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アニメゴジラ劇場版の感想
ゴジラのアニメ映画の第三作目をネットフリックスで視聴した。

包み隠さず本心をいうとつまらなかった。強めの表現を使って「すごくつまらなかった」と言ってもいい。

第一作目も第二作目もつまらなくて、しかしシン・ゴジラの直後にゴジラものにチャレンジするというその精神を偉大だと感じたのでとにかく最後まで見ようということで見たんだけど、相当精神のエネルギーを傾けて弁護する姿勢を整えないと弁護しにくいようなつまらなさだっだ。

私が面白さを感じるアンテナには適合しない作品だったようだ。

自分なりに分析。

私にとっての面白くなさの原因はふたつあるように感じる。
* 尺の進み方が出来事ベースではなく会話ベースである
* 会話の内容がどうでもいい哲学的なもの

私にとって「哲学的」というのは普段なら文句なしに価値のある傾向のはずなんだけど、悪い意味で哲学的というのもあるんだなというのを思い出させてくれた。
つまり、変な理屈をこねくり回しているんだけど、その理屈が自分にとってどうでもいい内容なので、それについて語られている間ずっとつまらない。
で、この作品はそういう語りを基調にして進んでいくのだ。

私はよく、つまらない作品の典型として、大学時代にミニコミ誌で読んだ学生小説を挙げる。
その特徴:
* どうでもいい理屈ばかり書いている
* 出来事が殆ど起こらない

たとえば主人公の大学生が大学の最寄り駅から大学までの通学路を歩き、その間に目にしたものについて脳内で語るという小説があるとする。
同じ大学に通う者たちについては「どうせ俺みたいに深い思索はせずに異性や就職と言った俗なことばかり考えてるんだろう」というような内容を遠回しに書く。
また、サラリーマンや商店主など働いている人を見ては「自分もこうなってしまうんだろうか」みたいな不安を書く。
とかそういう感じ。
で、大学に到着し、終わる。
これを出来事ベースにすると1文で済んでしまう。
「彼は駅から大学まで歩いた。」
出来事が何も起こっていない。

出来事ベースで組み立てるとすると、
* あと一度でも遅刻すると単位が取れない授業に出席するべく通学路を急いでいる
* 電車が遅延してギリギリの時間である
* 最寄り駅までついたので大学までダッシュの構え
* ところが、好きなあの子が外国人観光客に道を尋ねられて困っているのを目撃する
* 主人公は語学に自信があるので、あの場にしゃしゃり出てかっこよく道案内できればあの子の関心を得られるかもしれない

みたいになる。出来事が起こり、解決すべき課題や選択すべき葛藤が示される。



アニメゴジラ映画。
怪獣に滅ぼされた地球を離れて宇宙船でさまようとか、異星人の2種族と協力関係にあるとか、基本設定がまず全然シンパシーを抱けない。現在の日本社会に生きるわれわれがそこにどう自己投影すればいいんだろう。
第三作目では、文明が成熟するとゴジラを生んで、そのゴジラも含めて文明自体が自らをギドラへの捧げ物として滅ぶのこそ価値があるといったような教えを説く宗教家との会話がメインになる。
で、そんな教えになにも説得力を感じないから、ただ茶番の会話を延々と聞かされてるように感じる。

私はプリキュアでもそうなんだけど、作品内で主張を長々と語られるのが好きではない。
「人類の可能性はもっと大きいはずだ!」とか「人々の希望を奪うあなたは許せない!」みたいな話はうざったい。そういうのはほのめかすか、ちょっとだけ言うか、それくらいがいい。

で、そういううざったいセリフが多い。アニメゴジラは。

なので、余計な会話や発言を削って出来事ベースでやれば三部作を全部まとめて90分くらいにできたのではないか。それでちょうどいいペースになるんじゃないか。

とかそういう感じ。どうでも良い会話がメインコンテンツの映画なので、とてもつまらなかったと。

アニゴジから学んで自分の創作に活かせたらいいね。
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