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18121101
アイデア探し。

pixiv企画もので考えるなら、自分を投影したキャラが動くだけで私には面白いと言える。ゲームで自キャラを操作するのだけで原始的な面白さが得られるように。だからいつものナカヨシを登場させるだけでどんな話でも私には面白いはずだとは言える。

でもそれだけじゃ描けないなうーん。
「自分はフィクションの中でこんなことをしたい」というのに思いを馳せてモチベーションを刺激する戦略。
「弱きを助ける」これだな。
どうも、ヒーラー寄りの嗜好を持ってるらしい。
悪をダイナマイトで吹き飛ばすみたいなDPSよりは、困っているものを助ける。困りそうなものを守る。こうだな。
強大な悪がいるとして、それと対決して食い止める、ということであればそれはタンク寄りだと言えるんだろうか。この傾向は私にはないな。

ヒーラー。

風刺というものは基本的に攻撃である。デマに流される愚かな大衆をゾンビに象徴させて、というアイデアがあったがこれは風刺であり民衆への攻撃になる。これはどうも、違う。

風刺でうまく刺すことを工夫するのではなく、作中で元気づけられるべき対象に思いを馳せるのが理屈上正しい。

マッチ売りの少女とデッドプールにおける、マッチ売りの少女。
邪竜の翼におけるピンナ。
メフィストフェレスのアイドルにおけるトカゲビトのヒロイン。

empower.

テロリストが実は抑圧への抵抗者だったという着想をこの観点から見渡す。

だからテロリストが非常に不利な状況を思い浮かべればいいんだな。
抵抗活動への弾圧が進んでて、活動も虫の息。何よりもそれらの活動は世間から悪だとみなされていて孤立していると。

ひい 今日は残業で遅かったしFO76もメンテだしであんまり活動できなかった。ここまで。
| マンガについての考えごと | 00:41 | - | - | permalink |
18121001
アイデア探し。

モチベーションを高めてくれるものを探すという方向も大事だが、モチベーションが低くても描くということを実現させる方向も大事だ。今日はそっちを考えてみよう。

理屈で考えて方向性をチェックして概ね問題なければダラダラ進めるという進行になるのではないか。

最近ボツにしたプロットを拾ってだらだら進めるといいんじゃないか。途中で他によりモチベーション刺激されるのが思いつけばそっちに路線変更して考えればいいんだし。

ええと

* テロリストだと思われた相手が実はそうでもなかった話
* スマホ見て炎上案件に群がるゾンビの話

ゾンビを描く場合、ゾンビ自体をテーマにするか、ゾンビはただの状況であって人間社会の側にテーマを持ってくるかというふたつの方向があるらしい。

主張なりメッセージなりは?うーん。
低いモチベーションで進むのであれ、その作品の芯の部分がいい加減でいいということではない。むしろ情熱ではなく理屈で進もうということなんだから芯の部分が強固であるほど良い。つまり主張やメッセージやテーマみたいな理論がきちんとある方が良い。

理屈で考えて作品の芯に来るべき理念。
* 善いものを善いものとして描く
* 読んだ人の精神に生きるにあたってのエネルギーを供給する
* 抑圧された者に味方する
* 実存主義
* 詩的価値

どうも、ゾンビの方向ではないな。
抑圧されたものが抵抗するとテロリスト呼ばわりされる。それに寄り添う。この方向なら「弱者の味方」だ。悪くない。これをだらだら練ってみるかなあ。
| マンガについての考えごと | 00:45 | - | - | permalink |
18120901
とりあえず艦これネタが2枚描けたので多少精神が回復した。





艦これネタならいつでも描ける!ということでもなく、やはりネタが浮かんでくれるのはありがたい。

なんだけど、マンガが描けてないな感はあまり解消されてない。やはりオリジナルを描かねばならないな。

創作短編のアイデアを探す。
1ページギャグマンガは今回は念頭に置かない。

社会問題をスタートに起きがちなので別のスタートを考える。
* 心理
* 哲学
* 形而上学

うーん。

例えば「中年の危機」。いい年になったが気付いたら自分の人生、誇れるような偉大な業績などひとつもない。ただ日々の生活を送るので精一杯。生きた証を残したい。そういう心理。

何のために生まれて何のために生きるのか答えられないなんて嫌なので、それを探す。それは他人から与えられるものではなく自ら見つけなくてはならない。実存主義。

死後の世界などというものはなく、現世が全てであるので、現世で徳を積んで死後に報われようなんて考えずに現世での快楽を追求すべき。形而上学。


心理・哲学テーマの有名作品ですぐに思い浮かぶのは映画『桐島、部活やめるってよ』。
主人公の「何でもそつなこなす優秀な高校生」は、自分自身がやりたいことを見つけておらず、ニヒリズムに陥っている。
自分に外側から生きる意味を供給してくれていたカリスマである桐島が不在となることで自分の空虚に直面し、苦悩する。
ただ、彼自体はスクールカーストでは最上位クラスで、客観的には勝ち組に見える。
スクールカースト最下層の登場人物に映画部のオタク男子がいて、ぱっとしない感じのいかにも負け組な感じに描かれている。
しかし、この映画部少年には確固たる「自分のやりたいこと」があるのだ。映画を作りたがっているのだ。しかも、別に映画で食っていこうとか有名になりたいとかの現世的利益を目的にしていない。ただ映画を作りたい。
主人公はその話を映画部から聞いて、大きくショックを受けて敗北感で打ちのめされる。

これは私がいつも言ってる経済と詩との軸を描いている。
主人公は経済の側で勝ち筋に入っているが詩の側がノータッチで、価値観も経済に根ざすものしか培っておらず、しかしそれに満足できていない。
映画部は経済の側では負けパターンに入っているが詩の側に人生の軸足があり、詩の世界での自分の足場を積み重ねてきており山頂を見据えている。



そういう内面系のテーマで自分にとって重要なものってあるかな?

あー… る。あるな。
桐島部活やめるってよのテーマはそのまま自分の主張でもある。

私の主張。
* 人生に客観的意味などなく、それは自分自身で付与するものだ。
* 経済的価値と詩的価値がある。
* 人の言うことに惑わされず自分で決めろ。

だから結局実存主義なんだな。
すでにいくつかのマンガに自然に入り込んでる。
邪竜の翼ではナカヨシがピンナに、「ひとが君のことを邪竜と呼ぼうがそんなことはどうでもよく、自分がなりたいものになるのだ」と言う。自分がどういう存在かは自分で定義しろと言っている。
メフィストフェレスのアイドルでも、アイドルになりたいのであればアイドルになれと言っている。
だから社会問題から出発しなくても一応こっち方向でもすこしテーマの追ってきた文脈があるんだな。

でも待った。これも大上段系だな。心理や哲学をテーマにするという発想はいいとして、もっと些細で他愛ない内容でもいいはず。
冬はお腹が冷えるから冷たいもの飲まないほうがいいよね程度のことでもいい。モチベーションさえ刺激されるなら。


なう現在でモチベーションを強めに引き出してくれる要因を探すべきなんだな。
最近の個人的にホットな話題は何だ?
* フォールアウト76
* イップマン



実はあんまりないな。フォールアウト76も荷物の重量制限とか弾薬が余りまくるかと思ったら今度は全然足りなくなるとかでプレイモチベーションが必ずしも高いというわけでもなくなってきたし。

じゃあやっぱりここでうだうだ考え事しつつそこで思いついたものが意外とモチベーションを高めてくれたみたいなケースを期待して探すしかなかろうかな。

上記の考え事で深掘りしてみるべきキーワードと言うと…
やっぱり「経済と詩」か。


神になって人間を創造するとして、行動原理プログラムを実装しないといけないとする。
「経済的利益」はその目的にかなう。
人間の行動を個人差が消えるように種全体として定義するなら、やはりその行動原理は経済的利益だろう。ここでいう経済的利益というのは金銭がもうかるというよりもより生存に有利になること全般のことを指す。価値が数値的に計測できるものだ。

だから経済的利益に反することをあえてやるということは機械化への抵抗なのだ。人間は機械ではないのでプログラム通りに動かないこともある。経済的利益に反するのにやるということは経済以外の価値をあえて見出しているからできる。

人間の可能性を証明するということが詩なのだ。

そのへんを考えて、なんか面白そうなヒラメキ来ないかな。
* ロボット詩人
* ロボットに詩をプログラミングしようとする男
* 詩人になりたいロボット
* 経済的価値感にがんじがらめになっている人間(学生/社会人)に詩を説く


映画『今を生きる(原題は『死せる詩人の会』という意味らしい)』は以下のような内容らしい。以前見た映画の気もする。
* 医者や政治家などのいいとこの子息が通う名門学校
* 生徒たちは親から将来いい職業につくことを期待されていてプレッシャーで苦しんでいる
* つまり生徒たちは経済的価値観にがんじがらめにとらわれている
* そこにやってきた教師が、詩を教える
* 詩というのは生活のためのものではなくより良く生きるためのもの
* 生徒たちは先生の思想が気に入り、「死せる詩人の会」というサークルを結成する
* その活動は要するに親や学校が生徒たちに期待する経済的価値感の成就を妨げる結果に結びついていく
* 親と対立する生徒が出てくる
* 親に強制的に転校させられる生徒がおり、彼自身は演劇をやりたがるのだけど親が認めず、自殺してしまう
* 詩を説いた先生はクビになる

詩は重要なんだけど社会はそれで動いているわけではないので社会との間に摩擦が生まれるし社会との対決で敗北する。

なんだが、やはり詩は重要だ。私は詩の側の人間だと自分では思っている。

だから経済と詩を扱う話が良さそうではあるが、具体的なアイデアはない。
少し前にダークファンタジー考えようとしたとき経済と詩の概念を織り込んでた気がするな。うーん。


一旦区切るか。
| マンガについての考えごと | 18:52 | - | - | permalink |
18120801
なんか考えよう。
今週はもともとスケジュールキツめの進行な上に私が作ったバグが判明して調査と修正で残業しまくって疲れた。
土日まででなくて済んだのは幸いだったが。

考えようとしている短編のアイデアはいまいちモチベーションが上がらないのでゼロベースに差し戻すようかな。
中東情勢についての入門書を読みすすめて内容がシリアのあたりに来たんだけど、そうすると理解しやすかったイラン(とアメリカ)の歴史に比べて関連国や関連民族が多くてカオスな感じで、これは私の能力では物語に落とし込むのはできないなと感じた。かといってイランとアメリカをベースにお話作っても現代の国際問題とは焦点がずれている気もする。

だから社会問題ではないところに目を向けるべきでは。
例えば以前描いた「ICEMILK」というマンガは単純に「妹モノが好きなので妹モノを描きたい」程度の出だしで描いた。そんな感じで描けるならそれでもよい。
要するに描ければ何でも良い。
いろいろなモチベーションを試してみて燃焼率の良いものを探り当てたい。

残業続きで疲れている時、精神が消耗しているので、娯楽でMPを消費させたいという欲求が発生するのを感じた。
そういう時見る作品は、頭を使わなくて単純な楽しみに満ちたものだ。例えばタルコフスキー作品やデビッド・リンチ作品を見るコンディションではない。ヒーロー映画とかカンフー映画とか少年漫画とかそういうのが良い。

で、そういうMP回復系のマンガで発想できないかな?
艦これで描いているような1ページコメディのオリジナル版の模索。過去にも何度もやってるが。現在版ので新しいの思いつくかな?

ここ数年はそのテーマに取り組むと「poemoonでいいじゃん」という結論ばかりになっているんだけどさて。
1ページ単位コメディをやるには、説明しなくてはいけない要素が少ないほうが良い。
だからゲームを題材にするのが向いている。ギャグのネタにするべき情報(ゲームの内容)があらかじめ読者との間で準備されているからだ。
オリジナルでやるには、読者と作者がすでに共有している情報の求め先が一般的なものになる。
* 歴史
* 時事
* 日常生活など

だからノンジャンルのpoemoonが最適という答えになるのか。しかし、ちゃんとキャラクターのいるやつを描きたいという欲求は常に言っている。

だから共有情報をネタにしていくという機能をラップ(プログラム用語)すればいいのか。時事問題や歴史ネタを描く際に、それを行う特定のキャラにやらせればいい。
つまり、芸人のコンビを作り、彼らを通してネタを扱わせる。いや、それはpoemoonだな。作者の分身と脳内嫁との二人がその芸人コンビに該当する。

ショートカットすると男女の一対がメインキャラになる。
時事問題や歴史ネタのように外部にネタを求めるのではなく内部にネタを発生させるような作りを考えられないか。というかマンガってのは本来そういうものではなかったか。
だから特徴のあるヒロインが出てきてそのことのやり取りを楽しむ型の漫画が世の中には多い、気がする。「からかい上手」とか「うるさい後輩」とか。

あー

艦これ描いてて気付いたのが、「小さい子の面倒を見る」シーンが好きだということだ。艦これでいう松輪ちゃん関連ネタにそういうのが多い。
小さい子でなくても良い。要は「気にかけるべき要素を持った相手」だ。そういうヒロインに対して私の主人公に気にかけさせるという展開が好きらしい。
お腹を出してる子がいたら腹巻きをあげたいとか方向音痴の子がいたら道案内ドローンを常時付けたいとかそういうやつ。

だから完璧なヒロインと組ませるより「欠け」だらけのヒロインと組ませるほうが私のマンガの場合良さそう。
なんだけど完璧なヒロインの場合は完璧さが「欠け」になるな。ストレスがたまっているんじゃないかとか無理してないかとか。まあいいやそれはそれとして。
つまり、「主人公←ヒロイン」という「してもらう」の構造より、「主人公→ヒロイン」という「してあげる」の構造のほうを私は描きたがっているということだな。で、主人公はほぼ固定項目なので方程式的に導き出せるヒロイン像を模索しているということになるのかな。

あっ ちょっと艦これネタ浮かんだかも。一旦こちらは区切る。そっち考えてみよう。
| マンガについての考えごと | 10:29 | - | - | permalink |
18120501
アイデア考え。

テロリストがじつは悪くなかったという話。

うーん、モチベーションがいまいち刺激されない。
もっとこう脳を空っぽにして描けそうなやつのほうがいいのか? いや、多分そうじゃないな。

邪竜の翼でのモチベーションの牽引になったのはヒロインのピンナさんにナカヨシが優しくするシーンだった。

ヒロイン(テロリストとして登場する)に主人公が優しくするシーンをイメージし、その脳内映像が出来上がってくるとモチベーションに直結しやすい。

ヒロインは、当初テロリストとして悪役然として出てくる。
お話の中で実はより大きな抑圧者への抵抗運動であることがわかる。
戦うヒロインであり、抑圧されている。反骨精神がある。

あー待った。
こうかもしれない。なんか中途半端に意識高いふうを装ってるところが小賢しくてテンションを下げている。もっとお気楽な、頭悪い方向に向かうべきなんじゃないか、という意識があり、これが邪魔なのではないか。そうやって中途半端に逃げ腰だから良くない。世界の正義を自分一人で背負うぜくらいの異様なテンションで取り組んだほうが突き抜けて面白くなるはずだ。
「足りない」のだ。

現代では悪の権化と言えばテロリストだが悪の権化なんてものは存在しない、抑圧への反発力としてテロリストが登場する、わしにはそれがわかる!みたいに目をぐるぐるさせながら描けるとよい。pixivファンタジアNWで私が描いたキャラ、ドルイドのルッディはテロリストだったはずだ。

自分の正義を持っているから、大きな正義と反りが合わない時、テロリスト扱いされる。
…ヒロインではなく主人公をテロリストにする?

うーん。
心意気はいいが具体的なアイデアは出ないのでした。フォールアウトやってたしね。
| マンガについての考えごと | 00:51 | - | - | permalink |
18120202
テロリストが実は真のヒーローだったという話。
正直、ありふれた話ではある。ハン・ソロのスピンオフ映画がそうだった。
けど、ありふれているということ自体は別にいいのだ。
主人公はアメリカヒーローとテロリストヒーローとの二者択一を迫られる。
この選択のシーンも、邪竜の翼に似てる。プロットが邪竜の翼とほとんどおんなじだ。
なんだけど、だからこそ描く価値があるとも言える。似せようと思って出発したわけではないのに自然に似ていくということはそのお話の構造には私にとっての重要な要素があるということなので。無意識のレベルでの要求が抽出できているはずだ。

ジャンルを考える。
基本的にはファンタジー?
ヒーロー物?
邪竜の翼がファンタジーだったからジャンルを別にしたいが。

アメリカ(仮称)がテロリスト(仮称)からパワーの源を奪う。
テロリストはそれでも人々を守るために戦わねばならないため、邪悪な力に手を出す。
邪悪な力の行使が問題視され、アメリカ(仮称)を中心とする平和維持チームが討伐に行く。主人公はその一員。
テロリスト(仮称)による真実の開示があり、本来のスーパーパワーはアメリカ(仮称)に奪われたから仕方なく邪悪な力に手を出さざるを得なかったと告発される。
主人公はテロリストにつく。

スーパーパワーの強奪は1953年のイランでのクーデターを念頭に置いている。
しかし、60年以上前の話だ。
だからオバマ大統領はイランに謝罪し、イランとの間に新しい友好関係を作ろうと努力したし一定の成果も出した。
スーパーパワーの強奪事件は親の世代とする?
そうするとお話の要素が複雑になってわかりにくくなるな。
それに、オバマ大統領の時代だったら「親の世代(戦後すぐ)の負の遺産を子の世代(オバマさん)が解消の努力をする」というひねりの話にできたが、現在のトランプ大統領だとなんかもうよくわからない。なのでアメリカというひとりのキャラにまとめたほうが良さそう。

奪われるスーパーパワーはどういうものか。石油の象徴。
かわりに手が出される闇の力はどういうものか。イスラム過激派の象徴。

闇の側のちからから設計すると良さそうだな。
* 攻撃性が強く、暴走の危険性がある。
* 苛烈で残虐なまでの破壊力がある。不殺の技術とか手加減とかがない。

制御の難しい力。
* ゾンビ? ネクロマンシー?
* 狂戦士化?
* 本来人の言うことを聞かない生物の使役?
* 魔剣?

奪われる力は石油の象徴なので、エネルギーソースがいいのではないか。「原子力」とか「クリスタル」とか「パワーストーン」みたいに、大きな力をもたらす燃料や発電機のようなもの。

強奪前後で一貫性をもたせるなら、共通項をもたせる。
* 生物の使役:従順な動物→言うことを聞かない動物
* エネルギーソース:聖なるエネルギー→副作用のある禍々しいエネルギー


あー

今日はこのへんまでにしておくか。
| マンガについての考えごと | 23:06 | - | - | permalink |
18120201
アイデア考え。

アメリカとイランの1950あたりからの歴史を下敷きにして、テロリストが悪の権化なんじゃなくてテロリストを生み出した大きな構造のほうが問題だという内容にしてはどうかという着想。

なんだけど、これだと欧米と中東というふうに、遠い世界のことを題材にしている。
日本にはもっと身近に大問題がある。
* 入管での人権侵害
* 外国人労働者研修制度を悪用しての奴隷労働問題

つまり日本では外国人の人権を守ろうという気が全然ない。日本では外国人への差別意識があるということで、これは抑圧にほかならない。
なんだけど、この路線で考えてるとマンガを描こうとしているのか社会運動をしようとしているのかごっちゃになってきているな。あくまでマンガを描きたいわけで、その題材として社会に目を向けている。社会問題に囚われすぎるのも本末転倒だ。

まあでもあれか、身近な問題を訴える「べき」なのではなく、より面白いアイデア・描くモチベーションが刺激されるアイデアが出るならそっちの問題を描けばいいということか。マンガに有利になるなら避ける意味はないし、マンガに不利なら採用する意味がない。

ま、日本における外国人差別問題はすぐに検討しなくてもいいや。でもそのうち題材にはする気はする。興味のある話題なので。
いまは今の考え事の文脈に従って中東と欧米を題材にアイデアを考えるのを続けてみよう。



ヒーロー物かな。いちおうヒーローズアンドヴィランズとは別と考えておく。
* 主人公
* アメリカをイメージしたヒーロー
* 登場時はテロリスト扱いのキャラ(ヒロイン)

あらすじ。
* テロ事件が起こる。
* アメリカヒーローの要請を受けて主人公もテロリスト捜索に当たる
* テロリストを見つけ、対決する
* 実はテロリストは過去にアメリカヒーローにスーパーパワーを奪われた元ヒーローだった
* アメリカヒーローからスーパーパワーを取り戻すために抵抗運動をしている。
* 主人公はテロリストに協力してアメリカヒーローと対決する。
* テロリストのスーパーパワーを取り戻す。

現実世界に置き換えればこのお話は日本が中東イスラム圏側に肩入れして中東から欧米勢力を追い出す、というちょっと現実離れした内容になっている。
んだけど、これはフィクションだし、それくらいめちゃくちゃでちょうどいいのかも。

簡単に言えば中東は欧米に石油(石油による利益)を搾取されてきた。欧米はそれを行うために中東の民主主義を破壊してきた。
中東の石油をスーパーパワーで象徴させる。
民主主義が潰されたのを闇落ちで表現する。もっと言えば「正義の心の破壊」が端的に表現されるといいんだけどな。中東ヒロインからスーパーパワーを奪う際に精神を凶暴化させるという副作用のある薬物を使ったとか?ありかもしれない。
奪われるスーパーパワーをどんな形にするか。それがなくなることによって正義の心が損なわれるというものだともっと話が早い。精神の安定をもたらすことが連想されるもの…
たとえばクマのぬいぐるみ型の変身アイテム。ぬいぐるみによるいやし効果を持っていて、それが奪われることで精神が不安定になる。
アイデンティティに関わるようなモノ。鳥類の亜人から翼を奪うとか。これは邪竜の翼でやったパターンだから避けるべき。尻尾? 角? インフィニティ・ガントレット? ムジョルニア? ムジョルニアはいいかもしれない。
そのスーパーパワーの源がアイテムに集中的に依存しているヒーロー能力で、そのアイテムが奪われる?

一旦ここまで。DVD見て返しに行かないと。
| マンガについての考えごと | 12:03 | - | - | permalink |
18120102
アイデア考え。

ジョージ・ロメロ監督のゾンビ映画をまず2本見た。
* ランド・オブ・ザ・デッド
* ダイアリー・オブ・ザ・デッド

ロメロ監督のゾンビ映画で見るべきなのは以下の六本だという認識。
* ナイトオブザリビングデッド : 前観た
* ドーン・オブ・ザ・デッド(邦題『ゾンビ』) : 前観た
* デイ・オブ・ザ・デッド(邦題『死霊のえじき』)
* ランド・オブ・ザ・デッド : 今日観た
* ダイアリー・オブ・ザ・デッド : 今日観た
* サバイバル・オブ・ザ・デッド

デイ・オブ・ザ・デッドはツタヤに置いてなかったので借りられなかった。
サバイバル・オブ・ザ・デッドは借りてあるので明日見る予定・

気づき。
ランド・オブ・ザ・デッドは社会の貧富の格差をテーマにしてる。
悪役が「金持ちの権力者のクズ野郎」だったので私の悪役観にぴったりだった。
で、面白いことに、ゾンビモノである必要がかなり薄れている。
つまり、悪・もしくは本当の問題は貧富の格差なのであって、ゾンビという要素は「ゾンビモノの棚に並べたいがためのエクスキューズ」程度の意味しかないという感じだった。
つまり、文芸的エロゲでえろ要素が申し訳程度にだけ入っているように、ゾンビジャンルだからゾンビが前提として入っているだけでゾンビ自体は環境でしかなくテーマ性は薄い。

で、最後、悪役の金持ちの権力者を殺すのは、ゾンビである。
どうも見たところ、ゾンビが意味するところは主人公たちと同じく、格差社会で社会の底辺に叩き落とされた弱者たちであるようだ。主人公たちとゾンビとは殺し合う関係でありながら、メタ的には同じ存在になってると思う。

私がゾンビモノを考えてた時、「ゾンビ=大衆=作者や読者が属するもの=悪として描くのがはばかれる」と感じたんだけど、やはりゾンビにはそういう側面があるようだ。ランドオブザデッドを見て確認した。
社会構造の象徴としてゾンビモノを見ると、自分はゾンビの立場になる。

だからゾンビモノを描きつつ社会情勢を象徴させる場合、自分好みの話にするにはまさにランド・オブ・ザ・デッドのようにゾンビが抑圧者を倒す、主人公たちとゾンビとはどこかで通じ合う、という展開が良さそう。


抑圧者を象徴させるのに良いモチーフやジャンルは?
* ディストピアモノ。以前考えようとしてごく序盤で挫折した記憶があるけど具体的にはなぜだっけ? ゾンビと同じで構造的に私に向いてないところがあったんだっけ?
* Xメンでいうセンチネル。これもディストピアものか。
* 刑務所モノ。
* 学校モノ。この場合学校が生徒を抑圧するという校風である必要。


ダイアリー・オブ・ザ・デッドはランド・オブ・ザ・デッドほど強い印象は受けなかったけど面白くはあった。これも、ゾンビモノである必要は薄くて、「今ではテクノロジーの進化で誰もが撮影者側になれるけど、撮影することを通して当事者意識を失っていく」というような問題意識になっている。カメラのほうが重要で、ゾンビというのは交換可能な環境要素でしか無い。この場合はだから、「ゾンビモノが好きだからゾンビモノとして描いただけでゾンビである必要は必ずしもない」という感じ。


さて、私としては、どういうマンガが描きたいのかという根本のところにいったん戻ろう。
* 社会悪を告発したい?
* 社会風刺をしたい? 風刺の対象には読者も含める。
* ただ面白ければ内容が空っぽでもいい? むしろエンタメ以外の要素はノイズで邪魔?

上記はどうも、ちょっと違う気がする。
批判や告発や風刺というのは本質的には攻撃であり、DPS的発想だ。
しかし、そうではなく、私はヒーラー的発想をしたい。
つまり、「読者を元気づける」という効果がほしい。
だから金持ちの権力者の抑圧者を悪役にするにしても、それを主要な関心にするのではなくそれは物語上必要な構成要素に過ぎないという程度であるのがいい気がする。

* 被抑圧者に味方する

これだな。
どうも私は「社会」という要素に引きずられすぎなんじゃないか。社会のことを考えるとどうしても正義の話に寄っていく。自分の正義を押し付ける独善的な作風になっていく危険性がある。
じゃあ社会ではないキーワードに重心をもたせるならなにか。
哲学?
哲学というのは主張することではなく疑問を興すことだ。問うこと。
社会というのも…問うことは可能なのでは? 社会哲学? いずれにせよ私はそういう堅苦しい要素が欲しいらしい。



着想。
欧米が中東に政治的混乱を作り出しておいて反撃のために過激派が登場してくるとテロリストとして悪の権化扱いするのは独善的だ、という考えが気に入った。
これを題材にできる?
哲学風にするなら「真の悪はどっち?」ということになる。

* 当初は悪の権化だと見えるテロリスト(ヒロインだろうな)
* 当初は正義の総本山だと見える強者(敵対者だろうな)
* 主人公はテロリストと最初戦い、共感して協力するようになる。

テログループに参加する欧米知識人の話のようなものになってしまうが、一旦それはまあ良しとして考えてみるかなあ。ヒーローモノ的なジャンルになるんじゃないか。戦いは描かれるだろう。
| マンガについての考えごと | 23:06 | - | - | permalink |
18120101
アイデア練り。

一旦ゼロベースで考える。

最近のヒント。
* 邦人戦場ジャーナリスト拉致→解放の件
* ゾンビに何を象徴させるか
* 東京入管における人権侵害
* カルロス・ゴーン氏の不正問題(まだ争ってる最中だけど)
* 中東の現代史(いま入門書を読んでる)
* 猿の惑星(シリーズ全部見終わった)
* フォールアウト76
* レッド・デッド・リデンプション2
* アメリカ旅行
* 戦うなら抑圧者相手が良い
* 社会問題を象徴させる
* メキシコでのデマニュース→リンチ殺人事件


アイデアが遠回りするのはいつものことだ。メフィストフェレスのアイドルが描けたときも、しばらくは「マッドマックス×アイドルモノ」の路線でアイデアを練っていて、まとまらなくてボツにしたのだ。

邦人ジャーナリストの件でネットで湧いた賛否両論に当時興味が湧いたのでこれベースでアイデアを考えていたんだけど、戦う対象が「大衆」になりそうなのでモチベーションが上がりきらなかった。
ゾンビアイデアを練るのを通して戦うべき相手は「抑圧者」がいいと気付いた。

ああそうだ
戦場ジャーナリストの話題から興味を持って、中東情勢についての入門書を少しずつ読み始めた。



かなり勉強になる。
* 中東で大きい国はイランとサウジアラビア
* イランはペルシャ人の国
* サウジアラビアはアラブ人の国
* イランはかつて中世にはヨーロッパよりも進んだ世界一の先進国だったので現代でも誇りが高い
* サウジアラビアは王国で、実は近代国家の内実を有していない(国もどきにすぎないという言い方がされてる)
* イスラム教は他の宗教に寛大
* イスラム教徒同士で宗派対立で戦争してるように見えるのは日本のマスコミが中東情勢を説明するときに宗派対立だと単純化して説明すると簡単なのでそう説明しているだけで実際はそうではなく、普通に土地を巡る利権争いである。宗教的原因ではなく世俗的原因。
* キリスト教文化圏からのイスラム教への嫌悪感は強い
* 欧米は中東に対して支離滅裂な態度をとってきており、中東の混乱の主要な原因になってる
* 中東は民族も言語もバラバラな集団がたくさんいるんだけどイスラム教によってまとまっている
* イスラム過激派というのは日本の幕末でいう尊王攘夷派みたいなもので、欧米からの圧力という驚異に対抗するための防衛反応


「中東の混乱は欧米が原因」という考え、それっぽく聞こえるけど本当にそうなのかなと半信半疑だったんだけど、本を読むとどうもそのとおりらしい。

イランの現代史の要点を知るとそれがかなり如実にわかる。
重要なのが「1953年イランのクーデター」。
* イランは1905年頃に立憲革命を行って立憲君主制になる。
* 一次、二次大戦中はイギリスやソ連に占領される
* 戦後は政治的混乱状況にあり、流動的な状況下で選挙が行われ、6人の首相が入れ替わった
* イランの石油はイギリスがその利権を独占していた
* 1951年に選挙でモハンマド・モサデグが首相に選ばれる
* モサデグ首相は石油会社の国有化を断行
* アメリカとイギリスがイラン軍に協力しクーデーターを行わせ、民主的に選ばれた政権を打倒して軍事独裁政権を作らせる。これによりイランは自国の石油利権を完全に失い、欧米に奪われる
* 軍事独裁政権は親欧米的
* 1979年、イラン革命が起こり、石油利権の国有化を行う。反欧米的、イスラム主義の革命。


つまり、
* 中東では欧米が自国の石油利益のために民主主義を潰してきた
* 欧米は中東の軍事独裁政権を支援してきた
* しかし湾岸戦争のときのように、軍事政権が暴走すると叩き潰す
* つまり、中東の人々にとって、民主主義もダメ、軍事政権もダメで、政治的な正解が閉ざされている
* なので、もう選択肢がイスラム主義しか無い。というかイスラム主義が希望になっている
* 欧米はイスラム教が大嫌いなので友好的ではない

欧米が自国の利益のために中東の民主主義を叩き潰してきたのが現在の混乱の原因である。
だから中東でのテロでは主要なターゲットがアメリカ関連なのだと。

そもそも欧米が中東の内政に干渉しなければ健全な民主主義が成長し、西側陣営(民主主義陣営)の健全な仲間になった可能性が高い気がする。
今からでも欧米が中東から完全に手を引けば自浄作用が働く気もする、と言いたいんだけど、現在欧米が中東にどれだけ手を入れいているのかはちょっとよく知らないのでなんとも言えないのか。すでに手を引いた状態? まだいろいろやってる? 具体的には米軍の基地がたくさんあったり欧米の石油会社が石油利権を抑えて現地に還元してないとかをまだやってる?


話がマンガからそれてしまった。ええと

抑圧が悪である。
中東情勢をモデルに考える。
一見、過激派のテロリストこそが悪の権化であるように見える。
しかし本当の悪は過激派テロリストが登場せざるを得なかった抑圧状況を生み出した大国だ。つまり、アメリカとイギリスだ。
「権力」を持ち、抑圧を加え、被抑圧者たちが抵抗のために攻撃力を先鋭化させるとテロだとして悪のレッテルを貼る。どっちが真の悪だ。

だから、イスラム過激派が人質の首を切ったりするのはやはりやりすぎで弁護できないが、末端のやり口を過激化さえさせなければ根本としては同情の余地のある運動であると感じられる。

たとえばいじめられていた人がいじめていた人間を殺すというような殺人事件があるとする。
第一報は「殺人」だから、「犯人が悪い」「怖い」となるが、少し情報が増えると「いじめられ続けていてついに我慢が限界に達した」という事情であることが判明したりする。すると「仕方ない」「犯人は悪くない」「そもそもいじめなければよかった」という感想を抱く。
弱いものをいじめると反撃を食らう。厳密には、対象が誰であれいじめると(不当な抑圧を加えると)反撃を食らう。反撃されるような不当をおこなったのがそもそも原因じゃないのかという話。

この辺でマンガの着想得られないかな。
善悪が反転するような展開が考えられる。

* テロリストがテロを行う
* 主人公が戦う
* テロが行われた経緯を知る
* 抑圧側が悪いんじゃねえのかという気付き
* テロリストに協力する


しかしこの流れ、「イスラム国に参加する欧米人」の心理をそのままなぞってるな。気持ちがわかるようになったとは言えるだろう。ただ、行動力がないから私はマンガのネタにするだけだけどね。

一旦ここまでにするか。DVD見よう。
| マンガについての考えごと | 11:22 | - | - | permalink |
18112901
戦うマンガなら悪は金持ちの権力者の抑圧者であるのがよい。

『邪竜の翼』のときも念頭に置いていた映画『ジャンゴ 繋がれざるもの』が、やはりこの構造だ。ドクターキングシュルツといい、この映画はどうも私向けの要素が多い気がする。

ゾンビは金持ちの権力者の抑圧者の象徴にはできない。

金持ちの権力者の抑圧者を象徴するのに向いた題材があればそれを描けばいい。
最近見た映画『スパルタカス』もこの構造だった。そんなに珍しいジャンルではないはずだ。

日本の時代劇はどうだろう。
忠誠が美徳だと描かれる場合はこの路線ではない。むしろ権力に従うことを是としてしまう。
一揆みたいに支配者に抵抗する内容だったらこの路線だ。そういうほうが好きだ。
そう考えると侍も忍者も「権力の犬」という点で私の好みとは合わないということになるな。支配者と被支配者との対立構造がある時、被支配者の解放のために戦うのが好きなのだ。

あるいは、『かっぱの子作り』のときは「もし子作りが苦痛だったら」という着想から描けたものだったように、なんだか出所がよくわからない着想が浮かべばそれを描けば良い。

何にしても一旦また視界を広げてコンセプトなりテーマなりの根本から探り直すと良さそうかな。
| マンガについての考えごと | 01:09 | - | - | permalink |
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