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20041101
いまいち考え付きが悪くてもやはりマンガの起点はブログでの考え事から。

自分のマンガのうちストーリーマンガではないものを思い起こす。
「常(つね)なる者」-「異(い)なる者」のコンビであることが多い。

シータさんシリーズ:常=作者、異=シータさん
マンガが描けない島シリーズ:常=作者、異=まどかさん
ガチャ巫女さんシリーズ:常=MOB(たまに作者)、異=ガチャ巫女さん
アイドルマスター二次創作:常=プロデューサー、異=各アイドル
艦これ二次創作:常=提督、異=各艦娘


異なる者の「異」性を表現するには基準となる「常」が必要。
だから基本構造が「マンガ的に作られたキャラ×モブ」という風になってる。
もちろん、強調される重要な要素は「異」の側だ。

大抵自分の投影キャラが「常」のポジションを担当してる。
この常異の構造はストーリーマンガにも当てはめることが出来、主人公(作者)が常のポジションを担っている。
私は「主人公のキャラを濃くしたい」と考えている。常異の構造で言えば異側を主人公に持たせると。
なんだけど、その発想は持たなくていいかもしれない。

以前小さな商社でデジタル何でも係担当だったとき、デザインをすることも多かった。デザインというのは限られた枠組み(面積とかページ数とか)の中に諸要素を配置するもので、目立たせる・強調のやり方は「パーセンテージを割り当てる」ことにしかならない。
要素が3つあるとして、70%・20%・10%というふうな強調割り振りに従ってデザインするという感じになる。
で、指示者がデザインを理解していない場合、「これももっと目立たせて、これも、このアピールもいれて」と、ドラゴンボールで戦闘力がエスカレートしていくかのように全てをアピールしようとする。
それに素直に従うと、5%・5%・5%・5%・5%・5%・5%・5%…
みたいになって全体としてはなにも目立たずに印象に残らないということになりがち。

役割の割り振りが必要なのだ。

だから私のマンガで主人公のキャラが薄いのは必要があってそうなっているのではないか。
邪竜の翼ではいちばん重要なキャラはヒロインのピンナで、ピンナを強調するためにはピンナとリソースを奪い合わないキャラを主人公にするべき。
主人公が持つ要素が多すぎると作品内でそれを説明するリソースをそっちに割かねばならず、ヒロインを描くパーセンテージが減り、相対的に「常異」の常のポジションがピンナになってしまう。

pixivファンタジアにおいては重要なキャラ=異のポジションのキャラが自キャラになるから創作マンガでの主人公よりもキャラが濃くなるという構造じゃないか。
創作マンガでは物語に登場するすべてのキャラを自分が作る。
「抑圧者」「被抑圧者」「主人公」のみっつの役割になるから、割り振りは20%、50%、30%という感じ。被抑圧者=ヒロインが私のマンガでは最重要。
pixiv企画にキャラを出す場合、主人公キャラ以外のキャラは他の参加者が作るもので、なので自分が作るキャラには100%のリソースが割り振られる。なので役割が繰り上がり異の者にできる。

で、ここから本題なんだけど、常の者であってもキャラは濃くできる。
本当のキャラの濃さとは凝った設定のことではなくて作中での行動のことなのだ。
異の者のキャラの濃さというのは設定の情報量の多さ。設定の濃さ。静的。
常の者が濃いキャラを発揮するとすれば物語本編中での行動の情報量の多さや意外性。行動の濃さ。動的。

つまり、主人公(というか作者の投影)はモブっぽい、薄いキャラで良い。邪竜の翼の僧侶ナカヨシみたいなのが丁度いい。で、作中の行動によって「本当のキャラ立ちとはこういうことだ!」と証明するような意気込みを持つのが良い。

pixivファンタジアでのナカヨシたちのほうが例外だと考えていいし、何なら私のPFナカヨシたちもみんなろくに過去設定も持ってない「薄いキャラ」だとみなすこともできる。ただしpixivファンタジア開催期間中に沢山行動して動的なキャラの濃さを獲得していくという点では創作マンガのナカヨシと同じなのだと言える。

昨晩考えた「えんとつおとこ」、このキャラを活かすためには相手のキャラが必要になる。で、えんとつおとこが異の者だから相手は常の者であるのが基本になる。そこがちょっとやりにくいかも。
お相手のキャラが十分に濃ければえんとつおとこを常の者ポジションにできるが。


ここまで考えるとどうも、ヒロインを考えるべきな気がしてきた。pixivファンタジアのノリでナカヨシ=作者の投影キャラを作ろうとしてしまうが、創作マンガにおいてはナカヨシのお相手になる側のキャラのほうがより重要。重要な要素から考えるべきであると。

「感想がもらえないで筆を折ってしまった同人作家さんに感想を届けて復活してもらう話」を書きたい場合、感想を届ける側のキャラよりも感想を受け取る側のキャラをしっかり作らねばならないということだな。


一旦区切る。

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ゴジラ対ビオランテパターンを考える。
これは異の者×異の者なのではないか?
と思うんだけど、この映画が出るまでの間にゴジラは何度も映画化されていて、既におなじみの怪獣となっている。ゴジラVSモノに登場するゴジラは常の者ポジションに近い。
異の者がどうやってゴジラに対抗するのか、というのが映画の主題のひとつになる。前提の基準としてゴジラがいる感じ。




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