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19100801
考え事。
ふたつ。

1.
現実世界で現在起こっている事件を元にしてマンガを描くという方針なら今取り扱うべき事件は香港での民主化デモだ。
民主化を求めるデモ集団とそれを弾圧したいんだが強行弾圧をしかねている体制という構図。
これをうまくプロットの構造に落とし込めれば良いんだけどまだ思いついてない。

現実世界の問題を取り扱うお話にする場合、どういう扱い方が可能か。

こういう問題がある。

自分の意見では悪いのはこれこれである。

悪いこれこれを悪役として登場させ、作中で倒されるようにしよう。


つまり現実世界からモデルを取った悪役をぶっ飛ばす、というお話程度にしかならないのではないか。

うーんでも、いいのか。クエンティン・タランティーノもジャンゴでやってる。何を悪役として見出すのかという着眼そのものが表現になる。

香港のデモをファンタジーなりなんなりでどう置き換えるのかという表現のアイデアが浮かべば描けそうだけどまだ浮かんでない。できれば邪竜の翼フォーマットでやりたい。


2.
映画『ジョーカー』にかなり触発された。
以前は映画『ダークナイト』にやはり触発された。
つまりジョーカーだ。
悪役というか主人公のライバルキャラをジョーカーを参考にして作れないだろうか。

私が思い描く悪役の典型は
* 偉そう
* 権力者
* 人を支配したがる

みたいな、つまり権力の象徴そのものなんだけど、これは結局人間としての底が浅い。人間としては大したことがない。クズでありつまらない。
そういう薄っぺらいキャラを悪役にし続けてもマンガが深まらないと感じる。

だから深淵な悪役がいたほうがよく、ジョーカーだ。

ダークナイトにおけるジョーカーは、私の理解では、人間を悪に堕落させようとする悪魔だ。人間を試し、誘惑し、試練を与える。悪を選ぶように仕向ける。旧約聖書でエヴァに知恵の樹の実を食べるようにそそのかした悪魔の系譜だ。

今回の映画ジョーカーのジョーカーをどう解釈すべきか。
そそのかす悪魔、ということではない。
もっと人間寄りだったな。
社会は不条理である。お前を打ちのめし叩き潰す。おとなしく耐えるのではなく爆発しろ! ということだったかな。

「俺の人生は悲劇だと思っていたら喜劇だったんだ」みたいなセリフがあったはず。悲劇と喜劇は実は同じもので、どの距離から撮影するかが違うだけという考えがある。クローズアップで撮れば悲劇、ロングで撮れば喜劇。

今回のジョーカー。とにかくひどいことが起こってひどいことが起こってひどいことが起こって、で、爆発し、それが自己の開放になる。自己開放というのは重要な要素だったと思う。

あー

しかし私のジョーカーへの興味の中心はダークナイトのジョーカーにあるな。

着想がある。
「人間は経済の原理に従って動く機械に過ぎない」という人間観がある。私の人間観のベースはこれだ。
で、だから私やナカヨシはその原理に対する例外としてありたいと願っている。なので経済の原理に逆らうこと=詩が重要なのだ。

で、我がジョーカーは、「人間は経済の原理で動く」ということを動作確認する存在。
利益の代償として人間の醜さを露出させるような選択を迫るとか、そういうそそのかし系の悪魔。

具体的には未定。

着想を寝かしてみて育つようなら更に取り組もう。

今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 22:09 | - | - | permalink |
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