Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

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17043001
雑記。

知り合いに誘われて37歳にして人生初釣りに行ってきた。
神奈川県の南東の方、金沢八景のあたり。
ギンポという、テトラポットの海岸でテトラポットの隙間に糸をたれて釣るような感じの魚を釣った。ウミドジョウともいうらしい。

6時間ほど釣って私が取ったのが1匹のみ。



うちのアパートでさばくことになったんだけど、一匹だけさばかせてもらった。非常に難しい。出来はぐちゃぐちゃだった。生きている魚を素手で触ることができるかどうか不明だったのだけど(触ったことないので)、意外と抵抗なくできた。練習すれば魚さばくのもうまくなれそうだけどスーパーでさばかないといけない魚買ってくるのもめんどくさいので練習する機会はなさそう。

中年になると常に人生に行き詰まり感を感じるので、新しい経験をすることはとても大切だ。脳への刺激になる。今日はいい経験を積めた。
| 雑記 | 21:05 | - | - | permalink |
17032601
最近ブログを書いてなかったので考えごとを。

ここしばらくは
■PS4版のサービスが開始されたフィギュアヘッズをプレイし、フィギュアヘッズのマンガを少し描いた。
■日本人に生まれたからには山に登らねばならないという思いがあるんだけど、体力に自信がないので、とりあえずチュートリアルとして高尾山に登ってきた。
■モンスターハンターXXを買い、少しプレイし、少しマンガを描いた。


ヨーロッパ旅行では大聖堂に感動した。
日本における大聖堂に対応するものはなんだろうと考えたところ、それは山であろうと。
山は大きく、動かない。
日本では自然こそが神であり、それは山であり海である。

大聖堂には巨大な内部空間がある。
山には内部空間がないぶん、登ることができる。大聖堂に登ることはできない。
大聖堂の最重要ポイントは祭壇であり、山ではそれは山頂である。大聖堂の内部空間は天と祭壇とを目指すようになっていて、山は山頂を目指すようになっている。

山においては登るほどに神の世界に近づく。また、水平移動=奥に行くに従ってやはりあの世に近づく。山においては水平の距離と垂直の距離との合わせ技で現実世界から遠のいて宗教的世界に近づいていく。

だから登山というのは宗教的な行事であり、あの世に近づくということなのだ。キリスト教においては大聖堂で神と向かい合うのが宗教体験のわかりやすい形なのであり、日本においては山に登って自然に向き合うのが宗教体験なのだ。

山に登った分だけ、外界を見下ろせる。その景観が登山のご褒美と言うか、大聖堂のうつくしい内部景観に対応する、宗教的な美的景観なのだ。





建築についても最近良く考えてた。
やはりヨーロッパ旅行で、美しい街並みに感動した。
中世の町並みが残っている。石やレンガで作られた街並み。
日本では古い建築は木造だから長くは残らず、新しい建築物は鉄筋コンクリートだからうつくしくない。

では日本においてうつくしい建築というのは何なのか。

最近の結論では、木造の新築である。
つまり、日本では建築物はすぐ壊れる事が前提になっている。古くなったら建て替えるという新陳代謝が前提になっている。ヨーロッパのように建物そのものが半永久的に残るという発想は日本的ではない。
しかし、残るものもある。物自体が残るのではなく、様式・設計図・作り方の作法が残る。
プログラミング的に言えば、日本の建築で重要なのはクラスであってインスタンスではない。
ヨーロッパではインスタンス自体が残り、それが重要視される。
伊勢神宮は20年サイクルで建て替えるという。
「伊勢神宮の建物って最長でも20年の歴史しか持たないのか」と考えるのは日本的ではなく、建て替えの前後で連続するもの=設計思想や技術といった抽象的なものこそが建築の本体である。

なので、新しい土地に新しい建物を建てるとする。そのとき、日本の伝統的な材料と技術とをあえて使った建築物とするとする。すると、たとえば奈良時代の設計の建物を新築で出現させることができるかもしれない。それこそが日本的であり、うつくしい。

木造新築の日本家屋がうつくしい。




モンハン。

モンハン熱なんて2(ドス)の頃が最も盛り上がってその後は低空飛行の一方だからそんなに高いモチベーションでやってたわけではないんだけど、やってるとやはり面白い。
どうも、ランスが気に入ってるらしい。一応無印からプレイしてて、でも無印ではライトボウガンをやっていた。私のモンハンのルーツにはライトボウガンがある。
で、どうもライトボウガンじゃディアブロスがソロで倒せねえよ!ということで剣士を始めたとき、しばらく使っていたのはハンマーだったと思う。剣士のルーツはハンマーにある。
なんだけど、どうも結局ランスが性に合ってるらしい。武器選びに一貫性がないけどどうもランスらしい。カウンターづきやガード前進からの盾殴りなど、防御と攻撃が流れるように繋がる操作を使うと攻撃の機会がすごく多い。
ガード性能+2のスキルを付けて戦うのが気に入っているらしい。で、ドスランポスみたいにランスで戦いにくい連中と戦うときはハンマーでやるのがいいみたいですな。

| 雑記 | 23:22 | - | - | permalink |
17030201
新しい会社でのお仕事が始まった。Ruby on Rails での開発。
レイルズ文化ではマッキントッシュ(しかもノートPC)を使うらしく、Windowsのデスクトップ至上主義者の私としてはかなりやりにくさを感じているが、別にプログラミングに人生かけてるわけではないのでできる範囲で適応していこう。

出社時間は柔軟にしてよいということなので9時出社18時上がりのサイクルで行こうと思う。今日早速これを試して定時に上がり、とてもいい感じだった。19時台にはアパートに帰り着ける!

せっかく早く帰ってこられたので1枚さらっと何かマンガを描きたかったけど思いつかなかった。

せめて次のマンガのための考えごとでもしておこう。
しばらくはインプットのターンだと思う。転職の谷間期間にふたつマンガが描けたからそうそう連続してはまとまったのは描けまい。
なので、インプットを強化して、1ページマンガを単発でチョイチョイ描くつもりでいればいいんじゃないか。

ヨーロッパ旅行の印象が色濃く残っていて、明治時代の知識人のように西洋かぶれな感じになっている。
日本の関東平野は都市が終わらない。隅から隅まで建物が建っていてそのエリアがダラダラと続く。
ヨーロッパで私がバスで見た限りだと、土地が広く、広大な牧草地や小麦畑がまず広がり、ところどころ街や都市や森がある。街と街との間には広大なエリア(牧草地や小麦畑や森)がある。

つまり、日本は面積に対して山岳の比率が高い。だから平地が貴重で平地に人が密集する。なので平地を贅沢に使えない。特に関東平野は人口が全国から集まるので隅から隅まで都市化されてしまう。

ヨーロッパはたとえ人口密度が日本と計算上は同じになるような国であっても、国土に対する平地の比率が高い。だから平地を贅沢に使える。日本のように途切れない都市にはならない。
のだと思う。ベルリンには行かなかったのでドイツも首都の方に行けば延々と都会なのかもしれない…いや、グーグルアースで見たところやっぱりそうではないな。

ヨーロッパはうつくしく、日本はそうではないと感じる。うーーん。

そんなのはヨーロッパの街並み写真集を買った大学生の頃から自明のことで、それでもいかに日本に美を見出すかということを意識的にやってきたはずなんだけどなあ。日本の山がうつくしく、アップダウンのある地形がうつくしく、きれいな川がうつくしく…

また海外に行きたいね。
それと、奈良とか京都とか、日本の美しい場所の極めつけ的なものを見て日本への支持率を上昇させないといけないね。北海道の広いところとかね。
| 雑記 | 00:58 | - | - | permalink |
ヨーロッパ旅行中の写真をGoogleフォトにて公開、Twitterのモーメントでまとめ
旅行中の写真を整理してブログにアップしないとなと思っていたら、グーグルフォトが恐るべき性能を発揮して、アンドロイド端末で撮影していたものは自動でクラウドにアップされていました。
Web上で公開操作をするだけで写真が公開できる!ということで、まとめました。


| 雑記 | 11:49 | - | - | permalink |
日本には山がある
考えごと。

現在、アムステルダムの空港近くのホテル。午前3時。

自由時間がベルギーのブルージュとオランダのアムステルダムでそれぞれあったんだけど、ひとりで外国の街をさまようのは結構楽しい。日本にいて海外を空想するだけだった際はこういうシチュエーションだと不安の方を大きく見積もっていたけど実際やってみると楽しさのほうが大きかった。例えば街歩いててトイレに行きたくなる。日本と違ってトイレの借りられるコンビニなんてない。公衆トイレも見つからない。仕方がないのでカフェに入ってコーヒーを頼み、トイレを借りた。日本では入りにくいのでチェーン店くらいにしか飲食店には入らないのにもっとハードルの高い海外では入りにくい店に入れた。

英語というのは偉大で、ネイティブで話す英語ではなく英語を母国語としないと外国人が共通のコミュニケーションプラットホームとして使う英語がうつくしい。今回回ってるのがドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクなんだけど、英語はどこでも通じるし、何より世界中から来ている旅行者間でも通じる。
海外旅行に来て心地よいのは、この「相手がどこの何者だかわからないから最も広く通じる手段で普遍的にフレンドリーな態度で接する」という雰囲気を随所で感じることだ。自分自身もそういう態度になる。

アムステルダムをさまよってたとき、白人の旅行者カップルから道を聞かれた。チューリップ市場はどこですかと。
「I`m a stranger just passing by. (自分も通りすがりなのです、と言っているつもり)」と答えたけど、通じてなさそう。なので「I don`t know.」と続けた。これは通じた。つまり、アイドンノーとか、サンキューとか、ハウマッチとか、判りやすいフレーズなら普遍的に通じる。
ここに寛容の精神を感じた。相手が何者であっても差別せず平等に接するという精神。誰もが自分のものではない、共有するためのツールを使って相手との窓口とする。自分と相手とは全然違うということがそもそもの前提になっている。
ちなみになんでこのアイムアストレンジャーのフレーズがとっさに口から出たのかなと考えたら、これはスヌーピーのマンガで見たことがあったからだと気付いた。学校時代は英語が好きで得意だったけどその片鱗が残ってるのかもね。そういえばプログラミング言語も基本は英語だしね。

地形について。
この一週間近く、ツアーのバスでドイツの西のあたりをずっと走り回ってたわけだけど、「起伏がほとんどなく、だだっ広くて、芝生も樹木も畑も人間が作ったとおりにしか存在しない」という世界がずっと続いた。悪く言えば単調である。
そう、日本に比べると、広大なエリアで地形が共通になる。日本だったらちょっと移動するだけで山にはぶつかる海には出会う、日本海側があり太平洋側があり、北は寒く南は暑い。地形も気候もバラエティ豊かである。
日本には山があり、ヨーロッパにはほとんどない。スイスの方とか行くと違ってくるんだろうけど、おそらく大陸の山はまた広大な地域で「山しかない」ような別の単調さになるんじゃないか。

日本は4つのプレートがぶつかる場所である。だから地形がこれでもかというほど凸凹してる。
日本は温暖多湿で、植物の繁茂力が強大である。
よって、日本では人間より自然のほうが強い。台風も来る。豪雪は降る。地震も来る。人間は自然の中に僅かな平たい土地を見つけては里を作り、周辺の山から資源をもらって生きてきた(多分今はそうではない)。一生懸命ものを建てても地震と台風が壊していく。だから交換しやすいような作り方になる。

一方、ヨーロッパでは自然は強くない。白紙のような土地があり、人間がデザインしたとおりにしかならない。木を植えれば森になるし建物を建てれば街になる。
日本人だったら、自然に飢えたら山に行くだろう。山には自然がある。
例えばオランダには山が無い。多くのヨーロッパ人にとって、例えば登山したいと思っても電車で日帰りできる距離には山は無い。自然に飢えたらどうしてるのだろう? おそらく、そのために公園を作ったり森を作ったりしてるのだろう。森は、はじめからそこにあるのか植えて作ったのかはよくわからなかったけど、少なくとも「山」という明確なユニットがないので、あるエリアが森であってもそれは街との交換可能性が高く感じる。ベースは平たいんだから。

つまり、今回周ったヨーロッパにはなくて日本ある価値といえば、強烈な自然だ。遠景に丹沢山系や富士山が見えるのは、うちのアパートの近所にはあり、ヨーロッパには無い。アパートから実家まで徒歩15分くらいなんだけど、坂を登って、坂を降りる。里山をひとつ超えている。これだけの簡単な凹凸でさえ、今回周ったヨーロッパにはない。日本的だ。
日本ではちょっと盛り上がった土地があると、樹木や竹がびっしりと生えていて、人間が足を踏み入れることすらできない。この自然の力の強さは日本的だ。

ヨーロッパでエレベーターに乗ってて気づいた。日本でエレベーターに乗ると、いま地震が起きたらどうしようという恐怖にとらわれる。ヨーロッパでは地震が無い!もしエレベーターが止まってもそれは故障に過ぎず、周囲のエレベーターが同時多発的に止まってるパニック状態にあるわけではないので係の人に落ち着いて対応してもらえるだろう。
つまり、日本では常にいつ来るかわからない破滅の予感に脅かされている。地震であり、台風であり、津波である。だから日本人は本質的に常に不安だ。だからこそ地震や津波で災害に会ってもパニックにならずにいられるのだろう。慣れているしいつも予感している。

中世から見た目がほとんど変わらない街に住み、地震も台風もなく、魂の不滅を信じているヨーロッパ人って、もしかしたら我々が想像もつかないほど精神が安定してるんじゃないだろうか。不意に破滅に襲われるという予感がないのではないか。

明日、と言うか今日、旅行も最終日。そもそものお目当てだったケルンの大聖堂が見られるはず。天気が良いといいなあ。見学時間は予定通りでも一時間だけだけどね。渋滞とかあったら飛行機の関係もあるし見られないかもね。
| 雑記 | 19:59 | - | - | permalink |
ヨーロッパ旅行 4泊目 ベルギーのブルージュ 旅行的学び
ベルギーのブルージュにいます。
人生初(および、高い確率で人生最後の)海外旅行は順調に推移しています。空港の待ち合わせに遅刻せず、飛行機では通路側に座れ、現地では概ね天気もよく、お腹も壊さず、風邪もひかず、怪我もしておらず、ひったくりにもあってないし、忘れ物もしていない。

いまは4泊目の深夜03:20頃。大体時差があるので変な時間に起きてる。

いくつか学びと考え事を。

ずっと心配していたリムジンバスでの空港行き、特に問題なかった。楽なので次があれば同じ手段を使えば良さそうな感じ。

ヨーロッパでは公衆トイレが基本的に有料なので、それ用に小銭を確保しておくという心掛けを持つようになる。50セントから1ユーロくらいが多い。
水は水道水をそのまま飲むと硬水なので日本人はお腹を壊しやすいという。なのでミネラルウォーターを買っておいて飲むようにするから、お札を崩すのに水を買ってトイレ用に小銭を残しておくというコンボになる。
公衆トイレには入り口に係員がいるタイプさえあり、入場料をそこで払う。つまり雇用がそこにあるのだ! 場所によっては自動販売機になっていたり、箱や皿がおいてあって自主的にお金を入れるというのも多い。

ヨーロッパのホテルでは設備が古いことも多く、シャワーはホテル全体で地下にあるお湯タンクから汲み上げて使っていることが多く、つまり皆が入浴する夜になるとお湯が尽きて水しか出なくなるリスクがあるそうだ。添乗員さんのアドヴァイスで入浴は朝した方がいいというのでそうしている。夜の間に溜まったお湯があるのでまずストック切れにならないのだそう。
バスルームは例の西洋式なのでバスタブ内に入ってシャワーカーテンを閉めてシャワーを浴びるんだけど、シャワーカーテンの下端をバスタブの内側を入れておかないとバスルーム全体が水浸しになる。日本の感覚ではそこは洗い場なので問題少なさそうだが、本来ここは床に水が落ちる想定のない場所らしく、排水口がない。なのでタオルで水を苦労して拭き取ることになるのだ。シャワーカーテンはバスタブの内側に。

自由時間があって自分で飲食店を選んで入って注文するというハードルの高いタスクに出会った。店の外に出てる表示物に英語でメニューが書いてある店は多いので、そうやって店を選べた。メニュー持ってくるのも注文取りに来るのも不安になるくらい遅い。あのペースが標準なのか、自ら積極的に声がけして店員さんを呼ばないといけないのか、まだよくわからない。

チップを渡すという文化があり、勝手がわからないので不安だったんだけど、コツを見つけた。直接渡す必要はないのだ。チップを渡すべきタイミングは限られていて、添乗員さんがアドヴァイスをくれる。
ホテルの部屋を引き払うとき、部屋の掃除をするかかりの人にチップを渡すのが一般的らしい。枕の周辺(枕元の台上とか)に1ユーロ程度置いておくのが習慣なのだそうだ。
レストランで食べ終わって席を立つとき、やはり50セントくらい置くようにしている。
あとは観光馬車や観光ボートに乗ったりしたさい、運転の人に料金とは別に1ユーロくらい渡すらしい。特別なサービスに対して1ユーロ程度払うという法則なんでしょうね。

工夫として、チップを置いておくとき、絵を描いて添えるようにしてる。ホテルだとメモ用紙が部屋にあることがあるのでそれに。レストランなら紙ナプキンに。メモ用紙の無いホテルもあるので白紙でサイズの小さいメモ帳を持ってきてもいいなあと感じた。

ツアーのパックに一人で参加でも特に問題はない感じ。ただ、追加料金は取られる。私以外にも一人で参加してるおじさんが一人いた。

旅行的な話はそんなものかな。一旦区切って考えごとはそっちに書くか。

| 雑記 | 12:00 | - | - | permalink |
17020301
今日は午前中Railsチュートリアルの自習をし、昼には衝動的に小田急線に乗って渋沢駅→新松田駅間を歩いてきた。
正午に最寄り駅に着いて帰ってきたのが17時だから5時間位外出していたんだけど非常に充実した時間だった。運動にもなったしきれいな景色も見られた。でかい富士山が見られた。まさにホーリー・マウンテン。

数年前に知り合いのマジックザギャザリングクラスタでMTG合宿を熱海でやった際、小田急線で南下していた際に山の中にあるような駅があったように記憶していて、その駅で下車して付近を散策したいと思っていた。その記憶を頼りに衝動的に行ってみるべと思って実行した。GoogleMapで確認したところ、どうも記憶にあるような「山の中の駅」などというものは存在しないらしい。それでも一番山山しいエリアが渋沢-新松田間だったのでそこを歩いてきたと。

次の会社からメールがあり、入社準備に必要なものの指示を受けた。
問題はパソコン。次の会社ではRuby on Railsを使う。レイルズというのはただのフレームワークではなくていわば文化である。で、その文化において使われるPCはウィンドウズではなくマッキントッシュである。会社の人はみんなMacを使っている。私はウィンドウズしか使ったことがない。
PCを用意してくれるということなんだけど、マッキントッシュにしてもらうと基本的な使い方で学習コストがかかる。ウィンドウズにしてもらうとレイルズの環境系のトラブルが起きたときに会社内の先人の知恵を得られない。

結局、マッキントッシュでお願いしますと言っておいた。環境構築は苦手なので、社内でサポートを受けられないほうが致命的になり得るだろうと判断した。

他にも給料振込のために銀行口座を新しく作らないといけないとか、去年は転職重ねたせいで健康診断受けてないんだけど健康診断結果を提出しないといけないから自費で受けないといけないとか、色々めんどくさい瑣末事が生じた。まあ時間はあるしひとつずつ潰していこう。

次の仕事が3月からで、2月は無職。
一ヶ月位がちょうどいい気がする。
つまり、収入がない状態はやはりかなり精神にこたえる。不安を煽る。
一方で、ずっと働いているとやっぱり「時間がほしい! 休みがほしい!」という思いが強まる。
一日でも無職期間を作りたくない!となると無収入不安が強すぎるだろうし、2〜3年くらい遊んで過ごすか、となると怠け癖が強すぎる気がする。ライフワークバランス。

プログラマは常に納期を抱えている。常に納期に追われるという状態は相当精神にストレスを与える。だから、今みたいに完全に納期から開放されている期間を持つというのは重要な事だ。ここで精神エネルギーを蓄えておきたい。
仕事が始まってからも、案件の切りの良いタイミングなどで「納期を抱えないちょっとした休み」を確保できるように相談していったほうがいい気がする。おそらくそうすれば精神の消耗を低く抑えることができるんじゃないか。

なんにせよ入社書類とか色々用意せねば。
| 雑記 | 23:44 | - | - | permalink |
17020101
2月は無職。
有意義に過ごしたい。
後半に旅行があるけどそれ以外の時間を漫然と過ごしてはもったいない。
インプットし、消化し、アウトプットし、消化したい。

とりあえず無職初日は役所に行って健康保険と国民年金の手続きを済ませてきた。
旅行準備の買い出しも主要なところは終わったかな。髪を切り、靴と下着と旅行小物を買った。

とりあえずは規則正しく生活してルビーオンレイルズの自習を少しずつ進めて映画を見てマンガのアイデアを探そう。
| 雑記 | 01:34 | - | - | permalink |
17013101
転職前の会社の最終出勤日だった。
特に揉め事もなく無事退職。
前日、私が開発に関わったオンラインゲームのサービスも終了したところで、区切りがちょうどいいタイミングだった。


この会社は自分にとって何だったのだろうか。その位置づけを省みておこう。

ゲーム業界やゲーム作りに対して抱いてた憧れを整理する事ができた。

以前商社でITなんでも担当として働いていたとき、「こういう何をしているのかよく判らない仕事じゃなくて職種のはっきりした仕事がいい」と感じていた。
で、プログラマになったんだけど、プログラムやるなら最終的にはゲームを作りたいという思いがあった。初めてプログラマ職で入った会社はオンラインゲームの開発をするという求人だったんだけど結局ゲームの案件はなかった。今日までいた会社では実際のオンラインゲーム開発に参加できた。

ゲーム作りに向かったモチベーションは整理すると3つあるな。
■マンガを作るときに使う脳を仕事でも使いたい
 →サラリーマンとして参加できるものづくりというとゲームだろう。
■プログラミングを職業にするならなにを開発したいか
 →ゲームだろう。
■集団で一つの作品を作るという事業に参加したい。個人での物作りは趣味でやっているので。
 →ゲームだったらプログラミング技術もあるし最適だろう。

で、それぞれに変化があったと。
マンガで使う脳は仕事とは切り離して考えるべき。「好きなものを」「好きなときに」「好きなように」描きたい。これはお金にするのは無理な方向だ。
マンガなり創作で金銭を稼ごうと思ったら、「注文を受ける(制作技術だけ提供する)」か「人気になる」かしかない。
注文を受けて作るのであれば自分の好き勝手にはできない。それでは意味がない。
人気が出るためには人気が出るように工夫や研究をしなくてはいけない。つまり好き勝手に描けばいいわけではない。
好き勝手に描くことこそを求めているので、これは仕事とは矛盾する方向だ。だから「マンガで使う脳を仕事で使いたい」というのは間違いである。「生ハムを煮たい」というのと同じだ。

プログラミング技術を使うならゲームを作りたい、ということはなくなった。
実際、Webシステム・アンドロイドアプリ・オンラインゲームと作ってきて、仕事的にはゲーム作りはあんまりしっくり来なかった。やりにくい。
ゲームの制作における、ディレクターがいてプランナーがいてエンジニアがいて…という体制がどうもやりにくさを感じた。Webシステムのほうがやりやすい。クライアントには「こういうことをやりたい」という要望があり、画面デザインがあり、必要な機能を満たすように実装する。なんだろ、ゲームのほうが実現しようとするものの幅が広いから「そんなのどうやってやるんだよ」という途方に暮れる感じが強かったのかもしれない。Webシステムだったら「あああのサイトで見るあの仕組みのことね」と大体わかる。作らないといけないものの範囲が限定される。だから結局ゲームプログラミングの難易度の前に挫けたっていうことかもしれない。

まあ何にせよ、やりにくさを我慢してまでゲームを作りたいかというとそうでもない。ゲーム作りで興味があるのはプログラミングの技術的側面じゃなくてキャラクターやストーリーと言ったコンテンツ的側面(マンガ的側面)なんだけど、プログラマとして参加する場合はそこにタッチできない。だいたいその分野は趣味で好き勝手にやりたいだけなので仕事にしたいわけではない。すると結局「やりにくいプログラムの案件」にしか過ぎなくなる。だったらこだわる必要はない。

すると、「開発を職業にするのにあたってどうしても気になってしまうゲーム開発というものを実地で体験して別にそれにこだわる必要はないということを確認した」ということが今回の会社の総括かな。

すると、今後、職業で「成し遂げたいこと」が存在しない人生になるな。ゲームだったら一応数ミクロンながら、「いつかこういうゲームを作りたい」という幻想を抱く余地がなくもなかった。ただ実際にはゲーム会社にいて転職活動もしていない時期、「いつかこういうゲームを作ってやるぜ」という意欲に燃えていたかというとまっっったくそんなことはなかったが。「仕事におけるいつかの目標」なんて意識はゼロになっていた。

で、今後の人生。力いっぱい取り組んで何かを成し遂げたい!というのをぶつけるような職業観ではないが。
それで正解だと思う。
つまり、人生をトータルで捉える。力いっぱい取り組んで何かをなしたい、という意欲は、趣味のマンガにぶつけたい。趣味のマンガに力いっぱい取り組むためには安定した職業が必要だ。安定しており、「辞めたい辞めたい」と悩まなくて済む職業。趣味と仕事とは両輪で、人生で成し遂げたい力いっぱい分野は趣味だけど、それを回転させるためには対になる職業車輪が必要。その意味で最良の車輪になって欲しい。そういう職業を目指そう。

で、力いっぱい取り組めるようなマンガを考えるのだ。ブレイクスルーがほしい。まあでも、マイペースにやっていくしかないか。
| 雑記 | 00:03 | - | - | permalink |
17012501
曲がりなりにもマンガが描けたので反省会。

描いてみたら12ページしか無い。量が少ない。
一方で、なるべく早く作業が終わるようにセリフをごっそり削ったというのもある。
自分の根気の無さを知っているからそれを計算に入れてなるべくコンパクトに終わるようにしているんだけど、それによって創作の可能性も大きく減らしている。うーん。

しかし、凝縮されている(結晶化されている)と考えれば気休めにはなるか。何よりも途中で挫折せずに描ききれたのだから。

画力が低すぎる。
というかやはり作画に時間を掛けなさすぎだと言うべきか。作画資料をきちんと集めるとかロケハンするとか全くしてない。
たとえば今回のマンガ、1ページめの待ち合わせ場所は川崎駅、コーヒーショップ外観はネットで検索した画像、コーヒーショップ店内はネットで検索した画像(外観と無関係)、クレープショップは新百合ヶ丘にあるクレープのチェーン店のネットで見つけた画像、クレープを食べるベンチは適当なでっちあげと、場所がばらばらになっている。これをもしちゃんと取材の時間をかければ現実に即した場所で描くことも可能だっただろう。
でもま、いいか。私は絶対そういうことやらないだろう。「マンガは文字と同じで、意味が通じれば良い」というポリシーなので。

まあだから、短いが一応作品は描けたのだから概ねよし。

今回の収穫。
ダム子は今まで描いた女性キャラの中で最もちゃんと内容のあるひとになっている。
脳内嫁であるえりかさんは、いわばお手製の女畜(私に都合の良い女性奴隷)という出自なので、実は内容が空疎だ。どういう性格の人でなにをどう考えるのかが私にも判らない。ただぱっつんの髪型でまつげが長くてセクシーなだけだ。
ダム子はなにをどう感じてどう考えるかがシミュレートできる。「押し付けられた女らしさではないか」と疑う癖がある。普遍的にうつくしいことを求めている。

ダム子さんは「ポエムーン」や「マンガが描けないマンガ」にも登場してもらって深めていきたい。持ちキャラとしたい。
で、フェミニズム以外の属性が見いだせたらいいが。というか彼女はもし自分が女性だったらという並行存在シミュレーションでもあるから自分ベースでキャラ付けしていけばいいのか。ただし女性というフィルターを噛ませて。
たとえば私は野菜が好きだ。健康によいので。ところがこれを「美容に良い」という言葉が邪魔して鬱屈を感じるのがダム子さんだ。だから「肉!」という叫びも持つはず。いや、「バランス」か? 男っぽい言動を心がけるというのもおそらく女子的にはかなりイタイのではないか。「野菜と肉の比率が重要」とかいいそう。

おそらくBL好き腐女子、というキャラではないだろう。意外とノーマルである。
筋肉ムキムキの男性キャラを描く…? 「女性をセクシーに描くのが道徳的でないのなら男性をセクシーに描くのも道徳的ではないのでは?」 かなりめんどくさい人だな。
性別を感じさせないものに惹かれる? 少なくとも頭では。

ちゃうちゃう。別に今ダム子さんシミュレートをする必要はない。

ダム子さんベースでヒーローズアンドヴィランズに新キャラを出してもいい。


今日で転職に伴う有給消化大型連休最終日。
とは言っても4日会社行ったら2月はまるまる無職だけど。次の会社は3月から。

マンガ作業を優先させるために中断していた諸々のことを再開せねば。
■Ruby on Rails の自習
■2月の旅行の準備
 ◇空港までの高速バスの予約
 ◇持ち物リストの作成
 ◇行き先の下調べ
■健康保険と年金の手続き(2月に入ったら)


年末年始休暇→有給消化による大型連休→無職での空白期間と、ほぼ働かない時期が2ヶ月もある。
大学生の春休み並みだ。これは社会に出て初めての巨大な休みだ(去年の今頃も無職だったけど求職活動していたので精神は不安定だった)。

本来の自分を取り戻し、それを確認する事ができているように感じる。自分の本質・芯・土台のところを確認できている。
自分が何に興味を持っているのか。マンガを描くこと、映画を見ること、マンガを読むこと、ゲームをすることに興味を持っている。
自分が「ほっとくとなにをする」のか。マンガを描こうとし、描くべきアイデアを探そうとする。
自分にとって重要なものは何か。マンガを描くこと、健康的で規則正しい生活をすること。
自分のディフォルトの生活スタイルはどういうものか。完全に自由であるときにどういう生活を送るか。朝起きて昼散歩して昼食後に昼寝して夜寝る生活。マンガを描き、マンガのアイデアを考え、映画やアニメを見、マンガを読み、ゲームをする。

職業問題を考えていたときに脳裏に浮かんだ行動は全然やっていない。
■プログラミング(少し自習したが次の仕事に備えてなので自由の範囲外)
■教育関係
■福祉関係

なので、私にとって職業で行うことはどこまで行っても「現実世界に適応するためのもの」というのが第一義だということだ。私の人生の公的側面。
私的側面を確保するためには公的側面での活動によって支えなくてはならない。今回は今までの公的側面の活動の結果として手に入れたボーナスステージだと考える。

ヨーロッパの国々のように毎年の有給休暇をきちんと消化するというのはこういう意味で大切なのかもしれない。
つまり、私的生活にどっぷりと浸かることで自分の原点に重心を戻す。どうしても長時間従事することになる公的活動に重心が寄ってしまうが、それが過ぎるとメンタルにダメージが蓄積する。昨年末のやたらと憂鬱な状態はその辺に原因があったのかもしれない。
| 雑記 | 23:56 | - | - | permalink |
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