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18122401
なんか考えよう。

からくりサーカスを読んでてやっぱり少年漫画はいいなあと感じた。
私のマンガにはマンガ的楽しさが不足している。
マンガ的楽しさとは「設定」だ。
からくりサーカスで言えば…
* オートマタは武器を持った人間に対しては非常に強いので素手で戦うか武器と認知されないに人形を操って戦うかして倒す
* 人造人間「O」は人工的に作った肉体と脳に人間の記憶と人格を転送して作られているので本体が別にある
* 事件の原因である白金は別の肉体に記憶を移ししろがねに入り込んでいる

など

マンガ的設定で代表的なもの。
* 超能力設定:スタンドとか宝具(パオペエ)とか
* (科学)技術設定:飛行石とかモビルスーツとか
* 歴史設定:核で滅んだあとの荒廃した世界など

自分のマンガにもマンガ的要素がいれられるとよいが。

からくりサーカスでは序盤の「主人公とヒロインのコンビがこどもを守るために共闘する」というのが特に気に入った。
ヒーローズアンドヴィランズで出来そうな気はする。というかヒロヴィラ最初のエピソードがその図式だった。ただ、ヴィランも使い捨てな感じでそんなにドラマチックなエピソードではなかったけど。

うーん

読み終わって冷静になってくるとからくりサーカスの最終的な評価も「突出した名作!」というところからは落ち着いてくるな。良作というところ。

やっぱり私は社会問題との関わりとか象徴とかに注目してしまう傾向があり、その側面で物足りないらしい。
からくりサーカスでの主要な加害要素。
* 惚れた女性に振り向いてもらえないことでこじらせた錬金術師の暴走
* 主人である高性能人形を笑わせるためにオートマタたちがばらまく疫病
* 莫大な遺産を相続したこどもを巡る親戚内での醜い争い

このうち、現実に照らして共感を持ちえるのは相続関係だけだ。
作中の奇病であるゾナハ病やオートマタといった要素が現実世界のなにかの象徴になっているかというと、なっていない。マンガの中だけの設定に過ぎない。そこが物足りないと言えば物足りない。
アメリカのゾナハ病患者収容施設があって、ゾナハ病を撒き散らすオートマタども絶対許さんという決意を新たにする。民族紛争による内紛が原因で、というわけでもないし、世界の貧富の格差を描いているわけでもないし、結局原因をさかのぼっていくと一人の錬金術師が惚れた女性を得られなくて陥った自暴自棄に至る。しかし、我々キモオタどもにとっては女の子に振られるなんて何度も経験してきて乗り越えてきた些細な問題に過ぎない。自分の未熟さが招いたくだらん所業に過ぎない。
だから、現代の社会問題をうまく設定に落とし込んだ映画なんかを見た際の「すげえ」感に比べるとそこは1段階下がってしまう。例えばマーベルの「キャプテンアメリカ ウィンターソルジャー」では自動でハイドラの敵を殺す空飛ぶ空母の殺戮システムが出てくるが、あれは当時アメリカが中東でテロリストを無人ドローンによる攻撃でバンバン暗殺していたのを元にしている。そこが「すげえ」。

だからやっぱり私にはどうしても「社会問題」「象徴」の要素を追わざるを得ないんだな。で、それにいかにマンガ的設定を盛り込んで面白さも増やせるかというのを課題にしなくてはならないと。

あー

練習するか。
遭難民救出船のお話をもとにマンガ的に面白くする工夫を考えてみる。練習課題として。
まずブレインストーミング。
* 幽霊船
* 海賊
* 船じゃなくて島でどうか
* 人魚
* クラーケン
* 潜水艦
* アクアマン
* 海底帝国

遭難者
救助者
妨害者
救助者と妨害者とは同じカテゴリの存在(同種族だが敵対しているとか)であるべき。

うーん。

一旦昼ごはんにせねば。
| マンガについての考えごと | 12:25 | - | - | permalink |
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