Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

Love & Comic 本サイトへ戻る

20081002
なんか考えよう。

手塚治虫の『火の鳥』を全巻セット買って読んだ。
ブッダと違ってひとつのまとまった連載ではなく、複数の雑誌に断片的に描かれたシリーズなので、同じ話の別バージョンがあったりする。
昔から火の鳥は何度も読んではいたんだけど、通読したことはなかったので「この編は読んだことある」「これは読んだことない」というのがまだら状になっていた。

ファミコンゲームになった話は『鳳凰編』で、今回はじめて読んだ。

手塚治虫作品の特徴で今回感じたのは、作中人物たちが欲深いというか欲がはっきりしているということで、欲に基づいて行動する。なので展開にもたもたしたところがない。
ふたつの大きな欲が常に物語を前進させる推進力になってる。

* 不老不死を求める欲。火の鳥への執着。
* 愛を求める欲。相思相愛のケースもあれば一方的なケースもある。

不老不死を求めるケースの例。
* 黎明編のヒミコ
* 乱世編の平清盛
* 乱世編の木曽義仲

愛を求めるケースの例。
* 未来編の男三人
* 乱世編の弁太
* 乱世編の平清盛。こいつは欲がふかいな

で、私の好きな属性の代表的なものが「無欲」というものなので、私のマンガ脳の駆動力の低さはそのへんにあるなと感じる。
しかし、欲の深いキャラクターたちは手塚治虫氏のドラマツルギの基本道具であって目的ではないだろう。
やはり宇宙的なエネルギーとしての火の鳥という構想がシリーズの核だ。そういう、そこまでの哲学的モチーフは自分にはないな。

最近見た作品でなにか糧になるものなかったかな… いい作品を見て、真似したくなるケース。駄目な作品を見て、自分ならこうするのにと感じるケース。うーん。

手塚治虫的に「欲」をキーワードになんか考えてみるか。
基本パターン。
* 欲に従って、非道な行為を行う
* しかし目的物が手に入らず、破滅する。
* もしくは目的物は手に入るがそれによって破滅する。

こう考えると欲を持つと破滅するよいうコトワリを描いている気がする。
だから欲を捨てろという教えであるブッダを描いたのかもしれない。

現代で欲をキーワードに考える。
身近な欲。
* SNSでたくさんフォロワーがほしい、バズりたい。承認欲求。
* お金がほしい?
* ノーリスクで正義を振りかざして叩きたい。叩き欲。

お金がほしいという普遍的な欲求は、現代ではあんまり「描くに値する度」が高くないような気がする。それは実際不足しているからで、金を欲しがるなというメッセージを描いてしまうと格差社会の社会構造のいびつさを甘んじて受け入れろという主張になってしまう気がする。
主人公を政治家にするとかの、搾取する側とすれば良いのだろうが。

やはりSNS時代にありふれた大衆的欲求に焦点を当てるのが良いと思う。
承認欲求と、叩きたい欲。

欲は常に馬鹿な行動と結びつく。

承認欲求。
* 他人が描いた絵を自分が描いたと偽ってアップする。なりすまし系。
* コンビニのアイスクリーム売り場のボックスに入って写真を取る。馬鹿な行い系。
* 自作自演やマッチポンプを行う。

承認欲求系で王道展開するなら、バズりのために行う愚行がエスカレートして自滅するというものだろうな。自殺配信!みたいに。

叩きたい欲。
* 何かしらかの落ち度が知れ渡った人物を叩く
* 感染症の感染者を叩く
* ホームレスなど社会的弱者を叩く

これ系だと王道展開は、主人公が叩いていたその投の存在に主人公自身がなってしまうというもの。人間狩りを企画したテレビプロデューサーが、その後自分自身が人間狩り番組の狩られるターゲットになってしまうという火の鳥生命編のお話がまさにこれだった。

と考えていて気づいたんだけど「愚行→罰(→改心)」というお話の構造がそもそも私は描きたくない。

「偉大な誓いを立て、それを通す」という方が良いな。
火の鳥で言うなら太陽編で、主人公はあくまでも国津神たちに味方する。日和って信仰の自由を手放したりしない。

火の鳥という存在が、ひとを欲に駆り立てられた行動を促す。

ひとに特定の行動を促す存在。
怪獣だったらこれの討伐を促す。
座敷わらしだったら… やはり欲望を刺激する。結局人間は欲望しか持ってないのか?

区切ろう。
| マンガについての考えごと | 20:28 | - | - | permalink |
20081001
なんか考えよう。

格ゲーが昔から苦手なのだが上の弟が格ゲーマーでもあり、プレイする機会はちょこちょこある。
私はゲームでは自分のアバターを操作したがる。ソウルキャリバーなどの少しの例外を除いて格ゲーでは基本的にその欲求は満たされない。モリガンとか不知火舞とかいぶきとかの格ゲー女子キャラは好きなのが多いのだけど、使うキャラは自分の投影という意識がベースなのでアバターでなくても男性キャラしか選びたくない。

で、最近格ゲーに向き合うにあたっての新しい角度を得た。
キャラの選択が自己表現になる。

ストリートファイター系列で言えば、例えば以下のような印象を受ける。
* リュウを使う人は克己的な正統派格ゲーマー
* 豪鬼を使う人はより勝ちにこだわった感じがする
* 春麗使う人は女子キャラを使いたがるタイプ
* ブランカやエドモンドを使う人はエンジョイに重きを置いてる

で、日本神話で大国主という推しを見出したように、格ゲーにおける自分の推しを見つければ良いんじゃないかという着想を得た。
最近はグラブルで実装されたモンクがえらく気に入ったのに釣られてモンクっぽいキャラが好きなのもある。

見出したキャラはストリートファイターシリーズの剛拳。
スト4でプレイアブルになってる。
気に入ったポイント。
* モンクっぽい
* 師匠キャラ
* リュウケンに技が似てるから私でも多少使える
* 豪鬼のような厳しいパーソナリティではなく結構おおらかな性格

私はキャラ属性としては師匠キャラはかなり好きな系統らしい。保護者キャラ。
pixivファンタジアLSでの自キャラが師匠っぽいポジションだったんだけどとてもしっくり来た。
というわけで剛拳が気に入り、スト4をPS4で購入した。

で、更に調べると、剛拳の師匠が轟鉄というキャラで、こっちはより一層私の好みなデザインだ。性格はちょっとよくわからないけど。

ということで剛拳と轟鉄で一枚描いた。


なんだけど、あんまり満足感がない。「描いた満足感」。
最近きちんと得られた満足感は『怪鳥以津真天現る』を描いた際だ。

ちゃんとした満足感を得るためにはかなり気合の入った創作をしなくてはならないようになってきたのかもしれない。ゲームを元ネタにしてサラッと描いたものくらいでは満足感が得られない。もっと一枚絵に時間を掛けるという選択肢もあるんだろうけど私は一枚絵をきれいに描くことへの興味が薄いのでやっぱりダメだろう。お話がなくては、つまり、マンガでないと。オリジナルの。創作の。ストーリーがあるやつ。
| マンガについての考えごと | 08:55 | - | - | permalink |
20080101
なんか考えよう。

映画『アンダーザシルバーレイク』を観た。町山さんの解説を音声でも聞いてたし活字でも読んでいたので内容はほぼ知ってる。
感想としては勉強にはなったけど面白くはなかった。
観ていて感じたのは「映画はやっぱり楽しいほうが良いな」というものだ。

町山さんの映画解説本で取り上げられていた他の作品、『ラブレス』なんかも、未見だけど観ても楽しさや面白さは感じないだろう。
それらは人間の善い面を描こうという映画ではないと思う。むしろ悪い面を描こうとしているものではないか。監督たちの生い立ち上のトラウマへの救いになるべく作られた映画だったりして、トラウマとなった現象が映画の形で再生産されていたりする。善いものを描こうとしているわけではない。

私は善いものを描きたいし観たいのだなと感じる。だからヒーローモノなんかが好きなんだろう。ヒーローモノでも、ろくでなしが改心してヒーローになる系統のものではなく、キャプテン・アメリカのようにナチュラルにヒーロー的なパーソナリティの人物が主人公であるのがいい。
ただ、物語は基本的には人物の成長を描くものだからろくでなしを主人公にして作中でヒーローに成長するという方が型にはめやすいというのはある。好むと好まざるとにかかわらず。

「ぶれない」というほうがいい。ヒーロー的な人物がヒーローとして通す。ぶれない。意外性は少ないかもしれないが好みだ。
これはまあ、以前から認識していたことだ。

政治や社会やえろを抜いたマンガを描けないかなと考えて、見本になるのはやはり私に強い影響を与えたマンガである『PEANUTS』だなと思って少し読み返したんだけど、やっぱり自分には描けないマンガだなと感じた。
PEANUTSから構造を取り出して自分にも描けそうなカタチに作り直すことはできないか。

私の考えるPEANUTSの特徴。
* アメリカで育った人の共通体験としての学童時代
* 多彩なキャラクター

「見せてお話」や「サマーキャンプ」といった要素がよく出てくる。これはアメリカの学校文化だ。
「共通体験」をベースにするのであれば「アメリカの学校文化」である必要はない。そう考えるとゲームの二次創作に向いてるメソッドかもしれないな。該当のゲームでの体験がベースになる。

「共通体験からPEANUTS的なネタを抽出する」という観点でコツを見いだせないかな。
いや、そこはいいや。作者のシュルツ氏の作家性なんだからそれを追うよりは自分自身のメソッドを見出していったほうがいいや。

ゲームの二次創作だと普遍性が落ちるので、別の気が効いた共通体験を探したい。
それが「異世界」なのもしれない。ファンタジーRPGになんとなく共通する、イデアとしての世界。匿名的なドラクエ世界というべきか。ひとつのゲームの二次創作にするのではなく「ビデオゲーム」という抽象的な体験概念の二次創作とする。

そうすると、ゲーム体験そのものがネタ元となる。
* レベル上げ
* レア掘り
* 周回
* レア度の低いユニットを消費して合成
* 同じユニットを合成して限界突破
* ガチャでレアを引く
* 転職
* 闇落ち
* ゲージが溜まったら超必殺技
* スキルツリー


うーん。

いや、すぐにバーチャル(ここではゲームのこと)に飛びつくのは良くないな。PEANUTSは現実世界のお話だ。自分の身の回りの現実でPEANUTS的マンガの源泉にできるものはないのかという話だ。
* 小学校時代
* 中学校時代
* 高校時代
* 大学時代
* フリーター時代
* 一人暮らしの私生活
* 就活
* 転職活動

うーん。

私は学校ものがそんなに好きではない。
これらを列挙してもとくにモチベーションの刺激される気配を感じないな。

「昭和人間の小学校の子供時代」というジャンルはある気がする。
* 友達のうちでファミコン
* 小遣いで駄菓子を買う
* ゲーセン体験

なんだけど別に描きたくないな…

再度バーチャルで考える。
ジャンル自体を共通体験ネタ元にするという着想の続き。
ビデオゲームのRPGでなくてもいい。
* FPS
* シューティングゲーム
* ニチアサ的変身ヒーロー
* 探偵もの
* SF

…こうなってくると、結局ネタ元の「架空の世界」は自分で創作しないといけないわけで、だったらそれはすでに創作でありハードルが高いということになる。今の考え事の目的は描くハードルの低いやり方を探しているのではなかったか。

ハードルの低さを取るなら別の野心は犠牲にすべきだ。
私にとって野心の高い作品はオリジナル創作の短編だ。
つまり野心の具体的な項目は
* オリジナルであること
* 物語があること
* 主張があること
などだ。

理屈で考えた結論は「ゲームの二次創作」になるな。上記みっつの野心項目をすべて諦めている。
今なら… アズレンかなあ…

* 推しがまだ決まらない
* 推し候補シェフィールド
* アニメ見たはずだけどあんまり覚えていない
* 初期艦ジャベリン
* ゲーム内ツイッター
* 煙幕やバリアといった防御スキルが好き
* 食料、スターゲイザーパイ
* 艦これでもそうだったけど魚雷が好き
* キューブとは何なのか
* 艦これと違ってスキルがあるのがよい
* 母港の部屋
* 入渠という概念がない

うーん。

一旦区切ろう。前進がなくてもマンガについて脳を使うことで何らかの助走になるはずだ。


---

着想。
「小学校時代」とかのリアル体験ではなく具体的な「本」をネタ元にしたらどうか。
教科書や資料集などの普遍性の高い知識が載っているものをピックアップし、ネタを探すつもりで目を通すと。
その客観的知識をネタにする。
今手元に、高校の時使った国語の便覧を持ってきてパッと開いたら源氏物語についてのページだった。ちょっと見ると、紫式部は石川寺という寺で源氏物語の構想を練ったそうだ。「マンガのネタが浮かばないので紫式部が源氏物語を構想したという石川寺に来ました」から始まるネタを考えられるかもしれない。
| マンガについての考えごと | 20:24 | - | - | permalink |
20073101
なんか考えよう。

脳の働きが悪く、着想が特に進展していない。

先日、ラジオでスピッツの曲が流れ、心が奪われた。よく知ってる曲だったが。音楽は良い。
で、その時考えたのが、政治性も社会性も物語性もえろも無い創作物を作れないかということだった。
最近はマンガのアイデアを考えようとすると出発点が社会問題や政治のトピックになってるし、自分がpixivやツイッターで見に行くイラストはえろいやつばかりになっている。脳にバリエーションが足りない。

で、ちょっと検討した。
ぱっと思いつくものは音楽だ。
しかし、以前ちょっと音楽を書籍で勉強しようとしたことがあったんだけどすぐに挫折してしまった。音楽は今生では自分ではやらなさそう。

他にも陶芸で器を作ったらどうかとか考え付きはするが、特にモチベーション刺激されなかった。

最近は3DCGが全盛期の様相だが、うーん。別に作りたいもの無いなあ…
過去に何度か3DCG触ったことあるが、持続しなかったということはあんまり興味のある分野ではないらしい。

するといつものようにマンガに軸足を置くしかないか。
単純に今は頭空っぽ期名だけかもしれん。適度にインプットしつつアイデアの種の蓄積を待つか…
| マンガについての考えごと | 00:38 | - | - | permalink |
20072602
考え事。

今考えようとしているアイデアはまだ具体的なところは思い浮かんでない。

別の着想にも目を向けよう。
何ヶ月かにかけていろいろな着想を試した結果、いくつかのアイデアが組み合わさって発展するというケースが多い。

社会問題。
ツイッターでフォローしてる社会福祉運動家の方が以下のようなことを言っていた。
* 性産業は職業として認めるべきではない。
* 職業として認めると、それをすれば生活できるんだからそれをしろという圧力になってしまう。
* しかし実態は奴隷制のような搾取である。
* 性産業をなくし、それをしなくては生活できないような状態の人は福祉で支えるべきである。

つまり性産業は卑しいという蔑視から「まともな職業でない」と言っているのではなく、それが職業として成立してしまうためにその搾取の構造が温存されてしまう、それが問題であると言っているようだ。

たとえば生活に困窮したシングルマザーがいるとして、生活保護を申請する。
窓口の人が「働いて自活しなさい」という。
雇ってくれるところがない、または子育てをしながらでは十分な賃金が得られるほどの労働時間はとれないと訴えるとする。
このとき、窓口の人が「お水でも何でもやればいいでしょ」と要求するとする。
性産業が職業として成立してしまうとこういうことになる。おそらくこれは日常的に起こっていることなのだろう。
仮に現代に奴隷制があるとして、ただし自ら選んで奴隷にならない限り奴隷の身分になることはないとする。しかし、生活の困窮から選択の余地なく奴隷にならざるを得ない人はたくさん出てくるだろう。
だから、奴隷制が成立してしまわないように法律で禁止しておかなくてはならないし、奴隷の身分に自らを落とさなくては生活できないようなひとは福祉で支えなくてはならない。基本的人権の尊重だ。

性産業はそれと同類の構造になっているということらしい。
性産業が、困窮した人間の受け皿になっている。「そのお仕事があるおかげで多くの人が生活できている」から社会的に有用である、という風に一見見えてしまうが、そうではなく、そのお仕事が規制されていないせいで経済的困窮からその搾取の構造に身を落とさざるを得ない被害者をなくすことができない、ということだと理解すべきであるようだ。

この発想は自分にはなかったので勉強になった。

これはマンガの題材にならないかな。うーん。


ゴーストオブツシマは3D酔いするのでプレイしなくなり、代わりにアズールレーンをプレイし始めた。
アズレンでなにか描けないかなと考えようとしているが特に思い浮かんでいない。

ちょっと考えたのが、マンガを描くハードルを下げるには社会問題の要素とストーリーとを減らすことだなということ。
ストーリー構造があり、かつ、社会問題を直接なり象徴なりで扱っているマンガというのが理想だが、考えつくハードルが高い。
例えば悪役をもっと安直なものにして描ければハードルが下がるのではないか。
もしくは、社会問題についての意見の表明という目的を離れて別の目的で描けるようになればさらにハードルが下がるのではないか。

アズレン、というか二次創作の文脈で考えると、ただキャラとキャラが仲良くわいわいやっているだけでいいとか。「仲良くやっているシーンを描く」というのを目的とする。社会問題もストーリーも要らない。

そのコンセプトでも良い。
ただしネタが浮かぶかというとすぐに浮かぶわけでもない。


映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 超スーパーヒーロー大戦』を観た。キュウレンジャーと仮面ライダーエグゼイドの頃の映画。
昨日はウルトラマンXの映画を観た。

どちらもそんなに面白くはなかったんだけど、やはりヒーローモノは良いなとは感じた。
ニチアサヒーローモノに出てくるような悪役を自分なりに作る工夫を考えてはどうか。
悪役に求めるハードルを下げる。
宇宙から来た侵略者とかで良い。
ただし、やはり単純でも少し社会問題を入れるといいんだろうな。なんかしらかの風刺。

いや、待てよ。
最近見たキラメイジャーの悪役。例えばリセットボタン邪面。リセットボタンの能力を持ってる。リセットボタンを押すと時を巻き戻して戦いをやり直すことができる。それ自体に「悪」という属性はない。ただ悪の組織の手先として派遣されてくるから悪役であるだけ。善悪というメッセージ性はなくて、パズルのようにその攻略の工夫を観て楽しもうというコンセプトだった。

ヒーローモノで、かつ、善悪を扱わない?うーん。
この場合のモチベーションは「ヒーローを描きたい」である。「悪役を描くのを通して問題提起したい」ではない。悪役は何でもいいと言える。

ヒーローだけ描いて善を示すことはできるのか?
ヒーロー映画を観てヒーローになりたいと感じるとき、別に正義や悪を意識してないかもしれない。ただ、変身して戦いたい。

ヒーローになれるとして、どんな相手と戦いたい?
…やっぱり侵略してくる異星人や異世界人ではなく、世界の破滅を目論む破壊者でもなく、弱者を虐げる権力者だな。するとそれは「やってくるもの」ではなく「すでにあるもの」でなくてはならない。

第二次世界大戦の前あたりの時代なら「侵略者」のイメージを現実的なものとして考えることができたのではないか。
というかどうしても社会的視線が抜けない。やはりヒーローを扱おうとする限りは避けて通れないな。


ゲームの二次創作、およびpixiv企画ものの場合、社会問題を意識しないで描ける。
基本はギャグになる。

うーん。

難しく考えすぎだな。二次創作であれば、気に入ったキャラがいればそのキャラについてぐるぐる考えてればネタが浮かぶことが多い。気に入ったキャラがいない場合それを探すということになるか。


---

追記。
アメコミ、というかマーベル映画では悪役に社会問題との関連性がある。
スパイダーマンホームカミングのヴァルチャー。大企業(トニー・スタークの会社)に仕事を奪われたため、社員を食わせるために違法な商売を始める。
ブラックパンサーのキルモンガー。抑圧された黒人として、ワカンダの優れた科学技術を黒人解放のために惜しみなく使うべきだと主張する。

社会問題への関連性という点で私の好みは日本のヒーローモノよりマーベル映画のヒーローモノの方にマッチしている。
アメコミ映画でもジャスティス・リーグのステッペンウルフみたいにどうでもいい感じの悪役だとノレない。



ニチアサ的に社会問題とは無縁の悪役だったら考えるのが簡単かと言ったら、そうではない。そういうのはそういうので考えるためのテクニックが必要だし、私にはその勘所がわからないからむしろ社会問題をヒントにして考えるよりも難しいんじゃないか。
だから「ハードルを下げるために社会問題という視点を減らそう」という発想はむしろ逆効果なのだ。私の思考方法の場合は社会問題と絡めることがヒントになるのでハードルが下がるのだ。
あるいは、「社会問題」というよりは「現実との関連性」というべきかもだけどね。
| マンガについての考えごと | 19:36 | - | - | permalink |
20072601
マンガの考え事。
支配者と中弱者と弱弱者の構造のアイデア。

まだ『邪竜の翼』や『国津神たち』のフォーマットで考える必要はない。オリジナル短編になっても良い。考えついたアイデアがそれらに応用可能ならその時点で接続すれば良い。

中弱者。低賃金労働者のイメージ。
* 労働搾取を受けている
* 職業の選択肢がない
* 劣悪な労働環境

ファンタジー的に考えるなら…
* 傭兵?
* 炭鉱夫?
* 小作農?

炭鉱みたいなのはいいかも。利益を生み出す資源であるが労働を必要とする。労働者にはその資源が生み出す莫大な利益が還元されない。このケースだとストライキが効果がある気がする。

弱弱者。ホームレスのイメージ。
* 職を得られていない?
* 中弱者よりももっとひどい労働に従事している?

支配者層。
* 炭鉱の運営会社?
* 王様?
* 宗教団体? 邪竜の翼では敵が宗教団体というのが続いたから避けたい。
* 盗品商い? 労働搾取といえば日雇いで集めた労働者に果物をリヤカーで売り歩かせる謎の商売。盗んだ農作物を売らせてるのではという疑惑があると読んだ気がする。もしくは仕入れがちゃんとしてても労働者から取る手数料なんかで儲けてるんだっけ?
* ウーバーイーツのような変則的なサービス? 確かイギリスあたりの映画にワーキングプアの家族を描いた映画があって、そこの父親がやってたのがウーバーイーツの配達員だった気がする。


うーん。すぐにいいアイデアが湧くわけではない。一旦区切ろう。
| マンガについての考えごと | 12:29 | - | - | permalink |
20072501
なんか考えよう。

弱者叩きをマンガ表現にする。

弱者がより弱い弱者を攻撃するという現象がある。
低賃金労働者が引きこもりやニートを、引きこもりやニートがホームレスや在日外国人を、と言ったふうに。

で、この場合はその分断を生み出している、もっと社会システムの根幹の方と戦うべきではないか。

という趣旨で考え事を始めようと思ったんだけど、引きこもりやニートや在日外国人は社会システムが生み出すものじゃなくてどういうシステムだろうと一定数生み出されるものだな。例えば政治やメディアが悪いからそれらが生み出される、というものでもない。

例えば作中でより弱い立場の弱者を叩く弱者が出てくるとして、主人公たちを通してそれをやめさせるとする。そうするとより弱い弱者は救われるかもしれないがより弱い弱者を叩いている弱者は救われない。悪役を押し付けられて立つ瀬が無い。
より弱い弱者を叩いている弱者をこそ救済すべきな気がする。

ではどういう落とし所にするべき?

中弱者、弱弱者と呼称を分けよう。
中弱者が弱弱者をいじめるのは、自身が抑圧されているからではないか。不満があり、はけ口を求めている。もし彼らがハッピーで満足しているのならはけ口を求める必要がない。

するとやはり共通の敵「抑圧者(強者)」を作って弱者間で共同させてそれに立ち向かうという構造だときれいだなあ。

弱者間の争いを煽る存在がいて、真の敵。
最初は弱弱者を虐げる中弱者が敵だと思わせる展開にし、実は真の敵は別だったという流れにできると良い。で、その真の敵はお話の序盤から出ていて、にこにこしている。

図にした。



この図の構造をうまく表現するアイデアが浮かべば描けそうだ。各勢力は集団でもいいし個人でもいい。

| マンガについての考えごと | 20:00 | - | - | permalink |
20072401
3D酔いがひどくてゲームはグラブルくらいしかできないのでマンガのアイデアを探そう。

ドラクエ10のマンガ『蒼天のソウラ』一巻目を読んだ。
ドラクエ10を下敷きにした王道的な少年漫画だなと感じた。
どうも、歳のせいかこのノリは私にはキツく感じた。

悪の組織的なものが出てきて、主人公が特別な超能力に目覚めて、という展開。ちょっとノレない。
私もドラクエの世界観でマンガを描いたことある。このときも現実世界の事件を下敷きにしていた。どうも私は「フィクションのお約束(悪の組織や特別な能力)」よりも現実の象徴という要素の方を必要とするらしい。

ただ、悪の組織がいる場合はその組織の打倒という大目標ができるので長いマンガにマッチする。

私のドラクエマンガのナカヨシや、邪竜の翼のナカヨシなんかにはとくに大目標はない。いや、それで良いんだな。お話の中で目標が生じ、解決する。映画はそういう規模のが多い。『ジャンゴ・繋がれざるもの』だって『マッド・マックス 怒りのデスロード』だってそうだ。

…(この間数時間中断)

アイデアが進んでないな。

モンクが描きたいとかアメコミヒーローが描きたいとか日本神話の神が描きたいとか、「こちら側」の要素はどうにでもなるというかそこを整えるのは難しくない。

重要なのはやはり敵の側だ。解決すべき問題。これに良いアイデアが出れば描ける。出なければ描けない。

ショッカー的な悪の組織だと、現実に対応するものがないのでノレない。
なんとなく出てきて破壊をもたらすだけの怪獣であれば、やはり意味がなくてノレない。
頭のおかしい個人の暴走、という悪役にも不満がある。

私は悪役に求めるハードルが高い。だけどそれを超えればお話がひとつ描ける。

おそらく満足できる悪役にはふたつの方向がある。
* 社会的方向。現実社会での問題を象徴する。
* 哲学的方向。自分にも思い当たる心理を体現させたキャラを出す。

例えば過去に自分がクソヤロウとしての行動をとったことがあり、それを後悔しているとする。その過去の自分を悪役にする。

うーん。
今のところ私の関心は哲学より社会の方にある。
哲学的課題というとおそらく以下のようなパターンになる。
* おとなになるための通過儀礼。
* 未熟な自分との戦い。
* 己の執着との戦い。
* 自分の思い描く自分と実際の自分とのギャップに対して抱く怒りと、その克服(受容)
* 負の自己実現をした自分の分身的存在との戦い

結局哲学的課題というのはすべて「己との戦い」になる。
で、そうか私があんまりそこに関心持たないのは「自分が好き」だからかもしれないね。今の自分を変えたい、もしくは今の自分から変わらねばならない、というモチベーションが無い。だから主人公が内なる自分と対決するという内向きの筋に興味を持てないのではないか。

なので、素直に社会に目を向けよう。

私が問題視しているいつもの現象といえば…
* 格差
* 分断(ヘイト)
* 抑圧
* 弱者いじめ


非正規雇用従業員や女性従業員の給料が低かったりすぐに首を切られたりするのは問題である。
所得税の累進性が昭和の頃に比べて後退しているのは問題である。
ミソジニー(女性嫌悪)は問題。
行き過ぎたフェミニズム(男性嫌悪と言うべきか)も同様に問題である。
ホームレスへの暴力事件は問題である。
在日外国人には社会保障が要らないとする思想は問題である。
強い立場の者が弱い立場のものに犠牲を強いるのは問題である。

「弱い者いじめ」という言葉がもっとも端的に言い表しているかな。
弱いものを探す。弱いものという属性の開拓。ホームレス、女性、失業者、外国人、低学歴、低収入… 「弱いものを探す」という眼差しが区切り線を引く。この区切り線が「分断」である。問題だ。
分断によって作り出した弱いもの…
いや、「分断」は本来の意味は弱いものを作り出すことではなく「異なるもの」と「自分たち」とを区別するというものだったな。まあでも結局、同じことか。

分断し、敵とみなし、攻撃する。

最近ネットで見た動画に「動物保護団体の活動家が、ホームレスが飼っている犬を保護の名目で取り上げる」というものだった。ただ、外国の映像だったので言葉がわからないし転載系のツイッターアカウントだったのでじつは違う内容だったというオチかもしれないけど。

○○は虐げても良い、なぜなら彼らは自業自得だからだ、という存在。
現代社会で言えば端的にはホームレスだな。
ホームレス襲撃という醜悪な事件を起こすのはたいてい、20歳前後の若者ではないだろうか。以下の認識に基づいているのだろう。
* ホームレスがホームレスなのは、怠惰で働こうとしないからだ
* または、無能で金を稼ぐ能力がないからだ
* 俺はホームレスどもとは違い、労働意欲もあるし稼げる能力もある(に違いない)

つまり、以下のような問題のある態度を抱いている。
* 自分の意欲や能力については未検証であるのに無根拠に高く見積もっている(精神が未熟であるということ)
* ホームレスの人々が本人のコントロールではどうしようもない事情でその境遇に陥っているケースもあることに考えが及ばないこと

ふむ。
ホームレスの人々とホームレス狩りの愚劣な連中とをマンガの設定に置き換えるアイデアを探してみようかな。邪竜の翼3として描けると良さそう。

今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 01:08 | - | - | permalink |
20072301
考え事。

ゴーストオブツシマを購入してプレイしている。神ゲー。
ゲームをするとゲーム疲れが溜まるので長時間プレイしていられない。これ、原因が3D酔いであることに気づいた。デス・ストランディングはなぜか酔わなかったのだがあのゲームは敵と戦うわけじゃないから画面の動きが緩やかなのが原因だと思う。

ゴーストオブツシマをプレイしていることでサムライモードになるかと思いきや、そうではなくモンクが気になっている。グラブルで新実装されたモンクを愛用しているからだろうか。
日本が舞台のオープンワールドでアバターを主人公にしてジョブを選べるなら僧侶でやりたいなあとそういう事を考えている。

で、モンク好きをモチベーションにして映画『新少林寺/SHAOLIN』を観た。以前一度途中まで観たんだけど挫折した映画だった。なんだけど、今回は最後までちゃんと見て、かなり良かった。
「戦う者」というといろんなバリエーションがある。
* 鎧に剣の騎士
* 軍服に銃の軍人
* 袴に刀の幕末志士
* コスチュームのアメコミヒーロー
* 仮面ライダーのような変身ヒーロー
* 空手着の空手家
* 柔道着の柔道家
* 拳法着のカンフー使い
* 忍者装束の忍者
* ジェダイ装束にライトセイバーのジェダイ
* アーマーにブラスターの銀河帝国兵
* ローブに杖の魔法使い

で、私はどうも「僧衣に棒のモンク僧」が一番好きらしい。一番かっこいいと言える。ここでいう僧衣というのは動きやすい修行着のことなので正式にはなんというべきなんだろう。
画像を検索した。この左の棒を持った男性のカッコがとても気に入った。画像

あとそうか、これの典型例はスターウォーズ・ローグワンのチアルートがそうだ。

で、マンガのアイデアにつなげたい。

邪竜の翼のナカヨシは僧侶なので、彼の所属する寺の設定を拡充して少林寺的なものにできないか。

* 弱者を救う「活動」を重視する教えの寺。
* 僧たちは格闘技を身につける。格闘技の修行が僧侶としての活動の一環になっている。
* ナカヨシの同僚の僧たちが新キャラで出てきて、頼りになる。
* 寺で最強の僧が出てくる。
* 寺で腕を競う武術大会が行われる。ナカヨシはすぐ敗退する。
* 「世界一強いが多くの人を苦しめる人間」と「そんなに強くないが多くの人を救った人間」では後者のほうが尊い、というのがナカヨシの考え。
* 多くの人を救うには誰よりも強くあらねばならない、という考えの僧が出てくる。これが最強の僧かなあ。
* もしくは最強の僧は何を考えているのかわからない天然系の天才タイプがいいかもしれない。

少林寺の映画を観ても少林寺の教えについてはあんまりわからない。それくらいふわっとしたものでいいと思う。神学をやりたいわけではないのだから。

理想的な寺にしたいので色々寛容。たとえば邪竜と噂されたピンナに対しても寛容。色々へんてこな種族の難民を受け入れていたりする。

この着想で描くには次のエピソードのために「解決すべき問題」を考えないとな。
しかし解決すべき問題はすぐには見つかりそうもないので寺の設定の空想を膨らませておこう。

寺は存在するが寺の本体は「概念」であるのでモノとしての寺はあんまり重視されない。
伊勢神宮が20年ごとに作り直されるのに似てる。あの場合本体は個々の伊勢神宮の建物ではなく何度建て直されても維持される形式や設計だ。
この寺の場合は「ひとを救う活動を促す教え」が本体。
寺の名前… pixivファンタジアLSのときに使った「九菜寺」がいいかもしれない。すると僧たちは野菜も作ってる。

僧たち。
* ナカヨシ。強くなる修行よりもひとを救う活動の方を重視する立場の僧。
* 最強の僧。
* 人を救う活動よりも強くなる修行の方を重視する立場の僧

うーん。

寺に焦点を当てずにRPG的なパーティに焦点当ててはどうか。ナカヨシとピンナが加入する。なんなら竜騎士フランチャーが入ってもいい。
| マンガについての考えごと | 01:38 | - | - | permalink |
20071201
なんか考えよう。

自主制作映画の方針は一旦保留にしよう。目処がつかん。
ただ、極限まで制作条件を絞っても残る要素が自分の描きたいものの核の部分だなということはわかった。
その内容は、邪竜の翼でのクライマックスシーンと同じものだ。つまり、救うべき・もしくは滅ぼすべき対象がおり、主人公は救うか滅ぼすかの行動の選択を迫られ、救う方を選ぶというもの。

で、なんか作りたい。
マンガでもいいし映画でもいいしその他のものでも良い。
練っている構想から離れて内容を変えた超短編映画でも良い。
ストーリー性のない創作でも良い(やる気が刺激されるなら)。

ストーリー性がないものはモチベーションを刺激される度合いが非常に小さい。
例えばプラモデル。たまに買う程度には好きだったはずだけど最近はほしいとすら思わなくなってきた。作るのがめんどくさいし飾ってても邪魔に感じてしまう。
高校生〜大学生の頃は一応、アルミワイヤーで工作したり帽子を手創りしたりなど、立体造形も多少やっていた。歳を取るにつれてそっちのスキルツリーはリセットされたようだ。
いまなにか、ストーリー性のないもので多少とも作りたいと感じるものあるかな…
日常使いできる食器。別に自分で作らなくて良い。
アパレル。同上。
自分のマンガのキャラのフィギュア。スケブみたいな感じで得意な人にやってもらえばいい。

ストーリー性無いものを作るという方向に光を感じないな。

軸足の位置を変えて、ストーリー性のあるもので、マンガ以外のものに目を向けたらどうかという話。
映画(実写の想定)には憧れるがハードルが高い。自分でも撮れるアイデアが浮かんだら実現したい。
演劇。映画以上に無理。現実的でない。
ゲーム。うーーーーん。マンガを作る労力よりも数倍手間がかかる。だったらマンガでいいじゃんとなる。
アニメ。これもマンガより手間がかかるが、アニメなら映画になるな。
小説。うーん。まあありではあるが。マンガを作る際の作業工程の一部になってるな私の場合。小説が描けるほどの構想があるならそのままマンガにできる。

結局、マンガが自分にとって最も優れたメディアだという結論になる。
* ストーリーが描ける
* ビジュアルがある
* 一人で全部作れる
* 作品にするまでの手間が映像に比べて圧倒的に少ない

じゃあマンガでいいじゃん。

どんなマンガが描きたいか。今描ける着想はないか。いつもどおりのこれを問い続ければいいか。



あっ 一個思いついた。
最近Skebのリクエストを出したんだけど(受領はされて、納品待ち、先客がたくさんいるようなのでまだしばらく掛かりそう)、今回は描き手さんの脳を借りる度合いが少なく、画想はこちらで用意して技術だけを絵描きさんに振るってもらうという感じにした。なので指示書をきちんと作った。この指示書を作るのは結構楽しかった。
「ひとに作業してもらうための指示書」というのはいいかもしれない。最終成果物のアウトプッターは私ではなくなるが。
Skeb納品を受けて自分がどう感じるかを確認してから検討するかな。でもこれで得られるものってほぼえろえになると思う。

もう一個思いついたな。
マンガだが、ストーリーのないもの。
* 1ページギャグマンガ(いつものやつ)
* 何らかの内容を説明するやつ(グラレコ=グラフィックレコードとかエッセイとか政治的主張とか)
ギャグのを描くのは好きなのでネタが出るならそれで全然OK。
説明のやつは舵取りを失敗するとプロパガンダとかアジテートみたいに不純な動機に毒されていくのであんまり積極的にはやりたくない。

あー

結局作るものの枠組みは今まで通りだな。まあいいや。いつもどおり描くべき内容を探そう。
| マンガについての考えごと | 11:52 | - | - | permalink |
1/177PAGES | >> |
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES