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17040801
映画をいくつか見た。映画館で見たものとDVDで見たものと。
* レゴ・バットマン・ザ・ムービー
* キングコング 髑髏島の巨神
* ブレイド(刀) 刀鍛冶が父親のかたきを討つ話
* ドントブリーズ

あと最近読んだ本
* 1984年(ジョージ・オーウェル))


マンガについて考える。最近仕事のストレスがとても少なく帰宅時間も早く、かなり理想的な生活サイクルになっている。今こそ(モンハンなんてやってないで)気合の入った作品を作るべきだ。作品作りに気合を入れるべきだ。

ヒントになりそうな思考の端緒を探してランダムに雑想を書きつけよう。

レゴバットマンでは主人公のブルース・ウェインが明確に変化する。成長する。ハリウッド的な映画は主人公の変化を描くもの。私は登場人物が変化するのは描きたくないと思っているのだけど、あれだけ鮮やかな変化が感動的に描かれるとこれは見習うべきなんだなと感じた。主人公の変化、成長。念頭に。

アマチュアの同人誌マンガを読もうというとき、その作者の創作世界を描いたファンタジーやSFは、私自身実はそんなに読んでこなかったし読みたがっているわけではないんだなと感じる。
つまり、個人的なマンガで、且つ、世界観設定ベースのマンガ。
じゃあどういうのを読みたいのだ?
ショートショート的な、読み切り的な短編のほうが読みたい気がする。「創作世界的」と「読み切り的」とでどう違うのかというと、明確な違いはない気もする。
短めのページ数でお話が完結することを求めているのかなあ。世界よりお話を求めていると。

私自身、自分の空想の創作世界を作ってそこをディープに作り込むべきという思いは常々あるんだけど(そしてそれは全然できてないんだけど)、そんな試み別にしなくていいんじゃないかと感じるということだ。
自分の空想世界を作りあげる(この路線の究極の形がトールキンの指輪物語)のではなく、自分らしいお話を語っていく(藤子F不二雄先生のSF短編みたいに)というのを目標の型にしておくほうが自分に合ってる。ま、今まで結局はそういう型に従ってきてはいるけど。

世界ではなくお話。

レゴバットマンは勉強になったからもうちょっと教材にするか。以後ネタバレ含むので観る予定のある方は注意。
ブルースウェインのビフォーアフター。
before : 家族の持つのを恐れ、親しい人を遠ざける。
after : 家族を受け入れ、家族に頼ることを覚え、家族ができる。
由来となる過去 : 両親を目の前で殺される。もう二度と家族を失いたくない。

頑なな心が融けるという図式。
ちゃんと原因となった過去のトラウマもある。
成長することでバットマン自身がハッピーになる。

成長するというか、鎖を断ち切るというか、殻を破るというか。
自身を不幸(ここでは孤独)な状態に縛っている原因となる心理的な殻があって、それを克服する話。

自分が描きたいような「破るべき殻」ってなんだろうなあ。
* 奴隷根性/社畜根性。苦しんでいなくてはならないみたいな強迫観念。クソ真面目さが悪い方向に発展したもの。

うーんどうもこう、違うんだよなあ。やはり登場人物が変化するお話はイヤなのか?


考えごとすらきちんと前に進まないな。
モンハンやってないでマンガを描きたい。
どんなマンガを描きたいか。

キャラクター。私はいつもお話から描こうとしている。お話>キャラクター。しかし今回レゴバットマンで「バットマン」「ジョーカー」みたいに、個々のキャラクターに魅力があった。キャラクターから考えるのを試す。

キャラクターというのは主張を持っている。というか価値観を代表するというべきか。ドラゴンボールの孫悟空だったら「強いやつと戦うのがワクワクする」という感じ。
私が魅力を感じるキャラはどういう主張を持っているか。
いや、そういう角度じゃないな。「こういう主張を持ったキャラなんてどうだろう→面白そう」というのを探すべきなのでは。自分の好みを問いだすといつも結論が同じになるので。

私は無欲なキャラが好きだ。じゃあ逆に貪欲なキャラなんかどうだろう。何か渇望するものがあるキャラ。
この前考えついてたヒントがあったな。こどもを渇望しているキャラ。こどもを作るために何か異常なことをする。楳図かずお先生の「わたしは真悟」みたいに。
そうだ。孤独という問題意識があったな。
* 孤独はつらい
* ひとは孤独から逃れるために異常なことをする
* しかし、孤独は究極的には解決しない
* なので、孤独を受け入れ、上手に付き合うべきなのだ

そう、孤独についての私の意見は、
「孤独を癒やしてくれるパートナーを見つけよう。そうすればハッピー。パートナーを見つけるために心を開こう。」
ではなく
「自分以外の存在が自分のものになるということは幻想である。孤独は究極的には解決し得ない。なので、慣れよう。」
というものだ。よくある映画風の結論とはちょっと違うと思う。
なのでこれを物語にできたらいいんじゃないか。

[案]
主人公が「間違った哲学」から「正しい哲学」へと変化(成長)する
* 間違った哲学 : 他人を自分のものに出来れば孤独は克服されうる。
* 正しい哲学 :他人が自分のものになるということはありえないし、孤独が克服されることはありえない。

うーん。

つまり、愛し合うパートナーを見つけ、幸せな家庭を築いたとしても、やはり個人は個人でしかなくて孤独であるという側面が消え失せるわけではない。
うーん。

美少女アニメを見たり美少女ゲームなんかをやってると、なんで現実の自分には自分のための美少女がいないんだろうという疑問を抱く。孤独を感じる。自分のものであるところの美少女。つまり、他者が自分の所有になるという幻想がある。美少女ものアニメの男性主人公がヒロインを所有しているように。
しかし、他者を所有するということはありえない。こういうことを言いたい。

たとえば古代ギリシャとかにタイムスリップして奴隷を買って所有するとする。奴隷は持ち主のものかというと、社会的にはそうかもしれないけど精神的にはそうではない。
たとえば異性に惚れられて恋人とするとする。その恋人はもう片割れのものかというと、当人間の主張としてはイエスと返事が返ってくるかもしれないけれどやはり実際はそうではない。たとえば浮気をしたり裏切ったりすれば恋人ではなくなるだろうし、恋人の考え方や感じ方すべてを自分のものにできるわけではない。

どこまで行っても他者が自分のものになるということはありえない。
なので孤独は解決不能な問題である。
いや、そうだろうか? 究極的に他者を所有しなければ孤独とは解決されないものなのか? 孤独の解法はもっと手軽なところにあるのではないか?
休日に一緒に遊べる相手がいればそれは孤独ではない?
友だちがいなくても、たとえば裏山に住んでる小動物たちの鳴き声に囲まれていれば孤独じゃない?
孤独の定義による。結局孤独とは、個人が感じる「感じ」であり、全宇宙に人類が自分しかいなくても当人が孤独を認識していなければ孤独ではない。
孤独はいかにして発生するか。孤独ではない状態との比較によってではないか。私みたいな恋人がいたことのない人間はカップルを念頭に置いて孤独を生成している。孤児であれば両親がいる家庭を想定して孤独を発生させるだろう。こどもがない夫婦だったらこどもを持った家庭を対置することで孤独をgenerateする。

孤独とは妬みなのではないか?
いや、しかし、やはり親からの愛情が欠乏した環境で育ったこどもは不幸になりやすいとかの問題はデータとしてあるはずで、それこそ孤独という問題であると認定するのにふさわしいのではないか。しかし、科学の話をしているのか?

話を絞ろう。
一連の考えごとの中で重要なアイデアは「他者を所有することはできない」ということだ。

関連するモチーフ。
* 奴隷
* 愛玩用人造人間(美少女)
* こども
* 恋人

所有されることが可能な存在としてデザインされた愛玩用人造人間の少女。
しかし、偶然彼女の所有者となった人物(主人公)は、人間を所有することはできないということを知っている。
すると、人造人間ヒロインはアイデンティティの危機に陥る。
アイデンティティを他人に求めてはならないのだ。
うーん。

一旦ここで区切るか。
| マンガについての考えごと | 19:27 | - | - | permalink |
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