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20070602
考え事。

優しくするシーンについて。

誰が誰に優しくするのかという構造の設計が主張になる。
これはやはり戦いを描くのに似ていて、誰が誰を倒すのかによってメッセージになるのと同じ。

戦いを、権力者が弱者を倒すものとして描くなら権力側に与する主張になる。
つまり戦いにおいては善悪、正義のメッセージが物語を通して発生するということだな。
私としては弱者が権力者を打倒するという物語が良い。

で、優しくするシーンの設計と主張。
誰に優しくするべきかというのがまず主張になる。
たとえばホームレスの人物が出てくるとする。

鬱屈を抱えた主人公がストレス発散のためにホームレスを襲撃する
→ ホームレスを人間扱いしていない。

ホームレスを「怠け者め」と罵る
→ 自己責任論の主張になる。

ホームレスの人物が売っているビッグイシューを買い、お釣りは受け取らない
→ ホームレスへの支援は価値があるという主張になる。

うーむ。
優しくするというシーンを描くだけで常に善いメッセージになるのではないだろうか。相手が誰であれ。
愛と平和というヒッピー的なメッセージに常につながる。
だから優しくするシーンを描きたいなら欲望のままにそれを描いているだけでも一定の価値があると言えるんじゃないか。

で、社会的メッセージを込めるなら…
世間では非難されているけどその非難は不当であって我々は彼らに寄り添うべきだ、という対象をターゲットにするといいんじゃないか。
優しくするシーンの対象とすることで、そのマンガ世界はその対象の側に寄り添っているのだというメッセージを発することができる。
世間に蔓延する自己責任論が私は私は嫌いなので、失敗者に寄り添うというのがまず考えられる。
そんな感じで列挙すると…
* 失敗者
* よそ者(在日外国人)
* 低賃金労働者
* 敵(敵を愛せという教え)

映画『JSA』では南北朝鮮の兵士同志の友情が描かれていてぐっと来た。敵を愛せというのは社会的テーマ…というよりは哲学的テーマだ。
敵というと…
権力者。これはNOだな。「権力者に媚びる」という図式になる。
ネトウヨ。これはありだと思う。ネトウヨというのは結局思想ではなくて寂しさの表現であるケースがあるんじゃないか。孤立感があり、一体感を求め、ネトウヨという渦に身を任せる。

うーん。

眠くなってきた。ここまで。
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