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19120501
社内SEに可能性を感じる。
IT以外の本業がある会社で、本業をITの技術で支えると。
ITの会社は基本的に職場が都心なるが、社内SEの募集をする会社はいろんな業界にあるので勤務地の選択の幅が広い。
製造業でも介護業でも運送業でも、どんな業界の会社でも社内SEの募集はある。
ただし社内SEの求人そのものは多いわけではないのでたまにあるいい感じの求人をいかにうまく見つけるのかが問題になるけど。
そういえば以前いた小さな商社でやっていたデジタル雑用みたいな仕事はいわば社内SEだ。なんだかんだで5年位続いた職場だったので受託開発の会社よりは性に合っているのだと思う。
| 雑記 | 07:04 | - | - | permalink |
19120101
最近は仕事を我慢してこなしつつ家では相変わらずデスストランディングをやっている。

いくつか考え事。

転職、自分の感情からのゴーサインは出てないけど職種候補に社内SEを入れておこう。職種を完全に変えるのではなく少しずらすという選択肢。
私のプログラマ経験では受託開発がメインになってきた。納期があるので納期近くはしんどい。
プログラマであり、且つ、繁忙期のきつさが緩やかになる職種として社内SE。社内SEのイメージはだいたいそんな感じ。
過去に求人を検索した感じでは、私が主にやってるPHPやJAVAといったWeb系の言語は社内SE向けではない。社内SEは社内ツールを作ることが多いらしく、ウィンドウズで直接動くアプリを作れるC系の言語が基本的には使われているらしい。そこは不利な点。
なんだけど、必須経験がJAVAというところもあるし、ぶっちゃけ言語が変わろうが大した違いはない。PHPとRailsとJAVAとJavaScriptの業務経験があり、だいたい新しい言語に入ってもちょっと書式のルールが違うだけで本質的に異なるものということではない。

なのでそうか、プログラマという職種についての態度を以下のように固めておけばいいんじゃないか。
* 通いやすい場所で私でも応募可能な社内SEの求人があれば候補になる
* 受託開発はNG
* 勤務先はプロジェクトにより異なります系の派遣のやつならもっとNG

例えば過去の経験からの学びとして私の中では「プログラマやるにしてもゲーム業界は嫌だ」というのがすでにある。
そういうふうに、プログラマという領域内での「これはいいかも」「これはもうゴメンだな」マッピングの情報量が増えていくというイメージ。

別にどうしてもプログラマじゃなきゃ嫌だということもないし、どうしてもプログラマは嫌だということでもない。有利な条件(今回念頭に置いているのが社内SE)で働けそうなら構わないという感じ。


それとは別に、デスストランディングの影響もあって、人や物を運ぶ仕事っていいなあと感じてもいる。
今年(2019)の10月後半に家族3人でスペイン旅行に行ったんだけど、最初に空港に行くまでの道のりで、自宅から最寄り駅までの移動が最も大変だった。深夜でバスも動いてなく、タクシーの事前予約も電話がつながらず、運転免許持ってるメンツはこの旅行に行くメンバー以外いないので家族にも車を出してもらえず、徒歩で移動するしかなかったんだけど雨風が強くてきつかった。
人や物を運ぶのって現実世界で現実のものが動くのですごいことだよなあと感じた。私は長いことパソコンに向かってプログラムやWebサイトや画像や資料なんかを作る仕事をしてきているのでいまいち現実世界と歯車が噛んでいない感じがする。


また、祖母が入院しているので最近お見舞いに行き、久しぶりに介護的なものをやった。タオルを絞って足を拭いたりなど。認知症ケアがキツイということはあるけど介護自体には自分はそれなりに向いてるなというのを久しぶりに感じた。なので今後の転職の際、介護関係で、且つ、自分でも続けられそうな条件のものがあれば検討してもいいかもしれない。ただし今のところ理論上はそういうのはなさそう。介護=認知症ケアというのが現状だろうので。医学が発達して認知症がない世界になったら普通に介護職も検討に値すると感じるんだけどね。


---

サラッと検索したら通いやすい場所の社内SE一件見つかった。タイミングによってはあったりなかったりする頻度の領域かなこれは。以前の転職活動の際にもやっぱりだいたいそんな感じの、無いこともないけどいつもあるわけではない「ちょっとレア」くらいの求人だった。

と、いうかこの求人かなりいいな。残り掲載日5日… いや、ものによってはズルズル募集が続くものもあるから「今求人があるから転職しよう」という順序での発想はやめよう。自分の感情がゴーサインを出すときがスタートラインだ。だからこの求人が念頭にあるから明日からの一週間は転職ゴーサイン判定が手前に来るかもしれないね。感情と思考とは相互に連携する。

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気になる求人もうちょっと調べたらうちから原付きで通える距離だ… 奇跡的に良条件なんじゃないか…
応募するつもりで該当求人サイトの登録情報の更新などしてみよう。で、今の会社に行って今の仕事してるとき感情がどういう影響を受けるのかを観察しよう。「もっと近くで似たような仕事できるならここにいる意味ないのでは?」と感じるか、「なんだかんだでここの待遇に満足してるしめんどくさい転職活動しなくていいか」になるか。
| 雑記 | 20:41 | - | - | permalink |
19112701
転職を考えてた時期からここしばらくは一日一時間三十分のペースで残業している。
社内でそんなに衝突しないでいられているが残業が続くとやはり衝突がなくても精神が暗くなっていく。この「早く一区切り付いてくれ」の暗い気持ちはこの仕事には必ずついてまわると覚えておこう。
考えてみれば開発の仕事には炎上案件もザラにあり、プログラマが逃亡というケースもよくある。そもそもそんなに恵まれた世界ではないということを思い出した。
| 雑記 | 07:16 | - | - | permalink |
19112201
昨日感じた安らぎというのは考えてみると「考えなくていいという安らぎ」「自分を超越したものに従う安らぎ」なので近代的自我を持つ個人としてはやばいのではとも感じた。
自分で考えるのがめんどくさいから人に決めてもらおうと。奴隷の安寧。
今回の私のケースでは従う対象は「自分の感情」だけどこれが「日本」「安倍政権」「世間」みたいになってくると危険になってくる。
ま、自分の感情を観察しつつそのへんも認識していこう。
| 雑記 | 07:06 | - | - | permalink |
19112102
いくつか。

ストレスがあったり悩んだりした時私はブログに考え事を書く。もちろんこのブログの主要な用途はマンガのアイデアを出したり練ったりすることなんだけど自己セラピーのような用途でも使う。
最近感じたのはブログに悩みを書いてるととても癒やされるということだ。
こんな個人ブログでもアクセス解析を見ると毎日数十のアクセスがあり、その何割かは自動巡回ロボットだとしても数人は読んでくれている人がいるらしい。でも自分の実感としてはブログに書く作業は人に聞いてもらうというよりは自分との対話という印象だ。なにかあったらまず自分と対話する。

今朝の気づき。
自分の内部にはいわば二人の自分がいて役割と発言力の強度とが違う。
1. 感情:ディレクター。どう動くか予測も制御もできないが意思決定権を持つ。
2. 思考:アシスタントディレクター。このブログを書いてる時の脳。制御できるが意思決定権がなく感情の決定・命令に対応して働く。

つまり考え事をしたところで結論が決断にはならない。
物事を決めるのは感情で、思考はそれを手伝うのに過ぎない。

例えば最近だと、感情が下した命令は「転職するかもしれないから下調べしておいて」だ。だから思考担当は現状分析をしたり、転職方針を考えてこのブログに書いたりする。
しかし思考には意思決定権はない。これを理解するとかなり気が楽になった気がする。つまり、頭で考えて「転職すべきかどうか」を結論し、決断し、その決定に従って行動しなくてはならないと思いこんでいた。
続けるなら続けるという結論を出してそれに決意する。
転職するなら転職するという結論を出してそれに決意する。
仮に転職すると結論して行動を開始したとして、その時点からの仕事が意外と順調で転職意欲が落ちたとして、じゃあ前に下した転職するという結論はどこに行ったのかという話になる。

「引くにしても押すにしても考えて結論を出して決断して行動に移さねばならない」というプレッシャーがあり、これが気を重くさせていたように感じる。これが悩みの構成要素のひとつだったと。

しかし、ディレクターは感情で、思考はアシスタントディレクターに過ぎない、思考ADに決定権はないんだから結論→決断→行動に責任を負わなくて良い、と解釈することで、このプレッシャーからの解放を感じる。

転職なりその他の重要な行動なりを起こす際、ゴーサインを出すのは感情である。
思考の役割は、そのゴーサインを受けて行動を具体化する際の舵取りだ。感情が「職種を変えて転職せよ」と命じるのなら求人サイトをあさって最も自分に向きそうな求人を見つけて応募するのが思考の役目。
思考は感情の後を追いかけるのに過ぎない。

なので自分の感情の状態を観察する精度を高められるといいね。
| 雑記 | 23:43 | - | - | permalink |
19112101
昨日の所感。
職種を変えるべき:0pt
職種を維持して職場だけ変えるべき:0pt
今の仕事でもやってけそう:+1pt

行動の意思決定をするのは私の場合思考ではなく感情なので、ここで理屈で考えて結論を出して決断し行動しなければならないわけではなく感情がしきい値を超えたら自然に行動するだろう、という着想を得てなんだか少し気が楽になった。
それともここ二日間は仕事が比較的穏やかだったから多少気持ちに余裕が生まれただけかもしれない。
| 雑記 | 07:18 | - | - | permalink |
19111902
心が寂しいのでテレビでも見るか!と思ってニチアサと金ロー以外でめったに見ないテレビをつけたらNHKのクローズアップ現代で車上生活者の取材をやっていたので見ていた。
今の日本は些細なきっかけで誰でも貧困に転落すると思っている。他人事ではない。
で、27歳で元製造工だった人が取材されていて、彼は今の生活から抜け出すためにプログラミングを勉強していた。そう、プログラミングってそういう位置づけだよなあ。
手に職!と考えた時の有力選択肢になる。

自分は一応プログラミングという領域では「手に職がついている」と言えるんだな。だから今は比較的生活が安定している。しかしうーん。職業上の不安が消えるわけではない。でもスペイン人だったら不安を感じないかもしれない。なんか私の中で脳内スペイン人が育ってきた。スペインのどこ在住っていう設定にしようかな。聖地モンセラットか、オレンジジュースの美味しかったバレンシアか、バルセロナからちょっと離れた労働者のための村か… スペイン行っといてよかったな。

高齢者で貧困に陥っている人は「ドライバーだったけど職を失って」というパターンが多い気がする。さっきクローズアップ現代で取材を受けていた60代後半の男性もそうだった。
しかし、だからドライバーが仕事として不安定ということでもないか。20年後には「プログラマ/システムエンジニア/Webデザイナだったが仕事を失って」というケースがバンバンでてくるかもしれない。そういう仕事は三十年前にはほぼなかったんだから、我々世代が高齢者になってみないとどういう位置づけになるかはわからない。

あー

せっかく考え事がノッているのでもうちょっとなんか書くか。
職業観を更新しなくてはというテーマ。
私は独身でこどももいないので精神がおとなになりきれていないと思う。だから若い頃の延長線上で特にモードが切り替わらずに精神が継続している。
で、子供の頃の職業についての考えというのは上昇志向だ。
* これこれになりたい
* これこれがしたい
* これこれができるようになりたい
* こういう仕事がしたい
* 仕事を通してこういうことを達成したい
みたいな。
「将来マンガ家になる!」「いつか名作ゲームを作る!」「映画作りに関わる!」みたいな。

しかし、十何年も労働してきて、職業にそういう上昇を求めなくなった。仕事にポジティブな期待を抱く余地がなくなったと。
なんだけど、転職時に求められる志望動機って基本的に上昇系じゃないだろうか。
今後は上昇を念頭に置いた転職はありえないと思う。「成功したい」「いつか成功したい」「いつかの成功のためにこれを身に着けたい」「いつかの成功のための第一段階としてここから入りたい」というのがもう転職で獲得したい価値の中に含まれない。「いつかのゴール」がないからだ。私にとってのかつての「いつかのゴール」は「仕事としてマンガを描きたい」「仕事としてゲームを作りたい」「仕事として映画を作りたい」とかの創作系だったんだけど、私にとっては創作は趣味でやるからこと価値があるという結論を得たのでそれらは職業文脈から消滅した。

40歳も過ぎて、職業人生の中盤に適応した横方向の転職パターンを構想し、身につけるべきだと感じる。
生きるために仕方なく働いてやる、という方針の時、職業になにを求める?
* 場所。住まいからの近さ。これはスペイン人も重視している要素らしい。来世はスペイン人に生まれたい。
* 残業が少ないこと。スペイン人は残業しない。来世はスペイン人に生まれたい。
* 作業そのものがそれなりに楽しいこと
* ひとを使わないで済むこと

ストレスなく気楽に働いてプライベートに余力を残し、余力を趣味のマンガにつぎ込む、マンガの到達点が人生の到達点、というのが理想。
なんだけど、上記の動機を述べても職は得られないだろうな。その都度応募する職種について自分の適性をアピールしなくてはならない。うーん。

しかしスペイン人は仕事も進学先も実家から近いところを最優先で選ぶらしい。素晴らしい生き方だ。来世はスペイン人に生まれたい。スペインに旅行に行って、正直景色にはドイツやベルギーのほうが感動の度合いが強かったんだけど、ひとびとの気質についてはスペイン人に惹かれているようだ。
| 雑記 | 23:29 | - | - | permalink |
19111901
本日の所感。
職種を変えるべき:0pt
職種を維持して職場だけ変えるべき:0pt
今の仕事でもやってけそう:+1pt

今日は比較的穏やかだった。

自分が些細なことで悩んでいてうっとおしいのでスペイン人の職業観など検索していた。若者の失業率60%! なのにみんな楽観的! 生きるために働いているのであって働くために生きてるのではないという哲学! 残業絶対しない! 素晴らしい国だ。スペイン人になりたい。アイカツでも紅林珠璃ちゃん推しだったし。
でも大空あかりちゃんの話を思い出すと涙腺が緩む。彼女はスターライト学園の入試に一度落ちてるんだぞ! アイカツブートキャンプ!

そういえばスペインでは飲食店の店員さんがよく舌打ちしているのを目にした。それでいい。

ジメジメ悩むこの傾向は我ながらイヤだな。スペイン人のようにカラッと明るくいたい。だがスペイン人が全員そんなふうに明るいだろうか。暗いスペイン人もいるはずだ。ステレオタイプに判断してはならない。

だが、感情の動きというものは制御できない。好むと好まざるとに関わらず心は動くのであり、我々ができるのはせいぜい理屈で追いかけて解釈することだけだ。我々は感情の奴隷なのだ。


性格診断やると意思決定を思考で行うか情緒(感情)で行うかという項目があり、ブログにいつも理屈を書き付けている私は自分は思考タイプだと疑っていなかったんだけどその後の実感では物事の決断はいつも情緒が決め手になっている。「理屈で考えるとこれこれこうするほうが正解なんだけどなんか心がついていかず、心の向く方に行く」というのが原則になってる。以前一度フリーランスで絵で食えないかと試してみるために会社をやめたことがあるけどそれが典型的な行動。

なので自分の性向を把握した上で予測するなら、今回の繁忙期を経て今検討中の転職を実行に移すかどうかは今後の感情の動きに決定権があると思う。
繁忙期が終わるまでの間にストレスたまることが続いて「これはもうここでは長く続けてらんねえな」という感情の高まりがしきい値を超えたらGOの方向で行動を開始するだろう。
残業こそあれ、あまり社内で衝突せずに開発を区切りのいいところまでやりきれてまた穏やかな期間に入るのなら、喉元過ぎれば熱さ忘れるで私の感情暴君もしばらく引っ込むだろう。
感情任せなので、やってみないとわからない。仮にいま理屈で考えて「よしじゃあ年始から転職活動始めよう!」と決断したとしても、意外とそれまでに仕事が穏やかに進むのであれば転職に必要なモチベーションやエネルギーは萎えていくだろう。

生きるために働く! 可能であれば労働なんて存在しないほうがいい! 仕方ないから働いてやっている。そうだよ「仕方ないから働いてやっている」というつもりなら、応募可能でちょっとやってみたい仕事があるならそれだけでアドである。運転を仕事にしてみたいというのはちょっとある。

仕方ないから働いてやっている。
| 雑記 | 21:58 | - | - | permalink |
19111802
本日の所感。
職種を変えるべき:+1pt
職種を維持して職場だけ変えるべき:+0pt
今の仕事でもやってけそう:-1pt

プログラマというのは繁忙期とそうでない時の落差が激しい。
通常時の平穏さは繁忙期にツケを回すことで成立している。だから「通常期には平穏なんだからそれを享受するために繁忙期ちょっと我慢すればええやろ」と考えて適応することができれば望ましい。
なんだけど、繁忙期はみんな余裕ないから職場の雰囲気が最悪になる。
平穏期に楽して繁忙期にツケを濃縮して積み立てるような職種より、一年を通して平板にしんどさが割り振られるような職種の方がいい。もちろんそんなものはないのだろう。客商売なら年末年始や連休が繁忙期になる。飲食店なら一日の間でもランチタイムの殺人的忙しさとアイドルタイムの暇さという落差がある。
でも落差の大きさの大小というのはあるんじゃないか。
要点を言うと私はいつもこの、システム開発の繁忙期という存在に恐怖している。今後この世界に耐えていけるのかという問いに悲観的な見通しを持っているということだ。


コードを書くのが楽しいという資質への評価を過大にしすぎているんじゃないかと考え始めている。
「○○するのは楽しい」というのはもっとありふれた現象であってコードを書くことだけを特別に貴重なものと考えるとバランスが悪いのではないか。
コンビニで言えばおでん作るのは楽しかった。デジタル雑用で言えば画像をパスで切り抜くのは結構好きだった。
日常の家事でも、包丁で野菜を切るのは結構好きだ。
あー

悲観的になってきたな。私は末端労働者志向がある。管理職になって作業させる側よりも作業者になって末端の作業をするほうがいい。しかし世間的には年齢が上に行くに従って本来は管理側の役割が求められるし、末端の作業者はみんなやりたがるので競争率が激しい。すると、若い人間のほうが有利だ。
うーん。

いや、スペイン旅行に行った時添乗員さんが言っていた。スペイン人はたとえ仕事がなくても借金してとりあえずバカンスに行ってしまうと。それだけ未来に楽観的なのだ。自分のこの暗くて悲観的な気質は情けない。じめじめしている。からっとあっけらかんとしていたいんだけど。

箒で掃いたり包丁で切ったり車を運転したりという「作業」は基本的に好きなはずだ。なんか末端アルバイト志向だよなあ…


逆に仕事でやったことがあって嫌いな事業は何だったかを考えてみたらどうか。
商社の仕事。ダイエット食品なんかのビフォーアフターでモニターの人をカメラで撮影する(静止画)。商品撮影や人物撮影がちょこちょこあったけどこれらはしんどくて嫌いだった。
特に人間を撮影する場合がしんどかった。やはり人間要素はマイナスになっている。
思い出してきた。付け爪とかヘアアクセサリとかの撮影の際はたいてい、社内の女性スタッフに声がけして協力を依頼して撮らせてもらう。これが非常にしんどかった。「人を動かす」ことに大きなストレスを感じるといえる。

そういえば介護職でも基本的に「ひと(ホームの入居者)に動いてもらう」ことが仕事だったな。「薬を飲んでもらう」「水分をとってもらう」「リハビリしてもらう」。それらはやっぱりしんどかった。

プログラマで以前いた会社ではほんの僅かの回数だけど客先に挨拶に行くことがあった。これもきつかった。やはり人要素。
営業系は絶対ムリ。

というか「作業でないもの」がしんどいと言えるんじゃないか。
でも前の会社で新人プログラマにものを教える機会があった際はかなりやる気が出た。ものを教える。人相手だし作業というわけでもないのに楽しさを感じた。法則がよくわからないな。

この歳になってもまだ適職診断みたいなものをやろうとしている。自分の職業については一生フラフラと悩みそうだ。ここしばらくは安定感があったんだけど崩れてきた。転職の予感を抱いて覚悟しておいたほうがいいだろう。
| 雑記 | 23:41 | - | - | permalink |
19111703
職業について考えるのはかなりしんどい。精神が消耗する。しかし自然と考えてしまうのでやっぱり書きつけて整理する。

自分とプログラマという職種との相性について。
ここのところの考え事では「自分はプログラマに向いている」というのを疑いようのない前提としてみなしている。これを疑う。

確かに向いている面はある。
* コードを描くこと自体は楽しい
* 自分なりに工夫できるとそれが一種の自己表現になるのでそこに面白みを感じる。自分なりの工夫の余地がある
* ひとりで黙々と作業できる
* 高度なことをやっているという感じがし(コードだけに)、自尊心が満たされる

ひとりで黙々と作業できるけど開発自体は本質的にはチームワークだな。だから「ひとりで」要素はプラマイゼロかもしれない。

一方で、自分はプログラマに向いてないんじゃないかという観点で考えてみる。
第一に向上心がない。これ以上勉強したりしてまで最新の技術についていくためのコストを払いたくない。これはプログラマとしては「悪い」傾向である。
厳密性がない。いつも詰めが甘い。コードをレビュー(上司や同僚に自分の書いたコードをチェックしてもらうこと)に出しても、つねに「細かいところまで目が届いてない」。
システム作りのプロセスが長くて複雑なのがきつい。案件受注から案件定義、設計、実装、テスト…というふうに、何ヶ月もかかって複雑なことをする。そのしんどさにいつも怯んでいる。ゲーム会社にいた時、ひとつの案件が終わってそろそろ次の、というタイミングで、「ちょっと自分のスキルじゃついていけないな」と感じたのは事実。だからしんどさに直面する前に逃げるように転職したという面がある。
繁忙期がしんどい。納期間際や納品直後は開発のリソースが足りなくなったりバグ対応が多くなって残業が増える。単純にしんどい。これをいつも恐怖している。

つまり「コードを書くのが楽しい」という仕事の末端のところにポジティブさがあるだけで、総合的に判断すると決して「良いプログラマ」ではない。
「草野球するのはは好きだけどプロとしてはやっていけない」「絵を描くのは好きだけど仕事としてやるにはしんどい」とかそういうものの類だとみなせるんじゃないか。

「向いている」という言葉を「少ない労力で大きな成果を出せる」と解釈するとして、私の場合「(残業がない限り)作業は苦じゃない」けど「大きな成果が出せているわけではない」。下手の横好き。言うほど向いてないのでは?

あ〜こう表現したらどうか。
コード書くのには向いている。楽しめるので。
仕事としてプログラマするのに向いているわけではない。能力的に高いパフォーマンスを出せるというわけではない。


と、このように自分のプログラマ適性にケチをつける哲学を構築していくと、職種の幅を広げた転職には有利かもしれないけど現在の仕事を続けるのにマイナスに働くのが大きな問題だ。私は明日も普通に会社に行ってプログラマの仕事をしないといけないのだから。自らを苦しめている。

「末端の作業が楽しい」ということをもって「向いている」と判定するのであれば、「コードを書く」というアクションは交換可能なはず。例えば私は刃物を研ぐのが好きなので仮に刃物を研ぐだけで仕事になるならその仕事は「向いている」。ただし優れた研師になれるかどうかは別問題。うーん。

コンビニはなぜ5年も続いたんだ?いや何年やったんだっけ。まあいいや5年で。
向いていたと言うほど向いていたわけではない。好きな業務塗装でもない業務があった… というか「能力的にできたから続いた」だけだな。おでん作るのはかなり好きだった。レジ打ちや接客は好きでも嫌いでもなかった。

ああそうだ。「将来性」をキーワードに考え事をしようというのもあったんだ。
プログラマ(エンジニア)としての向上心がない。テクノロジは進化していくのだから今後プログラマをやればやるほどジリ貧である。プログラマを続けるには技術についていく努力が必要。その労力を払ってまでプログラマという職種に執着しているか? してない気がする。
一方で、社会は進化していくんだからプログラマに限らずどんな職業だって変化についていく努力は必要である。
プログラマだったら具体的には新しいライブラリを使うとかJavaScriptを新しい中間言語で書くとかになる。これは仕事上では日常的にやっていて、じつはそこまで苦にしてはいない。新しい知識がはいることで「自分は高度なことやってる」感を感じて自尊心が満たされている、というのはあると思う。

自分はプログラマとしては三流である。三流でも仕事にしていくためには「才能ある人より人一倍努力しないといけない」といえる。じゃあそのコストを払ってまでプログラマを続けたいか。ノー。結局向いているか向いてないか問題は自分が望むか望まないかという意志に依存してくるのではないか。志望する動機が薄れたのならその時点では「向いていない」と解釈すべき?

うーん。胃が痛くなってきた。これから年末年始にかけて繁忙期なのにこんなので耐えきれるだろうか。
もっと自分はプログラマ職でHAPPY!ということを考えてバランス取らねばならない。
クラスをやメソッドやインターフェイスを具体的に考えるのは楽しい。
自分が書いたコードが動くのが楽しい。
あれ、なんか自分で書いてて白々しく感じているな。自分の今後の人生において別になくても構わない程度の面白さでしかない?

マンガを描いて得られる楽しさや達成感は換えがたい。これは一生モノの価値だし交換不可能な重要事項だ。

仮に「コードを書く」のと同程度に価値を感じることのできるアクションが見つかるならリプレイスしてしまって良い。
いや、そもそも「それをするという末端のアクション」に価値の基本を置こうとしている事自体が視野が狭いかもしれない。学術論文を書くのもインチキ宣伝メルマガを書くのも「書く」という切り取り方をすれば「書くこと」で同一にみなすことができる。しかし両者は本質的に異なる。

「コードを書く」を別の切り取り方で解釈してみる。
* ものを作る
* ロジックを組む
* 自分の工夫を入れる

「自分の工夫を入れる」というのは私には重要な要素であるように感じる。ということはマニュアル通りにやってそれから逸脱しないことが求められるような仕事ではキツイだろうと予測される。今私は(自分でも謎だが)タクシー運転手の職を念頭に置いていて、その仕事はこの観点でいうと向いているだろうか?
近所のタクシー会社は結構古い会社なのですでに決まったやり方を守らねばならない保守的なところである可能性はある。一方でタクシーは多くの時間をひとりで働くので自分の工夫がしやすいのではないかとも感じる。さらにその反面、業務に工夫の余地があるだろうかとも感じる。いや、どんな仕事であれ工夫の余地はあるか。うーん。

そろそろ打ち切っておくか。しんどい。
軽く結論を出しておこう。私の言う「自分はプログラマに向いている」の正体は「コードを書くのが楽しい」程度のことでしかない。別の職種の別の職能においてそれにリプレイスできるものはそんなにハードルが高くないのではないかと考えられると。「お湯で皿を洗うのが楽しい」程度のもので交換できるのではないかとね。だからそこまで執着するほどの重要事項ではない。

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追記1。
これから年末年始にかけて繁忙期だし、現在の仕事だろう。ここは生存だけを目標にしよう。マンガを描くなどの高度な目標は立てなくてよい。日常的な残業を飲んでとにかく凌ぐことだけ考えよう。

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追記2。
自分はエンジニア(システムエンジニア)タイプではない。
ツイッターの相互フォロワーさんにエンジニアタイプの人がいて、そういうひとはツイッターでRTする記事がテクノロジの話題に寄っている。
* VRチャット
* Unity
* ロボットテクノロジ
* 3DCG など
そういうふうに興味関心の方向性自体にまずエンジニア向けかどうかというのがあると感じる。デジタルの新しもの好き。自分はそのタイプではない。その意味でもプログラマ適性に疑いを感じる。

「この先もプログラマで続けていくのにあたって楽観的な予測がしにくい」という指針は得られるんじゃないかな。しんどくなっていくよと。たぶん今のこのしんどみはその第一歩なのだ。じゃあ何に向いてる?

---

もっとあっけらかんと単純に考えればいいんじゃないか。
* 遠くまで通勤するのが嫌だから近所で働きたいよね
* 繁忙期に残業三昧になるのが嫌だから残業のない(少ない)仕事が良いよね
* 別にプログラマじゃなくてもいいんだよね
蓋を開ければこの程度のことなのだ。
| 雑記 | 23:08 | - | - | permalink |
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