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20063001
マンガの考え事。

* お話と社会的主張とのバランス
* 正義を振りかざすお話は癒やされない


お話と社会的主張とのバランス。
私は自分のマンガに社会問題なんかをテーマとして入れたがる。
現実世界と全然関係ないところで終止するお話が嫌なのだ。だからネトフリのアニメ映画のゴジラシリーズはキツかった。
なんだけど、一方で、小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』のように、政治的なり社会的なりの主張だけでできたマンガも好きではない。自分が描くものがそういうものであるのは嫌だ。
きちんとエンターテイメントを志したお話があり、そこではテーマとして社会問題なりの現実世界と噛み合う要素がある、というのが良い。
お話と社会要素とのバランスが本質的に大事である。


正義を振りかざすお話は癒やされない。
私は常にツイッターに張り付いているのでいろんな意見をツイートで見かける。
最近感じるのは、いや、最近でもないな、つねづね感じるのは、右傾化と分断とが進んでいるしそれらが煽られているということだ。
在日外国人を叩くとか、生活保護受給者を叩くとか、弱者がより弱い立場のものを攻撃するという図式を感じる。
それは首の締め合いであって、我々の生活を向上させるという目的に対しては効果がなく、むしろ逆効果である。
だからそういう、弱者を攻撃したりヘイトを煽ったりするのは間違っているぞ!というのが主張になり得るんだけど、じゃあそうやって描かれたマンガを想像すると、どうも内容が殺伐としていて読みたいと感じられない。
正義とか義憤とかから出発するのは上等ではないかもしれない。
ヘイトを煽るような愚者たちに着眼するのではなく、抑圧されている人々に注目し、彼らを応援したり彼らに寄り添ったりするという心情を出発点にするといいのではないか。『マッチ売りの少女とデッドプール』とか『メフィストフェレスのアイドル』なんかはその系統だったはず。

あー


ヒーローと戦う。
『怪鳥以津真天現る』におけるタケミカヅチのポジションは通常のニチアサ的ヒーローのものだ。
オオクニヌシたちの戦う相手は基本的にそういうスタンダードなヒーローになるのではないか。
ウルトラマンとか仮面ライダーとか、露骨にモデルが判るヒーローキャラを出して、オオクニヌシたちをそれと戦わせる?

うーん。一旦区切り。
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