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20042702
アイデア練り。

怨念怪獣対ウルトラマンの着想が自分の中でそれなりに盛り上がっている。これをさらに継続してみよう。

ウルトラマン、またはそれに準ずる創作の巨大ヒーロー。
怨念怪獣、または牛久大仏、またはそれに準じる創作の巨大ヒーロー。

例えば怨念怪獣側をウルトラマンジャスティスのようなセカンドウルトラマンにして戦わせればどっちが勝つかわからない展開になって面白いのでは。
大魔神なんてどうだろう。系統の違う特撮ヒーロー。

二人のヒーローの対決となる。
* 既存の秩序を守るもの。ウルトラマンのイメージ。平和を乱すものと戦う。
* 既存の秩序の非道な部分に挑戦するもの。告発者。平和を乱す。

両方気に入ってきた。いいぞ。
片方に正義を寄せないほうがいい。私としては平和を乱す側に自分の所属を感じるが、かと言ってこっち側を正義として描くのではなく、最終的にはやっぱりこっち側が悪いという描き方をすると良さそう。

つまり止むに止まれぬ破滅的行動であると。
溜まり溜まった怨念が振り上げた拳の振り下ろし先を探しているだけで、建設的にきちんとした解決まで道筋の通った論理的行動ではない。


ウルトラマン側。
これは「我慢強くちゃんと考えた正義」としよう。
仮に牛久の入国管理センターを破壊して難民たちを解放しても彼らに正当な権利や生活の補償が与えられるわけではない。結局は難民たちをさらなる窮地に追い込む結果になる可能性が高い。
本当にちゃんと解決するなら政治家になったりして法律や制度を変えないといけない。民主主義のシステムに則って社会を変えるべき。
現在の民主主義の社会システムも、完全ではないかもしれないが人間が歴史を積み重ねてきて作ってきたかなり優秀なシステムであり、これを維持することは華々しさがなくてつまらないように見えるかもしれないが結局は多くの人間の生活や幸福を守ることにつながる。
だから破壊を食い止めることは正しいことなのだ。これが既存の社会秩序を守る側の立場。

怪獣側。
人権を奪われて閉じ込められた人々の無念、怨念を感受する。
彼らの無念を表現してやりたい。
その行動が客観的に具体的に彼らの生活の改善をもたらすという理性的な行動ではなく、やるせない、やりきれない、爆発せずにはいられない、その感情の爆発を行動に起こす。
情緒的な行動であり、だから辛抱強く取り組む正義に比べると正義度が弱い。よって敗北する。

だからこのマンガ全体でいうと「描かれる意義」は「問うこと」にあるというふうにしていくべきなのだろう。問題提起のきっかけになれば良い。

現状の着想では主人公のナカヨシは怪獣を召喚して難民たちの無念を代弁するだけで彼自身は戦わない。
ナカヨシ自身がウルトラマン的なものに変身したらどうだろう。より面白いんじゃないか。怪獣を呼ぶのではなく自らが怪獣になる。

ウルトラマン的存在に変身するのは何者なのか。ここもアイデアが欲しい。

一旦区切り。
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