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戦争とジャーナリズムについて01
考え事。
今回はマンガについてではなく、危険地帯でジャーナリストが取材する件について。

かなりめんどくさいテーマに足を突っ込んでいて、自分でもげんなりしてきたんだけど、調べたり考えたりせずにはいられないので、私にとって重要なテーマなんだろうなと感じる。

渡航禁止指定の危険な国で取材することが即「身代金によってテロ組織を利する」とイコール視されている論調がネット上では見て取れ、違和感を感じる。

本来何のための取材なのかというと、よりより良い世界のため(テロ組織の力を削ぐことにもつながっていく)のはず。
直接的か間接的か、テロ組織に対するダメージにつながっていくことが目的なのではないか。

ということは、もしジャーナリストの活動が成功すればテロ組織にとってマイナスである。
もしジャーナリストを捕まえて身代金をせしめればテロリストにとってプラス… 必ずしもプラスなんだろうか。いや、プラスか。世界に恐怖を与えることで影響力を講師しようとしているんだから。

つまり、テロ組織とジャーナリズムとの間で戦いがあって、勝った方がよりその目的に近づくということではないか。

すると、ジャーナリズムが戦場で取材する際に得られる成果の期待値と、失敗時にテロ組織の利益になってしまう場合の期待値とが数量的に算出でき、それが比較できれば良いはず。
だがそんなことはおそらく不可能だろう。

すると、以下の二者のどちらのほうが大きいかというのは各人が想像するしか無いんじゃないか。
1. ジャーナリズムがテロに対して与えるダメージ
2. テロ組織がジャーナリストから得られる利益

ネット上での論調で気になるのは、[1]の見積もりがゼロとして換算されているんじゃないかということ。

たとえ話。
毒餌式の殺虫剤というものがある。本質的に虫を殺すためのものだ。
で、効率よく虫を殺すために誘引効果を持っている。虫を吸い寄せる。
このとき、「殺虫剤の誘引効果で外から虫がやってきて家の害虫が増えたらどうするんだ! そんなモノ設置するな!」と文句を言うとする。

このとき、以下の2つを比べている。
* 殺虫剤によって殺せる虫の総数
* 誘引効果によって外から寄ってくる虫の総数

後者の方を大きく見積もるのはナンセンスである。と、いうのも私は過去に勤めた会社で毒餌剤を扱ってたから知識として知っているだけなんだけど。つまり誘引効果は半径数m程度にしか届かないので室内に設置した毒餌剤が室外の虫を誘引するケースは考えにくい。
毒餌剤は虫を殺す事を目的に作られているものなので、その最大の効力が発揮されるのは虫を殺すことにおいてである。


で。
戦場でのジャーナリズムが最大の効果を発揮するのはどの分野においてであろうか。
戦場の情報を伝えることでどんな効果が得られているのか。
このブログでも自分のツイッターでも、「戦場でのジャーナリズム」について考えているばかりで、そこからもたらされたニュースの内容には関心を払っていない。危険を経て届けられた折角のニュース、私自身が見てないじゃん、ということがある。
しかし、例えばドレスデン空襲とか原爆投下とか南京虐殺とかの規模の人類史的悲惨が現在リアルタイムでどこかで行われているとする。それは隠蔽されて闇に葬られるべきか、報道されて白日のもとにさらされるべきだろうか。
もし日本で虐殺が行われてて自分や自分の家族がそれで殺されるとして、その事実は闇に葬られてほしいだろうか、世界史に残って欲しいか。
それはやっぱり報道されるべきだし報道されてほしいだろう。

でも待った、文脈が詩の方に寄り過ぎた。


ジャーナリズムがテロリズムに与えるダメージについて調べるべきだという話だったんだ。
それがリスクに見合わないほどに極小なのではないかというのが問題提起。

連想するのはベトナム反戦運動とジャーナリズムだ。アメリカでの話。
ベトナム戦争の実態をジャーナリズムが国民に伝え、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが国家機密文書ペンタゴン・ペーパーズのリークを掲載したことで、ベトナム反戦運動に火がついて終戦に向かったという認識。
一応さらっと調べると、大筋では間違ってはいないようだ。ただ、数値化はできないので私にとって都合のいい主観的なストーリーに過ぎないのかもしれないけど(反戦運動がなくてもベトナム戦争の終結の時期は変わらなかっただろうという説もあり得る気はする)。

ベトナム反戦運動という前例を根拠にすれば、戦場ジャーナリズムは戦争を阻害する可能性はあるとすることができる。
では対テロ戦争においても同じことが言えるだろうか。
少なくとも、やはり可能性があると言えるんじゃないだろうか。ペンタゴンペーパー流出事件やウォーターゲート事件のように、ジャーナリズムが歴史を大きく変えるケースというのは実在したし、それらの事件は起きる前には予想だにしないことだっただろう。
だから、現在の中東での戦場ジャーナリズムも、現段階からでは予想もつかない道筋で歴史を良い方向に大きく変える可能性はあるし、それを目指してジャーナリストたちは危険を犯して仕事しているのだと思う。


ただやっぱり、思うて学ばざればすなわち危うしだな。知識が足りない。通勤中に読む本選びのテーマに「戦争とジャーナリズム」というのを追加しよう。
| 雑記 | 20:42 | - | - | permalink |
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