・ゾルダ)
* 持ってる武器が好みである・能力が好みである(ゾルダ・ギャレン・レンゲル・G3)
* 作中で好きなキャラだった(マッハ)
* シリーズが好きである(龍騎)

つまり、テーマや思想から導き出しているわけではない。もっとゲーム的な根拠だ。
仮面ライダーのヒーローとしての本質や哲学性を検討するならやはりルーツである一号について考えるべきだ。
悪の組織であるショッカーに改造されたけど脳の改造が住む前に逃げ出す。悪魔の身体、人間の心。
戦う相手はやはり改造人間。自分がそうなっていたかもしれない存在。同族殺し。この同族殺しというテーマは前の会社の人に指摘されて私も認識するようになった。
うーーーん。戦う悲しさ…? 正義を行おうとすると自分(=同類)を殺していかねばならない…?
仮面ライダーは何の象徴なのか。
怪人は何の象徴なのか。
うーーーん。

やはりどうも、仮面ライダーは私のアンテナ圏外である気がする。
ウルトラマンと怪獣の世界の方は私向け。彼らは象徴性が高い。
ガンダムは…
ガンダムは世界観設定が綿密で自分の創作では使いにくいので難しいんだけど、善悪を相対化するところとか「選ばれし者」「そうでないもの」「異なる価値観の対立」とかの要素が私向けな気がする。
たとえばソレスタルビーイングなんかは「戦争根絶」を掲げていて、でも彼らの戦いは戦争をなくすための戦争。矛盾している。哲学だ。
自分がガンダム描くなら… ニュータイプではなく… しかしどういう戦争…?うーん
今の私の構想力ではガンダムは手に余って扱いきれないな。

ガンダムもライダーもテレビとゲームとで触れればいいやという感じ。




アイドルもののアイデアを考えようという話だった。脳のエンジンはかかったかな?
| マンガについての考えごと | 22:48 | - | - | permalink |
18011801
アイデアを考えよう。

メフィストフェレスのアイドル2。

大司教は大司教でアイドルを抱えている?
仮面のプロデューサーなんてどうだろう。大司教は正体を隠してプロデューサーをやってる?

第二作目ではリズとミーナとのユニットがお抱えアイドルと対決して倒す? 対決必要?
第三作目ではリズとミーナと3人目のアイドルとのユニットが、より消耗品的なアイドル(司教プロデューサーの肝いり)と対決して倒す?

アイドルの支配者(おっさん向けアイドルのプロデューサー)がラスボスという認識。

それとも父王をボス(中ボス)にする?
お抱えアイドルたちにプロデューサーが父王で、アイドルを本質的には奴隷だと解釈している?

おっさんプロデューサー=神という図式がわかりやすく現れる設定にしたい。
「王のお抱えアイドル」という、世俗の権力側に結びついた存在だとちょっと整合性が弱い気がする。

第二作目は王=父=家との戦いにフォーカスすべきで、「アイドルのおっさんベクトル(大御所プロデューサー)問題」を取り扱うべきではないんじゃないか。それは第三作目のフォーカスであって。

すると対決するのはおかしい。
ミーナがアイドル活動すること自体が勝利である。

おっさん主義的アイドルとの対決は第三作目?
いや、アイドルと戦うのではなくおっさん主義と戦うのであって、つまりアイドルをおっさん主義から解放しようというのが趣旨ではないのか。
ライブ対決になるとアイドルとアイドルとの優劣を決めているようで、その背後で操っているプロデューサーとの対決にならない。
おっさん強権プロデューサーに反抗することこそが大事。
なので、おっさん強権プロデューサーが特に気に入っててギチギチに束縛しているアイドルがいて、そのアイドルをおっさんPに離反させるのがいいのではないか。
何か大事なステージがあり、おっさんPのアイドルがステージに立つ予定だった。しかしそのアイドルはそれを拒否し、かわりにリズとミーナと一緒に組んだユニットが代理でステージに立つ。
うーん。

アイドルと戦うのではなくアイドルを支配する存在と戦うということを忘れずに。
対決ものはできれば描きたくないという気持ちを忘れずに。負けた方のアイドルは輝いていなかったということになってしまう。みな輝いているのだ。おっさん強権プロデューサーの支配するアイドルたちだって彼女たち自身は輝いている。ただし抑圧されてもいるということだ。歌いたい歌が歌えないとか着たくない衣装を着ないといけないとか?

わかった。
現代的テーマを盛り込める。
すなわちMeToo活動だ。アメリカハリウッドの大物プロデューサーが長年に渡って女優たちにセクハラをしていた。女優たちがついに告発の声を上げ始めた。世界中にその活動が広がっている。
「アイドルは続けたいけどそのためにはおっさんプロデューサーの支配を我慢しなくてはならない」という状態に抑圧されている存在がお抱えアイドルたち。
プロデューサーお気に入りのアイドルほど人気があり(テコ入れされるため)、より強く束縛されている。
トップアイドルを解放するのがメフィストフェレスの役目。
そしてプロデューサーを追放する。

プロデューサーは「アイドルは自分の所有物だし俺のことが好き」と思いこんでいる。
なので、打倒の仕方は、脱退して独立すること?

プロデューサーの息がかからないアイドルが聴衆の心をつかむ。
三人は正体を明かし、自由と覚醒とを説く。
お抱えアイドルたちは反抗の声を上げ、プロデューサー追放を王に合意させる。そしてお抱えアイドルの全種族への門戸開放がなされる。
しかしそうするとアイドル希望者が増えすぎてお抱えアイドルが抱えきれなくなる。何らかの再編がなされるんだろうけどそれは別にこの作品内で描く必要ないな。お抱えアイドルもより広い種族からスカウトされるようになったのですと。


二作目は姫がアイドルになってステージに立つ。対決はなし。どんなステージ?
三作目はお抱えアイドルトップがプロデューサーに反抗してステージに立つ。どんなステージ?

城のコロセウムはお抱えアイドルのためのものというニュアンスが強すぎてしまう気がする。城下町に別のステージがある? ライブハウス?
解放された独立系アイドルたちがライブをやる場所を設定すべきな気がする。そこは神や王と無縁の・もしくは反抗するような象徴性を持つ場所だといい。


ここまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 00:24 | - | - | permalink |
18011701
アイデア練り。

もうしばらくプロットをうだうだいじろう。いいプロットが思いつくとモチベーションが上がるので。

第二話。
追加要素。
お抱えアイドルたち。特に第三作目で仲間になるメンバー(やはりトップアイドル? それとも下っ端?)
プロデューサーの司教。
王が姫にアイドルになるのを禁止する。

待てよ。
大司教がアイドルのプロデューサーだとする。
するとアイドルたちは聖なる存在なのではないか? 卑しいわけではない=姫がアイドルになっても問題ない?

お抱えアイドルは王家が所有している。いわば所有物。奴隷。
お抱えアイドルは大司教がプロデュースしている。うーん。
どういう口実で?
アイドルは偶像なので偶像崇拝を禁止している宗教においては禁じられた存在なのでは?
でもプロデューサーが司教というのは欺瞞に満ちてていい着想だと思うんだよね。やはり口実をでっち上げるのがよい。

お抱えアイドルたちは聖歌隊ではない。
大司教はあくまで「王家の所有物」の調教を委託されているにすぎないという立場。

大司教も教会にアイドル軍団を持っている?
教会の司教アイドルがおっさん向けアイドルで、お抱えアイドルはおっさんアイドルではなくアイカツ的なセルフプロデュースアイドル?


ガンダムのゲームやっててあんまり考え事進まなかったか。今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 00:58 | - | - | permalink |
18011601
アイデアを練ろう。

メフィストフェレスのアイドル2。

まずさっくり考えつくプロットを出して、リファインしていくと。

* ヒロインはお姫様(ミーナ・ダイスキウス)。
* お抱えアイドルたちのパフォーマンスはそれなりに楽しんでいたがハマるほどではなかった。
 - おっさん向けアイドルのコンテンツにしか接してこなかったので。
* リズのステージを見て感動し、アイドルにハマる。
 - リズの歌ったのは「make it」の想定
 - ミーナに目覚めを促すメッセージが届いた
* ミーナ、アイドルを志す。
* 父親がダメだと弾圧する。
 - 王にとってアイドルは下賤な存在。剣闘士が奴隷だったように。
* 意気消沈
* 話を聞いてもらいたい!ということで城を抜け出して変装して街にリズを探しに行く。
* リズが橋の下でダンスの練習をしていると興味を持ったミーナが見学に近寄ってくる。
* 話をするようになる。悩み相談的なことになる。
* 話を聞くと誕生日にライブをやった謎のアイドルを探しているという。
* リズ、変身して正体明かす。
* リズはトカゲビトだからアイドルになれないと断られた。変身してアイドルになれた。という話。
* メフィストフェレス登場。お望みなら札を用意しましょうと。
* 王権は神が与えたものという(王権神授説)。
 その王が定めた決まりに反抗するのはつまり神に反抗することだ。
* ミーナは変身して自分もアイドルやるという。ユニットを組もう!と約束する。
* ミーナはその後、度々城を抜け出して一緒に練習するようになる? そんな自由時間あるのか? あるんだな。
* なんらかのステージをやって終了

こんな感じか。
ミーナとリズが出会う。
リズは正体を明かす。

第一話では一応「問題→解決」という物語構造上の軸があった。
誕生日ステージをやるアイドルがいない→誕生日ステージをやる。

第二話でもステージを物語のクライマックスに置き得る構造にしたい。

ライブ対決か!

王女の誕生日ステージにアイドルを立たせられないでどこぞの馬の骨アイドルに喝采をさらわれたお抱えアイドルプロデューサーは屈辱を感じた。
そこで、お抱えアイドルVS謎のアイドルのライブ対決をやろうと言い出す。

お抱えプロデューサーは首都の大聖堂の司教。大聖堂というのはどうもカトリックにおいては司教の配置される教会のことらしい。
最近のアメリカのメガチャーチのように教会が行う行事もアイドルコンサートのようになっている?
なんにせよお抱えアイドル=おっさんプロデューサー=神を背負っている、という構造がいい。

対決ライブを中心に持ってくるならお抱えプロデューサーとお抱えアイドル(三作目で仲間になる予定の)とも登場させられる。

お抱えプロデューサーとお抱えトップアイドルとのデザインが必要だな。
| マンガについての考えごと | 23:24 | - | - | permalink |
18011502
最近は継続してプリパラにハマっている。

メフィストフェレスのアイドルのアイデアが浮かんだのでメモ。

三話構成。
二作目はお姫様がアイドルになる話で、アイドルになってはならないという家庭の束縛と戦う。
三作目はお抱えアイドルのトップのアイドルが変身してアイドルになる話で、プロデューサーの支配と戦う。


仮想敵を思いついた。
AKBや乃木坂のプロデューサー。
つまり、アイドルには二種類あるという解釈。
* おっさん向けアイドル : AKBや乃木坂
* 女児向けアイドル : アイカツやプリパラのアイドルたち


おっさん向けアイドルについて。
理念としてAKBや乃木坂を想定しているのだけど、私はこれらのアイドルに詳しくないので先入観にすぎないかもしれない。
おっさんを主要な消費者と想定し、おっさんが喜ぶような歌を歌ったりパフォーマンスをしたりする。
歌う歌の主要なメッセージは「I love you」。「私達(アイドル=美少女)はあなた(おじさん)が好き」。
つまり、おっさんの欲望を美少女の口を通して歌わせて悦に入ろうというもの。
ここではアイドルは性的な消費物である。欲望の対象。

このアイドル観にも多少の根拠はあって、映画『ワンダーウーマン』の日本版オリジナル主題歌として悪評高い『女は一人じゃ眠れない』の歌詞から考察した。
『女は一人じゃ眠れない』(乃木坂46)の歌詞
要約すると、「寂しいからあなたといたい」。

もう一個くらい歌詞検討を行おう。
ただ、このチョイスは私の仮説に整合性のあるやつを恣意的に選ぶからフェアではないけどね。
AKB48の『ヘビーローテーション』の歌詞。

要約すると「I want you! I need you! I love you!」。
要するに、ガール(歌い手であるアイドル)は俺(聞き手であるおっさん)を愛している。おっさんの側からアイドルを愛しているという表明はなされない。

で、私の好みで言うとこういうのは嫌だと。
アイドルモノにおいてこの系統を下としたい。

つまりメフィストフェレスのアイドルの世界観におけるコトワリがあって、価値観がある。
おっさん向けアイドル的なものが下。
プリパラ的なものが上。

女児向けアイドルについて。プリパラ的なもの。
アイカツとプリパラ。多分プリパラにおけるほうがより濃く特徴が出ている。
つまり、歌い手であるアイドルと想定視聴者とは同じカテゴリに属している。
そしてその主要なメッセージは「輝こう」。自己実現しよう。
聞き手は歌い手と一体化し、前向きな歌によって勇気づけられる。
これはだから、女児たちの生きる糧となるべき存在。

歌詞分析!
やはり何と言ってもプリパラアニメ最初の主題歌『make it』でしょう。
『make it』歌詞
作詞者の森月キャスという人はSMAPだとかの楽曲も作詞していたらしい。

オシャレなあの子を真似するよりも自分らしさが一番である。
これはだから、社会通念なんてかなぐり捨てて自分の物差しに従って行けということだ。
夢はもう夢じゃなくて誰だって叶えられる。
これはだから、機会均等ということだ。どんな人間にだって自己は実現し得るということだ。
前向きじゃないか!

私のようにくたびれたおとなになったら必ずしもこういう前向きさが救いになるわけではないんだけど、人格形成途中にある人間には上質な糧になるだろう。
こういう作品のほうがおっさんの欲望を満たす目的のものより格が高い。


メフィストフェレスのアイドルの世界では、アイドル集団の最大手はお抱えアイドルなんだけど、彼女たちを支配しているのは「おっさんアイドルプロデューサー」なのだ。
王とは別にお抱えアイドルプロデューサーの男性がいて、アイドルたちを支配している。
アイドルたちに過酷な競争を強い、気に食わないやつはどんどん切り捨てていく。従順なものだけ残す。
つまりお抱えアイドルたちはアイドルとしての人気の頂点にいながら「自分がなりたいアイドルってこんなんだったっけ…?」と悩んでいる。
プロデューサーに支配される存在。

お抱えトップアイドルの女性(キャラ未定)は葛藤を抱えている。
ナンバーワンのアイドルでいたいという向上心がある。
自他ともに認める名実ともなったトップアイドル。
しかしトップアイドルの具体的な実情に不満をいだいている。
結局プロデューサー及び消費者の欲望の支配を受ける存在でしかない。
自由になりたい!

というのが3人目。
すると三作目はAKBや乃木坂と言ったリアルアイドルをやっている女性を想定読者とするってことじゃないかな。
アイドルに限らず、他人(=男性社会)の決めた枠組みの中で首を傾げながら頑張っているような女性。なぜわしは女性向けに描こうとするのかね。


メフィストフェレスのアイドルにおける一貫する主張は「抑圧に反抗しろ」。自由。
どんな存在でも自分の望むやり方で輝く資格がある。平等。


最終的にはお抱えアイドルが解散され、よりアイドルたちの自発的なアイカツが中心になっていくというのがいい。権威=神=王=プロデューサー=父的存在を打倒する物語。


おっさんのための歌
→女児のための歌
→人類を元気づける歌
という風に境地が上がっていくのが良い。

女児に自己実現を促す歌のほうがおっさん向けアイラブユーソングより境地が高いということを考えてた際に、さらに高い境地があるなと感じた。
アイカツの『レッツアイカツ』の歌詞を思い浮かべてて、以下のフレーズに注目した。
『レッツアイカツ』歌詞

「君にスマイル 明日に夢 アイカツしよう レディ・ゴー」

つまり、2つの方向に2つのことを言っている。
1. 聞き手(君)に笑顔をもたらしたいと言っている
2. 自分(歌い手=アイドル)に、アイカツしよう(輝こう)と言っている

アイカツアニメでは何度か出てきた話題なんだけど、アイドルとして自分が向上することとは別に、ファンのみなを楽しませて元気にさせるという要素がある。
ランキングが出るようなステージの大会であっても、そのステージを見てくれるファンのみなを楽しませることにこそ集中すべきで、自分の順位を上げることが最重要なわけではないという思想。

聞き手(歌い手自身を含まない集団)に元気を与えようというメッセージがおそらく境地がより高い。
ではそれはおっさん向けのアイラブユーと何が違うのか。

この観点で私が「境地が高いソング」の筆頭として思い浮かべた歌がピーター・ポール・アンド・マリーの「For baby」だった。
調べたらこれPPMの歌ではなくてジョン・デンバーの歌なんですな。



FOR BABY (FOR BOBBIE) 歌詞

うーん。
"I'll love you more than anybody can." アイラブユー言ってるな!
でもおっさん向けアイラブユーソングとは違うと言い張りたい。本質的には何が違うのだろう。
この歌における「I(私)」はべつにアイドル(美少女)ではないな。より普遍的に人間である。そんなふわっとした説でいいのか?

エロスのアイラブユーではなくアガペーのアイラブユーである。これも使い古された言い草だな。もっとこう工学的に腑分けできないか。

あー

第一のフレーズが「アイラブユー」であるとして。
第二のフレーズが何か。
おっさん向けアイドルソングなら「アイミスユー」もしくは「アイニードユー」だろう。「私(アイドル=美少女)にはあなたがいないとだめなの」という、美少女がおっさんを求めているんだよという幻想を強化する道筋を示すラインが引かれる。

FOR BABY (FOR BOBBIE)における第二のフレーズは何か。
「I'll walk in the rain by your side」だ。雨が降ってもお前のそばに居てやる!だ。
「私(歌い手)が君の味方になって力を貸してやる」ということだ。
だからおっさん向けアイドルソングとはメッセージの内容が違う。


三部作の最後ではトカゲのアイドルとお姫様のアイドルと元おっさん向けトップアイドルとが三人ユニットを組んで、人類元気づけソングを歌うという着想。でもマンガでは歌は表現できない(著作権があるので既存の歌の歌詞は使えない&自分では作詞できない)のでこれは脳内設定止まりだろうけどね。

今日はこのへんまで。

---
追記。
ふたつのアイラブユーソングの違いについて。
おっさん向けアイラブユーソングでの「私」では聞き手と歌い手とは一致せず、歌い手であるアイドルとなる。聞き手はアイラブユーにおけるユーになる。
人類元気づけアイラブユーソングでの「私」では聞き手と歌い手とが一致する。聞き手はアイラブユーにおけるアイになる。
| マンガについての考えごと | 23:39 | - | - | permalink |
18011501
メモ
* 公平世界仮説
* おっさん向けアイドルと女児向けアイドル。秋元康プロデュースアイドルと女児アニメアイドルとの歌詞比較
| マンガについての考えごと | 07:12 | - | - | permalink |
18011401
次のマンガのための考えごとを始めよう。
メフィストフェレスのアイドルの続きをちょこちょこ描くという案はあんまり熱意がわかないようなのでこだわらない。

マンガが描けた直後というタイミングだったらどうせすぐには次のは描けないだろうから自分のマンガについての俯瞰的な考えをしておいて新たな入り口を探るのがいいだろう。

昔からよく「自分のためのジャンルは何か」というのを考える。現時点での考えはどうなるか。

ジャンル自体はこだわらない。ジャンルから出発するのではなくその前の段階に「自分のための要素」があるように感じる。
テーマ・メッセージ・思想。そういう理念を物語の形で表現する。ここが出発点。
なので、その理念を表現するのに向いたジャンルがその都度選択されればいいという感じか。

例えば恋愛漫画というジャンルを考える。
過去いっときはこのジャンルもいいんじゃないかという仮説があった。
* かわいい女の子が描きたいので。
* 戦いがないところがよいので。

なんだけど、どうも恋愛ものというお話のジャンルは個人の感情が関心の焦点になるので私向けでないと感じるようになった。
メッセージや理念を表現するのに向いてないジャンルであるような気がする。
個人の感情などどうでもいい。

たとえばひとりの女性に二人の男性が求婚し、女性が誰を選ぶかというお話にするとする。
男性それぞれにたとえば「秩序」と「混沌」を象徴させるとする。
ヒロインに「正義」を象徴させるとすると、二人の男性のうちどちらを選ぶかで「秩序こそ正義だ」「混沌こそ正義だ」と表現することができるかもしれない。
だから別に恋愛モノだからということもないか。恋愛ものジャンルだと表現しやすい理念というのもあるかもしれない。


なう現在で次に描きたい要素は?
アイカツは178話全話見終わったけど(アイカツスターズは未視聴)プリパラはまだ視聴中なので、プリパラの精神を引き続き題材にする?
最近女児向けアニメばかり見ているので精神のバランスをとるためにミリタリーとかヒーローモノみたいに男性向けの題材を扱う?


思想的には私は平等主義者なので社会が決めつけている「男らしさ」「女らしさ」という枠組みには不賛成のはず。
なんだけど、最近女児向けアニメばかり見てるからバランス取って男性向け作品側に脳を寄せようという発想を持っている。つまり社会の押し付けるジェンダーの枠組みを内面化しているということだ。
これは思想が不徹底である。
でもかと言って、アイカツやプリパラを見ても自分がアイドルになりたいわけではない(女児になりたいわけではない)。
ま、しばらくアイドルモノだったから次は別のジャンルがいいな程度のノリでいいか。
アイドルものは見る分には良いけど描く分には自分の参戦枠が変則的になる(アイドルにはならない)ので描きにくいというのもある。


これこれのジャンルなら良いということではなく、その作品の物語や設定の構造が何かしらかの理念を表現しているかどうかというところを重視すると。



じゃあなう現在で描きたい理念は?
別に全く新規に持ってくる必要はない。なんならメフィストフェレスのアイドルのときと同じ理念でも良い。

待った。

仮にメフィストフェレスのアイドルの第二話目を描くとする。
おそらくお姫様がアイドルになることを決意してトカゲヒロインのリズと出会うなりユニットを組むなりする話になるだろう。
そういう感じで、連載ものの続きを描くように、マンガ内のキャラや設定を使ってその内容を追加していく場合、必ずしも当初の理念に従った展開にはならない。つまり理念から出発した発想ではなく作中のマンガ的要素をマンガ的に発展させるという、より自律的・即興的な作られ方になる気がする。
いや、そういうわけではないか。続きを連載的に描く場合でもやはり核となる理念を設定することはできる。シリーズ全体の基本理念がベースにあり、更に上乗せ分としてそのお話におけるゲスト理念があると。

次に描きたいものがすぐにパッとは浮かばないからメフィストフェレスのアイドル2を描くつもりでプロットを練ってみてはどうか。連載マンガの第二話目というノリで考えるよりも映画の第二作目というノリで考えたほうが良い気がする。

あー待った

続きを描くことを想定していない短編であっても、最小限のキャラと世界観という「マンガ的道具立て」は成立している。
マンガ的道具立てがあればそれを用いて連載的に内容を増やしていくことはできる。その世界で起こる出来事でさらっと思いついたものをそのまま描くだけで良い。いちいちそのネタ自体が強固な理念に基づいていなくても良い。
で、そのかわり理想としては、最初に構築されたその道具立て自体が理念を内包していると良い。特に理念を意識して描かなくてもそのフォーマットで描く限りは構造自体が根幹理念を表現しているので最低限そのメッセージは保たれるというもの。

プログラムで例えると、最初に語られる内容が元になるクラスで、第二話目以降はそのクラスを継承して作られる。
第二話目以降のクラスで明示的に理念やメッセージを意識しなくても継承した元クラスがそれらを実装しているからそのシリーズが持つメッセージ性は保証されると。


なんにせよメフィストフェレスのアイドルが課題になるのか。
* 1ページギャグマンガを描く
* 連載マンガのノリで2話目を描く
* 映画のノリで2を描く

脳がそれなりにこのマンガから離脱してるので脳のモードを戻せるかな?


取り組んでみるか。最初は思いつきをとにかく列挙してみて、表現するべきメッセージなりマンガ的な面白みなりを見いだせないか探る。

お姫様がアイドルになる。
お姫様とリズとが出会う。
お姫様は生まれに恵まれた存在なのでメフィストフェレス的にはどう解釈する? 仮に歌もダンスもしなくても王女様は国民から人気を得られるだろう。生まれながらのアイドル。神がえこひいきした存在。
仮にお姫様に変身札を与えて出自が謎のアイドルとさせる場合、生まれの有利さというバフを剥奪することになるから悪魔的には正しい?
お姫様はリズのファン。
リズはお抱えアイドルではない。
お姫様はリズに憧れてアイドルを目指す? するとお抱えアイドルたちを好きではないのか? いや、お抱えアイドルも好きだけど推しはリズであるという程度か。
堅苦しいこと考えずに面白そうな展開を空想すべきか今の段階では。
お姫様はリズを自分の専属アイドルにしようとする? まず自分勝手な行動を描き、ストーリー内で改心させていく?
リズの正体が不明なので国中で探し始める? 懸賞金出たりして。
リズの正体がトカゲ人間であることが判明し罪に問われる?
ミーナは王女という生まれに見合った人間でなければならないというプレッシャーに苦しんでいる?
王女であることを求められるのがしんどい→変身することで何者でもない存在になれる→プレッシャーからの解放?

トカゲ人間リズは一応、想定読者の代表として設計されていた。
王女ミーナはどんな読者の代表にできる?
王女という恵まれた生まれつき。うーん。
家のルールに縛られているというのはどうだろう。王家の人間はアイドルになってはならない、なぜならアイドルは人気はあれど卑賤な職業だからだ、みたいな。親の反対を受ける子供。変身することで家のルールに縛られない自由を得る。するとパーマンにおけるコピーロボットのように変身中に身代わりになってくれるアイテムも必要?

せっかくなのでやはりプリパラ的な理念をミーナにも込めたいな。ミーナがアイドルをやることが読者を勇気づけるような構造があると良い。
リズはアイドルになりたい←社会(神)がそれを許さなかった。
ミーナもアイドルになりたい←家(神)がそれを許さなかった。
アイドルになりたい(自己実現したい)という願いを阻害するものがあり、それを回避させるのがメフィストフェレス?


今日はここまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 00:23 | - | - | permalink |
18011002
トカゲヒロインのキャラを深めて考える。

結局私の作るキャラはどんな性別・どんな種族・どんな職業でも、「どういう考えを持っているか」というところが芯になる。哲学ベースのキャラ造形。

トカゲヒロイン・リズはどんなアイドルになりたいのか。なぜアイドルになりたいのか。
アイドルになりたいというのは憧れなので深い理由は要らないか。私がマンガ描きたがるのにも深い理由はない。憧れがあるだけだ。

アイドルになりたいだけなのではなく、アイドルとして人々を元気づけたい。
それはだから生まれつきの理由でアイドルになれなかったという経験に根ざした哲学であるべきだ。
ひとの可能性を一方的に閉ざす「常識」「社会の枠組み」なんかに負けるなというメッセージ。
「お前なんかアイドルになれない」という言葉・考え方が敵。誰に対して言われるものであれ。
縛られるな、というか、外から縛られても自らを縛るなというメッセージではないか彼女の場合は。

ということはスナフキンみたいなものかな。ルールが嫌い。うーん。
空気を読むのが嫌い。これ結局私自身のことだ。だから以前描いたマンガ「ノーブレイン」と同様で、ヒロインに自分の人格の一部を付与するということだ。
忖度が嫌いなパンクな側面を付与していく。メフィストフェレスも同様の傾向だから彼らは意気投合する組み合わせのはずだ。

萎縮するのが嫌い? いや違うな。ひとを萎縮させるような社会が嫌いなのだな。
それを具体的にはどういうネタとして描く?

ということは彼女の願いは「勇気づけたい」だな。自分はだめだと思いこんでいる人を勇気づけたい。

するとお話としては勇気を出せずに踏み出せないでいる人物を出してヒロインがその人を勇気づけるという展開が向いている。1ページギャグマンガはどこいったんだ。
お姫様が候補なんだよね。お抱えアイドルたちのレベルが高すぎて彼女自身もアイドルになりたい気持ちはあるが初心者の自分に向き合えない。
おそらく姫様と仲良くなるのはトカゲの姿でのほうがいいな。で、こっそり行われる練習に付き合う。

ま、いいや。もし二話目を描く気力が湧けば描けばいい。
1ページマンガのネタが浮かべば描けばいい。その際、そのギャグはヒロインによって行われる。浮かんだネタによってヒロインのキャラ付けがなされていく感じだな。Jazzみたいなもの。
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18011001
考えよう。

課題。

女性キャラ(なう現在でいうとメフィストフェレスのアイドルのトカゲヒロイン)を魅力的に描く。
昔から女性キャラを、というかキャラ全般をキャラ性がきちんと確立されているように描くことが苦手。
ドラクエマンガ→アイドルマンガとストーリーのあるマンガを連続で描けたので、しばらくはストーリーではなくキャラクターや単発ネタを描く方に取り組んで経験値をためたい。



今日会社で思いついたコツ。非常に単純な心がけ。

キャラ付けを行いたいキャラ自身にシーンを回させるように描く。
昨日のマンガで言えば、崖登りで鍛えようといい出すのはメフィストフェレスである。これがよくない。その設計はメフィストフェレスのキャラ性を強化するためのお膳立てになっている。
そうではなく、昨日のネタで言えばヒロイン自身に「崖に登ってトレーニングします!」と言わせてそのシーンの回し手にするべきだった。
つまり、キャラ設定がどうということも重要だけど、具体的に描かれるシーンにおける役割だけでもかなりキャラ性の確率に役立つということだ。
私の場合は自分の投影キャラがシーンを回すのが習慣づきすぎていて、無意識で描くと昨晩のネタのように自分の投影キャラが回してしまう。その結果としてせっかく画面に登場している別のキャラのチャンスを奪ってしまっている。

なので自分の投影以外にシーンを回させるよう心がけよう。

さらに言えば自分の投影キャラが聞き役・脇役・相方になって、組んだ相手のキャラ性をうまく引き出す役割を演じられるとより良い。
すると具体的にどういうアクションになる?
* 相手の行動や発言を引き出す
 - 質問する
* 相手の行動や発言に情報を付加する
 - リアクションする
 - 評価を述べる
 - ツッコむ

昨日のネタを教材にリファクタリング案を考える。
ヒロインが「アイドルの特訓と言えば崖登りということで今日は崖を登ります」という。
これを受けたメフィストはどういうリアクションを考えられる?

「はい」と相づちだけ。次のコマ以降の展開にすぐつなげる。
「なぜ崖登り…?」と、アイカツを知らないかのようにツッコむ。あんまり効果ないな。
「そんな命がけの特訓するのか アイドルってすげえ…」と感心する。うーん。ヨイショに聞こえる…

結局1ページ分のネタ全体をそのキャラが回さないといけないな。
崖登りとゲッティングオーバーイット(ゲーム)とをネタにするなら、
ヒロイン「アイドル特訓のために崖に登るよ!」
ヒロイン「ただ登ってもつまらないからこの釜に入ってハンマーだけで登るよ!」
メフィストフェレス『定命の者には無理なのでは?』
ヒロイン「登頂!」
メフィストフェレス『すげえ!』

こんな感じか。これならネタをヒロインが主体的に回している。その能動的な行動が彼女のキャラ付けを作っていく。
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