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19051101
考え事。
マンガの考え事。
マンガエゴト。

シャマラン監督の『スプリット』を観た。これは以前観た『アンブレイカブル』から始まる三部作の二作目。
三作目の『ミスターガラス』も借りてある。

ミスターガラスを見る前にスプリットの感想。
町山智浩氏の映画解説を色々聞いて、シャマラン監督の映画はアインランディアン思想で作られているらしいということを知った。エリート主義。
シャマラン監督の映画からは「俺は周囲から理解されてないんだけど真の天才=超人で、超人だから常識を逸脱したこと(犯罪)をしても許されるし、そういう俺を理解して認めて欲しい」という訴えを読み取れるらしい。
で、実際そういう目で見ると、アンブレイカブルでもスプリットでもまさにそれを読み取ることが出来た。
というかそれしかないように見える。そういう自分の訴えに対して批評的な観点を入れるということでもない。

シャマラン監督の映画におけるキーワード。
* 超人
* 理解
* 逸脱

超人的な潜在能力を持った人物がいる。
彼(ら)は社会から理解されていない。
社会的な規範から逸脱した行動を通じて超人的能力を覚醒させる。
それが必ずしも否定的に描かれるわけではない。

シャマラン監督作品における価値の優先順位。
* 超人>凡人
* 超人による逸脱>社会の規範
* 超人的能力>社会の規範

以前も書いたけど、やはり罪と罰におけるラスコーリニコフの思想だ。天才なら犯罪も許される。
で、主人公(スプリットの場合ジェームズ・マカヴォイを主人公とみなす)にとって「超人だと認められる」ことが最大の目的になる。その先がないように見える。
* 俺は周囲から理解されずにバカにされている
* これは自分が天才で超人であることとのトレードオフだ
* 超人であることを周囲が理解すれば自分をバカにしなくなるだろう

こういう思想のように見える。
超能力を用いてひとを救おうとか世界を良くしようとかそういう「使い途」にまで思考がリーチしていないように見える。


で、本題。
シャマラン監督の超人キャラは私のマンガで悪役にできるんじゃないだろうか。
シャマラン監督の映画のフォーマットを流用できる?
天才的人物が超人として覚醒するために犯罪的なことを行っている。(スプリットの筋)
主人公はそれと対立する。

いわば、スプリット… スプリットのマカヴォイの役名なんだっけ? 超人としてのニックネーム… 調べると「ザ・ホード(群れ)」だ。
いわば、ザ・ホードVSキャプテンアメリカ(超人化手術実施前)のような筋。

構想。
ホードは、超人として覚醒すること自体が目的化してしまっていて、正義(世界をより良くしようという意思)がないということが暴かれる。
ホードは作中で実際に超人として覚醒する。しかし、それ以上のことを達成しない(ひとを助けたりしない)。
主人公は超人としての能力を得られるチャンスと人を救うための行動との二者択一を迫られ、人を救う方を選ぶ。具体的な内容は要アイデア。

一旦こんな感じ。ミスターガラス見よう。

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