Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

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18022102
女の子を描きたい欲を支点に考える。

女の子を描くのを通して、作者自身がその女の子キャラとイチャイチャするというのを体験できる。そういう気分になれる。
なので、女の子とイチャイチャするのが主要な内容のマンガ(ピクシ部やひろわれサキュバスなど)を描いているときは幸福度が高い。
今求めているのはそれだと思う。

が、今はそれだけではなく同時に「女の子をどう描くか」というところもポリシーを持って制御したい。
どうも私は恋愛ものを描きたくないらしい。だから好き・好きじゃないという観点を持ち込みたくないらしい。
そういう要素が強めに出てる作品(アイスミルクとか)は読み返した際の「うげえ」感を強く感じる。
男女が描かれても情緒的にはサラリとしている方が読み返しやすい。

人間のつながりの淡さというのがリアルでも創作でも私には非常に重要であるらしい。
でも女の子を描いて疑似イチャイチャを体験したい。矛盾だ。
矛盾だがまあいいとして、プリパラから学んだような方向で女の子を描きたい。
つまり、読み手の女性に元気をもたらすような女の子の描き方がしたい。オトコ目線で心地よい消費物としてではなく、自ら輝こうとする自立して生きる存在として描きたい。

* 女の子を描くことで得られるイチャイチャ満足感を得る
* プリパラのように女の子を描く

上記のふたつを同時に達成できるように描きたい。

男性キャラ(と言うか私の投影キャラ)とヒロインの関係をどう描くかという話。
これは以前概念化したな。「調和の取れた関係」。
好きとか嫌いとか愛とかではなく、気が合って仲が良い。

プリパラのように、描く…
女性キャラの方を主人公にしてナカヨシを脇役にするだけでいいんじゃないか? 女性キャラの行動が能動的になる。
しかしこの方法で描いたはずの「フレンドプリキュア」、やはりヒロイン(主人公=プリキュアに変身する中学生女子)のキャラが薄い。

ぎええねむい。あんまり進んでないけどここまでにするか。

| マンガについての考えごと | 00:20 | - | - | permalink |
18022101
アイデア練り。

マーメイドの能動的行動とゴジラ対メカゴジラ。

エピソードの流れがはじめからゴジラ対メカゴジラに向かっていくとつまらない。

まずメカゴジラが出てきて例によって何らかの抑圧を行う。
そこに意外にもバンドンがヒーロー然として現れて対決になる。この流れなら「ゴジラかっこいい!」という風になる。

うーん。
メカゴジラは対怪獣用兵器だろうから怪獣よりあとに出るのが本筋な気がする。

バンドン以外の第三のMOB的な怪獣人間、もしくは怪獣を出す
→メカゴジラが登場して怪獣を叩きのめす
→バンドンが登場してメカゴジラと勝負する

やはり「先に登場するほうが悪者」感が拭えないな。
ゴジラ対ヘドラだってまずヘドラが人間をバタバタ殺して、それからゴジラが喧嘩売りに来る。

ヒロヴィラにおけるメカゴジラはどういう存在?
抑圧する側に属する。権力側。体制側。そこはセンチネルと一緒。
対怪獣戦闘能力がセンチネルより高い。

原作映画の方のゴジラ対メカゴジラにはどういうパターンがある?
メカゴジラは異星人の侵略兵器。
メカゴジラは人間が作った対ゴジラ用兵器。


第一作目と第二作目のメカゴジラは異星人が作った地球侵略用の兵器だな。
メカゴジラが悪者であり、迎え撃つゴジラがイイモノ。

怪獣弁護士。怪獣弁護士というキャラがいたな。

マーメイド。マーメイドを描きたい、というか女の子を描きたい。
マーメイドは人魚だからと言って流されない「自分の正義感」を持ちたいと思っている。滝を登る鯉のようにありたいと。

怪獣人間…
ゴジラ…
メカゴジラ…
マーメイド…

ゴジラ対メカゴジラのエピソードにするのならマーメイドの活躍を入れるのは両立しにくい。

あー

一旦、現在の自分にとって重要な点にフォーカスしよう。
それはゴジラ対メカゴジラのところではなく女の子を描きたいというところだ。
ヒロヴィラフォーマットにこだわらず考えてみよう。
| マンガについての考えごと | 23:41 | - | - | permalink |
18021802
アイデア考え。

次のマンガ。

メフィストフェレスのアイドルのモチベーションの盛り上がりは初期化された感じ。別のマンガでも良い。

課題としたいのは女の子キャラの描き方。
下記のような複数の要素を同時に満たせるようになりたい。
* 自分にとっての可愛さ。マーメイドやガチャ巫女さんのような。
* 能動的なキャラクター性を持つこと。ノーブレインのダム子のような。
* 作者にではなく読者に元気を与えようという意図による設計。メフィストフェレスのアイドルのリズのような。

pixivファンタジアクラスタ内でR18企画がプチ盛り上がりを見せているので私もなんかえろいのを描きたいな、以前てうさんに協力を依頼した疑似企画「ひろわれサキュバス」の続きでも描くかな、とも考えたんだけど、ネタが浮かばない。

別の角度を考えよう。
私自身が好きな女性キャラの典型というとヒーローズアンドヴィランズのマーメイドなんだけど、「能動的キャラ付け」が薄い。ナカヨシの発言にレスポンスするだけといった受動的キャラになってしまっている。そこが弱い。
見た目はほとんど一緒のガチャ巫女さんは自分なりの行動原則を持っている。ということは「性格付け」というよりは「自律的な行動モチベーションの有無」が問題なのだな。ガチャ巫女さんはソロで主人公にしてもお話を作れそうだけどマーメイドは単体主人公として切り出すとしたらその時点で性格なり行動原則なりを新規設定しなくてはならない。

マーメイドに読者を元気づけようという意図はあったか。
一応あったな。私の趣味に奉仕するだけのキャラ設計ではなかった。研究所ヒロイン共通の属性。つまり、「自分の人生を他人の悪意にコントロールされることで損なわれてしまっている人間」。
黒髪ぱっつんというオタク向けビジュアルデザインがなんか嫌だなと感じることが最近増えたけど、キャラ設計のところからきちんと考えていくと髪型なんて些細な問題にしか過ぎないように感じられてきたな。じゃあ別に黒髪ぱっつんという媚びた感じのオタク向けテンプレでもいいか。

マーメイドを描きたい。
で、テコ入れしたい。
すると、能動性を充填するということになる。行動原則やアイカツキャラ的な明確な性格付けを追加するということ。それでキャラを深める。

マーメイドについて考えてみるか。で、マーメイドを掘り下げるエピソードを描く。たしかいま怪獣人間エピソードの続きだったからそれを兼ねられるとより良い。



散歩しながら考えてみたんだけど、アイカツやプリパラのヒロインたちを見本にするのはマーメイドの場合違うかもしれない。
私がナカヨシに担わせたい存在感が「天使(実在しているのかよくわからない存在)」であるのにむしろ違いのかもしれない。
女性の読者の特定のタイプが感情移入できるような類型を目指すよりは、誰から見てもよくわからない薄い存在であること自体がマーメイドの本質なのかもしれない。マーメイドのというか私にとっての最重要ヒロインの。
なのでアイカツやプリパラの女の子たちのようにしっかりした性格を持っていない事自体は受け入れるとする。
作者にとって都合のいいだけのヒロイン=私の欲望だけが露出した異性キャラにならないようにはしたい。それを構造的に整えておきたい。
だから魔王バラーとかの時代ではヒロインのえりかさんは主人公(私)を好きになる伴侶としてのポジションだったけどそれはキモいなと感じるのが強まってからは恋愛的なニュアンスは描かなくなった。ヒロヴィラでのマーメイドは恋愛ニュアンスが充填されていない。

他人というのはよくわからない。
だから他人の象徴だったら「性格がよくわからないキャラ」になるのかもしれない。

いちおう、現時点でのマーメイドの描かれ方で似てるキャラと言えば誰だろうかと脳内検索した結果はゴルゴ13のデューク東郷だった。もしデューク東郷がアイカツ的な濃いキャラの持ち主だったらやはり違うと思う。無口でいつも同じ表情しているということ自体がぶれないキャラになる。

アイカツ的な濃いキャラ出すなら最初からそういう設計にしてないといけないな。
メフィストフェレスのアイドルのリズも、アイカツ的なヒロインを目指したはずだったのに気がつけばキャラの薄い人になっている。うーーーん。
物語を考える際、キャラはまず象徴や意味を担うものとして設計されるのでどうしても肝心の性格が薄くなっているというのはやはりある。

いや、物語重点で描くならキャラの性格が薄くてもいいのか…? 作中できちんと行動をしていれば…?

あーいや 待てよ。
私が今気に病んでいるのは正確には「女性キャラの性格が薄いこと」ではないのかもしれない。
「作者にとって都合のいい人形であるだけのものとして女性キャラを描くこと」なのかもしれない。それが端的に実行された場合表面に出てくる現象として「女性のキャラが薄い」を想定していると。

いや 屁理屈だな。
できる範囲でマーメイドに性格付けを与えたい。
基本的性格。クール。低出力な感じ。冷静。感情が表面に現れない。
キャラ付けするなら作者の性格の一部を付与するのが常套手段だ。
私はたまにリアルの知り合い(職場の人とか)から「クールだ」と言われることがある。これは翻訳すると「感情表現に乏しい」ということだろう。この傾向を分析してマーメイドに付与したらいい。

感情表現に乏しい理由はふたつ考えられる。
* 照れ性。感情と肉体表現とが結びつく回路が太くなっていない。
* 思考フィルター。入力を一旦考えごとの回路に通してから次の処理を決める。

マーメイドというかえりかさんは「自分とは異なるタイプ」という目論見で作られているから思考型人間であるよりは感覚型人間であってほしいなという想定なんだけど、自分に寄せてキャラ付けを充填していくためには彼女も思考型人間であると設定しなくてはならないな。
感情に乏しいのではなく出力回路が細い。

なんかもっとパンチの効いたキャラ要素追加できないかな。
作中では水に浸かるのを好むキャラだった。これはすでに結構いい感じのキャラ付けか。
南みれぃだったら「基礎的な教養が高い」「違反チケットを貼る=規則に厳しい委員長タイプ」。知的なキャラだ。
マーメイドが知的なタイプかというとちょっと違う。
やはりナカヨシやダム子と同じ、哲学タイプではないか。まずポリシーがあり、それに照らして諸事象を評価する。では彼女の哲学の基準軸は?
その点で言えばメフィストフェレスのアイドルのリズは「輝きたい」という中心点がちゃんとあるな。
マーメイドは改造人間、研究所ヒロインなので、自分の経験に照らして許せないものと許せるものとを分類するのではないか。
他人の人生を奪うものが悪。抑圧が悪。

あっ考えついた。
マーメイドのえりかさんがもしスターライト学園の生徒だったらどういうキャラになるのかというシミュレーションをすればいいのだ。
* そのシーズンの主人公にとって先輩。
* 後輩たちから憧れられているような存在。
* クールでカッコイイところから神秘的な(=よくわからない)存在だとみなされている。
* 仲良くなると意外とおちゃめで気さくな性格。
* やりたくない仕事(バラエティ番組への出演など)をスパっと断りそう。
* 美学やビジョンがある。アイドルとは見た人を元気づけるもの。
* 自然体で気取らない・かざらない。
* 後輩から憧れられて同年代から一目置かれて上の学年から目障りだとみなされるタイプ。
* 周囲に合わせない。マイペース。空気を読まない。

「自分を強く持っていて周囲に合わせない」これか? 権力側にとって見ればうざったい存在。人魚モチーフなのに柔軟に周囲に合わせるというわけではない。むしろ激流でも力強く遡ってしまう鮭や、荒波を乗りこなすサーファーのイメージではないか。
ヒーローとは虐げられた者を助ける者である。彼女のヒーロー観はこれだな。
強者から弱者への抑圧に注目する。「法の違反」があったとしても、「ルールを破った側が悪い」と判断するよりも前に「法を破らざるをえないように追い詰められた存在がいたのではないか」というところに注目する。



日常ネタで彼女のキャラ濃度が高まるようなのをまず描きたい。
マーメイドのファンであるような後輩キャラなんかを出すとそのコンビネーションでキャラが露出していくような気もする。
ナカヨシとのからみで上手くキャラを出せないかな?
ナカヨシの「チームを組んでいるはずなんだけどマーメイドのことがいまいちよくわからない」という独白からはじまるエピソード? 「お互いのことを知るために一緒になんかしよう」「そうね… 登山?」ふたりで黙々と山を登り、降りてくる。キャラの性格描かれないじゃん! そんなネタばかりがまず出てきちゃうな。
もしマーメイドがアイカツの紅林珠璃だったらどう動くか。アツい必殺技を考えたりアツいコスチュームを新調したりアツいヒーローに会いに行ってアツい教えを受けに行ったりするのではないか。彼女は行動が能動的。

マーメイドが自発的に何かし始めるエピソードを考える。描くことに成功すれば彼女のキャラ付けがかなり前進する。
ヘンテコなことをするのではないか。
それこそ滝登り? つまり、社会というものは人間の自由意志を無視して押し流そうとする流れに満ちている。自分はそれへの抵抗力をつけたい。その心意気を自らに刻むために、象徴的行為として滝を登るのだ! ということでダムとかに行くのかもしれない。
ありなのでは!!?

ちょっと寝かせて吟味してみよう。
| マンガについての考えごと | 16:07 | - | - | permalink |
18021801
モンハンをクリア(ラスボスっぽいモンスターを倒した)して脳のモードがリセットされたので考え事。

モンスターハンターワールドのマンガは2週間弱で15ページほど描けたのでよしとする。
「連想とシュール」というコツをつかんだのはかなりの収穫。

学び。
連想シュール系でネタを出すと、「その題材に即さない」ということに気づいた。モンハンのマンガを描いているのにモンハンではないネタがオチになる事が多い。自由に連想していて連想の到達範囲に制限を設けていないためモンハンという枠組みを逸脱することのほうが基本になる。だから真面目な創作やpixiv企画なんかでは使いにくいかもしれない。

モンハンやる前は何に取り組んでたんだっけ。
メフィストフェレスのアイドルの第二話を描こうとしていた。
で、そのために音楽の勉強をしていたんだな。

モンハンクリアしたあとまた少し楽典の本を読み進めた。
ハ長調とかの調子の話が出てきた。

ひとつの調は基本的に7つの音を持ってる。そこは知ってる。
この7つの音にはそれぞれ役割がある。これは知らなかった。
* 主音 : メインとなる音。ハ長調なら「ハ(ド)」
* 属音 : 主音の次に重要。主音の完全五度上。ドが主音なら属音はソ。
* 下属音 : 主音と属音の補助をする。主音の完全五度下。主音がドならファ。
* 導音 : 主音に進もうとする流れを導く。主音の半音下。主音がドならシ。

もし作曲するならこれらの知識が役に立つのだろう。現時点ではさっぱり。

で、ハ長調とかの調は総当たり的に列挙すると24種類ある。
それぞれの調の曲の性格がもし脳内に完璧に入っているなら「こういう感じの曲を作りたいから嬰ヘ短調だな」とかみたいに選択できるのだろう。この境地に達するには絵と同じで何年も鍛錬が必要なのだろう。
そこまで興味が持続しそうということではない。

作曲者によってどの調が好きかというのがあるらしい。モーツァルトはニ長調が好きらしいとか。
自分の好きな曲を列挙して、それらがどの調に属するのかを調べ、共通点が見つかるならそれが基準になるはず。ただ、これを調べるのは相当難しそう。

また、バッハには全部の調子を網羅的に使って作った作品がある。それが平均律(平均律クラヴィーア曲集)であるらしい。この平均律という訳語もわかりにくいと本に書いてある。
なので、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」を繰り返し聴いてどの曲がどの調なのかを覚えられればその調の基本的なイメージが掴めるということらしい。
で、その中で自分の得に気に入る作品があればその調が自分にとって重要な調であると考えることができると。




なに描こう。


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ツイッターにタイムリーな画像が流れてきた。



戦隊ヒーローオープニング曲の音域だ!

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ネットで調べるだけでかなり出てくるかも。
ガンダムOPの「翔べ!ガンダム」はハ長調の4/4拍子らしい。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1285222112

また、ウィキペディアにそれぞれの調の項目とそれぞれの調の曲の一覧ページとがある。
ハ長調
ハ長調の曲

情報化社会ってすげえ!
| マンガについての考えごと | 08:27 | - | - | permalink |
18021201
モンハンワールドのネタが浮かんだのでこの5日間位で10枚ほど描いた。

http://loveandcomic.com/comic/mhw/01.php

一例


今回つかんだコツ : 「連想×シュール」

ゲーム系のを代表として、1ページギャグマンガは浮かぶときと浮かばないときとがある。浮かぶときはどういう脳の回路を使っているのだろうと探った結果、ひとつにはこの「連想×シュール」と言語化したコツに沿っているといえる。

ゲームの内容に即しすぎたネタではどうもつまらない。例えば今作ではランスには飛び込み突きやパワーガードというアクションが増えたんだけど、「飛び込み突きはモンスターの腹の下に潜り込むのに便利です」とかという知識の説明だけじゃひねりもオチもなくてつまらない。
「過去作のモンハンに比べて回復薬飲むのが遅くなっていらいらする」みたいなあるあるネタも、やはりひねりもオチもなくてつまらない

ゴッドイーター系のマンガでは、NPCにしっかりしたキャラ付けのが多いのでそのキャラをネタにして描けた。

けどゴッドイーター並みにNPCの充実したゲームじゃないとその手は使えない。


オンラインゲームで他人のキャラをネタにする場合、まずそういう面白いプレイヤーと接点がないといけないし、装備とか取材して描かないといけないのでめんどくさい。


「過去に描いたゲーム系のマンガで気に入ってるもの」で想起したのがドラゴンズドグマでの次の一枚だった。


で、このマンガを生み出した際の脳の回路の働きを言語化したのが「連想×シュール」というもの。

これを念頭に置いてネタ出ししたところ、そのコツをつかんだ直後で10個くらいモンハンワールドのネタが一気に出た。

なので、これは使えるコツになりそうだ。マンガに限らずポエムーンのような創作1ページマンガやpixivファンタジアのような企画ものマンガでも活かせると思う。
| マンガについての考えごと | 00:00 | - | - | permalink |
18012102
マンガのアイデアも練ろう。

三部作にするみたいな欲張りな構想は置いておいて、思いついたものは直後の話にフォーカスして詰めると。
現在の構想はアイドル界におけるおっさん的価値観と女児的価値観。

必ずしもリズ(トカゲヒロイン)を主人公にしなくていいんだな。
同じ世界観を背景にして、テーマに相応しい人物を主人公にすれば良い。

解決すべき問題。
アイドル界におけるおっさん的価値観に抑圧されている状態。
やはりおっさんプロデューサーを悪役として出す? それとも悪役を作らない別の形にできる?

プリパラの第一シーズンを見終わったんだけど結局終わってみると悪役という存在はいなかった。
当初かなりうざったい存在であったウサギ、校長、ユニコーン、どれをとっても最終的にはみんな仲間になっている。

おっさん的価値観を持ち影響力のある存在がおり、その存在がお話を通じて改心する?

問題の掘り下げが浅いからプロットにまとまらないんだな。

以前、アイドルになった女性が、ファンがキモいおっさんばかりなのにショックを受けて早々と引退してしまったというニュースをネットで読んだ。
アイドルというのは多くの女児の憧れでありながら、現実にアイドルになると事務所による支配を受けて搾取される(という印象)。
SMAPでさえジャニーズ事務所には逆らえない奴隷のような存在だった。だから脱退独立劇は感動した。

アイドル、というか芸能人というのは業界内では「使われる立場」で下っ端にすぎないのではないだろうか。もちろんアイドルによるんだろうけど。

ワンダーウーマンの主題歌問題というのがあったな。わざわざ日本版用の主題歌が用意され、おっさん的価値観で作られた歌であった。あの歌詞から読み取れる内容がそのままそれを歌っているアイドルたちがさらされている世界の価値観である。
するとそれはアイドルがどうというより社会がどうという話になるんじゃないか。
アイドル限定の話なのではなく社会全体がおっさん的価値観を中心にしていると。それは抑圧的であると。

あー
求められているものではなく自分のなりたいものになれ、というメッセージ?
* おっさんはアイドルに援交女子高生たれと求める。おっさん好きで頭と貞操観念がゆるい存在であれと。
* オタクは美少女キャラに、自分専用の経験豊かな処女であれと求める。

つまりおっさん側には「お前は俺が好きだろうというのを肯定してほしい欲」がある。
いやちょっと違うな。アイドルの側から「みんな大好きだよ」と発信するのは自然だ。
お前は俺のものだ…?
簡単に言えばおっさんの(俺の)奴隷であれという要求ではないだろうか。主体性は要らず、おっさん(俺)の快楽のためにだけ奉仕すれば良い。なのでおっさんを愛する義務があり、おっさんに不快な思いをさせることは禁じられ、逆らうことは許されない。

奴隷になれという要求があると。
アイドルになるとは輝くということであるべきで、輝くということは自ら輝きを放つ主体的な存在であれということだ。

自己実現と主体性の問題。
成功した先が奴隷であるのはおかしい。
奴隷にならねば成功できないというのはおかしい。
求める側の問題なのか? 応える側の問題なのか?

応える側の内面の問題として表現する場合。
みなの求める自分になろうという抱負。無理な要求を押し付けられぼろぼろになっていく。もしくは求める側の要求が変わり、当初の要求に答えようとしてきたヒロインは時代遅れとなる。要求に答えようとしてきたのに捨てられる。
うーん。

やはり悪役プロデューサーを作る?
エリート中のエリートのアイドル集団がおり、国中のあこがれの的。
ところが実情はプロデューサーの支配を受ける奴隷的存在。
やっぱりこのパターンがいい気がするな。
新しくその集団に参加したヒロインがその枠組を解体する?
すでにその一員であるヒロインが悪魔の力を借りて解体する?
プロデューサーが改心する?
プロデューサーを追放する?

この流れで改心させるというのは違うような気がするんだよなあ。
悪魔か!
プロデューサーは何らかの脅しによってアイドルたちを縛っている。
しかしアイドルたちはそれに屈せずに脱退することを決断する。
彼女たちを引き止めるために悪魔と取引するプロデューサー。
しかし悪魔はなんか笑うせぇるすまん的な罠を仕掛けてプロデューサーを騙す。まあ悪くないか。
プロデューサーが自業自得な感じの結末を迎えるようなプロットが思い浮かべばモチベーションが上がるかもしれない。ちょっとブラックなショートショート風にね。
| マンガについての考えごと | 00:29 | - | - | permalink |
18012001
アイデア練り。

第二話で姫様を味方にするのではなくておっさんプロデューサーに抑圧されたアイドルを解放する話を先にやってはどうか。

つまり、姫様が家のルールと戦うという筋にあんまり熱意が刺激されない。
一方でおっさんプロデューサーによる抑圧と戦うというほうのテーマには魅力を感じる。

問題を発生させ、それをステージライブで解決する。
抑圧的プロデューサー問題を具体的にどう問題化させるか。

---

脳が自分のマンガのアイデア練りに集中してくれないので雑記をダラダラと書いて脳の回転数をあげるところまで後退しよう。

今日見た映画。
* バーフバリ 伝説誕生
* ゴジラ 怪獣惑星

[バーフバリ 伝説誕生]
私のツイッターのタイムラインで今公開中の『バーフバリ 王の凱旋』の評判が極めて高い。
じゃあ一作目から見てみるかということで借りてきたもの。
私としては普通におもしろいけどハマるというほどではなかった。第二作目も少ない上映館をわざわざ探してまでは見に行かなくていいやという感想。
細かい描写は色々工夫があるし景気が良いんで見ていて楽しんだけど、物語の構造としてはシンプルな貴種流離譚である。
特別なメッセージや思想を持った構造をしているということではない。
例えば私のツイッター上で似たようなフィーバーの仕方をした『マッドマックス怒りのデスロード』なら、虐げられている弱者が自らの尊厳を守るために戦うというテーマが物語の構造に組み込まれていた。そこに大きく惹かれた。
例えばクエンティン・タランティーノの『ジャンゴ つながれざるもの』なら、やはり奴隷という虐げられたものが尊厳のために戦う構造だし、ジャンゴのメンター役となるドクターキングシュルツが知的で冷静で(アメリカ民主党的な意味での)リベラルな人物でこのキャラに特に強く惹かれた。
バーフバリは今のところ私の琴線に触れるようなテーマ性なりメッセージなりを見出しかねていると。なので「普通の映画」。

[ゴジラ 怪獣惑星]
とても素晴らしい。
シン・ゴジラという大傑作の記憶もまだ真新しい時期にあえてさらにゴジラに挑むそのチャレンジ精神が素晴らしい。シン・ゴジラを超えないといけないと考えてしまったらこの先50年位はゴジラの新作が作られないかもしれないというところに真っ先に次のゴジラが映画で出たので後世に与える影響は大きくしかも好ましいものだと思う。
内容そのものは私向けではなかったようで、前半の説明パートは退屈で度々止めてはゲームやったりしながら見て、後半のクライマックスのアクションシーンは半分ウトウトしながら見ていたらしくいつの間にか終わっていた。
ハリウッド版のゴジラ(2014)もクライマックスのゴジラ対ムートーの戦いのところは寝てしまっていたので、どうもゴジラ映画との相性が良くないらしい。しかしゴジラ第一作目やゴジラ対ヘドラやシン・ゴジラなんかは大好きなので新作のゴジラとの出会いがうまくいかないケースが多いという程度か。

ゴジラ怪獣惑星が私向けでないと感じた点はなんだろう。
【以後ネタバレ注意】

地球を怪獣に奪われた人類が異星に新天地を求めたが適した星が見つからず再び帰還、という設定がまだるっこしいし、その設定が現代の何かしらかの状況を表現しているということでもない。設定のためだけの設定にしか感じられず、自分には関係ない話だなと冷ややかな気分になってしまう。

…上記に尽きるか。
私が怪獣に求めている要素は第一に象徴性であるらしい。
第一作目のゴジラは戦争や核兵器の象徴だ。まだ戦争の記憶の新しかった時代に作られた、人類が直面した巨大な脅威の象徴。
ヘドラは直接的に公害を表現したもので、人間の愚かさが生み出した怪獣だ。恐るべき酸をもって、上空を飛んだだけで地上の人間をバタバタと殺していく。
つまり人間や社会や歴史と密接に結びついている。その関係が考えるべきテーマになってそこに惹かれる。
じゃあシン・ゴジラはなんの象徴だった? シン・ゴジラ自体は何かの象徴だったという印象ではないな。
その代わり人間の側の対応の現象がよく描かれていて、そっちに関心のメインがあったかもしれない。「日本っぽい」「現実にはこんなにうまくは行かない」「いや綿密に取材されてるからこれは立派な現実シミュレーションだ」と議論も呼んだ。やはり「いま・ここ・自分」との深い関係があるところが魅力なのだ。

怪獣惑星は、宇宙に行ってワープを繰り返すことでウラシマ効果とかの影響で主人公たちが地球に返ってくる頃には地球は二万年くらい時が経っている。
さらには、地球外の知的生命体が地球人に協力をしているんだけど、この宇宙人たちもやはり設定のための設定でしかなくて現代社会の何かしらかの対応する事象を表現しているわけではないので「どうでもいいしなんなら要らないのでは」と感じた。
いま・ここ・自分、いずれとも断絶されている。
興味が持てないから寝てしまったということですね。


プリパラの話。
相変わらずプリパラアニメを観進めている。いま34話まで観たのかな。
面白い。

テーマや哲学性がしっかりしてる。世界観やお話の構造にしっかり組み込まれている。その辺が私向きだ。
アイドルアニメはやはりツイッターのタイムラインの影響でアイカツを先に見てそれから派生でプリパラにもやってきたんだけど、どうもプリパラのほうがより私向けらしい。アイカツも非常に好きな作品なんだけどプリパラのほうがより私のアンテナとのシンクロ率が高いらしい。

今日見ていた回では、ボーカルドールのファルルがお目付け役のマスコットの命令を破ってらぁらとスカイプみたいなのをやって現実世界のことを教えてもらうという内容だった。
プリパラの思想には一貫性があり、その主要な要素のひとつが「解放」だ。
姉や親衛隊に依存していたそふぃが自立性を獲得する。
作ったキャラではダメなのではないかと悩んでいたみれぃが、プリパラでの姿も本当の自分の姿であると悟る。
プリパラ禁止を唱え続けてきた校長先生が自らの過去のトラウマを乗り越えてプリパラ禁止を解き自らもプリパラに復帰する。
自己を解放してハッピーになって輝こうというのが一貫した姿勢だ。そこがよい。
メッセージ・思想の内容が私好みで、それがきちんと物語や設定に組み込まれているという語り方の技法が私好みだ。


仮面ライダーの話。
なんだか仮面ライダーのゲームがやりたくなったのでタブレットで「仮面ライダーバトルラッシュ」を落として少し遊んでたんだけど不満を幾つか感じた。
* 好きなライダーが手に入らない
* 手元にいる好きなライダーがレア度が低いせいで弱い

なので3DSの「オール仮面ライダー ライダーレボリューション」を買った。こっちは好きなライダーが手に入れやすい。


好きなライダーというと候補がいくつもあって順位を決めにくい。
* 仮面ライダーゾルダ
* 仮面ライダー龍騎
* 仮面ライダーギャレン
* 仮面ライダーレンゲル
* 仮面ライダーマッハ
* 仮面ライダーG3
* 仮面ライダーアクセル

銃を使うライダーに抵抗がないらしい。
メインライダーよりはサブライダーに好きなのが多い。

プリパラを考えるようにはライダーについて深く考えられないのはなぜだろううーん。

おそらく、仮面ライダー・ガンダム・ウルトラマンなどはこどものころからずっと摂取してきているので、わざわざ思考のまな板の上に載せなくてももっと思考の基盤のところにインストールされているのではないか。
プリパラやアイカツは普段摂取しないタイプの刺激なので脳内で主題化されるけどそれはゲスト待遇なのであって思考回路の基本部分に存在していない。だからこそ考える対象として主題化できる。
のかもしれない。いやそんなことはないな。ウルトラマンや怪獣についてはきちんと考えることもよくあるから。仮面ライダーに関しては「見てて思い白い」以上の強い魅力を見出していないのかもしれないね。


仮面ライダーで好きなものとして列挙したものの「好きな根拠」はなにか。
* デザインが好みである(レンゲル・ゾルダ)
* 持ってる武器が好みである・能力が好みである(ゾルダ・ギャレン・レンゲル・G3)
* 作中で好きなキャラだった(マッハ)
* シリーズが好きである(龍騎)

つまり、テーマや思想から導き出しているわけではない。もっとゲーム的な根拠だ。
仮面ライダーのヒーローとしての本質や哲学性を検討するならやはりルーツである一号について考えるべきだ。
悪の組織であるショッカーに改造されたけど脳の改造が住む前に逃げ出す。悪魔の身体、人間の心。
戦う相手はやはり改造人間。自分がそうなっていたかもしれない存在。同族殺し。この同族殺しというテーマは前の会社の人に指摘されて私も認識するようになった。
うーーーん。戦う悲しさ…? 正義を行おうとすると自分(=同類)を殺していかねばならない…?
仮面ライダーは何の象徴なのか。
怪人は何の象徴なのか。
うーーーん。

やはりどうも、仮面ライダーは私のアンテナ圏外である気がする。
ウルトラマンと怪獣の世界の方は私向け。彼らは象徴性が高い。
ガンダムは…
ガンダムは世界観設定が綿密で自分の創作では使いにくいので難しいんだけど、善悪を相対化するところとか「選ばれし者」「そうでないもの」「異なる価値観の対立」とかの要素が私向けな気がする。
たとえばソレスタルビーイングなんかは「戦争根絶」を掲げていて、でも彼らの戦いは戦争をなくすための戦争。矛盾している。哲学だ。
自分がガンダム描くなら… ニュータイプではなく… しかしどういう戦争…?うーん
今の私の構想力ではガンダムは手に余って扱いきれないな。

ガンダムもライダーもテレビとゲームとで触れればいいやという感じ。




アイドルもののアイデアを考えようという話だった。脳のエンジンはかかったかな?
| マンガについての考えごと | 22:48 | - | - | permalink |
18011801
アイデアを考えよう。

メフィストフェレスのアイドル2。

大司教は大司教でアイドルを抱えている?
仮面のプロデューサーなんてどうだろう。大司教は正体を隠してプロデューサーをやってる?

第二作目ではリズとミーナとのユニットがお抱えアイドルと対決して倒す? 対決必要?
第三作目ではリズとミーナと3人目のアイドルとのユニットが、より消耗品的なアイドル(司教プロデューサーの肝いり)と対決して倒す?

アイドルの支配者(おっさん向けアイドルのプロデューサー)がラスボスという認識。

それとも父王をボス(中ボス)にする?
お抱えアイドルたちにプロデューサーが父王で、アイドルを本質的には奴隷だと解釈している?

おっさんプロデューサー=神という図式がわかりやすく現れる設定にしたい。
「王のお抱えアイドル」という、世俗の権力側に結びついた存在だとちょっと整合性が弱い気がする。

第二作目は王=父=家との戦いにフォーカスすべきで、「アイドルのおっさんベクトル(大御所プロデューサー)問題」を取り扱うべきではないんじゃないか。それは第三作目のフォーカスであって。

すると対決するのはおかしい。
ミーナがアイドル活動すること自体が勝利である。

おっさん主義的アイドルとの対決は第三作目?
いや、アイドルと戦うのではなくおっさん主義と戦うのであって、つまりアイドルをおっさん主義から解放しようというのが趣旨ではないのか。
ライブ対決になるとアイドルとアイドルとの優劣を決めているようで、その背後で操っているプロデューサーとの対決にならない。
おっさん強権プロデューサーに反抗することこそが大事。
なので、おっさん強権プロデューサーが特に気に入っててギチギチに束縛しているアイドルがいて、そのアイドルをおっさんPに離反させるのがいいのではないか。
何か大事なステージがあり、おっさんPのアイドルがステージに立つ予定だった。しかしそのアイドルはそれを拒否し、かわりにリズとミーナと一緒に組んだユニットが代理でステージに立つ。
うーん。

アイドルと戦うのではなくアイドルを支配する存在と戦うということを忘れずに。
対決ものはできれば描きたくないという気持ちを忘れずに。負けた方のアイドルは輝いていなかったということになってしまう。みな輝いているのだ。おっさん強権プロデューサーの支配するアイドルたちだって彼女たち自身は輝いている。ただし抑圧されてもいるということだ。歌いたい歌が歌えないとか着たくない衣装を着ないといけないとか?

わかった。
現代的テーマを盛り込める。
すなわちMeToo活動だ。アメリカハリウッドの大物プロデューサーが長年に渡って女優たちにセクハラをしていた。女優たちがついに告発の声を上げ始めた。世界中にその活動が広がっている。
「アイドルは続けたいけどそのためにはおっさんプロデューサーの支配を我慢しなくてはならない」という状態に抑圧されている存在がお抱えアイドルたち。
プロデューサーお気に入りのアイドルほど人気があり(テコ入れされるため)、より強く束縛されている。
トップアイドルを解放するのがメフィストフェレスの役目。
そしてプロデューサーを追放する。

プロデューサーは「アイドルは自分の所有物だし俺のことが好き」と思いこんでいる。
なので、打倒の仕方は、脱退して独立すること?

プロデューサーの息がかからないアイドルが聴衆の心をつかむ。
三人は正体を明かし、自由と覚醒とを説く。
お抱えアイドルたちは反抗の声を上げ、プロデューサー追放を王に合意させる。そしてお抱えアイドルの全種族への門戸開放がなされる。
しかしそうするとアイドル希望者が増えすぎてお抱えアイドルが抱えきれなくなる。何らかの再編がなされるんだろうけどそれは別にこの作品内で描く必要ないな。お抱えアイドルもより広い種族からスカウトされるようになったのですと。


二作目は姫がアイドルになってステージに立つ。対決はなし。どんなステージ?
三作目はお抱えアイドルトップがプロデューサーに反抗してステージに立つ。どんなステージ?

城のコロセウムはお抱えアイドルのためのものというニュアンスが強すぎてしまう気がする。城下町に別のステージがある? ライブハウス?
解放された独立系アイドルたちがライブをやる場所を設定すべきな気がする。そこは神や王と無縁の・もしくは反抗するような象徴性を持つ場所だといい。


ここまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 00:24 | - | - | permalink |
18011701
アイデア練り。

もうしばらくプロットをうだうだいじろう。いいプロットが思いつくとモチベーションが上がるので。

第二話。
追加要素。
お抱えアイドルたち。特に第三作目で仲間になるメンバー(やはりトップアイドル? それとも下っ端?)
プロデューサーの司教。
王が姫にアイドルになるのを禁止する。

待てよ。
大司教がアイドルのプロデューサーだとする。
するとアイドルたちは聖なる存在なのではないか? 卑しいわけではない=姫がアイドルになっても問題ない?

お抱えアイドルは王家が所有している。いわば所有物。奴隷。
お抱えアイドルは大司教がプロデュースしている。うーん。
どういう口実で?
アイドルは偶像なので偶像崇拝を禁止している宗教においては禁じられた存在なのでは?
でもプロデューサーが司教というのは欺瞞に満ちてていい着想だと思うんだよね。やはり口実をでっち上げるのがよい。

お抱えアイドルたちは聖歌隊ではない。
大司教はあくまで「王家の所有物」の調教を委託されているにすぎないという立場。

大司教も教会にアイドル軍団を持っている?
教会の司教アイドルがおっさん向けアイドルで、お抱えアイドルはおっさんアイドルではなくアイカツ的なセルフプロデュースアイドル?


ガンダムのゲームやっててあんまり考え事進まなかったか。今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 00:58 | - | - | permalink |
18011601
アイデアを練ろう。

メフィストフェレスのアイドル2。

まずさっくり考えつくプロットを出して、リファインしていくと。

* ヒロインはお姫様(ミーナ・ダイスキウス)。
* お抱えアイドルたちのパフォーマンスはそれなりに楽しんでいたがハマるほどではなかった。
 - おっさん向けアイドルのコンテンツにしか接してこなかったので。
* リズのステージを見て感動し、アイドルにハマる。
 - リズの歌ったのは「make it」の想定
 - ミーナに目覚めを促すメッセージが届いた
* ミーナ、アイドルを志す。
* 父親がダメだと弾圧する。
 - 王にとってアイドルは下賤な存在。剣闘士が奴隷だったように。
* 意気消沈
* 話を聞いてもらいたい!ということで城を抜け出して変装して街にリズを探しに行く。
* リズが橋の下でダンスの練習をしていると興味を持ったミーナが見学に近寄ってくる。
* 話をするようになる。悩み相談的なことになる。
* 話を聞くと誕生日にライブをやった謎のアイドルを探しているという。
* リズ、変身して正体明かす。
* リズはトカゲビトだからアイドルになれないと断られた。変身してアイドルになれた。という話。
* メフィストフェレス登場。お望みなら札を用意しましょうと。
* 王権は神が与えたものという(王権神授説)。
 その王が定めた決まりに反抗するのはつまり神に反抗することだ。
* ミーナは変身して自分もアイドルやるという。ユニットを組もう!と約束する。
* ミーナはその後、度々城を抜け出して一緒に練習するようになる? そんな自由時間あるのか? あるんだな。
* なんらかのステージをやって終了

こんな感じか。
ミーナとリズが出会う。
リズは正体を明かす。

第一話では一応「問題→解決」という物語構造上の軸があった。
誕生日ステージをやるアイドルがいない→誕生日ステージをやる。

第二話でもステージを物語のクライマックスに置き得る構造にしたい。

ライブ対決か!

王女の誕生日ステージにアイドルを立たせられないでどこぞの馬の骨アイドルに喝采をさらわれたお抱えアイドルプロデューサーは屈辱を感じた。
そこで、お抱えアイドルVS謎のアイドルのライブ対決をやろうと言い出す。

お抱えプロデューサーは首都の大聖堂の司教。大聖堂というのはどうもカトリックにおいては司教の配置される教会のことらしい。
最近のアメリカのメガチャーチのように教会が行う行事もアイドルコンサートのようになっている?
なんにせよお抱えアイドル=おっさんプロデューサー=神を背負っている、という構造がいい。

対決ライブを中心に持ってくるならお抱えプロデューサーとお抱えアイドル(三作目で仲間になる予定の)とも登場させられる。

お抱えプロデューサーとお抱えトップアイドルとのデザインが必要だな。
| マンガについての考えごと | 23:24 | - | - | permalink |
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