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18100601
考え事。

HUNTERXHUNTER最新巻(36巻)がめちゃくちゃ面白く、学びたい。



HUNTERXHUNTERの面白さの本質は念能力という超能力設定の奥深さにあると長年思っていた。
しかし今回の巻をきっかけにしてそうではないと考えるようになった。
36巻で最も好きなページは120ページ目(Kindle版)で、センリツがモスキート音の機械を受け取るところ。
センリツは思いやりが深くて察しもよく、好きなキャラだ。

つまり、HUNTERXHUNTERの面白さの本質は「気持ちの良いキャラが気持ちの良いことをする」ことにあるのではないか。
気持ちの良いキャラというのはつまりは善いキャラだ。善を行おうとして善を行う。
だからキルアが妹とゴンを助けるために行動していた31巻はすごく好きだった。
いっぽうでヒソカと旅団の団長が一騎打ちするエピソードは私には普通だった。

振り返ると気持ちのいいキャラがたくさんいる。
* ゴン一味
* ゾルディック家でキルアに協力してくれた連中
* キメラアント討伐隊の連中
* ハンター協会の多くの人々
* 仲間になったキメラアント達
* 十二支んの連中(パリストン以外)

彼らの善なる精神に触れられる行動を見るのがこの作品の快楽の中央なのではないかと。
念能力の設定ももちろん重要な要素だけどそっちはむしろ周辺的要素なのではないかと。


ひるがえって自分のマンガに思いを馳せる。
すると、気持ちの良いキャラ要素は主人公(ナカヨシ)だけに集中してしまっているという反省が得られる。
気持ちの良いキャラをもっとたくさん出すべきではないか。
気持ちの良さにバラエティをもたせられたらより良いが、仮に私の感受できる気持ちの良さが一種類(善人であるということ)であってそれを多くのキャラが持つとキャラかぶりが懸念されるようであっても、それでもやはり気持ちの良いキャラの数を増やすべきだと感じる。
ハンターハンターで言えば「こっち側」のキャラはみんな気持ちが良い。だからといって「かぶってる」とは感じない。だからたぶん自分のマンガで気持ちの良いキャラを増やしても彼らがかぶっていると感じさせる度合いは低いんじゃないか。

レアな例ではヒーローズアンドヴィランズでのマーメイドのエピソードにおける張刑事(鉄仮面のひと)が気持ちの良いキャラで、ナカヨシも同エピソードに出てるので「気持ちの良いキャラが複数いる」。かといってこのエピソードでナカヨシと張刑事がキャラがかぶっているかというとそんなことはない。

なので課題としては「ナカヨシ以外にも気持ちの良いキャラを作り、登場させる」かな。
というかHUNTERXHUNTERでセンリツに感銘を受けたんだからセンリツをモデルにしたキャラを出してはどうかという話か。
ヒーローにしやすい気がする。するとヒーローズアンドヴィランズか?
| マンガについての考えごと | 09:57 | - | - | permalink |
18100301
頭空っぽなのでなんか考えよう。

マンガのアイデアが浮かばないのでゲームでもすんべということでソードアート・オンラインのフェイタルバレットというゲームを購入。
これが主人公はキャラメイクした自アバターだしドラゴンズドグマのポーンみたいにキャラメイクしてAIで付き従ってくれる嫁キャラが作れるしで伏兵的な良作だった。

マンガについてなんか考えよう。

私の物語観の基礎には日本昔ばなしがあるなと改めて思った。
とくに「良いおじいさん」もの。
* 花咲かじいさん
* こぶとりじいさん
* 鶴の恩返し
* 浦島太郎
* かさじぞう
* 舌切すずめ

つまり、良いことをするおじいさん(一部若者だけど)が主人公で、その無欲な行動が良い結果につながっていく。
なのでナカヨシはその系譜。
で、お話作りを勉強していくと必ず「主人公の成長」という要素が出てくるんだけど、昔話の良いおじいさんベースで物語を考えるのでこの成長要素がしっくり来ないという流れ。

西部劇…
西部劇の舞台を見に行ったけど自分では西部劇描けなさそうだなと感じるのはやっぱり主要な武器が拳銃で人を殺すことが多いからだと感じる。殺人は原則として描きたくない。
それに西部劇では戦う相手が権力であるよりはならず者であることが多い。私は悪=民衆を抑圧する権力というイメージのほうが馴染みやすい。

アンパンマン的なヒーローモノが描けないかなとずっと考えていたけど描けないのについて理由がわかった気がする。
ばいきんまんは個人でしかなくて権力や体制ではない。ただ迷惑な個人であるというだけだ。
私の悪観に合わない。

私の悪観に沿った悪役を考えてお気楽なヒーローモノでも描けないだろうか。
* 権力
* 支配者
* 体制
* 弱いものを抑圧する

考えられるジョブは
* 暴君(王)
* 校長
* 教師
* ブラック企業の社長
* 殿様
* 監獄長
* 看守
* 奴隷商人

基本的な傾向として「偉い人」属性である。

偉い人とそれに抗うヒーロー。
スパルタカスはこれに当てはまるな。

石川五エ門。金持ち商人からお金を盗み、貧民に配る。ちょっと違うな。権力者と直接対立するわけではない。

銀河帝国皇帝と反乱軍。いい感じ。スター・ウォーズはその辺好きなんだな。

主人公…
例えば忍者。忍者はむしろ権力側の犬になりがち。反権力忍者。その高い情報能力で国家転覆を目論む。結構向いてるな。

例えば西部劇のガンマン。西部のある一帯を金の力で支配している石油会社かなにかに戦いを挑む。

さむらい。戯れに人を切ったりする悪徳征夷大将軍なり悪代官なりに立ち向かう。

うーん。

戦いから離れると?
女の子とギャグだな。
可愛い女の子キャラとイチャイチャするようなやつ。で、ギャグ風味。うーん。

考えつかん上に眠い。ここまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 22:32 | - | - | permalink |
18092303
次のマンガのアイデアを考えたい。
現在は頭空っぽ状態でノーアイデア。
手がかりから探していこう。

艦これでネタが浮かべば描くけど、艦これを特に選択して描きたいというわけではないので艦これにこだわらなくて良い。
艦これで短編(ゴジラ対艦隊これくしょんのような)を描きたいという欲求は後退した。

現在興味があるのは銃・エアガンなんだけど、マンガで描きたいかというとそうではない。銃は描くの大変なのでむしろ描きたくない。でもエアガン買ったり撃ったりしたい。作画の伴わない、例えば小説形式で物語を描くとして、銃を出したいだろうか。うーん。必ずしもそうではない気がする。
だから銃への欲求はゲームと同じで遊びのためのものでそれ自体がマンガに役立つわけではないものだと考えておこう。

マンガ的欲求で今抱いてるものはないかな?

旅行の行き帰りの飛行機では映画をいくつか見た。
帰りは特に疲れていたので過去に見たMCU映画を見返していた。
ヒーロー物の続きなんかどう?

せっかくアメリカ行ったんだから西部劇描けないか? 私の好きな映画『ジャンゴ 縛られざるもの』だって西部劇なんだし。
ただ、西部劇ジャンルほぼ勉強のためのものというのに近い。私の場合。自分で描きたいという歯車に噛み合ったことはない気がする。
なぜならやっぱりメインの武器がどうしても拳銃になりがちで、描きにくいし、殺しが必要になってくる。それに私は銃は長もののほうが好きで、拳銃はそんなに好きではない。

うーん。

構造のあるストーリーマンガでなくてもいい。ハードルを下げて1ページずつ描けるやつをちょこちょこ描きたい。かつ、二次創作よりオリジナルがいい。
なんか手がかりないかな。

艦これマンガからの学びがあったはず。
* ちいさい子を出すと甘やかせるのでいい感じ
* 艦娘ごとに役割分担がある

甘やかし対象としては代表格が松輪ちゃん。それとちょっと年齢が上がるけどゴーヤちゃん。
長門さんが役割がはっきりしていて、提督と同じく小さい子たちの面倒を見るかかりだった。こども想い。

新しいフォーマットを考える。
艦これマンガでの経験値を念頭に。
三人のキャラが中心か。
艦これマンガでいうと提督、長門さん、松輪ちゃん。
こどもを気にかけるのが主要な関心となる。
うーん。

新しくキャラを立てて1ページ物を描くというのは尻切れトンボで終わりがち。
だったら世界観レスなpoemoonがいい気がする。
今日描けるネタなんかないかな。

うーん。いや別に、ストーリーマンガでもいいな。
なんにせよ今描きたい核を見出すべきだな。

邪竜の翼のクライマックスがそうであったように、基本的には小さい女の子にやさしくするというシーンが描きたい。
それ以外にもあるか?

艦これでもっと描いてあげたいなと思っていたけどなかなかネタが浮かばなくて描いてあげられなかった子というと陸奥さんだ。陸奥さんが好きなのはセクシーな大人の女性だからだ。ゲームをプレイしてキャラたちのことを知るに従って、えろ同人でだけ知っていた頃とは違い、キャラたちにえっちな視線を向けられなくなるんだけど、それでもえっちな視線を向けやすいのが陸奥さんだった。
じゃあ陸奥さん的なキャラを出すとして、どう運用するのだ?うーん。


眠くなってきた。今回はここまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 22:15 | - | - | permalink |
18092302
日本の山は人里から離れている(高さと水平距離)ほど聖性が高まる。
日本では基本的に平たいところが人里で、山は人が住む領域ではない。地形によって人と神とが住み分けられている。

アメリカ西部ではとにかく広大な荒野が広がっていて、人里から離れるほど致死率が高まる。
でも日本の里-山と違い、地形によって人の入りやすさが異なるというわけではない感じだった。
人が街を作ればそこは(比較的)安全地帯になる。広大な荒野のどこに街を築くのかはかなり任意性が高く感じた。もちろん、河なんかが通っていればその付近は街にしやすいだろうけど荒野の広さに対して面積は限られる。

だからアメリカの荒野で大切なのは「文明化」だなと感じた。
交通が通っていること。道路が必須で、鉄道があればなお良い。
ライフラインが整備されていること。
住人がいること。
日本の山奥に街を作るのとアメリカ西部の荒野の真ん中に街を作るのとではニュアンスが違う。
山奥は到達するまでがそもそも険しい。
荒野の真ん中は到達難易度が高いわけではなく、ただ人里からの距離に応じて補給が困難になる。

アメリカの荒野というのは「未だ文明化されていない土地」というだけで、人間に属していないというわけではない。
日本の山というのは神の領域で、人間に属していない。

そんな違いを感じた。
| 雑記 | 08:28 | - | - | permalink |
18092301
旅行からの学び追加。

ヨーロッパ旅行行ったときは「日本の特質は『山』だ」という結論を抱いた。
今回のアメリカ経験から日本の特性を探すと、やはり似たようなものに注目が行く。山と神社だ。

日本では自然に神や聖なるものを見出す。
巨大な樹木があれば神木としてしめ縄を張って祀る。
山(日本の場合山=森)があれば神域として神社を建てて祀る。
神社は輸入文化ではないはずなので、これは日本における素直な信仰のあり方なのだろう。

アメリカではそもそも「聖なるものを祀る」という現象に遭遇しなかった。
モニュメントバレーの巨石なんかは先住民たちの信仰の対象らしいのだけど、日本における神社のようにわかりやすい祠を立てるわけではないようなので、観光客がバスで観光に来た程度では信仰を感じることはできなかった。

グランドキャニオンも観光地化されているだけで信仰に絡めたものは見なかった。日本だったら間違いなく「グランドキャニオン神社」を建てるところだと思う。

アメリカでの宗教というとやはりキリスト教で、しかしラスベガスで見たようにキリスト教はアメリカの社会や都市や歴史の骨組みというわけではない。

アメリカにも森や山はあったが、開拓者側がそれらを神聖視したという情報は一切なかった。開拓者側はキリスト教者だからで、新規に聖なるものを見出す必要がなかったのだろう。
キリスト教が浸透した以降の社会では自然に聖性を感じる感性は失われると思われる。
日本には自然に聖性を見出しそれを祀って表現するという感性が今でも継続しているように感じる。日本にはもちろん仏教もキリスト教も入ってきたけど、神社的な感性は破壊されずに来ているのではないか。

自然に神性を見出す感性とその表現としての神社。これがザ・日本であると。

で、別に出雲大社や伊勢神宮のような大きな神社に行く必要はない。もし近所にちょっとした里山があり、その森のなかに神社があるなら、それこそ日本の精神のエッセンスなのだ。
| 雑記 | 07:03 | - | - | permalink |
アメリカ西部旅行 感想
アメリカに旅行に行き、無事に帰ってきた。
期間は一週間ほど。
旅行会社のツアー旅行。

行った場所は
* ロサンゼルス
* アンテロープキャニオン
* ページ
* モニュメントバレー
* グランドキャニオン
* セドナ
* ラスベガス
* ハリウッド
* サンタモニカ

Twitterモーメントにまとめたもの

主要な目的は「西部劇の舞台となった土地を見る」というもので、これはモニュメントバレーがまさにそうなんだけど、アリゾナ州など今回行った場所の移動中のバスから見える光景がほぼ西部劇の世界なので目的は満足に達成できた。
それ以外での大きな旅行体験は実銃を撃ったことで、ラスベガスの射撃場で5丁撃ってきた。
* Colt .38 Special Revolver(リボルバー拳銃)
* H&K USP(自動拳銃)
* M14メインバトルライフル(アサルトライフル)
* Benelli M4 Shotgun(ショットガン)
* P90(サブマシンガン/PDW)


まだ疲れも時差ボケも抜けていないんだけど、旅行の振り返りをして今後のマンガに役立てられる経験値に落とし込んでおきたい。


アメリカはとにかくとてつもなく広いんだなということを実感できた。まがい物の広さではなくて世界規模の広さだ。
2017年にドイツ西部に旅行に行ったときもユーラシア大陸の広さを感じたが、アメリカはまた違った広さだった。
ヨーロッパは国が多い。広大とはいっても土地がムダに空き地として放置されているわけではなく、牧草地として利用されている。いわば人の目が届いている。
アメリカはそうではなく、広すぎて人間の管理が行き届いていない。移動のバスでは何時間も荒野の中を走るということが常だったが、移動中に目にした広大な空き地は州が所有している土地で文字通り空き地である。ヨーロッパのように「空き地に見えるが実は牧草地として利用されている」ということではなく、開発されていなくて自然のまま放置されている土地である。
例えばオランダとかのヨーロッパの国で、自国内の何処かに迷い込むと死んでしまうというような想像力は働きにくいと思う。
アメリカでは普通に死ぬなと思った。広大な荒野のど真ん中に突然放置されたとしたら、人里にたどり着くまでに飢えと渇きで死んでしまうだろう。西部劇でも悪党の追跡に行ったりした先で馬を失うと大きなピンチとなる。
西部劇の本質は「土地が広すぎるせいで法の支配が行き届いていない世界」という理解。で、それは現地でも実感できた。
じゃあそれをどうマンガに活かせるかな?

アメリカとヨーロッパとの比較で大きく異なるのは、キリスト教文化の濃度だろう。
ヨーロッパは街も教会中心に作られているし教会の建物も歴史的建造物で歴史文化の重みを感じさせる。ヨーロッパでは何かとキリスト教文化に触れる機会が多いというか全般的にキリスト教がベースになっているなという感じがある。
アメリカでは信仰を感じさせる文化にはほぼ触れなかった。一応、モニュメントバレーが現地のアメリカンインディアンの人々にとっての信仰の対象となっているようだけど、宗教的ニュアンスはあまり感じられなかった。
ラスベガスで自由行動の際、ギャンブルやショーにあんまり興味がなかったので地図で見つけた守護天使大聖堂なるものに行ってみたんだけど、ヨーロッパと違って建物は新しいし、街の中心や街の重要地点になっているわけでも全然ない。
私の見た範囲内におけるアメリカでの宗教は日本における近代的宗教と似てるなと感じた。日本におけるキリスト教や新興宗教に。つまり、文化の中心ではなく周辺である。
日本には神社(神道)や仏教みたいに歴史に根付いた宗教がある。長らく文化の中心を担ってもいた。
ヨーロッパでは言うまでもなくキリスト教。
アメリカは歴史そのものがそんなに長くないし、宗教が文化の骨組みだったことはないんじゃないか。

なので、ヨーロッパ旅行で魅力に感じられた宗教的精神性はアメリカ旅行では一切感じられなかった。

アメリカという比較対象を得たことでヨーロッパがかなり異常な世界だったんだなということを感じた。
宗教が歴史の中心だった中世に作られたものが多く残り、現在でも街や文化のベースになっている。
ただどうも私はヨーロッパのほうが気に入ったらしい。RPGでは僧侶系のキャラを愛用するしマンガでも主人公が僧侶系のジョブになりがちなように、私は精神性に興味があるようで、その分野はアメリカよりヨーロッパのほうが充実しているようだ。

なのでアメリカで得たものをまとめると、
* 真に広大な自然を目の当たりにしたこと(これはヨーロッパよりダントツに強かった)
* 銃を撃ったこと
になるかな。


銃は、反動の強さを実感できたのが良かった。
反動が強すぎると自分では制御不能になって武器としては使いこなせないなというのを実感した。

コルトリボルバーはだいたい予想していた程度の反動だったが、H&K USPは思っていたより反動が強く、拳銃でこの反動だったら使ってられないなと感じた。
コルトの.38リボルバーと何が違うのかなと調べたら、口径が違うらしい。
.38というのがコルトリボルバーの口径で、「.38スペシャル弾」というらしい。
今回撃ったUSPの弾薬が「.45ACP弾」というもので、これは大型拳銃用らしい。やはりコルトのやつより口径が大きいのだな。

今回撃った銃の中で最も反動が強かったのがM14バトルライフルで、これは反動が強すぎて引き金を引いた際の衝撃がもたらすカオスが大きすぎて制御できなかった。これで戦うのは無理があるなと感じた。的が巨大で対して狙わなくても当たるとか、援護射撃とかで別に的に当たる必要がない局面とかであればいいが、例えばFPSの世界に入ってしまってリアルM14を使って敵を倒していかねばならないというようだと使いこなせないだろう。

で、今回の実体験での結論としてはサブマシンガンがいい。
* ライフル弾ではなくピストル弾を使うので反動が弱め
* 拳銃と違ってストックがあるので胴体で反動を受けることができ、安定した姿勢で撃てる

で、サブマシンガンとしてはP90を撃ってきた。
射撃場には二回行って、一回目の教訓をもとに二回目での銃チョイスをした。私はサブマシンガンには興味なかったんだけど体験から学んだ結果サブマシンガンが良さそうだということで二度目に行った際にP90だけ追加で撃ってみたのだ。
結果、非常にいい手応えだった。

ただP90はいわゆる「ピストル弾をフルオートで撃つサブマシンガン」というのとは違い、通常のピストル弾を通さないケプラー製防弾チョッキが普及して今までの拳銃やサブマシンガンでは通用しなくなってきたので新しい弾丸とともに開発された銃らしいので、厳密には撃ってるのはピストル弾ではない。
Wikipediaによると、新規開発された「5.7x28mm弾」というのを射つらしい。P90のPは「プロジェクト」のことらしい。

で、とにかく、P90は反動が弱めだし構えやすいしで、とても撃ちやすくていい銃だった。これならもしリアルで銃を手に戦わねばならないとしても使いこなせる気がした。


と、今回の旅行での主要な感想は書いてしまったが、ではマンガに役立つ学びは抽出できるだろうか。
広さに触れたのは広さ好きの自分のストレス解消でしかない気がする。物語で表現するテーマがそれによって深まったという感じはしない。
銃を撃ったのもマンガよりはゲームの文脈での満足で、やはり物語を深められる視点や気付きが得られたというわけではない。

いまのところ、アメリカに行ったから思想がこう深まったと明確に言えるものはない。
なので、無意識のレベルで何らかのいい影響を受けてきたんだと思いこんでおくのにとどめておこう。

疲れがキチンと取れたら新しいアイデアを探さないとね。
| 雑記 | 22:49 | - | - | permalink |
18090801
考え事。
最近はDestiny2ばかりやっている。

次の金曜日からアメリカに旅行会社のパックのツアー旅行に行くのでその準備もちょこちょこやってきた。
行き先をぼんやりとしか把握してなかったんだけど今ちゃんと調べた。
* モニュメントバレー
* グランドキャニオン
* ラスベガス
だいたいこんな感じ。
州でいうとアリゾナ州。つまり、南に接するのはメキシコで、西は西海岸のカルフォルニア州。東はニューメキシコ州。

最近この旅行のための予習としてアメリカ西部の歴史のドキュメントドラマをネットフリックスで見ていた。
OK牧場の決闘で有名なワイアット・アープが活躍した街トゥームストンがアリゾナ州。旅行で行くところよりはもっと南だけど。
ビリー・ザ・キッドが活躍し、保安官に射殺されたのがニューメキシコ州。今回行く州の東隣がニューメキシコ。
つまり大体「西部劇の本場の雄大な自然を見たい」という意図にはマッチしたところになっていると考えて良さそう。

あとは病気したりパスポート忘れたり台風で飛行機が墜落したりして行けなくなるという事態にならないことを祈るのみ。ツアー旅行に一人で申し込むと割増料金めっちゃ取られるんだけどそれを受け入れて払ってるんだからムダにしたくないからね。


マンガのことを考えよう。
「作家のテーマ」に憧れがある。
クエンティン・タランティーノだったら「復讐」。

最近ダルトン・トランボ脚本の映画「黒い牡牛」を見た。
トランボは赤狩りがハリウッドに吹き荒れたとき仲間の共産党員を売らなかったためにハリウッドから追放されたのだという。しかし匿名で「ローマの休日」だとかの脚本を書いてアカデミー賞まで取ってる。
で、トランボの作家的テーマが「叩かれても叩かれても負けない不屈の闘志」だ。奴隷剣闘士が反逆する映画「スパルタカス」もトランボ脚本だ。
「黒い牡牛」では、主人公の少年が自分の牡牛のヒターノを守るためにメキシコシティで奔走するとき、失敗しても失敗してもめげずに動き続ける。大統領にお願いしようと思って宮殿に行くんだけどここは今は博物館になってて大統領いないよと言われ、大統領のいる官邸に行くと中には入れないと追い返され、しかし公用車のトランクに忍び込んで潜入し、大統領に直接掛け合うことに成功する。
闘牛に出されたヒターノは闘志あふれる牛で、刺されても刺されても闘牛士に立ち向かっていく。
やられても倒されないという、トランボ自身の人生と重なるテーマが込められていると。

最近「ストーカー」「惑星ソラリス」「鏡」と立て続けに見てきたアンドレイ・タルコフスキー監督なら、「真の願いと、それを叶えるのは必ずしも幸福ではないということ」みたいなのがテーマっぽい。

「エイリアン」や「ブレードランナー」のリドリー・スコット監督なら「作り手(神)と被造物の関係」みたいなもの。人間がアンドロイドを作るとアンドロイドにとって人間が神になる、で、アンドロイドが神になるために新たな生物を作る、みたいなはなし。

そういう感じで「その作家特有のテーマやモチーフ」に惹かれる。

で、自分にとってのもそういう固有のテーマを長年探していると。
多分この結論は一生更新されていくようなものだろうから「いつのバージョンなのか」という情報とセットで語るべきものなんだろう。
現状では、「親切にすることで・親切にされたほうが力を開放する」ということになってるようだ。「邪竜の翼」「メフィストフェレスのアイドル」で共通した構造になっている。
つまり、描きたいシーンの中心が「(主人公がヒロインに)優しくするシーン」であると。で、そのシーンからどう続けるかという事を考えた結果、「優しくされたほうがパワーアップして活躍する」というのがおさまりが良いと。

なので、次の作品では?
* 「親切にすることで・親切にされたほうが力を開放する」の構造はそのままで、別のバリデーションを探る?
* 「(主人公がヒロインに)優しくする」の次の展開に別のアイデアを持ってきて構造を変化させる?

ダルトン・トランボからの学び。
テーマを先に持っている場合、そのテーマを表現するのに適した構造の文化や歴史的エピソードを探して作品化するという順序がありうる。
「不屈の闘志」を体現する人物がスパルタカスだったと。
闘牛の牛からも不屈の闘志を見ることができる。
で、多分最後は勝利しなくてはならないのだ。だから武蔵坊弁慶は不屈の闘志があるだろうけど最後は負けるのでダルトン・トランボ的ではない気がする。徳川家康はいいかもしれない。同時代の信長や秀吉に先に天下を取られたが諦めずに長生きし、最後に天下を取った。

では私好みの構造を文化なり歴史から探するとすると?
艦これで駆逐艦電の歴史について調べてて、敵艦を倒したあとその乗組員を救助したというエピソードがあった。そういうのが私好みだ。

「優しくするシーン」をもっと厳密に考えたらどうか。ダルトン・トランボの場合は「叩かれたり失敗したりしても立ち上がって立ち向かうという繰り返し」が重視されているように思う。

まず重要な視点は利益だな。優しくする方は利益を目的としてはいけない。むしろ自分が損をするけど親切にするくらいでないと美しくない。
だから「恩返し」というのは論理的に繋がりが自然なので良いコトワリなんだけど、これを折り込み済みで親切にするのならそれはビジネスになってしまう。なのでそこはNGである。扱いが難しい。
恩返しは計算されてはならない。
だから、優しくした結果、利益が優しくしたものに返るのではなく、優しくされた者にポジティブなフィードバックがある、というのが良いということになる。
まあ〜、端的にいうと「福祉」ということになるかなあ。

ま、まだ具体的なアイデアの手がかりすら見当たらない状態で別に良い。
少し考えたところ、構造は変えずにバリエーションを変えるという方針が向いてそうではある。

今日は考え事この辺にしてDestinyやるかな。
| マンガについての考えごと | 23:26 | - | - | permalink |
18082601
アイデア考え。

ゴジラ対艦隊これくしょん。

プレイしていたベセスダのPS4のゲーム「PREY」をさっきやっとクリアした。
終盤で面白かったのはプレイヤーに何を選ぶのかと問うてくる実存的展開だった。
それはデトロイトビカムヒューマンで私を虜にした要素なので、私は「実存を選択する」「選択によって自分の価値観を表明する」のが好きなんだなと感じた。

そこでゴジ艦。
現段階のアイデアはあまり面白くない。
選択要素がない。
だからモチベーションが上がっていない。

「邪竜の翼」のクライマックスはナカヨシがピンナをどう扱うかという選択にあった。だからモチベーション高く描けた。

ゴジ艦にも選択を導入できるといいんじゃないか。


着想。
やはりメカゴジラを出す。

鎮守府としてはゴジラを討つべきかメカゴジラを討つべきかの選択になる。

いや、したらゴジラと共闘してメカゴジラと戦うのか?
ゴジラは放射能火炎を吐くような怪獣だから人類に対する妥協のない敵であるべきだ。


ゴジラから離れようか。

艦これ短編を描くとして、では艦娘たちが真に倒すべき存在はなんなのか。
私の脳内では深海棲艦との戦いは儀式みたいなものなので妥協なき闘争ではない。

艦これ短編をアクションだと考えるべきではない?


艦娘たちによる攻撃を純粋な武力と見るとき、倒すべき相手を発想できると良い。
あるいは提督(主人公)が艦娘を助けるという展開だと私好みで良いのだけど、ゲームシステムとの整合性を考えるとその展開は難しい気がする。

艦娘が倒すべきなのは軍国主義。歴史の過ちを繰り返そうとする動き。
現代では軍国主義は現実的ではない。戦争の相手はテロリストになっている。

あー
ブッシュ大統領が石油利権のために911絡みで関係のないイラクとの戦争を始めた。これは艦娘たち的には悪だろう。
ということは無用な戦争を始めることが悪である。では有用な戦争などというものはあるか?


停滞してきたので切り替える。

艦隊これくしょん対メカゴジラにしてはどうか。
ここでのメカゴジラは戦争しようとする人類の愚劣の象徴。
しかし、敵は誰だ? メカゴジラは誰相手に戦争しようというのか。うーん。


ちょっと噛み合う設定が考えつかないな。現代社会を反映したアレンジであるべきで、しかし、うまく思いつかない。

艦これで非アクションを考えるなら?

ソフトストーリー的な…?

非アクションの艦これ短編なら、艦これをプレイしているときの自分が感じたことをベースにするようだな。
あるいは会話劇… でもどうもそういうソフトストーリー的なのはあんまりモチベーション高まらないらしいんだよね。邪竜の翼がやっぱりしっくり来たなという感じで、象徴力が高くて戦いがあるというのが性に合うみたい。「お嬢様と執事」とか「ノーブレイン」とかみたいな会話劇の方向よりはこういう動的な物語の方を伸ばしたいと感じる。


あー

「シン・ゴジラ」や「宇宙大怪獣ギララ」のように、巨大な課題があって、それに対していかに対処していくかというお話は見る分にはいいけど作る分には嫌だ。つまり選択がなく一本道である。道自体は枝分かれしているんだけどマンガではそのうちの辿られた一本を提示するというのがいい。やはり選択だ。

選択的状況をいかに作るかというのが私好みのお話作りのキモになる?


今日はここまでにするか。
| マンガについての考えごと | 00:43 | - | - | permalink |
艦これ二次創作設定自分の場合
自分は艦これの設定をこう解釈して二次創作しているというのを見るのは面白い。
自分の場合を書き出してみよう。

[艦娘]
* 戦争犠牲者たちの傷ついた魂を癒やすためにやってきた天使。
* 現実世界に顕現するのにあたって、実在した軍艦を媒介にしている。
* 多くの魂を自分という器に乗せてあげている。船なので多くの人を乗せることが出来る。
* その実在艦の実際の乗員だけではなく傷ついた魂全般を分け隔てなく乗せている。
* ニギミタマ寄りの存在で、穏やかな生活をおくることで乗せている魂たちを慰める。

いや待て、船に宿っていた付喪神的なものが現代において天使的役割を帯びて顕現したのか?
いや、やっぱり媒介説のほうがいいな。建造やドロップで同艦がダブるケースの説明になる。

[深海棲艦]
* 艦娘と同じく戦争犠牲者たちの傷ついた魂を癒やすためにやってきた天使。
* 怨念・アラミタマ寄りの存在で、怒りを爆発させることで怨念のガス抜きをする。
* 本質的には艦娘と同存在で、別の側面が顕れているのに過ぎない。

[同艦かぶり]
* 建造やドロップで同艦がダブる場合、同じ艦をモデルにして別の天使が顕現している。

[艦娘の解体]
* 天使に現実世界での器を破棄させてお帰りいただく。

[近代化改修(合成)]
* 素材側の天使にはお帰りいただき、乗っていた魂たちを強化側の艦娘に移乗させる。

[轟沈]
* 艦娘→深海棲艦へのフェイズチェンジ。これは艦娘=深海棲艦内でのルール。鬼ごっこの鬼の入れ替わりのようなもの。

[艦娘ドロップ]
* 深海棲艦→艦娘へのフェイズチェンジ。これも艦娘=深海棲艦内でのルール。


艦娘たちが消滅するのはその役割を追えたとき、つまり戦争犠牲者たちの魂が完全に癒えたとき。
戦争犠牲者の魂の傷は永遠に消えない。
なので艦娘と深海棲艦との戦いは永久に続く。
第三次世界大戦でも始まれば、そこで使われた軍艦が新しい艦娘となり、癒やされるべき魂の対象範囲も広くなる。
| マンガについての考えごと | 09:25 | - | - | permalink |
18081902
アイデア考え。

まだゴジラ対艦隊これくしょんを練るつもりだが、こだわらなくてもいいな。
艦これ物で別のお話が考えつくならそれでも良い。
オリジナルで別のお話が考えつくならそれでも良い。


ゴジ艦。

ゴジラには人間の通常兵器は効かない。
通常兵器が効かないのは深海棲艦に対しても同じ。
深海棲艦には艦娘の攻撃が効く。霊的な力が宿っているからだと考えられる。
すると艦娘の攻撃はゴジラにも効く。戦争犠牲者の荒ぶる怨念を鎮めるという霊的パワーが作用する。

でもひねりが足りないな。艦娘の攻撃は効くことが判る→しかしそれだけでは倒せない→何らかの状況の変化があってそれで倒せる。
* 援軍が到着する
* 新兵器の開発に成功する
* 艦娘たちが現場でパワーアップする

ゲームを題材にするとゲームシステムに沿わねばならないのがキツイ。
艦娘がパワーアップするなら改になるとか改二になるとかにしないといけないだろうけどそれは港でやらないといけないので戦闘中に劇的に変身するという訳にはいかない。

ゴジラとの戦いにいかに逆転要素を持ち込むか。夜戦?

うーん。どうもうまくいかない予感がする。

ゴジラ対艦これ以外のアイデアのネタも探していくようだな。
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