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19051801
アイデアを考えよう。

現実世界モノかそうでないかは別として、プロットを作るべきだ。同じプロットでも舞台や演出は入れ替えることが出来る。

シャマラン監督のアンブレイカブル三部作をヒントに。

超人主義者のキャラが理屈上は鍵なんだけどモチベーションを刺激してくれるかどうかはわからないので、だから鍵なのか。このキャラを自分のモチベーションを刺激するようにできれば最後まで描けそうで、そうでなければ適度に挫折しそう。

超能力を与えるよと誘惑してくる悪魔的キャラ、必ずしも必要ないな。
アンブレイカブル三部作二作目の『スプリット』では超人主義者の… キャラ名なんだっけ ジェームズ・マカヴォイ(役者)は自分が決めた儀式みたいなのを通して超人的人格を呼び出す。
彼にとって超人になること(超人的人格である「ビースト」を呼び覚ますこと)は進化であり成長である。それを達成するためには条件をクリアしなくてはならない。これこれを成し遂げたから成長したというもの。
物語構造論的にはその試練は彼自身に痛みを強いるものだったり彼自身が困難を乗り越えなくてはならないものであるべきだ。一度死んで生まれ変わる、擬似的な死の体験を減るわけだから。
ところがザ・ホード(超人としてのあだ名)が覚醒するために経る儀式は彼自身がその内容を設定したもので、具体的には「女性をさらってきて監禁する」だった。彼に言わせれば生贄にするべきなのは「苦悩も苦労も知らずのうのうと幸せに生きている女」であり、自分は虐げられていて不幸であるというヒガミが出ている。他人の苦悩や痛みを感じ取る能力がない。
つまりホードにとっての通過儀礼は弱者を虐げるという加害行為になっている。しかもその成就で本当に覚醒してしまう。物語構造には則ってないけどそれがシャマラン監督の作家性の出てるところなのだと感じる。

だから私のキャラもこれを踏襲したらいいんじゃないか。超人主義者は覚醒のために独善的な理屈で犯罪を企て、しかもそれによって本当に覚醒する。すると主人公が解決しようとするのがこの犯罪なのであるならそれは失敗に終わるということになる。それでいいのか? 主人公が対決するのは別の問題?

超人主義者対ヒーローというお話のはず。
もっというと超人対ヒーロー、か。
これだけじゃ普通の話だ。「ヒーローとは超能力のことではなく行動内容のことである」というメッセージが構造に組み込まれないと意味がない。だから超人主義者も少なくともスーパーヒーローの側で始まらないといけないんじゃないか。

やはりパダワンか。パダワンの二人が何らかのミッションに取り組み、片方はジェダイに、片方はシスの暗黒卿になるという感じ。

陰陽師とかゴーストバスターみたいな特殊なジョブがあり、その修行中の身である二人が主人公。
何らかの専門的な道具を扱うジョブで、正式なライセンスを得るまでが見習い。つまり修業を終えても道具を扱う資格と正式な仕事を受ける資格を得るだけで超能力を得るわけではない。
しかし超人主義者の修行者はそれに不満で、ライセンスなんかよりも本当の超人になりたいと思っている。うーん。
超人になれるわけではないとわかった時点でそのキャラはその修業から離れるのではないか?

あー

角度を変えよう。
私自身の手札的なモチーフやテーマ。
* 困っている女の人を助けるという基本プロット
* 抑圧が悪である
* 経済に反する行動が詩である

抑圧されている女性キャラがいて、助ける。これが鉄板構造になっている。
超人主義者のキャラをヒロインにする? うーん…
超人主義者が超人になるために行う犯罪がヒロインへの抑圧?

途中の経過はどうあれショーダウンの構想
主人公・ヒロインチーム 対 超人化を成し遂げて超人となった超人主義者
これだと2対1になるので主人公が常人のままでの勝てる理屈になる。

すると超人主義者はヴィランであって、「正義の定義の違う別の正義」として描くのには無理がある?
いや待て、例えばヒロインを娼婦にしたりすれば清教徒とかキリスト教福音派とかの価値基準で言えばヒロインを悪として解釈できる余地になる。すると超人主義者を正義とみなす立場も設定し得る。うーん。

理想的には読む人によっては超人主義者のキャラにシンパシーを感じてほしいんだよね。
すると主人公やヒロインの側に論理的破綻や弱点、ツッコミどころを割り振るといいんじゃないか。

主人公:
方針が正しいのはいいとして問題解決にあたって力が足りないのを解決する方法が度外視されている。
ベクトル○
パワー×

超人主義者:
パワーを得るのはいいとしてその使い途に注意が払われてない
ベクトル×
パワー○


ヒロインは? 保留。


キリスト教福音派とか清教徒とかみたいに、既存の価値観のフォーマットを利用するのは都合がいいかもしれない。作者と価値観が一致しないキャラについては。
すると援用される価値観フォーマットは読者にも該当しうるものがいい。その価値観を持った人が読者になりうるようなものがいい。そうすれば読み手によっては感情移入するサイドが異なるというふうにできるかもしれない。
すると援用価値観セットは…
自己責任論?


うーん。考え事も進まなくなってきた。一旦ここまで。
| マンガについての考えごと | 12:09 | - | - | permalink |
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