Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

Love & Comic 本サイトへ戻る

20102001
雑記。

また少し格闘技の動画をYou Tubeで見ていた。
詠春拳の異種格闘技系の動画を見ると、やはり精細に欠く。

思うに、詠春拳は自ら攻める闘法ではない。相手の力を利用してのカウンターが本来の決め手になる技術だと思う。
詠春拳の技のレパートリーで自ら攻めようとすると、手先だけで腰が入らず体重も乗らないパンチが主になるので映像的にも面白くないし攻撃としても有効には見えない。やはりカウンターを決めてなんぼのコンセプトなのだろう。

しかし、格闘技の試合を見ると、カウンターというのがいかに難しい技術なのかというのを感じる。やはり、相手が攻撃を繰り出してきた時、自分は守りを固めて下がるというのが人間の自然な反応だと思う。カウンターを決めるには相手の攻撃に合わせてこちらも攻撃しなくてはならない。つまり相手の攻撃に対して前進しなくてはならない。これはおそらく人間の本能に逆らう動きで、頭で考えるほどにはすんなりできるものではないのだろう。
だから現状での私の脳内の「僕の考えた僕のための格闘技」はカウンターをメインウエポンとしてデッキに入れているがこれはどうも挫折しそうなコンセプトであるようには感じる。まあでもどこかで確かめてみたいけど。

キックボクシングスタイルのオーソドックスな構えに他の格闘技の技を追加するという発想でいくと、追加に向いた格闘技ははテコンドーやカポエイラと言った蹴りに特徴のあるものだと思う。
総合格闘技の試合を動画で見た時、テコンドーやカポエイラ出身の選手はちゃんとテコンドーやカポエイラの蹴りを繰り出す。そしてそれらが高威力で実用的な必殺技になっている。
カポエイラなんかは大きな動きの回し蹴りの後にすぐに同じ軌道の回し蹴りが独楽のようにやってくるというようなことをする。大きな蹴りは単発という意識に慣れた選手だと2発目を食らったりする。
カポエイラと言うとあの特徴的な構え(ジンガ)じゃないとダメだ、と昔は感じたが、そうではないな。構えはキックボクシングスタイルのオーソドックスのもので良い。そこからでもカポエイラの蹴りは出せる。

なんだけど、じゃあ私はカポエイラやテコンドーをやりたいかと言うとそうでもない。カポエイラは過去に一度か二度だけレッスンに行ったがこれは続けられないなと感じた。教室の遠さや道場の雰囲気から言って。それに、大きな蹴りを繰り出すには体全体を鍛えてないといけないし体力が要る。その基本ステップの時点で私には無理だ。

なのでもしカウンターの戦略がダメなら「僕が考えた格闘技」デッキには面白いコンセプトもカードも入らないことになり、格闘技熱がそこで冷めるかも知れない。まあそれならそれでマンガに集中したり、最近興味を持ちかけていたひとりキャンプに挑戦したりなどする機会になるかも知れない。

なんにせよ近所の道場のキックボクシングの練習の曜日に参加してみたいが、捻挫はまだ治ってない。先だろうな。
| 雑記 | 22:16 | - | - | permalink |
20101702
マンガの考え事。

そろそろプロットが固まってきたか…?
キャラデザや怪獣のデザインにそろそろ取り掛かるべき段階じゃないかな。

このあたりの作業は「ほんとにマンガなんか描けるのか? 具体的どうやって?」と感じる度合いが強いフェイズだ。これを乗り越えるのには1ページめを描いてしまう事が最大の解決だ。

なんだけどまだ1ページめに取り掛かる段階ではないな。

---

ホワイトハウスのイメージを掴むためにホワイトハウスが舞台の映画など見始めた。
けど結局まだ脳が格闘技モードらしいのでちょっとそっちを考える。

以下、「僕が考えた最強の格闘技」の妄想。
と言うよりは正確には自分の我流の格闘技を構築するなら今はこういうイメージ、というもの。
だから、ヒーローズアンドヴィランズのナカヨシが戦うときの格闘スタイルの設定だとみなしてもいい。フィクションと現実との境界が曖昧なところが我々オタクの優れたところだ。
仮にまだ格闘技やってみたい欲が継続して道場に通い出すなどしたら、このイメージを追ってみたい。

* 基本的にはキックボクシングのようなオーソドックスなスタイルである。ヒーローズアンドヴィランズのナカヨシも戦うときの構えがボクシングベースだった
* 詠春拳の考えを取り入れて、防御と攻撃を同時にやるのを狙う
* 基本的にはこちらから仕掛ける際に繰り出す技はジャブのようなローリスクの技。ハイキックとかみたいな大きな技は出さない。
* 手技メインにして、積極的には蹴らない。
* 相手の攻撃に対応したカウンターを入れることでダメージを入れたい。相手の力を利用して、というやつ。
* 立ち技のみで、組んだり投げたり決めたりは考えない。柔術系統のレパートリーはない。
* 防御への意識を強くする。
* 防御は受け流す>防ぐ>避けるという順で選択する。なので基本的には避けない。
* 技のレパートリー自体は少ない。これは薬丸自顕流の考えを取り入れて、やることをシンプルにする。

マンガで描くなら、相手の攻撃を防ぎながら突きを入れる、という描写になる。
モンハンのランスによく似てる。こちらからの攻撃は基本的にはコンパクトな突きになる。相手から防ぎやすい攻撃が来たときに強攻撃=カウンターを入れる。

現実でやるなら… やってみないとわからない。まあでも机上の空論で終わりそう。
格闘技の試合を見てると、攻防したら一息ついて、みたいに自然と彼我の呼吸を合わせた波の満ち引きみたいなのができてるように見える。で、その波に対してノイズになるようなタイミングで攻撃ができればいいんじゃないかと感じる。スッと一旦間合いを離す、というタイミングですっと間合いを詰めて追撃を入れるみたいな。まあこれも、机上の空論。
仮にオーソドックスな立ち技格闘技において攻撃と防御が同時にできたら(左手で防御しながら右手で攻撃、のような)、通常のタイミングとは異なるへんてこなタイミングでの攻撃が繰り出されることになるので面白いと思う。

こういうのを考えてて気づくのは、これはカードゲームでデッキを組むのと同じ脳を使ってる。同じ楽しさだ。自分のスタイルにマッチした戦法を模索し、それに沿ったカードを選んでデッキを組む。組んだからには実践で使いたい。

上記のようなスタイルの格闘技が、強いと言っているのではなく、弱かろうがなんだろうが自分のスタイル(使用デッキ)にしたいなということであります。
| 雑記 | 23:06 | - | - | permalink |
2020101701
雑記。

マイブームが格闘技で、見てるよりは自分がやりたいという欲求が強いらしい。
どうせやるなら詠春拳がいいよなあ… でも習える場所が遠いし…
ということでこのマイブームは自然収束していくだけかなと思っていた。

なんだけど、惰性でYou Tubeで格闘技動画をいくつか見て心境が変わってきた。
異種格闘技戦は面白い。詠春拳の使い手が他の格闘技の格闘家と戦う動画をいくつか見た。
そこで気づいたのは、異種格闘技戦では詠春拳はあんまり強くないということだ。

というよりひととひととが普通に戦おうという場合、スタイルがひとつに集約していく。ボクシング、キックボクシングや総合格闘技の構えになる。つまり相手に対して半身になって両手で自然にガードを固める構え。
詠春拳の異種格闘技動画を見て感じたのは、フットワークの違いだ。詠春拳の通常の構えだと相手に対して正面を向けて脚を内股にして立つ姿勢になる。相手の攻撃を待つ構えになり、フットワークで細かく相手との距離や位置取りを調節するということをしない。
ボクシングスタイルの、つまりごく自然な格闘の構えだとフットワークで彼我の位置関係を調整するのは普通のこととして自然にできる。

異種格闘技の他の動画も見てみる。空手、カポエイラ、カンフー、合気道…
どれも共通しているのは、異種格闘技の世界(総合格闘技の世界)に来ると、ルーツがどの格闘技であってもみんな構えも技も同じレパートリーに収束していくということだ。ボクシングの構え。パンチとキックで戦う。キックボクシングの動きのレパートリーと同じものだと思う。
で、その戦い方は私が中学の頃に同級生相手に格闘ごっこをしていた時と同じ系統だ。実際私は当時、「この戦い方は普遍的なものだな」と感じた。

詠春拳とかカポエイラとか(どちらもレッスンに一度だけ行ったことがある)、キックボクシングのスタイルから遠ざかるに従って戦闘技術としての普遍性から離れるんじゃないか。

で、だったら人間の普遍的な戦闘スタイル=キックボクシングでいいじゃんというふうに心境が変わってきた。詠春拳などの特定の推し拳法にこだわらず。
ボクシング、キックボクシング、総合格闘技、空手は教室の数がかなり多いので通いやすい。

ということで近所にそれらの体験ができるところはないかなと検索したところ、なんとアパートから徒歩五分くらいのところにあった。総合格闘技。一応サイトにはキックボクシングもできると書いてある。
そこで早速さっき練習に参加させてもらった。
ところが土曜日は柔術のクラスらしく、私が興味のある立ち技の技術は全くやらなかった。総合格闘技のグラウンドの技術=マウントポジションやディフェンスポジションでの攻防のみをやった。
真面目に取り組みはしたしかなり勉強にもなったけど組技や寝技には関心が殆どないのでその点は残念だった。
足も少しひねって軽く捻挫してしまった。

しかし、道場はとてもいい雰囲気で、こども相手の教室も兼ねているためこどもの参加者もおり、いいところだった。敷居の低さを感じた。
キックボクシングのレッスンは水曜日の夜だということなので捻挫が治った上でまだ興味が持続していたら行ってみよう。この近さなら何なら週イチで通ってもいいかも知れない。相変わらずやりたいのはパンチやキックへの防御。

しかし疲れた…

---

詠春拳に惹かれたのはディフェンシブなところだ。暴力性が低く感じられ、柔らかく感じられ、防御に優れている。
じゃあボクシングやキックボクシングでいいのか?と最初は感じたんだけど、これも動画をいくつか見て考え方が変わった。
格闘技自体にそういうニュアンスがあるわけではない。使い手がどう使うのかによる。

例えばモハメド・アリなんかは防御に優れたボクサーの代表なのだそうだ。
詠春拳でも、映画『グランドマスター』ではかなり攻撃的な技術として描かれていた(ので私は好きではない)。

つまり、ボクシングやキックボクシングや総合格闘技や詠春拳や八極拳が攻撃的/防御的なのではない。
防御的で柔らかい技術が好きなら、どんな格闘技であれ自分のスタイルを防御的で柔軟な方向に寄せればいいのだ。だからこれは何なら格ゲーやFPSにすら適用可能な考え方なのかも知れない。
で、さらに言えば、私は頭では防御的で柔かいスタイルが好きだと思っているが実際にやってみて見えてくる自分に適したスタイルはまた違ったものであるかも知れない。モハメドアリなどのボクサーも実践を通して自分のスタイルを見つけていったはずだ。
実際に自分でやらなければわからないけど逆に言えばやってみれば判るかも知れない。ここにはかなり興味がある。

まあなんにせよ捻挫が治るまで運動は控えよう。マンガの作業にパワーを向けるべきだ。
| 雑記 | 15:23 | - | - | permalink |
詠春拳体験レッスンを受けてきた
昨日、詠春拳の体験レッスンを受けてきた。
レポマンガを描いていた。







定期的に通うのは続かないだろうから単発での参加じゃダメかと問い合わせたんだけどやっぱりダメだった。そりゃそうか。
しかし、体験レッスンで習ったことがまさに私が知りたいレベルのこと一通りだったのでこれで十分といえば十分でもあるな。よく家でシャドーボクシング的に動きを練習するんだけど、今までは正解がわからない状態で我流で理屈で考えた動きをやってたけどこれからは習った動きでシャドー詠春拳ができる。

事前に考えておいた質問はあんまり聞けなかった。質問タイムがあるわけではなかったので。

どの攻撃に対してどういう防御が理想的なのかというのはきちんと聞けなかったけど今回教わった3つの防御から応用すると原則が見えた気がする。

まず攻撃には突きと振りとの二種類がある。
槍で例えるとわかりやすいと思う。

先端を突き刺す直線的な攻撃が突き。ストレートのパンチや正拳突きや前蹴りがこれに該当する。内側と外側という属性がつく。
突きの攻撃に対する防御の原則は「外側から内側に向かって受け流す」。
レポートマンガで言えば「ストレートパンチへの防御」「ボディパンチへの防御」がこれに該当する。

槍を刺すのではなく振り回して柄のところで相手を叩く攻撃が振り。フックのパンチや回し蹴りがこれに該当する。
これは突きと違って受け流しによる防御が基本的にはできない。
なので、振りに対する防御の基本は普通に「受け止める」というものになる。
レポートマンガで言えば「フックのパンチへの防御」がこれに該当する。

防御が終わった時点での彼我の関係を比較すると、突きを受け流した状態のほうが振りを受け止めた状態よりも有利だ。なので多分詠春拳として相手に期待したい攻撃は突きなのだと思う。

突きに対する防御、相手が右手で突いてくるとして、ストレートパンチはこちらの左手で受け流すのにボディパンチは受け流すのにこちらの右手を使う。この違いはなにか。
…図を描かないといけないな…



描いた。
つまり、肘を中心に前腕を回して受け流す動きを形作る場合、肘よりも高い位置に対してなら外→内という方向で実施できる。だから肘よりも高い位置に来る突きに対してはその突きが来るのと同じ側の腕で受け流す防御をする。
肘よりも下の位置だと自分にとっての内→外という方向の受け流しになる。
だから、左右を交差させて受け流しをすると相手にとっての外→内という方向への流れになる。
なので、肘よりも下に来る突きの攻撃は突きを繰り出してくるのと反対の腕で受け流す。

蹴りへの防御は口頭で少し質問した程度で詳しくはわからなかった。
聞いた感じだと、以下のようだった。
* 前蹴りへの防御は、ストレートパンチへの防御と同じような動きをこちらの脚を使って行う(外側から内側に受け流す)
* 回し蹴りへの防御は普通に受け止める

仮にやや高い位置への前蹴りが来たらボディパンチと同じように手で防御できるのではないか。つまり、蹴り足と交差する側の腕で相手の外側から受け流す。


教わったことを忘れないうちにメモ。

突きを出す場合は突く手と同じ脚が前に出る。

脚が前後に位置する姿勢になる場合(突きをした後など)、体重は後ろ足に掛かる。これは相手に近い側の足はいつでもすぐに蹴りを出せるようにするため。
なので、突きを繰り出す際の動きは、
* 手と足が同時に前に出る(同じ側)
* 突きを繰り出したあとに後ろに残った脚を素早く先行した足の方に寄せる。体重はこちらに掛かる。

三種類の防御、動きの構造だけ取り出して枝葉を取り除くと実は全て同じ動きだ。
つまり、手と同じ側の足が同時に出る順手突き。
突きを繰り出さない方の手が三種類の防御を行っているが体全体の動きからいうとこの防御の動きは脇役、おまけのポジションだ。だから体重が乗らない=防御を行う手の側は前に出ない。

つまりパターンとしては、相手の攻撃に合わせて同時に突く。
その際、攻撃に参加しない方の手で相手の攻撃を殺す。

こんなところかな。

マンガに描いた三種類の防御ができれば私が格闘技に求めるものは十分満たされる気がする。防御要素が好きなのもあるけど、技術は少なくシンプルであるほうが好きだ。薬丸自顕流に惹かれたのはそのシンプルさ。

詠春拳体験レッスンの振り返りはこんなところかな。

またなにか書きたいメモが浮かんだら書こう。
| 雑記 | 23:46 | - | - | permalink |
20101301
雑記。

昨日と言っていることがちぐはぐだけど詠春拳の体験レッスンに申し込んだ。教室に入門して通うということは私の経験上おそらくしないだろうけど、かといって「だろう」の時点で行動をやめてしまうのは悪い癖だ。
昔、鹿児島に旅行に行った時に薬丸自顕流の稽古を一回だけ受けた。そういうふうに、一回だけの経験でも自分の人生とその世界とを縁付けるのには役に立つ。

で、せっかく明日詠春拳を体験できそうなので、準備しておこう。
ここでいう準備というのは自分が詠春拳に何を求めているのかとか何を知りたいのかとかどうして詠春拳を体験したいのかとかそういうところ。

系統立てずに思い浮かんだことを書く。

中学生の頃、よく同級生たちと格闘ごっこをした。これが私は大好きで超楽しかった。
しかし、中学を出てしまうともうそういう機会はない。おとなになって一人暮らしだともう絶望的にそういうのはない。
仮にサンドバッグとか買ってひとりで叩いてもつまらないだろう。双方向性がないからだ。
なのでまず、組手がやりたいというのがあるんだな。

格闘ごっこで私が特に好きだったのは防御という行動だ。
基本の基本の防御は相手が繰り出すストレートのパンチをどう防ぐかというテーマになると思う。
私は防御の方法を一種類しか知らなかった。
* 相手がパンチを繰り出すのと同じ側の腕を使う。つまり、相手が右手でパンチを繰り出すなら自分は左手を防御に使う。
* 相手のパンチの内側に自分の腕の上腕を立てて、相手の腕の内側にぶつけて止める。拳を受けるのではなく腕を止める。

つまり、相手の攻撃を「止める」という防御になる。

で、年をとっても格闘技への興味は持続するので、映画や動画を見て知識が増えていく。
私は防御に興味があるので防御のバリエーションの知識が増えた。
いま興味があるのはボクシングでいうところパリイングで、相手のパンチに対して外側からいなして防御する。
* 相手がパンチを繰り出すのと同じ側の腕を使う。
* 向かってくる相手のパンチのを外側に自分の手を当てて、パンチの軌道を内側にそらす。

つまり、相手の攻撃を「流す」防御になる。

止める防御だと攻撃の強度と防御の強度とでぶつかり合いになる。四大元素で例えると土のようだ。
流す防御だと力同士がぶつからない。なので、かっこいい。四大元素で例えると水のようだ。
この流す防御を試してみたいのと、仮にまた格闘ごっこをやる機会があるとして、この流す防御が自然にとっさにできるようにしたい。これが重要な動機だな。


なぜ詠春拳なのか。空手やボクシングや総合格闘技や少林寺拳法や八極拳ではなく。

まず防御への意識が高そうなところが好きだ。例の木人椿は詠春拳のトレーニング器具なんだけど、腕や足を見立てた出っ張りがついている。これはつまり、「相手の攻撃をなんとかする」という意識のあらわれだ。

次に、技があんまり暴力的じゃないところがいい。
映画のカンフーで好きなシーンは、強力な攻撃が決まるシーンではなく、シュバババと攻撃と防御の応酬がラリーされるところだ。こう攻撃が来たらこう防ぐ、そしてこういう攻撃につながる、するとその攻撃はこう防ぐ、そしてこういう攻撃につながる、というのが連鎖していく。それが美しい。


実用的なことはあんまり考えてない。例えば護身したいとか強くなりたいとかはあんまりない。
解決したいのは、自分の脳内に詠春拳への憧れがあるので、詠春拳を遠い存在のままにしておくのではなく自分と縁付けたいということだな。海外旅行と一緒。海外旅行に最初に行くまではそれが現実的に可能だと感じられなかった。しかし、一度行ったところは身近に感じられる。詠春拳を身近に感じたい。


仮に質問タイムがあったら何を聞きたいのかを整理しておこうかな。
ふたつある。
* 例えば相手が右ストレートのパンチを放ってくるとする。防御の理想形はどういうものになるのか。
* パンチの防御の基本は相手と同じ側の腕を使うこと(右手のパンチは左手で受ける)だと思うが、相手の腕に対して交差する側の腕(右手のパンチを右手で受ける)で防御するケースはあるか、あるとしたらどういう動きか


ということでなんだかんだすごく楽しみにしているようだ。
ただ、以前カポエイラの教室に行った時、こういう場は無理だなと居心地の悪さを感じたので、今回も感じるだろう。期待しすぎず、適度に嫌な思いしてくるつもりでいよう。

---

いまボクシングのパリイング(パーリングと表記するらしい)をYou Tube動画で見てみたけど、思っていたのと違う動きだとわかった。
ボクシングのパーリングだと、相手の右手のパンチはこっちの右手で受ける。拳自体を受ける(だからパンチの突きの方向の力をモロに受けてるように見えるんだけど)。こちらのグローブの手のひらを相手に打たせ、手と手が接触したらそれを払って威力を逃がす、ということをしているらしい。
なんにせよ防御の動きは好きだな。ボクシングであってもね。

---

追加の質問が思い浮かんだのでメモっておこう。
蹴りはどう防御するのか。
前蹴りは位置が低いとは言え突きと同じで直線の軌道なので外側・内側がある。だから外側から流す防御はできるように感じる。
問題は回し蹴りで、蹴りの軌道を考えるに、外側から流すという防御ができないと思う。ということは普通にブロックする、止める防御で良いんだろうか。そのへん聞いてみよう。
だからバットとか棒を振り回す攻撃があるとしてそれをどう防御するのかと言うのと同じ原則になるはず。質問タイムあると良いなあ。
| 雑記 | 19:13 | - | - | permalink |
20101201
雑記。

在宅勤務なので運動不足予防のために日課で近所の神社に散歩に行く。
神社から、近所の乗馬クラブの看板が見える。
私は乗馬に興味がある。
で、「目覚め」が訪れた。人生一度きりなんだから興味のあるものはどんどん体験すべきだ。

憧れがあるけど体験するのは現実的ではないなと諦めているもの。
* 詠春拳
* 乗馬

乗馬よりも詠春拳のほうが「やりたい」度は高い。
ちょうど今週の水曜日有給休暇を取得しているので、詠春拳の単発レッスンなんかを受けられないかと検索してみた。
私は過去にカポエイラをやろうとして教室に通いはじめて2回位で辞めたことがある。はっきり言って教室に定期的に通わねばらない習い事は自分には現実的じゃないなとその時感じた。
しかし、例えば映画館に映画に行くという行動を例に取ると、定期的に行くと決めているわけではないけどトータルではかなりの回数行っている。映画に行くという個々の体験は単発なんだけど積み重ねで見ると意外と重なってる。
そういう感じで、定期的には続けないことを前提に、気が向いた時に単発で参加できるようであれば自分のスタイルで積み重ねられるのではないかと考えた。

結論。
習い事系のアクティビティは原則として教室に定期的に通うことが前提になるので「単発積み重ね」という目論見では無理。
入会費と月謝を払うようなのが教室の原則なので、一回いくらで参加するような枠はない。
なので詠春拳に関しては映画やYou Tube動画を見て脳内でイメージを膨らませて真似事して遊ぶ程度の、つまり今までと同じ程度の関わりしか持たないだろう。
書籍が出ていれば良いんだけど入手可能な書籍はないらしい。イップマンの映画がヒットしたんだから今こそニーズがあると思うんだけどね。

じゃあ乗馬はどうか。近所の乗馬教室、単発レッスンのコースがある! 水曜日の予約を取ろう!
と思ったんだけど、今週水曜日はもう枠が埋まっていて取れない。来週なら取れる。私は未来の予定を立てたくない人間なので一週間以上前に申し込んでおかないとできないアクティビティというのは現実的ではない。
要するに乗馬もダメだ。

ということで、結局今朝の神社で得た天啓は無駄に終わった。何も変わらない。

最近興味を持ったソロキャンプだったら、私の行動スタイルでも現実的な気がする。ちょうど、日曜日に少しキャンプ用品を買ったので、水曜日の有給には近所のキャンプ場に行ってみよう。

しかし、私の生活スタイルに完全にマッチしている趣味はマンガ制作だなと再確認した。アイデアがないときは活動しなくて良い。アイデアが湧けばいつでもその場で実施して良い。自宅でできるので行き帰りの交通時間なんか気にしなくて良い。格闘技と違ってひとに教わらなくていいし自分一人で活動が完結する。作ったものは死ぬまで残る(なんなら死んだ後も残る)。

マンガ万歳ということだ。ありがとうマンガ。君は裏切らない。
| 雑記 | 19:03 | - | - | permalink |
20093002
アウトドア考。

自動車やバイクと同じ系統の趣味なのではないか。
自動車やバイクはマシンが命である。まずマシンがあり、そのマシンを使いたいという要求がアクティビティの主要な動機になる。

趣味としてのキャンプを、キャンプ用品を使いたいというモチベーションのための活動だと考えてはどうか。
テントとコンロと焚き火台を持っていれば、でかけていってテント張って焚き火してコーヒーでも入れるなり鍋を煮るなりして使いたいという欲求が涌く。なのでそれを使える場所に行く。

ならばまずは道具をひとつ買うといいのかもしれない。テントかコンロ。テントには憧れがあるけど買っても使わないで腐らせる気もする。コンロだったら使うハードルも低い気もする。災害対策にもなるし。テントも災害対策になるけど。
なんだけど、まだいいや。道具から入るのではなく場所から入りたい。キャンプ場なりなんなりの下見。

もしくは、それこそ車がいいのかもしれない。そうすれば山に車で行ける。ドライブというのは場所を感じるのに良い手段だ。ただ、お金がかかる。うーん。
原付きを買った時、これでちょこちょこ遠出するに違いないと感じた。しかし、実際には全然そんなことはなく、自転車で行く程度の距離でしか使ってない。外出が生活習慣に入ってないからだ。


ただ、テントを使えるようになる技術は死ぬまでには身につけたいな。大して高いものでもないし。そのうち買うつもりで念頭に置いておくか。テントには憧れがあるのだ。使うかどうかは別にしてもね。
| 雑記 | 00:38 | - | - | permalink |
20092901
考えごと。
マンガのネタはあんまり進んでいない。

アウトドアについて考える。
キャンプの入門書を買ってパラパラ読んでる。
今週末は知り合いと高尾山に登ることになった。

情報に触れ初めて感じるのは、これはキャンプ業界のプロモーションという側面があるなという感じ。
男性用情報誌のキャンプ特集なんかを見ると、実質的にはキャンプ用品のカタログに過ぎない感じになっている。キャンプ用品業界の商売を回すことが目的であり、自然と触れ合うとかは方便に過ぎなくなってる気がする。
キャンプ場に行き、テントを張って焚き火して料理して、みたいに、そこで行うアクティビティの型が既に商売の都合で決まっている感じ。

そのキャンプ業界のための消費行動的なところは気に食わない要素ではある。
なんだけど、それでいいのかも知れない。

今回のアウトドアコンプレックスは、海外旅行に行ったことがない段階の時に感じていて海外旅行コンプレックスとかなり似ている。
私が海外旅行に行くことができたのは、旅行会社のツアーに乗っかるというふうにハードルをなるべく下げて紋切り型の海外旅行への取り組みにシフトしたからだ。海外旅行という筋道が商売として確立していて、それに乗っかった。
それでも満足度は十分高かった。

キャンプも結局観光行動であるのだから商売がその周辺を整備している。その商売に素直に乗っかることがハードルを下げるということなんだろう。


山。
手始めに近所のキャンプ場に行こうと思っていたけど知り合いに誘われたので高尾山に行くことになった。
山。キャンプ。自分はアウトドアに何を求めているのか考えてみる。

信仰というキーワードが出てくる。自然崇拝。崇拝の対象として認識しやすいのは山。大陸の平坦な地形と違って日本には山がゴマンとあるので山は日本の特徴だとも言える。
だからキャンプ要素(テント泊するとか屋外で煮炊きするとか)は実はむしろ要らなくて、なんかしらかの山に接することができることのほうが重要なのかも知れない。

キャンプ。
キャンプとはなんだ。
家にいれば文明のインフラによって不自由なく普通にできることをわざわざ道具を揃えて屋外でやることである。
雨風を凌ぐテント。
煮炊きをする火。
暖房のための焚き火。

利点の一つは、インフラが整備されていない場所でもそれを行うことができるということ。それこそ山奥とか開発が進んでいないところでも道具を持ち込めば生活の場を作れる。

生活行動そのものを娯楽とすることができる。家にいて石油ファンヒーターにスイッチを入れるよりは、屋外で枝や木を拾ってきて焚き火をするほうが盛り上がる。

ホームレスになった際の練習になるかも知れない。

文明と離れる体験ができる。ガスと水道と電気が使える環境というのは人間による整備が行き届いた環境だ。水道が引いてあって電気が引いてあってガスが引いてあって雨風がしのげる建物があって、というのは人間による文明的な準備がものすごく進んでいるということだ。

文明のインフラに頼った生活の一部をキャンプ用品によるアウトドア活動に置き換えることの意味。普段の普通の生活を相対化することができる。

うーん。
単純にテント使ったりや焚き火を起こしたりするのは楽しい。ただその楽しさを目当てにすればいいのかもしれない。

観光に行くと基本は「見に行く」ことがメインになるので、見終わったら次々に移動しなくてはならないと急き立てられるのを感じる。
キャンプは「とどまる」活動だ。テントを張ったら一晩過ごす。焚き火を起こしたら燃え尽きるまで焚き火に当たる。屋外にとどまるための口実としてそれらの活動があるのかも知れない。

あー

信仰の話に戻す。
信仰を満足させたいという動機なら、神社をめぐるのがいいのかも知れない。登山やキャンプに注目するのではなく神社に注目する。うーん。


まあいいや。少しずつやってみて感触を掴むことだ。小学生の時少しだけカブスカウトをやっていたのでキャンプの経験自体はなくもない。テントや焚き火への憧れもある。しかし持ち運び大変そうだ。しかし持ち運びが大変ならカートを買うとかの運搬というテーマの道具を使えばいいだけの気もする。うーん。
| 雑記 | 23:51 | - | - | permalink |
2020092701
考え事ふたつ。

1。BLMをネタにしたマンガのアイデアを練っている。
GitHubを使ってアイデアを練っているところ。
まだまとまってはいない。パズルの大枠はできたけどパズル自体が難しくて解けるまでの道のりがまだまだ遠い感じ。

2。アウトドア活動にコンプレックスがある。
ツイッターでフォロイーさんが登山の写真などをアップしていると、焦りを感じる。この感情を分析する。
* 私は自然が好きとか自然崇拝だとかを自認している
* しかし、それは自称であるだけで行動として表現されていない
* 自認と行動とを一致させるならアウトドア活動をすべきだがやっていない

で、ほんのわずかずつ取り組んでいこうと思う。
まず第一にマンガ『ゆるキャン』第一巻目を読んだ。
この作品からはキャンプのハードルを下げるという姿勢を学ぶことができると思う。主人公の通っている学校…高校? にも登山部と野外活動サークルとがあってわざわざ棲み分けされている。

フォロイーさんにアウトドア活動が得意分野のひとがいて、アドヴァイスをくれた。


初めてアウトドアでオススメなのは一人ピクニック!
紅葉写真を撮るとか川を観に行くとか目的と目的地を決めて、コンビニでお茶とおにぎりセット買って、電車で目的を達成しに行く。
例えばそこから、秘境にとか、海がいいかもとか、お茶を自分で入れるとか派生して自分のスタイルにしていく。


おそらく、「自分が求めているもの」を正しく把握することが重要だ。
アウトドアというと例えば以下のことを全部やらないといけないような気がする。
* 山に登る
* テントを張る
* 焚き火をする
* 自炊する

しかし、そうではない。ゆるキャンが教えているのは、ハードルを下げろということだ。
私だって苦行したいわけではない。

一旦、現状で自問自答して判る範囲で自分がアウトドア活動への憧れで求めているものを分析しよう。

自然に接する、自然に触れるということ。
自分の信仰を分析するなら自然崇拝になるよねという自覚がある。ならばその崇高な存在たる自然と触れ合う機会を持つべきだ。

きついことはしたくない。
日常的に体を鍛えてないと対応できないようなハードルの高いことをしたくない。つまり、登山だ。山に登るというほどのハードルは課さなくていい。

理想で言えば映画に見に行く程度の時間しか食わないと助かる。
休日の自分の行動リズムを分析すると、正午から14時位にかけて外出欲が高まる。それ以前は身体にエンジンが掛かってない感じ。だから理想で言えば午前中にでかけて夕方に帰ってくる程度の時間くらいしか掛からないのがいい。

現地で何をするのか。
例えば釣りとかみたいに、家でできない活動に目的があるなら屋外活動へのモチベーションも出やすいだろう。
しかし、現状で私にはアウトドアでやりたいアクティビティが特にない。これが問題かもしれない。コーヒー沸かして飲むのなら家でやればいいという気もする。焚き火… 焚き火なんかは面白いかも知れないが、焚き火をするために出かけるという意識でモチベーションにできるだろうか。

私が休日に家から出たがらないのは、自覚としては「マンガのアイデアが浮かんだらすぐに描ける」ためだ。しかし、実際にはアイデアが浮かばないで、それどころかマンガにろくに頭を集中させられないで空費してしまう休日も多い。だったら外にでかけたほうが有意義だという気もする。

とりあえずは、本とかマンガとか雑誌とかでアウトドアに触れる機会を増やそう。そのうち自分なりのアウトドア活動のイメージが湧くかも知れない。マンガのアイデアを外で練るとか、いや、だったら家でPC使って効率的に考えたほうがいいよね。もっとこう信仰寄りのモチベーションを… うーん

やってみないとわからない。

最初に出かけるとしたら最寄りのキャンプ場かな。原付きか電車で行く。特にアクティビティの予定は立てず、だから事前に用品を買い込んだりはしない。キャンプ場とは何があってどういうところで何ができるのかとかそういうのを確認しに行けると良さそう。しかししばらく土日以外の休日がない。連休中にモチベーションを抱いておくべきだった。
| 雑記 | 22:23 | - | - | permalink |
20040601
もっと近い職場に転職したいがいつ転職活動するか問題。
指針の候補。
社会情勢が変化してこようが良くなったら。転職難易度が下がったら。

つまり、今は消費税増税やCOVID-19の影響で経済の先行きが暗く、雇用も厳しくなってる。転職に不利な情勢だと考えることができるだろう。
だったら社会の環境が上向きになったタイミングを待てばいというのが一つの目安になるか。生きてるうちにそんな環境が来るかは怪しいけどね。

---

この消費税と伝染病がもたらす不況はかなり巨大なものになりそう。今の雇用(自分の職業)を失わないことこそしばらくは最重要かもしれない。
| 雑記 | 07:10 | - | - | permalink |
1/62PAGES | >> |
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES