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17052301
最近、ブログで考えている兎獣人ヒロインの話とは別に、「ガチャ巫女さん」のシリーズがちょこちょこ描けている。

ガチャ巫女さん

* 私のスターシステムキャラ・脳内嫁の「えりかさん」の褐色肌バージョン。
* ガチャで爆死する人類に心を痛め、ガチャ爆死の撲滅や、ガチャ爆死した死者の魂の弔いを行う。

このキャラは見た目がえろいので非常に気に入ったんだけど、それとは別に、マンガ的にとても使い勝手のいいキャラだなと感じる。
「ガチャ爆死に心を痛める」というテーマとセットになっているキャラなので、ガチャ周辺について考えることでネタ出しができる。
また、現実世界ベースではなくシュールな存在なので現実的な設定に悩まなくて良いところが優れている。
これが例えばヒーローズアンドヴィランズの風のナカヨシだったら、彼をもっと描きたいと常々思っているんだけど「彼の昼間の職業はなんだろう」と現実的な設定を考えなくてはならなくなり、そこで躓く。

ガチャ巫女さんは狙って作ったキャラではない突発的キャラなんだけど、レアリティレベルがうまい具合になっている。

なので、そういう感じの男性キャラが作りたい。
ナカヨシのバリエーション。
あんぱんまん的な存在にしたい。

んだけど、うまくいかない気もする。
ガチャ巫女さんシリーズの場合、ガチャ巫女さんはレギュラーで、ネタごとに消費されるモブの位置にいつものあいつが来ている。いつものあいつが代入可能な変数であるからこそ、ガチャ巫女さんを固定点としてネタを整えやすい。

で、私のマンガはたいてい男女一対のふたりが基本単位になるから、男性側を固定キャラとしたら女性側がモブになる。すると女性キャラのガワの存在感が薄れるから、描くモチベーションが下がる。

なのでそうか、やはりガチャ巫女さんが気に入ってるならガチャ巫女さんネタを描けば良いんだな。そこに登場するMOBおじさんたちはガチャ巫女さんに奉仕する立場であり、縁の下の力持ちであり、作者の投影である。ガチャ巫女さんネタを描くのを通して私はガチャ巫女さんに奉仕しているのだ! よし! ネタよ浮かべ!!
| マンガについての考えごと | 19:59 | - | - | permalink |
17052001
今週は平日に毎晩マンガを描けたのでまれに見る調子の良さだった。
今週の平日に描いたもの含めてシリーズになったので一通り載せる。

ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


ガチャ巫女


出来不出来・受けたか受けなかったかはばらつきがあるとして、これらは私が描きたいマンガの必要条件を満たしている。
「ネタが有ること」だ。

「マンガが描ければなんでもいい」、といいたいところだけど、厳密に言うとそうではない。
* ひとが考えたネタは描きたくない。自分で考えたい。
* ネタがなくてはならない。ただしネタの質は問わない。

例えば次のマンガにはネタがない。



そういうのめったに描かないから例を探すのに手間取った。

エッセイマンガや教材マンガのようなものは、ネタを必要としない。その代わり「作者の意見」「作者の体験」「伝えるべき知識」が芯となって描かれる。




ネタはひらめかないと手に入らないので、描けるかどうかはコンディションを良好に整えた上で運任せになる。
なので描けることが続くと嬉しいのだ。

---

どうも、「ネタ」という言葉では誤解を与える気がする。
改善案。「ヒネリ」。

例えば大砲から砲弾を打ち出すと、撃った瞬間にどこに着弾するのか計算で導き出せる。
撃った瞬間の予測着弾点に着弾する場合、「ヒネリがない」。物事が順接的にのみつながる。
予測着弾点ではない場所に着弾すると、「ヒネリがある」。しかし、なぜ着弾がずれたのかの理由をひらめかないといけない。

たとえば、2コママンガを考える。
1コマ目で「今から山に登ります」と言っているとする。
2コマ目で山頂にいたり登山の途中だったりすればヒネリがない。

2コマ目で宇宙にいたり海にいたり「山」という文字がつく別のもの(山田さんとか)に登っていたりしたら、ヒネリがある。ただしまったく1コマ目と連続性がない場合はただ意味がないだけでダメで、1コマ目からの文脈を踏まえた上でどういうスライド(ずらし)を行ったのかが推理できる範囲内でなければならない。

そういう感じで、ただ説明すべきものを説明するだけではダメ。
お約束ネタも、ネタ振りが発生した時点で着地点が確定し、そこからひねらないという点でダメ。
| マンガについての考えごと | 08:58 | - | - | permalink |
17051401
アイデア練り。

だいだらぼっちで良い。

怪獣モノにするなら主人公側のパワーに何を持ってくるべきかという件。

主人公のバックグラウンドが仏教ベースで、だいだらぼっちが山岳信仰なので整合性がないが、そこが良い。
つまり、「自然の恵みを受けるのに資格は要らない」。これは今回の作品が持とうとしている根本思想に適合している。
仏教に寄り過ぎないことで思想のバックグラウンドにも多様性を持たせる。

なので山を味方につけていて、山の力を借りるという流れ。
そこで、話の前半で山に対して貢献する展開が欲しい。
主人公たちのメンツが絆を深めるエピソードがほしいのでそれと兼ねさせたい。
なんらかの災害で被災した山寺を復興というのが一応のあらすじだから、災害で崩れた山道の修復とかの作業になる?
山への貢献… 山火事が起こり、燃え広がる前に消し止める?

主人公たちが谷の古戦場跡の怨念の集合体怪獣に追い詰められる。
山の化身であるだいだらぼっちが恩返し的なノリで力を貸してくれる。

山にとって害になるのは何か?
公害物質。
人間。山にとって見れば山寺なんて無い方がいいのでは?
外来種。生態系を破壊する。

山にとって大切なもの。
生き物。鳥とか。災害で生息地を破壊された生き物がいる?
水。川。川の流れがせき止められている?
樹木。山火事が起こる?

山の化身とも言える生き物(ヤギとか鳥とか)を出して、それを助ける?
| マンガについての考えごと | 10:15 | - | - | permalink |
17051001
手塚治虫の『ブッダ』、文庫本版で全巻買って読み返していた。
文庫本版のブッダはよく買われるようで、セットのパッケージがあるんですな。BOXになってる。

感想と気付き。

ブッダを初めて読んだのが小学校低学年の頃だったのだけど、自覚している以上にマンガや人格形成上に影響を受けていると感じた。
金儲けを卑しく感じる価値観なんてのは多分ブッダからの刷り込みが強いんじゃないか。
ブッダは古代のインドが舞台で、あの辺は気温が高いらしく、登場人物の女性が基本的に上半身裸である。
女性の顔の造作とか体型とか、自分が描く女性キャラの原型はブッダにあるなと感じた。手塚治虫の描く女性像が特に好きだという自覚はないんだけど、ブッダの登場人物のうちグッと来る女性キャラに感じるグッと来かたは自分で描いた女性キャラに感じるものと似ている。

印象に残ったエピソード。
* 疫病で全身が膿んでしまったミゲーラ(タッタの奥さん)の膿を口で吸い出して治療する。苦行林での修行の終盤。
* 足を怪我して膿んでしまったアッサジ(三つ目がとおるの主人公みたいなデザインの予知能力者の少年)の脚から膿を吸い出して治療する。出家してすぐの頃の話。
* 苦行に対する意見の相違から何かとブッダを迫害してきたデーバが戦争に巻き込まれて怪我をした際、ブッダが輸血をして救う。

戦わないシーンを選んでる。
あるいはこれは病や怪我との戦いであるといえるかもしれない。敵は人間とは限らないのか。困難が敵。病気、怪我、閉じ込められた状況、飢え、乾き、迷子、遭難…
ブッダと敵対する人物は多いが、そういえば戦いによって打ち負かすというケースは基本的にないんだな。

キャラクターメソッド的な意味でのブッダの敵といえば?
* ダイバダッタ。弱肉強食の原理。おそらくブッダ最大の敵だった。
* マーラ。空想的な存在で、ブッダとの対決においても脅威たり得ていない。
* アヒンサー。バラモンに恨みを持つアヒンサーはブッダの命を付け狙う。復讐が動機。

アヒンサーは違うか。ブッダの体現する価値観の逆の価値観を担うというのとは違う。


自分のアイデアの続きを練る。
主人公と逆の思想を持った敵キャラが登場して主人公と対決する、という着想を検討する。
今の感想としては却下したい。
やはり戦いを描きたくないのだろうか。
もしくは、否定されるために登場する悪役を考えたり登場させたりするのにモチベーションが上がらないというのもある。

主人公一味が困難に立ち向かう、その困難は敵キャラ(人間)ではない。

ち、こんな時間か。寝よう。
| マンガについての考えごと | 00:55 | - | - | permalink |
17050101
アイデア考え。

武力に対する鬱屈をテーマにする着想、あんまりアガってこないので一旦放置。

映画『パリ空港の人々』に登場した少年がヒントになりそう。
主人公の学者とこの少年との出会いのシーン、少年は人恋しそうなノリで、若干甘えた感じで接してくる。
両親と離れ離れになって外国の空港にいつこども。
やはりこどもなのだから寂しいだろうし親に甘えたいのではないか。で、親がいない。甘えられそうな大人を探している。というか相手が大人であれば甘えていく。

マンガエンジンを温めるために戦いモノを考えるところからスタートして、やっぱり戦いモノじゃないなと感じるところまで思考が進んできたら次の路線に乗り換える。で、また多分戦いモノに戻ってくる。そうやって螺旋状に考えごとが上昇してくるとどっかできっと描けるだろう。

ので次に目を向ける方向が、「困っている人物」。
* トラブルに陥っている少女
* 親とはぐれたこども
* 一時的に異常な精神状態に陥っている人物

倒すべき敵を考えつくか、助けるべき要救助者を考えつけば物語が描きやすい。しかし考えにくい。
主人公側の設定(能力など)を考えてもあんまり物語に結びつかない。しかし考えやすい。


空港の孤立少年をヒントに。
保護を必要とする存在。
本来の保護者から切り離されている。
怪獣?
宇宙人?
宇宙生物?
人魚?
カエル?

人魚… 幼女人魚…

ああ

MOTHERだな。
地球を侵略しにきた宇宙人のギーグが地球人の夫婦に拾われて彼らに育てられることで侵略の意欲が奪われる。

本体人類の巨大な敵になる存在。
しかし、生育上保護を必要とする期間があり(結局幼少時代ということなんだろうけど)、その際になんらかのトラブルで人類に育てられる。
それがもとで侵略行動が挫折する。

魔王の娘とか。
でも魔王というキーワードはラノベ界で使い古され過ぎているので採用したくない。

いやでもこれは恩返し込みの発想だな。成長して人類にとっての最凶の敵となる→しかし幼少時に人類に恩を受けた→侵略への抑止力として働く。
功利的恩返しだ。

シンプルに考えよう。
困っている人物のバリエーションを考えて、モチベーションが強く刺激される組み合わせを探す。


いつもはこの、親とはぐれたこどもポジションにヒロインを持ってくるのだけど、ちょっと変えてみたらどうか。
主人公とヒロインのふたりが大人で、親とはぐれたこどもに出会う。ふたりでこの子を助ける。引き取って育てるのか親を探すのか。
主人公とヒロインとは共通の目的を持って協力する。その姿はうつくしいはずだ。直接的に恋愛のようなベタベタした描き方をしなくて良いところも良い。同じ目的を持って協力しているという関係がどろどろした恋愛状態以上にうつくしい。

思いつき。
主人公、ヒロイン、こどもの三者が全員種族が違う。ダイバージェンス!
ヒロインは、こどもを愛するということに、全身全霊で打ち込む。母性に目覚める。
主人公はだから、ヒロインとこどもとを外敵から守る立場になる。外敵がいるならば。戦いものを避けてこっちのアイデアに来てるんだから外敵なんていないのかもしれないが。

外敵を想定するのは一旦やめておこう。
ヒロインと主人公とで役割分担。
これは普通に父親と母親の役割分担だろう。
たとえばこどもは怪獣。ヒロインが甘やかす。こどもがたまに癇癪起こして物理的に手がつけられない状態になる。その時、主人公がハルクみたいな超人だったら力でねじ伏せておとなしくさせられる。

父、母、こども。疑似家族。ダイバージェンス。うーん。
SF?

こどもが成長すると偉大になるという要素は収まりがいい。
けど、それは逆転させるほうがいいのかもしれない。こどもは偉大になるかどうかはわからないしむしろ全然ダメなろくでなしになるかもしれない、しかしそれと親としての愛情とは別問題だという。
つまり、こどもが偉大になる話をこどもの立場から読むと、偉大にならねばならないという圧力に感じるんじゃないか。だから、成長して偉大ではない自分を発見した時、申し訳無さを感じる。しかし、幸福になることが目的であるのならば親に対する申し訳無さなど感じないほうがいい。偉大妄想は邪魔になる。

だから偉大になりそうなこどもはチョイスしないほうがいい気がする。ゴジラの子(ミニラ)とか。
むしろ忌み子がいいのではないか。怪獣で言えばヘドラのような。愛しにくい存在。
いや、まあそこまで堅苦しく考える必要はないか。
種族の違う三者による擬似家族。
こどもは愛されることで満たされ、
ヒロインは愛することと愛されることとで満たされ、
主人公は愛することで満たされる。

ではどういう三者がいいか。

やはり敵。
主人公とヒロインとが本来敵であるような関係であれば、こどもを保護するという事業で協力するのを通して融和するという推移がうつくしい。
こどもが主人公にとって本来不利益をもたらすもの出れば、こどもを保護する事業は利益を伴わない、詩的な活動になる。うつくしい。
敵と協力して害悪を保護する、というような構図だと良い。

敵、害悪。昔話とかの既存の知識でイメージしやすいのは?

敵 : 鬼。悪魔。たぬき。狐。
害悪 : イナゴ。ドラゴン。蛇。狼。ネズミ。

主人公が農家であれば?
敵 : 農作物をを荒らすもの。イノシシ、鹿、雀など。
害悪 : 農作物に病気などの害をもたらすもの。天候不順、洪水、日照り、地下水汚染など。

主人公が酪農家であれば?
敵 : 家畜を荒らすもの。狼、コヨーテ。
害悪 : 家畜に病気をもたらすもの。寄生虫、洪水、ウイルス…

疲れてきた。区切ろう。
| マンガについての考えごと | 22:38 | - | - | permalink |
17043002
マンガのアイデアを考えよう。

現在のヒント。
* だいだらぼっち
* 津波の怪獣
* 親とはぐれたこども
* 武力に対する鬱屈
* 山の力を借りる
* 山の巫女

武力への鬱屈メインで考えてみる。
* 手に入れるのが魅力的な超能力。
* 武力で解決可能な状況。
* 主人公には武力に対する抵抗感があり、超能力を受け取らない。
* 主人公が「武力もやむなし」と考える条件があり、起こっている状況はその条件を満たさない。
* 読者には「序盤で渋っててもどうせ超能力手に入れるんだろ」と思わせる。

どんなシチュエーション?
どんな武力?
どんな「武力もやむなし」基準?

手を伸ばせば容易に手に入るような武力がいい。変身アイテムだな。変身ベルト的なもの。
実在の武器(というか銃)のように暴力性(現実との陸続き)を感じさせるものよりも、フィクションに属する「こういうのが手に入ったらいいよなあ」感のあるものである方が良い。

主人公が「基本的に非暴力だがこういう場合は暴力もやむなし」と考える基準は?
「自分が武力を振るうことで自分以外の人間に及ぶ危害を防ぐことのできる可能性のある場合」?
本来、武力というのは、必要になってから用意しているようではダメで、日頃からきちんと準備して国際的な同盟関係を緊密に結んでおくことで抑止力を働かせるためのものだ。予めの万全な準備が争いを遠ざける。

ひええ釣りの疲れで眠い。ここまで。
| マンガについての考えごと | 23:41 | - | - | permalink |
17042902
考えよう。

戦いものを考えようとするところから思考を始めるのは、普段接しているコンテンツの大半が戦いものであるからということと、戦いものは物語との相性がいいから。

たしかふたつほどヒントが浮かんだ気がするな。
* 敵役・超能力・というような戦いもののための小道具セットの代わりに、困っている存在・交流する様子というような私の好きそうな小道具セットをイメージする。
* 武力・戦う能力というのを手に入れたくない呪われたものとして扱う。

仮面ライダーやアメコミヒーローものを見ていると、自分もライダーやヒーローになりたいと感じる。
怪人が登場して、人々を襲う。自分に戦闘能力がないばかりに逃げ出さねばならない。戦闘能力があれば戦えるのに。

一方で、マンガのアイデアを練っていると主人公(自分の投影)は武力に対して鬱屈を持つ。
これはなぜか。


ライダーの世界で怪人が出てくる空想を、現実に近づけてアレンジしてみる。
ISのようなテロ組織がアサルトライフルと手榴弾と自動車爆弾で武装しており、新宿駅なりコミケ中のビックサイトなりで無差別攻撃を始めるとする。
自分は避難するだろう。

その時、もし銃を持っていたら応戦したいと考えるだろうか?
うーん、やはり、そうではない気がする。
* 誤射で一般人を自ら殺してしまう可能性
* 応戦することで自分が狙われて撃ち殺される危険性が高まる
* 自分が撃った弾丸が当初の目的どおりにテロリストを射殺したとしてもそれでいいのか

その時、アイアンマンスーツのようにひとりでテロリスト集団に対して無双できる力が欲しいと考えるだろうか。
考える気がする。そういう妄想をするのが好きなのがオタクなのだ。

テロリスト相手に無双できるキャラの登場するマンガとするなら、そのキャラと同等の力を持つ別のキャラと戦うことになる。結局力が拮抗する戦うを描くことになる。

テロリストに遭遇したとして、最も強く望ましいのはどういうケースか。
テロが起こらないことが望ましい。
テロが起こらないということは人間が憎み合わないということだ。

うーん。

シチュエーションをフィクション寄りに考えるか現実よりに考えるかで思考の流れていく方向が違う。

なにをテーマにするのかという選択か。興味の中心をどこに置くか。なにを重要視するか。
* 戦闘描写超能力者がバシバシ戦うのが見たい/描きたい。
* 戦闘能力や暴力についての態度。
* 争いの背景となる不和や対決。

「マンガのアイデアを考えようとする際に発生する主人公に武力を持たせたくないという感覚」をテーマにしたらどうか。
武力に対して抵抗のある主人公。
戦わねばならない局面に遭遇する。
武力を手にするかどうかの葛藤が生じる。
* 自分の殻を破って武装する? この路線だと「殻を破る成長」路線。
* あくまで非武装を貫く? 武力を持つものは誰しもはじめはやむを得ず手に取るが、いつの間に力に支配される。あくまでも武力に手を染めないことが重要、みたいな主張になる。

---

映画『パリ、テキサス』を見ていた。あれって「パリからテキサスへ」っていう意味ではなく「テキサス州にあるパリ」という地名のことなんですね。
期待していたより面白かった。
こども・父親・母親の話だからかな。
さっき見た映画『パリ空港の人々』も親と切り離されたこどもが登場した。こっちでは実際の両親ではなく物語の主人公がこどもを引き取ったけど。

親と切り離されたこどもと、作中で出会って親代わりになる男。ふむ。
いいね。そういうの好きだぜ。『レオン』もそうだな。
| マンガについての考えごと | 23:48 | - | - | permalink |
17042901
だいだらぼっちのアイデアから派生した考えごと。

主人公が力を得る場合、理由がほしい。
「恩返し」という根拠だと私は納得率が高い。

困っている存在がいる。
主人公が助ける。
主人公が困った状態になる、ないし、世界に危機が訪れる。
助けられた存在の恩返しによって主人公/世界が救われる。

世界を救うために必要なものが武力である場合、武力が発生し主人公がそれに貢献しているが、武力自体は主人公のものではない。どうも私は主人公に武力を担わせたくないらしい。

あー

物語論的に収まりのいい図式。
* 敵対者による加害
* 主人公に解決要請
* 主人公が協力者と出会う
* 主人公と敵対者との対決
* 協力者と協力して敵対者を排除する
* 問題状況の解決
* 主人公への褒賞

主人公に武力を担わせたくない。
→武力が必要なときはオンデマンドでレンタルする。
→武力レンタルのために恩返しシステムを利用する。
→なんらかの救助行動を行う。
→武力による問題解決後、主人公に武力は残存しない。

むむ、私向けの物語構造としてはいいかも。

すると鍵は、潜在的に巨大な問題解決力を持っているが一時的に助力を必要とする状態に陥っている存在。なんて都合がいい。
お忍びで観光に来たけど迷子になってしまった王なり億万長者の娘なり。
でもそうだな、鶴の恩返し、浦島太郎、かさじぞう、みんなこのパターンだ。

しかし、すると、恩を返さねばならない方は恩を返さねばならないというプレッシャーを負うことになる。
さらに、恩返し目当てに恩を売るという本末転倒も起きる。結果的には恩返しの構造になっていてもいいがそれを計算に入れた行動ではいけない。

あーでも、助力をお願いしに行く、交換条件を提示される、その交換条件を満たすために行動する、というのならいいのだな。

海から軍勢が攻めてくる。
山の民に応援を求める。
山の民は力を貸す代わりにどこそこの川に橋をかけろと条件を出す。
主人公が橋を架ける。
この流れなら、「武力を行使する」のと「橋をかける」のとが等価になる。うーん。

マンガ的にいえば武力を行使するほうがエンターテイメントにはなるだろうが。

なぜ私は武力を持ちたくないのか。ゲームでは普通にモンスターを狩ってるのに。
武力を持ってさえいれば困っている状況を解決できる。

海から軍勢が攻めてくることになる。
もし自分が一騎当千の武力の持ち主であれば自分自身が戦って撃退すれば良い。
しかし、自分ひとりで何でも解決できるわけではない。スーパーパワーを持った主人公(作者)がひとりで何でも解決してしまうより、橋を架けて山の民の援軍を呼んだほうが正しいと言うかなんだ、私好みだ。
そうか、武力なんぞ持っても最終的には意味が無いし武力を持つことで過つ可能性が高まるみたいな考えがあるんだな。

あー

困っているものを助けるところは描きたい。
しかし、恩返しはむしろ無い方がいい(恩返し目当てに見えるので)。

自己犠牲(死亡)のうつくしいところは恩返しの回収が不可能な点だ。原理的に恩返しを受け取れない恩売り行為であれば収支が合わない。絶対に損をする。そこがうつくしい。

---

オンデマンドで武力を調達するというところまではOKとして、恩返しではないシステムを利用すればどうか。
傭兵を雇う。金銭解決。
神なり精霊なりに祈る。超常の存在を味方につけねばならない。そのための試練があるはず。
修行して自らが力を得る。
武器を調達して自らが力を得る。
襲ってくる勢力と交渉して取引での解決をはかる。

うーん。

だらけてきたので一旦区切ろう。
| マンガについての考えごと | 12:15 | - | - | permalink |
17042801
だいだらぼっち(富士山)VS海の怪獣(津波)。
これ、前回描いたマウンテンシーイングと連続性があるな。山を見て、山を拝む。
すると、山の化身みたいな少女がいて、主人公は彼女と交流し、彼女を助けようとすることで山に認められ、力を借りることができる、みたいな流れにしたらどうだろう。マウンテンシーイング2 海の怪獣襲来 みたいな。
| マンガについての考えごと | 07:06 | - | - | permalink |
17042601
アイデア考え。

だいだらぼっちが海辺に山を作るという発想に付随するシーンがいくつか脳内で映像になっている。
いつも、マンガが描けるときはシーンの映像が脳内に生まれているときだ。だから状態としては悪くない。
ただ、モチベーションを刺激する力の弱い映像ではある今のところ。やはりナカヨシと美少女が出てこないとアガらない。

脳内にこれから描こうとしているお話のシーンが映像で浮かんでおり、その映像が喚起するモチベーションが強いというとき、マンガが描けている気がする。


アイデアがいつも枯渇しているので発想法の本をKindleで買って読み始めた。

今のところ参考になった手法は、

1. バグリスト
「不愉快な点」「改善したい点」「気に食わない点」というふうに、ネガティブな感想を抱いたものを列挙したリストを作る。
マンガのアイデア出しなのであればマンガやアニメやゲームや映画に接した時、その作品から感じた不満点を列挙していく。
すると、自分が何に不満を抱くのかというのを通じて自分が本当に求めているものがわかってくる。

2. ランダム性を活かす
何かを集中して考え続けていると、煮詰まってくる。
そういうとき、全然関係ない刺激を受け、そこから新たなひらめきが生まれやすいという。
まず煮詰まるくらいに考え続けるという準備状態を作り、そこからブレイクスルーを招くにあたって全然関係ない刺激を媒介にするというもの。
辞書をランダムに開くとかウィキペディアのランダムページアクセスを利用するとか普段行かない場所に行くとか、偶然性を活かすのがコツなのだという。


すぐに利用できそうなのは上記のふたつだ。
バグリストについては普段このブログで考えているやり方と似ているのでそんなに難しくないだろう。
偶然性を取り入れる方は習慣づいてないので難しそう。しかし、効果が高そう。習慣づけたい。

バグリストは蓄積していくのが良かろうということで、ネット上に置いておくことにした。
マークダウン記法が使えて便利だということで注目していたはてなブログを利用することにした。日々の考えごとはこのブログに書いて、静的コンテンツのようなメモはあっちにつけようかなと。
http://ishiitakeru.hatenablog.com/

こういう映像が脳内でアクティブであるとマンガが描けるというものをイメージする。
過去の経験から言うと、ナカヨシ(ないし、作者が投影する存在)がほぼ必須。
女の子が出てくると非常に高い効果があるが、戦いのシーンなどで必ずしも女の子が出てこなくてもモチベーションを高くできるケースもある。

常にそのキャラが脳内に巣食って無数の映像を喚起してくれるようであるとたくさんマンガが描ける気がする。
既存の有名キャラでそういう存在の代表格はスパイダーマンだ。街を歩いているとスパイダーマンのウェブで移動するシーンが空想に浮かぶ。

街を歩いてるときに映像が浮かぶような? それこそスパイダーマン的に真似したくなる動きを特徴として持っている?
自宅や会社で机(PC)に向かっているときに映像が浮かぶような? PCの画面の中から出てくるイメージとか、ディスプレイ周辺や机の上を活動権とするような存在。
遠くを見たときに映像が浮かぶ? 山のように大きな存在で、遠景に見える山に腰掛けているとか。
電車に乗っているときに映像が浮かぶ? 空間を押し広げる能力で車内を広くするとか。

むかし、「ああ今自分の脳はマンガで満たされていて幸せだなあ」と感じた原点の思い出では、ドラゴンボールのシーンが脳に満ちていた記憶がある。確かピッコロさんが出ていた(まだ敵だった頃じゃないか)。


だいだらぼっちと主人公が融合してウルトラマン的な巨大ヒーローになる?
山を作る材料になる山の素と言うのは重要アイテム(たとえば肉親の遺体)?
だいだらぼっちがアメリカ大陸に行ってアメリカに山を作る?

トンビのヒーローになって街を上空から見守る。
レーダーを展開して周囲の詳しい状況を地図で確認する。あんまり燃えないな。
おなかが減った時あんぱんまんが現れて顔をくれる…という空想は浮かんだことがないな知識としては知ってるけど。ということはあんぱんまんは意外とシーン映像喚起力が低い?

脳が回らなくなってきたのでこの辺で区切るか。
| マンガについての考えごと | 23:19 | - | - | permalink |
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