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18090801
考え事。
最近はDestiny2ばかりやっている。

次の金曜日からアメリカに旅行会社のパックのツアー旅行に行くのでその準備もちょこちょこやってきた。
行き先をぼんやりとしか把握してなかったんだけど今ちゃんと調べた。
* モニュメントバレー
* グランドキャニオン
* ラスベガス
だいたいこんな感じ。
州でいうとアリゾナ州。つまり、南に接するのはメキシコで、西は西海岸のカルフォルニア州。東はニューメキシコ州。

最近この旅行のための予習としてアメリカ西部の歴史のドキュメントドラマをネットフリックスで見ていた。
OK牧場の決闘で有名なワイアット・アープが活躍した街トゥームストンがアリゾナ州。旅行で行くところよりはもっと南だけど。
ビリー・ザ・キッドが活躍し、保安官に射殺されたのがニューメキシコ州。今回行く州の東隣がニューメキシコ。
つまり大体「西部劇の本場の雄大な自然を見たい」という意図にはマッチしたところになっていると考えて良さそう。

あとは病気したりパスポート忘れたり台風で飛行機が墜落したりして行けなくなるという事態にならないことを祈るのみ。ツアー旅行に一人で申し込むと割増料金めっちゃ取られるんだけどそれを受け入れて払ってるんだからムダにしたくないからね。


マンガのことを考えよう。
「作家のテーマ」に憧れがある。
クエンティン・タランティーノだったら「復讐」。

最近ダルトン・トランボ脚本の映画「黒い牡牛」を見た。
トランボは赤狩りがハリウッドに吹き荒れたとき仲間の共産党員を売らなかったためにハリウッドから追放されたのだという。しかし匿名で「ローマの休日」だとかの脚本を書いてアカデミー賞まで取ってる。
で、トランボの作家的テーマが「叩かれても叩かれても負けない不屈の闘志」だ。奴隷剣闘士が反逆する映画「スパルタカス」もトランボ脚本だ。
「黒い牡牛」では、主人公の少年が自分の牡牛のヒターノを守るためにメキシコシティで奔走するとき、失敗しても失敗してもめげずに動き続ける。大統領にお願いしようと思って宮殿に行くんだけどここは今は博物館になってて大統領いないよと言われ、大統領のいる官邸に行くと中には入れないと追い返され、しかし公用車のトランクに忍び込んで潜入し、大統領に直接掛け合うことに成功する。
闘牛に出されたヒターノは闘志あふれる牛で、刺されても刺されても闘牛士に立ち向かっていく。
やられても倒されないという、トランボ自身の人生と重なるテーマが込められていると。

最近「ストーカー」「惑星ソラリス」「鏡」と立て続けに見てきたアンドレイ・タルコフスキー監督なら、「真の願いと、それを叶えるのは必ずしも幸福ではないということ」みたいなのがテーマっぽい。

「エイリアン」や「ブレードランナー」のリドリー・スコット監督なら「作り手(神)と被造物の関係」みたいなもの。人間がアンドロイドを作るとアンドロイドにとって人間が神になる、で、アンドロイドが神になるために新たな生物を作る、みたいなはなし。

そういう感じで「その作家特有のテーマやモチーフ」に惹かれる。

で、自分にとってのもそういう固有のテーマを長年探していると。
多分この結論は一生更新されていくようなものだろうから「いつのバージョンなのか」という情報とセットで語るべきものなんだろう。
現状では、「親切にすることで・親切にされたほうが力を開放する」ということになってるようだ。「邪竜の翼」「メフィストフェレスのアイドル」で共通した構造になっている。
つまり、描きたいシーンの中心が「(主人公がヒロインに)優しくするシーン」であると。で、そのシーンからどう続けるかという事を考えた結果、「優しくされたほうがパワーアップして活躍する」というのがおさまりが良いと。

なので、次の作品では?
* 「親切にすることで・親切にされたほうが力を開放する」の構造はそのままで、別のバリデーションを探る?
* 「(主人公がヒロインに)優しくする」の次の展開に別のアイデアを持ってきて構造を変化させる?

ダルトン・トランボからの学び。
テーマを先に持っている場合、そのテーマを表現するのに適した構造の文化や歴史的エピソードを探して作品化するという順序がありうる。
「不屈の闘志」を体現する人物がスパルタカスだったと。
闘牛の牛からも不屈の闘志を見ることができる。
で、多分最後は勝利しなくてはならないのだ。だから武蔵坊弁慶は不屈の闘志があるだろうけど最後は負けるのでダルトン・トランボ的ではない気がする。徳川家康はいいかもしれない。同時代の信長や秀吉に先に天下を取られたが諦めずに長生きし、最後に天下を取った。

では私好みの構造を文化なり歴史から探するとすると?
艦これで駆逐艦電の歴史について調べてて、敵艦を倒したあとその乗組員を救助したというエピソードがあった。そういうのが私好みだ。

「優しくするシーン」をもっと厳密に考えたらどうか。ダルトン・トランボの場合は「叩かれたり失敗したりしても立ち上がって立ち向かうという繰り返し」が重視されているように思う。

まず重要な視点は利益だな。優しくする方は利益を目的としてはいけない。むしろ自分が損をするけど親切にするくらいでないと美しくない。
だから「恩返し」というのは論理的に繋がりが自然なので良いコトワリなんだけど、これを折り込み済みで親切にするのならそれはビジネスになってしまう。なのでそこはNGである。扱いが難しい。
恩返しは計算されてはならない。
だから、優しくした結果、利益が優しくしたものに返るのではなく、優しくされた者にポジティブなフィードバックがある、というのが良いということになる。
まあ〜、端的にいうと「福祉」ということになるかなあ。

ま、まだ具体的なアイデアの手がかりすら見当たらない状態で別に良い。
少し考えたところ、構造は変えずにバリエーションを変えるという方針が向いてそうではある。

今日は考え事この辺にしてDestinyやるかな。
| マンガについての考えごと | 23:26 | - | - | permalink |
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