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20070601
なんか考えよう。
怪獣に味方する怪獣の着想はモチベーションが下がった。昔SNSで見かけたマンガに、仮面ライダーの悪の組織の雑魚戦闘員が主人公で、仮面ライダーを冷酷非道な存在として描くやつがあったと思うんだけど、結局発想がそれと同じだ。私はあのマンガあんまり好きではなかった。

怪獣を守る怪獣を出すには、怪獣を怪獣だというだけで殺そうとする存在が必要で、それは最近のウルトラマン(をパクったもの)になるだろう。しかし、それは結局ヒーローを中身を悪役に入れ替えて描いているだけなのでマッチポンプ的である。
ちゃんとコスモスのときのように、怪獣との共存をテーマにしたシリーズもあるのだから、ウルトラマンを怪獣虐殺者として描くのは恣意的すぎる気がする。フェアでない。

それに、とにかく怪獣をデザインするのが難しい。
図鑑を見たり過去のウルトラ怪獣を見たりしてデザインしようとするんだけどハードルが非常に高い。
女体と違って怪獣は造形的に好きで描きたいというわけではないのでビジュアライズは非常にしんどい。

でも怪獣を出す時は怪獣側のキャラを描くのが私の基本スタンスらしいのでまたやるだろうけど一旦撤退。

別のことを考えよう。

どんなマンガを描きたいかと基本の問に戻る。
* 美挙が描きたい
* 優しくしているシーンを描きたい
これも以前からの基本。
邪竜の翼がこの路線でかなりうまく行った例。

この路線で新しい発想出ないかな。
最近見た映画で「自分だったらこうするのに!」って感じたものなかったかな。

優しくしているシーンを描くのがマジで好きで、最近の国津神マンガなら例えばこれ。


ただ、こういうのは、描いて気持ちの良いシーンを存分に描きたいというモチベーションなので、方向がポルノになってくる。
優しくするというシーンに真面目な意味付けを与えてうまく象徴の手法にうまく落とし込んで利用できればポルノに行かずに発展させられるかもしれない。

優しくするシーン。
* オオクニヌシがイナバノシロウサギに傷の癒やし方を教える
* 笠地蔵でおじいさんがお地蔵さんに笠をかぶせる
* 浦島太郎が亀をこどもたちによる迫害から守る

優しくするという行動自体がなにかの象徴になるわけではないな。
優しくすることがどういう結果をもたらすのかという、理(ことわり)を表現するのがそのシーンの機能になる気がする。
笠地蔵ならお地蔵さんに優しくすることで恩返しとして財を貰える。
鶴の恩返しでも、鶴が恩返しで奉公に来る。

優しくするという行動は物語の世界では良い結果をもたらすという法則がある。

あー

物語は本質的に「解決」に向かう。解決すべき問題があって、解決に向かう。
解決させる手法は主に闘争で、敵対者に勝つことで問題が解決される。
優しくするというイベントは、問題解決の流れにおいて使いやすい。問題をズバリ解決することもあるし、問題解決のためのフラグを立てるのにも使える。

だから実は普通にお話を描こうとするとだいたい一箇所は優しくするシーンを入れるのは容易にできるということだ。

と、いうことは、普通のお話を描こうとすればいい。その解決の道程の中に自分へのご褒美的に優しくするシーンを入れれば良い。これはバトルを描くのが好きな作家がバトルの豊富なマンガを描くの同様の現象である。「あの作者はバトル描写にこだわりがある」みたいな感じ。
優しくするシーンをバトルのように描けばいいのだ。

あんまり役立つ発見じゃないな。うーん。

一旦区切ろう。
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