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映画『来る』感想
映画『来る』を観た。
感想。

ホラー映画は「何が正解かわからない」という作中法則を作ることで読者を混乱させるというのが重要なギミックのひとつだと思う。具体的には正義の霊能力者だと思っていたものが実は悪霊が化けていたものだというギミックになる。
しかし、すると今画面に映っているシーンが映っている人物のものなのか悪霊の見せているものなのかがわからなくなってきて、そのシーンから意味を解釈することができなくなり、どうでもいいシーンになっていく。何を意味するのか解釈できない=何も意味がない=どうでもいい。なぜそんなシーンを見るのに時間を取られるのかと価値を見いだせなくなっていく。
で、そういうふうに徹頭徹尾終始カオスなノリ、視聴者を混乱させることだけが目的の作品というのも、おそらく世の中にはあるんだろうが、私に言わせればそんな物を見せられても何も残らない。
作品に「芯」を持たせるにはきちんと物語の構造でそれを支える必要がある。しかし、ホラー的な「なにがなんだかわからない」のギミックをその芯のところに持ってきてしまっては構造が成立しない。ホラー映画はそこが難しいんだなと感じた。作品としてメッセージを持たせるために必要な構造とホラー的に視聴者を混乱させる手法とが矛盾する。

で、『来る』なんだけど、シンプルな構造を取り出せるところがある。なのでそこがこの映画の核心で、それ以外の混乱させがちな要素はすべて枝葉なんだろう。

こどもを持つことを恐れて中絶させた男がそれを悔い、こどもを助け守ることを選択することで成長する話。これが核。

お話は3つのパートになってて、主人公はそれぞれ変わる。
悪霊に取りつかれる娘を中心に各主人公を説明すると、父、母、他人となる。
父も母もこどもにちゃんと向き合ってなかった、生き残った最後の主人公だけこどものことを本当に思いやっていた、というふうに解釈することもできる。だからこの作品のメッセージは「こどもを大切にしろ」ということなんだろう。

思い出した映画がふたつ。
* コクソン
* エクソシスト

何が正解かわからない状況に主人公と視聴者を叩き込む、というギミックがコクソンと『来る』とで似てると感じた。
ただし、コクソンでは主人公が迷った挙げ句能動的に行動を選択する。そこがクライマックスである。
『来る』では選択的状況が生まれた途端に次の展開になってしまって主人公が行動を選択してない。せっかくのギミックが活きてない。構成が活用しきれてないなと感じた。

ちなみにコクソンだと、「何を信じるか」という信仰そのものがテーマになっていたという。町山さんの解説によると。だからモチーフが聖書の「ペトロの三度の否定」なのだそうだ。作品の核心的テーマとホラー的手法とが一致している。すごいな。

エクソシストとの類似点は「こどもが不気味なものになる」ということで、これは母親の育児ノイローゼが表現されているのかもしれない。なんだけどその母親は途中で殺されちゃうので「育児における母親の孤立感」みたいな社会的テーマに向き合っているというほどの扱いではないなと感じた。これもフレーバー程度の要素だなと。

物語から枝葉を切り落としていくと、「第三部の主人公が、過去に彼女にこどもを中絶させたが、こどもを産めない身体の新しい彼女とともに他人のこども(しかも悪霊かもしれない)を受け入れる」というものが残る。すると、監督は最近お子さん倦まれたばかりの人なのかなとか、そういうことを考えた。
| 映画 | 22:36 | - | - | permalink |
19122602
スターウォーズの考え事。
知り合いと三人でスターウォーズについて語る会を催すことになった。そこで語るべき内容をリストアップしておこうという魂胆。面接準備のときと方法論が同じだな。

エピソード9についての話がメインでありつつスターウォーズ全体について語る会になりそう。

EP9… 前回感想書いてからなんか新しい感想浮かんだっけ。
以後ネタバレあるかもしれないので未見の方は注意。

ええと
基本的に批判していたので、褒めるべき箇所を探すべきだ。
いや、違うな。今後持ち直すことを祈りたいねみたいに言うべきか。EP9はだめな感じだったけど俺はスターウォーズ全体を見捨てはしないよみたいな。

スターウォーズ全体の話の方に重点を置くべきだな。
私としては主要な主張としてはスターウォーズはジャンルになるべきであって正統な歴史を手放すのがいい。パラレルワールド的にしちゃう。バットマンやスーパーマンの映画のように個々の作品はそれぞれ別の世界の話ということが可能なようにする。で、各監督に作家性を発揮してもらう。

ではスターウォーズというジャンルを貫くスターウォーズ性とはなにか。
スターウォーズ性をどこに定義するのかというところからその作家の作家性が発揮されるのだろう。だから統一的な定義は多分要らない。ジェダイやフォースに求める人もいるだろうし帝国やディストピアのひともいるだろう。宇宙のベトコンとか未開の種族というのもあるだろう。

スターウォーズは鏡のようなもので、結局その作家自身を映す。そういうようなものになっていけばいい。

特筆すべき話…
フォースの扱いじゃないかな。実はフォースって別にそんなに大切な要素ではない気がする。なんなら新作からはオミットすらしてしまっていい。
なぜならフォースの専門家であるはずのジェダイがたくさんいたのに共和制は倒れて帝国が誕生する。役に立たなかったということ。
フォースが出てくることで話に余計な抽象化がされてしまって入り込みにくくてどうでもいい感じになりがちだと。

それよりはスターウォーズ世界で住むということのディテイルを補完してくれるような要素がほしい。その世界では人々はどんな仕事をし休日はどんな趣味をして過ごす?

新しい考えはあんまり思い浮かばないな。明日にでもEP6を見直そうかな。スターウォーズの原点。

眠いのでここまで。

| 映画 | 01:03 | - | - | permalink |
19122201
『スターウォーズ EP 9スカイウォーカーの夜明け』を見たので感想をまとめよう。
以下ネタバレあるので未見の人は注意。
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| 映画 | 22:53 | - | - | permalink |
19050101
アヴェンジャーズエンドゲーム振り返りオフ会の予定が入ったのでそこで語るべき見識を製造すべく振り返りをここで行う。

町山智浩氏のエンドゲーム解説も聞いた。これはでも豆知識の集合体みたいなもので「そんなテーマがあったのか!」というほど彫りの深いものというわけではなかったのでちゃんと引っ張られない自分の意見を構築できそう。

以後ネタバレあり。

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| 映画 | 18:48 | - | - | permalink |
アヴェンジャーズ・エンドゲームの感想を少し
考え事。

アヴェンジャーズエンドゲームを土曜日に見た。もちろん今年最大の名作映画なんだけど、私にはあんまり語ることがないな。ネタバレを恐れるからということではなくて。
なのでエンドゲームについて語るか。以後ネタバレあるので未見の人はご注意ください。
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| 映画 | 09:36 | - | - | permalink |
アニメゴジラ劇場版の感想
ゴジラのアニメ映画の第三作目をネットフリックスで視聴した。

包み隠さず本心をいうとつまらなかった。強めの表現を使って「すごくつまらなかった」と言ってもいい。

第一作目も第二作目もつまらなくて、しかしシン・ゴジラの直後にゴジラものにチャレンジするというその精神を偉大だと感じたのでとにかく最後まで見ようということで見たんだけど、相当精神のエネルギーを傾けて弁護する姿勢を整えないと弁護しにくいようなつまらなさだっだ。

私が面白さを感じるアンテナには適合しない作品だったようだ。

自分なりに分析。

私にとっての面白くなさの原因はふたつあるように感じる。
* 尺の進み方が出来事ベースではなく会話ベースである
* 会話の内容がどうでもいい哲学的なもの

私にとって「哲学的」というのは普段なら文句なしに価値のある傾向のはずなんだけど、悪い意味で哲学的というのもあるんだなというのを思い出させてくれた。
つまり、変な理屈をこねくり回しているんだけど、その理屈が自分にとってどうでもいい内容なので、それについて語られている間ずっとつまらない。
で、この作品はそういう語りを基調にして進んでいくのだ。

私はよく、つまらない作品の典型として、大学時代にミニコミ誌で読んだ学生小説を挙げる。
その特徴:
* どうでもいい理屈ばかり書いている
* 出来事が殆ど起こらない

たとえば主人公の大学生が大学の最寄り駅から大学までの通学路を歩き、その間に目にしたものについて脳内で語るという小説があるとする。
同じ大学に通う者たちについては「どうせ俺みたいに深い思索はせずに異性や就職と言った俗なことばかり考えてるんだろう」というような内容を遠回しに書く。
また、サラリーマンや商店主など働いている人を見ては「自分もこうなってしまうんだろうか」みたいな不安を書く。
とかそういう感じ。
で、大学に到着し、終わる。
これを出来事ベースにすると1文で済んでしまう。
「彼は駅から大学まで歩いた。」
出来事が何も起こっていない。

出来事ベースで組み立てるとすると、
* あと一度でも遅刻すると単位が取れない授業に出席するべく通学路を急いでいる
* 電車が遅延してギリギリの時間である
* 最寄り駅までついたので大学までダッシュの構え
* ところが、好きなあの子が外国人観光客に道を尋ねられて困っているのを目撃する
* 主人公は語学に自信があるので、あの場にしゃしゃり出てかっこよく道案内できればあの子の関心を得られるかもしれない

みたいになる。出来事が起こり、解決すべき課題や選択すべき葛藤が示される。



アニメゴジラ映画。
怪獣に滅ぼされた地球を離れて宇宙船でさまようとか、異星人の2種族と協力関係にあるとか、基本設定がまず全然シンパシーを抱けない。現在の日本社会に生きるわれわれがそこにどう自己投影すればいいんだろう。
第三作目では、文明が成熟するとゴジラを生んで、そのゴジラも含めて文明自体が自らをギドラへの捧げ物として滅ぶのこそ価値があるといったような教えを説く宗教家との会話がメインになる。
で、そんな教えになにも説得力を感じないから、ただ茶番の会話を延々と聞かされてるように感じる。

私はプリキュアでもそうなんだけど、作品内で主張を長々と語られるのが好きではない。
「人類の可能性はもっと大きいはずだ!」とか「人々の希望を奪うあなたは許せない!」みたいな話はうざったい。そういうのはほのめかすか、ちょっとだけ言うか、それくらいがいい。

で、そういううざったいセリフが多い。アニメゴジラは。

なので、余計な会話や発言を削って出来事ベースでやれば三部作を全部まとめて90分くらいにできたのではないか。それでちょうどいいペースになるんじゃないか。

とかそういう感じ。どうでも良い会話がメインコンテンツの映画なので、とてもつまらなかったと。

アニゴジから学んで自分の創作に活かせたらいいね。
| 映画 | 00:24 | - | - | permalink |
18100801
三連休はレンタル映画を見ていた。
* ヒューマンハンター : ニコラス・ケイジ主演 ディストピアモノ
* 修道士は沈黙する
* ディストピア2049
* ペンタゴン・ペーパーズ : スティーブン・スピルバーグ監督がレディプレイヤーワン製作中にすばやく作った社会派ドラマ
* ハードコア : 一人称アクション映画

この中で『ペンタゴン・ペーパーズ』と『ハードコア』とが突出して面白かった。

ディストピアモノをふたつ借りているのは、戦うべき悪とは権力であるのが望ましいので権力と戦うお話を見ようという意図だった。
ただ、『ヒューマンハンター』と『ディストピア2049』とはそんなに面白いというわけではなかった。
学びとしてはディストピアものは戦うべき相手が曖昧になるからちょっと求めているものと違うなと感じることができた。

むしろ『ペンタゴン・ペーパーズ』が反権力文脈で面白かった。アメリカ政府がベトナム戦争について三十年間も国民を騙していた件を機密文書のリークによって暴くお話。機密文書を入手した新聞が、それを記事にするかどうかの決断を迫られる。記事にしたら政府から訴えられて投資家から見放されて倒産する危険がある。

『ハードコア』はFPSを着想の源にした一人称アクション映画で、こっちは単純にエンタメとして楽しむことができた。

https://www.youtube.com/watch?v=opmhlP2JKQU

主人公が手榴弾投げたり敵兵の武器を奪いながら戦ったりして「わかってるな」と感じるし、展開も早くてダレるところが一切ない。最後のオチでも爆笑した。

ただ、ハードコアの面白さは映画向けであってマンガ向けではなさそう。映像体験が面白いということだからね。
| 映画 | 15:29 | - | - | permalink |
18072901
考え事。

猿の惑星旧五部作をひと通り見た。素晴らしいSFシリーズだ。当時の現実の社会問題ときちんとリンクしているし、異者との関係という普遍的なテーマにも通じている。
特に印象深かったのは第四作目の征服で、この話が猿の惑星シリーズの核だなと感じた。主人公としてはシーザーこそふさわしい。自分を育ててくれたサーカスの団長の死をシーザーが知って涙するシーンで私も涙を流していた。
私はこういうふうに現実世界とリンクしつつ象徴の技法を用いて描いた映画が特に好きらしい。
新三部作も順次見ていこう。



今回考えたいことは、「ゴジラのアニメ映画はなぜつまらないのか」。
以下、アニメゴジラ映画第二作目までのメタバレ含みます。

ツイッターでは色々配慮してつまらないとは言わずに「学ぶべき作品」とか「自分向けではない」とかいう言い回しをしていたが、ここはブログなので本音を表す言葉を使う。アニメのゴジラ映画はつまらない。
それはなぜだろうか。
脚本はあの虚淵玄である。まどか☆マギカの。今や日本のアニメ界を代表する脚本家の一人のはずだ。

でもつまらない。分析しよう。

その前に、アニメゴジラ映画の素晴らしさをきちんと述べておきたい。一連のアニメゴジラ映画は制作の発表がシンゴジラの公開の直後だったと記憶している。あの名作・シンゴジラの後の時代にゴジラを取り扱うというのはとてつもなく難しい事業だ。ハードルが高すぎる。シンゴジラのハードルを超えることはおそらくもう不可能なのではないか。
そういう文脈があるのに果敢にゴジラ映画に取り組んだ。それだけでこのシリーズには巨大な価値がある。それだけで一定の役割を果たしたと言って良い。
なので、シリーズ自体は否定しない。このアニメ映画の取組があったからこそ、ゴジラは今後も永遠に作られ得るシリーズになるのだ。

それを踏まえた上で。
ゴジラのアニメ映画シリーズはつまらない。
第一作目がつまらなく、期待していたのでがっかりした。
第二作目もつまらなく、しかし期待はしていなかったので平均点という感じ。
第三作目で多少巻き返す予感がする(これまでの伏線が回収されそうなので)けど、あんまり期待していない。

つまらない原因、大きく2つ思いつく。
* 現実世界との接点がなさすぎる
* 物語にコトワリがない

現実世界との接点。
精密には記憶してないんだけど、確か舞台は未来で、地球はゴジラを始めとした怪獣たちに滅ぼされている。宇宙船で逃げた人類は居住可能な星を探してたんだけど見つからないから地球に帰ってきた、みたいな話じゃなかったかな。で、途中でいくつかの別の惑星の種族と出会って宇宙船には彼らも乗り込んでいると。
この状況が、現実世界の現代的や歴史的の状況と何ら対応していない。

猿の惑星だったら、猿というのは黒人奴隷だったり移民労働者だったり平和活動家(ヒッピー)だったりする。

初代ゴジラ映画やシンゴジラだったら、もちろん現実世界が舞台なので、その当時の社会が基礎になっている。「現代にこんな怪獣が現れたら何が起こるだろうか」というシミュレーションの要素があり、それがお話への最低限の関心を確保する。
そして、初代ゴジラではゴジラは核兵器の象徴である。
ゴジラシリーズを通してゴジラは核実験で生まれた存在、つまり人間の愚かさを人間に突きつける存在である。
ゴジラ対ヘドラのヘドラだったら公害を表現していた。
ゴジラ自体は出てこないけど単独映画のモスラでは欲に目がくらんだ人間がモスラの禁忌に触れることでしっぺ返しを食らうという内容で、自然を尊重する心を失った人間の愚劣さを表現していたと記憶している。
シンゴジラでは現代の日本の政治機構を風刺的に描きつつそれでも前向きに活動させることができるはずだというような描き方をしている。光と影の両方を描いている。

では、アニメゴジラ。
怪獣に滅ぼされた地球というのは何を表現している?
宇宙で出会って協力関係になった異星の知的生命体は何を表現している?
決戦兵器として用意されたけど結局力を発揮できなかったメカゴジラは何を表現している?
何も表現していないように感じる。ただのお話上の装飾でしかない。だからどうでもよく感じ、この世界に興味が持てない。

今回の二作目。
メカゴジラの描写にカタルシスがないというのはもちろんある。
メカゴジラという名前であるからにはあのゴジラをメカにしたような姿のメカ怪獣が登場し、主人公たちがそれに乗り込み、ゴジラとガチンコバトルをやるのだろう!ということを視聴者は期待する。ところがその期待には応えてくれない。メカゴジラは都市になっていて、罠を構築してゴジラを誘い込むという描写になるのだ。
まあでも、「科学力を駆使するのなら一体のロボットにするより要塞を作ったほうが強い」という合理的思考に基づいているのだろうので、わからなくもない。科学の力でゴジラを倒そうとする場合その表現は怪獣ではなく都市を作ることであるべきだという主張であるのならそれはそれで面白い。だからメカゴジラ怪獣が出てこない事自体は別にマイナスにはカウントしない。
私がマイナスにカウントするのは物語だ。

クライマックスで主人公が選択を迫られる。
* ゴジラを倒すことができるが自分と恋人とが人間ではない存在になってしまうし、ゴジラを倒したメカゴジラ(ナノメタル)が地球全体を食い尽くしてしまう
* ナノメタルの増殖を食い止めて恋人も救えるが、ゴジラは倒せない

で、主人公はうだうだ悩んだ挙げ句、ナノメタルの増殖を止める方を選択する。
ところが、恋人は死んでしまうのだ。ナノメタルの侵食の度合いが深くなりすぎていたらしく手遅れだったらしい。
ゴジラも倒せないし恋人も救えない。
主人公の決断に意味がなかったのだ! いや、一応ナノメタルによる地球侵食は止めたんだけど、それだけでは釣り合わない。

選択したからには選択したものが得られなくてはならない。そういう理(コトワリ)が物語内に存在していないと、そのお話を信用して見ることができない。

つまり、ただでさえ現実世界とリンクしないふわふわしたただのお話に付き合ってやるかという我慢を抱いて見ているのに、その上さらに主人公の決断が裏切られる結果になる。
前提として興味を持てないのにダイナミズムとして信用できない。せめてお話として面白ければ救いがあろうものなのにお話としても不愉快でつまらない。

というふうに、静動両面でダメさを積み重ねているように見える。


でもおかげで、この作品以降はまたゴジラ映画が作りやすくなると思う。ハードルをこんなに下げてくれたんだから。

ゴジラ、素晴らしいシリーズです。
| 映画 | 00:35 | - | - | permalink |
映画『ブラックパンサー』感想
映画『ブラックパンサー』を見てきた。
さすがマーベルスタジオ。素晴らしい作品だったのでサラッと感想を。
以後ネタバレあり。
続きを読む >>
| 映画 | 19:56 | - | - | permalink |
スターウォーズEP8 最後のジェダイ 感想
スターウォーズ最後のジェダイを昨日見た。




その後、宇多丸さんによる感想と町山智浩氏による解説とを聞いた。



町山智浩の映画ムダ話69 『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』

以後ネタバレ有りで感想を書くので未視聴の方はご注意ください。

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| 映画 | 18:21 | - | - | permalink |
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