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18111802
フォールアウト76にハマって今日もグロッキーになるまでプレイしてしまった。控えよう。

アイデア練り。
現在のあらすじにぴったりな下敷き過去作やジャンルを探す。

そうだ、メキシコでデマニュースから集団リンチで二人が殺されたニュース( https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46217585 )、今回念頭に置いてる邦人ジャーナリスト拉致・解放のニュースと通じるものを感じる。

邦人ジャーナリストの件も自作自演説だとかのトンデモ情報が流れたし、それを真に受けた人もけっこういた。自分のネット上の知り合いにもいたくらいだ。
今の時代、いや今の時代に限らないか、いや情報の流布のスピードが爆速となった「今の時代」と枕詞をつけるのは妥当か。
まあいいや、つまり、情報に接するときは事実確認が重要だが、人間はセンセーショナルな情報を真に受けやすい。
人間は騙されやすい。


これは主語を「大衆」とすべきかなあ。ただ、ひとが「大衆」と語る時、その大衆の中に語り手自身を含まないんだよね。大衆は馬鹿だが俺は違うというスタンスが前提になってしまう。しかし、私もよくフェイクニュースに引っかかってデマ記事をツイッターでRTしてしまったりする。リンチ殺人があったのはメキシコだし。主語は大きく「人間」として良さそう。

デマを真に受けた集団が過激な行動に出てしまう。この時刺激されている感情は「正義」だ。間違った前提で間違った表現で正義をしようとしている。
「デマのにおいを感じたら裏取りをする」「自分が責任を取れない行動は取らない」みたいに個人のレベルで自分自身が気をつけることは現実的に可能である。でもこれを「社会・世論・集団にさせないようにする」となると不可能に感じる。


あ〜そうか、今回のお話にメキシコデマリンチ殺人事件を絡ませればいいんだ。
つまり、召喚士の身に降りかかる具体的な危険というのがこれに当たる。小道具に「火」を使うといいな。すると貼り付けにして火炙りにしようとするとか。そうするとジャンヌ・ダルクとの連想も働く。ジャンヌ・ダルクも霊感に従って異常な情熱に突き動かされて善を行おうとした人だ。テーマには合っている。
すると召喚士キャラは戦場ジャーナリストだけでなくジャンヌ・ダルクも象徴するようになる。何れにせよ受難が待っている。するとキリストも象徴するようになる。いいんじゃないか。

すると「召喚士を非難する成功者」キャラはモデルを見い出す参照先が増える。
* 北野武(発想元)
* ジャンヌ・ダルクを火刑に処す決定をしたもの
* キリストを弾圧したもの

ジャンヌ・ダルクについて少し調べた。
* 英仏間戦争である100年戦争で活躍する
* 異端裁判で火刑で死んでいる
* 当時イギリス側だったブルゴーニュ公国の捕虜となり、身代金によってイギリスに引き渡され、イギリスとつながりのあるフランスの司教の主催する宗教裁判で裁かれてる
* つまり「フランスのために戦ったのにフランスに裏切られて殺された」のではなく「フランスのために戦い敵であるイギリスの手に落ち処刑された、ただしフランスでの宗教裁判という形が取られた」ということらしい

もし「ジャンヌ・ダルクを死刑に追いやった当本人」としてモデルにするなら異端裁判を主催したピエール・コーションという司教が該当するだろうけど、Wikipedia読む限りでは「イギリスと通じていた」ので「イギリス側による死刑という意向には沿わざるを得ない」立場ではあったらしい。だからこの人物に責任を全部かぶせるのはフェアではなさそう。

しかし「宗教裁判」「異端尋問」というモチーフは応用できそう。

イエス・キリストの場合は…
Wikipediaによると何段階も裁判やってるみたい。すっきりしてないな。一応有名なのは「総督ピラト」らしい。
…でも記事によるとピラトはむしろイエスを釈放する意向だったらしい。イエスの処刑を望んだのは群衆らしい。
「律法学者、長老たち、祭司長たち、大祭司カヤパ」による裁判のプロセスがあり、ここでは有罪にすることにこだわったようだ。すると大祭司カヤパが「イエスを罰しようとした主催者」であると位置づけられるんじゃないかな。
大祭司。ユダヤ教の祭司階級の首長。「成功した権力者」であり、主人公を僧侶とするならその上位互換の存在でもある。


イエスの件における大祭司カヤパと、ジャンヌの件におけるピエール・コーションは、両方共偉い聖職者で裁判の主催者であるという共通点がある。この図式をもらうようだな。
戦場ジャーナリストの件においては宗教裁判というプロセスはないが、ネットでの論争がこれに当たるとするか。


主人公は召喚士=ジャンヌダルク=イエス・キリストを弁護する立場。
「裁判」にフォーカスするなら弁護士の立場。
念頭に置いたキャラも『アラバマ物語』のアティカスフィンチ=弁護士だ。
しかし、裁判モノにするとセリフがメインになってしまう。メッセージをそのままセリフで表現するのはマンガとしてはダサい。
だから裁判に代わる別の表現があるといいんだが。ただ、機能としては弁護士そのもの。
「もしジャンヌ・ダルクの裁判でジャンヌの弁護ができたら」
「もしイエス・キリストの裁判でイエスの弁護ができたら」
という要求。

いや、裁判モノを描こうとしてみるべきか…?
いや〜やっぱり違うな。
裁判の置き換えになる表現… なんかあるか…?


まあでも少し考えが進んだ。今日はここまで。FO76やろう。
| マンガについての考えごと | 23:13 | - | - | permalink |
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