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20072602
考え事。

今考えようとしているアイデアはまだ具体的なところは思い浮かんでない。

別の着想にも目を向けよう。
何ヶ月かにかけていろいろな着想を試した結果、いくつかのアイデアが組み合わさって発展するというケースが多い。

社会問題。
ツイッターでフォローしてる社会福祉運動家の方が以下のようなことを言っていた。
* 性産業は職業として認めるべきではない。
* 職業として認めると、それをすれば生活できるんだからそれをしろという圧力になってしまう。
* しかし実態は奴隷制のような搾取である。
* 性産業をなくし、それをしなくては生活できないような状態の人は福祉で支えるべきである。

つまり性産業は卑しいという蔑視から「まともな職業でない」と言っているのではなく、それが職業として成立してしまうためにその搾取の構造が温存されてしまう、それが問題であると言っているようだ。

たとえば生活に困窮したシングルマザーがいるとして、生活保護を申請する。
窓口の人が「働いて自活しなさい」という。
雇ってくれるところがない、または子育てをしながらでは十分な賃金が得られるほどの労働時間はとれないと訴えるとする。
このとき、窓口の人が「お水でも何でもやればいいでしょ」と要求するとする。
性産業が職業として成立してしまうとこういうことになる。おそらくこれは日常的に起こっていることなのだろう。
仮に現代に奴隷制があるとして、ただし自ら選んで奴隷にならない限り奴隷の身分になることはないとする。しかし、生活の困窮から選択の余地なく奴隷にならざるを得ない人はたくさん出てくるだろう。
だから、奴隷制が成立してしまわないように法律で禁止しておかなくてはならないし、奴隷の身分に自らを落とさなくては生活できないようなひとは福祉で支えなくてはならない。基本的人権の尊重だ。

性産業はそれと同類の構造になっているということらしい。
性産業が、困窮した人間の受け皿になっている。「そのお仕事があるおかげで多くの人が生活できている」から社会的に有用である、という風に一見見えてしまうが、そうではなく、そのお仕事が規制されていないせいで経済的困窮からその搾取の構造に身を落とさざるを得ない被害者をなくすことができない、ということだと理解すべきであるようだ。

この発想は自分にはなかったので勉強になった。

これはマンガの題材にならないかな。うーん。


ゴーストオブツシマは3D酔いするのでプレイしなくなり、代わりにアズールレーンをプレイし始めた。
アズレンでなにか描けないかなと考えようとしているが特に思い浮かんでいない。

ちょっと考えたのが、マンガを描くハードルを下げるには社会問題の要素とストーリーとを減らすことだなということ。
ストーリー構造があり、かつ、社会問題を直接なり象徴なりで扱っているマンガというのが理想だが、考えつくハードルが高い。
例えば悪役をもっと安直なものにして描ければハードルが下がるのではないか。
もしくは、社会問題についての意見の表明という目的を離れて別の目的で描けるようになればさらにハードルが下がるのではないか。

アズレン、というか二次創作の文脈で考えると、ただキャラとキャラが仲良くわいわいやっているだけでいいとか。「仲良くやっているシーンを描く」というのを目的とする。社会問題もストーリーも要らない。

そのコンセプトでも良い。
ただしネタが浮かぶかというとすぐに浮かぶわけでもない。


映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』を観た。キュウレンジャーと仮面ライダーエグゼイドの頃の映画。
昨日はウルトラマンXの映画を観た。

どちらもそんなに面白くはなかったんだけど、やはりヒーローモノは良いなとは感じた。
ニチアサヒーローモノに出てくるような悪役を自分なりに作る工夫を考えてはどうか。
悪役に求めるハードルを下げる。
宇宙から来た侵略者とかで良い。
ただし、やはり単純でも少し社会問題を入れるといいんだろうな。なんかしらかの風刺。

いや、待てよ。
最近見たキラメイジャーの悪役。例えばリセットボタン邪面。リセットボタンの能力を持ってる。リセットボタンを押すと時を巻き戻して戦いをやり直すことができる。それ自体に「悪」という属性はない。ただ悪の組織の手先として派遣されてくるから悪役であるだけ。善悪というメッセージ性はなくて、パズルのようにその攻略の工夫を観て楽しもうというコンセプトだった。

ヒーローモノで、かつ、善悪を扱わない?うーん。
この場合のモチベーションは「ヒーローを描きたい」である。「悪役を描くのを通して問題提起したい」ではない。悪役は何でもいいと言える。

ヒーローだけ描いて善を示すことはできるのか?
ヒーロー映画を観てヒーローになりたいと感じるとき、別に正義や悪を意識してないかもしれない。ただ、変身して戦いたい。

ヒーローになれるとして、どんな相手と戦いたい?
…やっぱり侵略してくる異星人や異世界人ではなく、世界の破滅を目論む破壊者でもなく、弱者を虐げる権力者だな。するとそれは「やってくるもの」ではなく「すでにあるもの」でなくてはならない。

第二次世界大戦の前あたりの時代なら「侵略者」のイメージを現実的なものとして考えることができたのではないか。
というかどうしても社会的視線が抜けない。やはりヒーローを扱おうとする限りは避けて通れないな。


ゲームの二次創作、およびpixiv企画ものの場合、社会問題を意識しないで描ける。
基本はギャグになる。

うーん。

難しく考えすぎだな。二次創作であれば、気に入ったキャラがいればそのキャラについてぐるぐる考えてればネタが浮かぶことが多い。気に入ったキャラがいない場合それを探すということになるか。


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追記。
アメコミ、というかマーベル映画では悪役に社会問題との関連性がある。
スパイダーマンホームカミングのヴァルチャー。大企業(トニー・スタークの会社)に仕事を奪われたため、社員を食わせるために違法な商売を始める。
ブラックパンサーのキルモンガー。抑圧された黒人として、ワカンダの優れた科学技術を黒人解放のために惜しみなく使うべきだと主張する。

社会問題への関連性という点で私の好みは日本のヒーローモノよりマーベル映画のヒーローモノの方にマッチしている。
アメコミ映画でもジャスティス・リーグのステッペンウルフみたいにどうでもいい感じの悪役だとノレない。



ニチアサ的に社会問題とは無縁の悪役だったら考えるのが簡単かと言ったら、そうではない。そういうのはそういうので考えるためのテクニックが必要だし、私にはその勘所がわからないからむしろ社会問題をヒントにして考えるよりも難しいんじゃないか。
だから「ハードルを下げるために社会問題という視点を減らそう」という発想はむしろ逆効果なのだ。私の思考方法の場合は社会問題と絡めることがヒントになるのでハードルが下がるのだ。
あるいは、「社会問題」というよりは「現実との関連性」というべきかもだけどね。
| マンガについての考えごと | 19:36 | - | - | permalink |
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