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デス・ストランディングを五時間ほどプレイしたので休日を休日として消費したとみなそう。
もうちょっと転職の話題を考える。

職業選択において「こういう仕事が良い」というイメージは過去の記憶と結びついて導き出されている。
コンビニ店員時代に感じた「座ってパソコンに向かってできる仕事が良い」。
デジタル雑用時代に感じた「じっくりひとつのものを作ってスキルが深まる仕事が良い」。
上記ふたつから導き出された職種がプログラマであり、上記の記憶があるから自分にとってファイナルアンサーな究極の職業という印象がついている。
これを批判したい。

第一に、理想の形は変わる。状況や経験に合わせてゴール自体が動いていくというのが私の哲学だ。だから「座ってパソコンに向かってじっくりスキルを伸ばしながら物を作れる仕事」というゴールは「以前のゴール」にすぎないと考えられる。
介護職だってコンビニ店員時代に比べれば「専門性があってひとの役に立ち、正社員で働けて求人の多い仕事」という理念に照らせばそれを満たしていると言える。
デジタル雑用時代も「座ってできるパソコンの仕事」の時点での理念形は満たしていたと言える。

だから次の職業理念系にアップデートすべきなのだと考えられる。
場所のフレキシビリティは重要。すると最初の要素は「職場の融通が聞きやすい仕事が良い」。
例えばタクシー運転手を本当に検討するなら「ひとに接する」「ひとにサービスする」ということにポジティブな態度を持っているべきだが自分はどちらかと言うと人と接しないほうがいい。しかし、コンビニ店員や介護職をやっていたときも仕事としてひとと接する事自体は別に苦ではなかった。介護職が無理だったのは認知症ケアがしんどいからで、あれはどんな人間がやっても消耗が激しいと思う。
ひとに対して感じよく接する事自体は自然にできると思う。向き不向きで言うと可もなく不可もない感じ。その程度の意識で仮にタクシー運転手職に応募したとして受かるのか?
いやでも、「地域を支える」という角度から見てみたらどうだろう。海外旅行の際に帰ってくる時、駅から自宅までタクシーを使う機会があった。地域住民を支える足としてのタクシー。しかし私は逆になぜこんなにタクシー運転手に肩入れしているんだろう。職種を変えるにしてもタクシー運転手はひとつの候補に過ぎなかったのではないか?
ま、いいや。予め考えておいたことが役に立つかもしれないし考えてると不安が紛れる。

地元、というか「好きな土地」で働きたい→「好きな土地」の構成要素として貢献したい…貢献したいと言うとなんか胡散臭く聞こえるな。「好きな土地に根ざしたい」こうかな。で、どの土地にも仕事がある普遍的な仕事。やっぱりタクシードライバーが念頭から離れてないな。
コンビニのバイトした時、店長に志望理由を「自分はマンガ家を目指しているのでフリーターの期間が長くなると思う、なので仕事の基礎力として様々な業務を内包するコンビニから始めようと考えた」というようなことを言った記憶があり、それは店長からも理解を得られた。

うーん。

まとまってないな。「アップデートされた『こういう仕事が良い』観」について考えるという課題を得た。一旦区切ろう。

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メモ:
仮に最寄り駅でプログラマの仕事があったとして、ということを考えてみてはどうか。

| 雑記 | 20:49 | - | - | permalink |
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