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18112301
アイデア練り。

ゾンビモノにするという着想の検討。
ネットで炎上案件に群がる叩きたがりたちをゾンビとして表現する。
別にスマホをそのまま使うのでもいいな。ドーン・オブ・ザ・デッドでゾンビたちは生前の行動を繰り返すということでショッピングモールに集まる。同様に現代のゾンビたちはスマホでツイッターをチェックする。
流石に電話の契約が切れてるだろうということで電波はWi-Fi。充電は生前の記憶に従って普通にやる。
ってかやっぱり現代モノやSFは設定がめんどくさいな。現代モノやSFでの設定は科学的なつじつまを合わせる必要があり、象徴だけ考えれば良いわけではない。
なんだけどチャレンジすべきとも感じる。

ゾンビモノにしたとして、当初の目的である象徴の構造に破綻はないだろうか。

ええと
* 善を行おうとして失敗したものが非難される
* 社会的地位のある有力者も非難する
* 主人公は弁護側につく

作中で「善を行おうとして失敗した者」がゾンビたちのターゲットになる。
有力者のキャラがいて、実はゾンビだったと判明する。いや、作中で登場時は人間なんだけどゾンビの襲撃のターンになるとゾンビ化しているという感じかな。

ネット叩きをゾンビとして表現する場合有利なのは「自分もゾンビになってしまう」という恐怖だ。
思想の問題なんだから知性が後退するゾンビとして表現するのは適切じゃないんじゃないかとも感じたが、象徴的表現なのだからむしろ正しいという風に感じるようになった。
社会的地位のある偉大な(偉大だと思われている)人物がネット叩き側に回った際に感じる失望を、まともな人間だと思っていたのに気付いたらゾンビになっていたという衝撃に象徴させるとする。妥当な置き換えだと思う。

もしゾンビモノとして作ることができたら映画に近づける気がする。映画の世界はゾンビモノが大好きだ。
で、B級(上映時間の分類ではない方の意味)映画っぽいいい加減でバカな設定とノリができたら楽しい作品になるんじゃないか。


お話の構造。
* 何らかの善を行おうとして失敗する(失敗者)
* その件で世間から非難が集まる
* 主人公が失敗者側に肩入れする
* 社会的地位のある大物が失敗者非難の側につく
* 失敗者に私的制裁を加えようとして大衆が襲撃する
* 主人公が失敗者を守る


問題。
ファンタジーの際はオチとして「失敗者が大衆を救う」というのを構想していた。
ゾンビモノだとゾンビは救済の対象ではない。ゾンビを治してやったとしてもゾンビのときの行動の責任は免除されるだろうからオチにならない。いや、なるのか?

ファンタジーの構想の時念頭に置いていたのは「読者はむしろ失敗者を叩く大衆の側に近い心情を持つようにする」というものだった。ゾンビモノとしてしまうと読者の感情移入の側が主人公陣営になってしまう。その意味ではゾンビモノとして表現するのは意図に対して不適切である。うーーん。


読者誘導の構想。
* 作中で失敗者に対して非難の気持ちを持たせる
* 失敗者に肩入れする主人公に対して、「いやそれは間違いだろ」と感じさせる
* 作中の偉大な人物が非難を表明するのに対して「こいつはわかってるな」と感じさせる
* 作中で失敗者が自分を攻撃していた大衆を救うのを見て、ひるませる

オチで衝撃を与えるという設計になっている。
するともしゾンビのようなモンスター表現をするなら主人公側のほうがふさわしい。
読者が大衆側に感情移入しやすく主人公側に違和感を感じるような設定にできるとよい。

「失敗者を非難するか擁護するか」という点について「自分はどっち側だろうか」と読者が自然に考えてしまうようだとよりよい。

一旦ここまでにするか。フォールアウトが呼んでいるので76。
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