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戦争とジャーナリズムについて02
法人ジャーナリスト解放の件について興味が持続しているので引き続き考えてみる。
今朝午前三時にトイレに起きた際にこれについて考え込んでしまって朝まで眠れなくなっていた。

眠れずに考えたことはツイッターに書いてたのでそれを一旦コピペでまとめよう。

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失敗するために行動する者は存在しない いや 例外もあるな 自己破壊衝動というものもある アナイアレイションだ しかし 原則として行動は成功を目指して実施される

求人に応募してくる人間がいるからブラック企業がなくならないのだからブラック企業撲滅のために何人たりとも就職転職すべきではないという主張があると仮定して、妥当と言えるだろうか ブラック企業を目指して求職するものはいない

医療ミスで人が死ぬことがあるから医療など行うべきではないという主張があるとして、妥当と言えるだろうか 医療ミスで殺すために行われる医療は存在… するかもしれない 保険金目当てだろうね 推理小説の分野だ

難病に苦しむ患者が治療を求めて病院に来るとして、医者が「この病気は治療が難しく、医療ミスで死なせてしまって訴えられるリスクが高いので受け付けないように院長から言われています。うちでは治療出来ません」と拒絶されるとする ブラックジャック(非合法医者)の出番だな

渡航禁止というのは法的拘束力を持たない 行かないほうがいいよと推奨するのみで、国民の自由を重視している

親が子供に、ちゃんと企業に就職した方が生活が安定するからそっちのほうがいいよ、でも子供の自由を奪いたくないからフリーランスで生きていくことも禁止まではしないよ、という態度を取るとする

フリーランスで活動していた人が生活が行き詰まったとして、親がやめとけって言っていたのにフリーランスを選んだそいつがバカだ、と責められるだろうか 本人としてみれば、フリーランスイコール仕事がなくて野垂れ死ぬということとは思っていなかったはずだ それを避けるために努力していたはずだ

例えを考えるというのは自分の創作の根本的技法なのだなと感じる 例えを考えるというのは同一の・あるいは類似の構造を持つ別の表現を構築するということで その構造が「発音」であるとき、ダジャレになるのだ

---

いくつか気になっているポイントがあるみたい。分析するとええと…
* 安田氏の行動への批判が失敗やミスをしたという結果に対して行われており、フェアではない。捕まるために現地に行ったわけではない。
* 海外渡航の自由は保証されている。海外渡航の自由を行使したに過ぎない。

---

次のものは他人のツイートの引用。消えるかもしれないので埋め込みではなくテキストコピペで。
安田氏批判の典型的なポイントが列挙されていると思うので。

```
安田氏が批判されてるのは、

・必要最低限の安全対策を怠った
・本人も自己責任論を唱えていた
・テロリストに身代金が流れ、現地の人が危険に晒されている
・他の日本人も狙われやすくなった
・救出に動いた政府をなぜか批判した

からなのに、安易に「自己責任論者が批判してる!」という印象操作。
```

各個に反論できるだろうか。


---
・必要最低限の安全対策を怠った

必要最低限の安全対策とは具体的に何を指すのか。
それは専門家に聞かねば内容がわからないのではないか。
そして、海外の危険地域での取材における安全対策について詳しい専門家とは、自らの命をかけてる当事者であるジャーナリスト本人ではないのか。
「安全対策として○○をすべきだったのに安田氏はそれをしていなかった」と具体的に指摘しなくては成立しない批判だと感じる。少なくとも危険地域取材の素人である私には「必要最低限の安全対策」と聞いて思い浮かぶものがひとつもない。

少し検索してみようかな。

参考になるのはこのへんか。
ニューズウィーク「それでもフリーランス記者は紛争地へ向かう」
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/09/post-3378_1.php
引用
```
(安全対策について)
「『これをしろ、あれはするな』と言ってくれる専門のアドバイザーがいるのは、CNNやBBCといった大手だけ」と、ピーターは言う。「たいていは記者の自己判断に委ねられる。だからフォーリーも自分で考えて行動するしかなかったんだ」
```

大手は危険な取材をさせたがらず、危険な記事作成についてはフリーのジャーナリストに依存しているらしい。
なぜならフリーなら失敗したり死んだりしても「うちの責任じゃないよ」と切り捨てられるから。
そして、フリージャーナリストは資金が限られているゆえに大手であれば可能であるような十分な安全対策を事前にしにくい、という事情が見える。

つまり、「必要最低限の安全対策を怠った」という批判は、「安全対策に十分な予算をかけられるはずの大手こそが取材に行くべきであって後ろ盾の無いフリージャーナリストに危険な取材について依存すべきではない」ということではないか。

また、上記記事から読み取るとして、「安全対策」とは「専門のアドバイザーのレクチャーや事前訓練を受けること」なのかな? それが「必要最小限レベル」なのかな?

安田氏自身はそういうレクチャーや訓練は受けてないのかな? 検索すればわかるかな?
…ちょっと検索しても見つからないな。
海外渡航の安全対策でちょっと検索してでてくるのは、「危険な地域には原則として近づかない」ということみたい。現地で取材するということそのものがこれと矛盾する。
「必要最小限レベルの安全対策=危険地域に近寄らない」という図式であるなら、それは「そもそも取材に行ったのが間違い」となり、議論が後退してる気はする。


---
・本人も自己責任論を唱えていた
・救出に動いた政府をなぜか批判した

これについては… 私としてはどうでもいいや。
本人がこう言っていた系のことは結局、構造には関係なく、感情の問題でしか無い。「動く要素」だ。重要でない。
スキップ。

---
・テロリストに身代金が流れ、現地の人が危険に晒されている

この主張、まるで確定した当然の科学的事実のように語られていることが気になる。
十分に検証された主張なのだろうか。
すくなくとも、日本国政府が公式見解として「身代金の支払いはなかった」といっている。日本も払ってないしカタールも払ってない。

ソース
内閣官房長官記者会見 平成30年10月24日(水)午前 文字起こし
安田純平さん「解放」情報 菅義偉官房長官会見詳報

国連にも所属している一国の政府が公式に発表している事実と異なることを確定的事項として論じるにはよっぽどの論拠が必要なはずで、そこまでの確定力を発揮させられる手続きや機関も限られるはずだ。
国際的な学術機関だとか、ペンタゴン・ペーパーズみたいに公文書のリークを受けた新聞社だとか、そのレベルでないといけないのではないか。


「シリア人権監視団の方から、安田さんの解放にあたって、カタールが身代金を払ったという話が出ている」
これか。たしかに情報ソースとしての確度は低くないな。政府発表にはなんらかの事情がある(テロに譲歩したという発表はできない)と斟酌するなら、シリア人権監視団の情報のほうが事実に近いと判断するのはそこまで的外れではないと言えるな。

一旦棚上げ。

---
・他の日本人も狙われやすくなった

これについては、うーん。
この論法に日本的相互束縛の悪しき風潮を感じるというだけなんだけど…
いや待った。逆の立場、自分にとって有利な立場から発せられた発言でこの論法が使われたらどう感じるだろうか。賛成し得るんじゃないだろうか。
例えば…
「今回の件で『失敗した挑戦者は徹底的に叩かれる』ということが改めて確認され、他の日本人もより冒険をしなくなってしまう」
うん。それなりに聞こえる。
ということは論法自体にケチを付けるのも反論として雑か。

「他の日本人も狙われやすくなる」というのは事実なのかどうか、その上昇率は何%くらいなのか、それは無視し得ない規模のリスクなのか、ということかな。
影響力の大小の見積もりがなくてはこの批判の妥当性が検証できない。

これは私が例えで今考えた「他の日本人も冒険しなくなる」という論法においても同じ批判が成り立つ。影響の度合いの見積もりが出せないなら意味を生じない批判だ。
だから、「他の日本人も狙われやすくなった」という指摘単体では弱い。どれくらい影響があるという見積もりとその根拠がセットになった場合、その根拠の強靭度に応じて批判としての妥当性が生じると。

---
すると重要な批判はふたつになる。
・必要最低限の安全対策を怠った
・テロリストに身代金が流れ、現地の人が危険に晒されている

前者はとりあえず「だから後ろ盾のないフリージャーナリストではなく大手の新聞社が安全対策に十分な予算をかけて自社の記者を送るべきだった」というのを落とし所にしておこう。ジャーナリズム界の構造的問題があるのかもしれない(大手がフリーを鉄砲玉的に使い捨てているのかもしれない)。

後者は…
調査によるな…
政府発表よりも信頼し得る情報源があるのかどうか。「シリア人権監視団の情報」の信頼度をどの程度だと解釈するか。

いやまてよ、それが本質か? 違うんじゃないか?
仮に「テロ組織に身代金が渡っている」のが事実だとして、それでも私は安田氏の行動を是と主張するだろうかという話。
是とする。
それはだから、失敗すること前提にチャレンジを評価すべきでな無いからだと、こういうふうに深夜の考えごとにつながっていくのだ。


一旦まとめておきたい考えはこんなものかな。

これらの考え事をうまく昇華してマンガにできるのが望ましい。そのへんの変換の試みは別の機会に。

---

もう一個あったや。





重要な指摘。
私は「危険を冒したジャーナリズムが成功した際の成果が大きい」ということを自分の態度の立脚点の基礎にしている。
けれど、「当事者による情報発信」ができる時代になっているのだから、記者が入っていかずとも戦場の当事者による情報発信によってジャーナリズムが成立する可能性がある。
もし、権力による統制が強固で、通信機器が没収されて当事者による情報発信が封じ込められているというのであれば、外部の人間が入り込んで情報を伝えるのには意味がある。
しかし、シリアについては当事者による情報発信があったはず。

ええと

このへんか
https://www.bbc.com/japanese/38741175
https://www.bbc.com/japanese/38217904

そうすると、「当事者による情報発信とプロのジャーナリストによる情報発信とどちらのほうが質が上か」という議論になるのかな?
おそらく翻訳についての話も絡んでくると思う。主要な情報発信は英語で行われるだろうし、日本人は英語の記事は読まないので、リアルタイムで重要な当事者情報発信を翻訳する「翻訳ジャーナリズム」みたいなものがあれば十分なんじゃないか、という立論は可能だと思う。

うーん、この件については私はまだ定見を持ってないな。
ただ、体制として「危険地域のニュースは当事者発信の翻訳のみに頼る」としてしまうと、情報統制の行き届いた場所については手の打ちようがなくなるのでそれはまずいというのが現段階では感じることかな。


| 雑記 | 12:02 | - | - | permalink |
戦争とジャーナリズムについて01
考え事。
今回はマンガについてではなく、危険地帯でジャーナリストが取材する件について。

かなりめんどくさいテーマに足を突っ込んでいて、自分でもげんなりしてきたんだけど、調べたり考えたりせずにはいられないので、私にとって重要なテーマなんだろうなと感じる。

渡航禁止指定の危険な国で取材することが即「身代金によってテロ組織を利する」とイコール視されている論調がネット上では見て取れ、違和感を感じる。

本来何のための取材なのかというと、よりより良い世界のため(テロ組織の力を削ぐことにもつながっていく)のはず。
直接的か間接的か、テロ組織に対するダメージにつながっていくことが目的なのではないか。

ということは、もしジャーナリストの活動が成功すればテロ組織にとってマイナスである。
もしジャーナリストを捕まえて身代金をせしめればテロリストにとってプラス… 必ずしもプラスなんだろうか。いや、プラスか。世界に恐怖を与えることで影響力を講師しようとしているんだから。

つまり、テロ組織とジャーナリズムとの間で戦いがあって、勝った方がよりその目的に近づくということではないか。

すると、ジャーナリズムが戦場で取材する際に得られる成果の期待値と、失敗時にテロ組織の利益になってしまう場合の期待値とが数量的に算出でき、それが比較できれば良いはず。
だがそんなことはおそらく不可能だろう。

すると、以下の二者のどちらのほうが大きいかというのは各人が想像するしか無いんじゃないか。
1. ジャーナリズムがテロに対して与えるダメージ
2. テロ組織がジャーナリストから得られる利益

ネット上での論調で気になるのは、[1]の見積もりがゼロとして換算されているんじゃないかということ。

たとえ話。
毒餌式の殺虫剤というものがある。本質的に虫を殺すためのものだ。
で、効率よく虫を殺すために誘引効果を持っている。虫を吸い寄せる。
このとき、「殺虫剤の誘引効果で外から虫がやってきて家の害虫が増えたらどうするんだ! そんなモノ設置するな!」と文句を言うとする。

このとき、以下の2つを比べている。
* 殺虫剤によって殺せる虫の総数
* 誘引効果によって外から寄ってくる虫の総数

後者の方を大きく見積もるのはナンセンスである。と、いうのも私は過去に勤めた会社で毒餌剤を扱ってたから知識として知っているだけなんだけど。つまり誘引効果は半径数m程度にしか届かないので室内に設置した毒餌剤が室外の虫を誘引するケースは考えにくい。
毒餌剤は虫を殺す事を目的に作られているものなので、その最大の効力が発揮されるのは虫を殺すことにおいてである。


で。
戦場でのジャーナリズムが最大の効果を発揮するのはどの分野においてであろうか。
戦場の情報を伝えることでどんな効果が得られているのか。
このブログでも自分のツイッターでも、「戦場でのジャーナリズム」について考えているばかりで、そこからもたらされたニュースの内容には関心を払っていない。危険を経て届けられた折角のニュース、私自身が見てないじゃん、ということがある。
しかし、例えばドレスデン空襲とか原爆投下とか南京虐殺とかの規模の人類史的悲惨が現在リアルタイムでどこかで行われているとする。それは隠蔽されて闇に葬られるべきか、報道されて白日のもとにさらされるべきだろうか。
もし日本で虐殺が行われてて自分や自分の家族がそれで殺されるとして、その事実は闇に葬られてほしいだろうか、世界史に残って欲しいか。
それはやっぱり報道されるべきだし報道されてほしいだろう。

でも待った、文脈が詩の方に寄り過ぎた。


ジャーナリズムがテロリズムに与えるダメージについて調べるべきだという話だったんだ。
それがリスクに見合わないほどに極小なのではないかというのが問題提起。

連想するのはベトナム反戦運動とジャーナリズムだ。アメリカでの話。
ベトナム戦争の実態をジャーナリズムが国民に伝え、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが国家機密文書ペンタゴン・ペーパーズのリークを掲載したことで、ベトナム反戦運動に火がついて終戦に向かったという認識。
一応さらっと調べると、大筋では間違ってはいないようだ。ただ、数値化はできないので私にとって都合のいい主観的なストーリーに過ぎないのかもしれないけど(反戦運動がなくてもベトナム戦争の終結の時期は変わらなかっただろうという説もあり得る気はする)。

ベトナム反戦運動という前例を根拠にすれば、戦場ジャーナリズムは戦争を阻害する可能性はあるとすることができる。
では対テロ戦争においても同じことが言えるだろうか。
少なくとも、やはり可能性があると言えるんじゃないだろうか。ペンタゴンペーパー流出事件やウォーターゲート事件のように、ジャーナリズムが歴史を大きく変えるケースというのは実在したし、それらの事件は起きる前には予想だにしないことだっただろう。
だから、現在の中東での戦場ジャーナリズムも、現段階からでは予想もつかない道筋で歴史を良い方向に大きく変える可能性はあるし、それを目指してジャーナリストたちは危険を犯して仕事しているのだと思う。


ただやっぱり、思うて学ばざればすなわち危うしだな。知識が足りない。通勤中に読む本選びのテーマに「戦争とジャーナリズム」というのを追加しよう。
| 雑記 | 20:42 | - | - | permalink |
18092302
日本の山は人里から離れている(高さと水平距離)ほど聖性が高まる。
日本では基本的に平たいところが人里で、山は人が住む領域ではない。地形によって人と神とが住み分けられている。

アメリカ西部ではとにかく広大な荒野が広がっていて、人里から離れるほど致死率が高まる。
でも日本の里-山と違い、地形によって人の入りやすさが異なるというわけではない感じだった。
人が街を作ればそこは(比較的)安全地帯になる。広大な荒野のどこに街を築くのかはかなり任意性が高く感じた。もちろん、河なんかが通っていればその付近は街にしやすいだろうけど荒野の広さに対して面積は限られる。

だからアメリカの荒野で大切なのは「文明化」だなと感じた。
交通が通っていること。道路が必須で、鉄道があればなお良い。
ライフラインが整備されていること。
住人がいること。
日本の山奥に街を作るのとアメリカ西部の荒野の真ん中に街を作るのとではニュアンスが違う。
山奥は到達するまでがそもそも険しい。
荒野の真ん中は到達難易度が高いわけではなく、ただ人里からの距離に応じて補給が困難になる。

アメリカの荒野というのは「未だ文明化されていない土地」というだけで、人間に属していないというわけではない。
日本の山というのは神の領域で、人間に属していない。

そんな違いを感じた。
| 雑記 | 08:28 | - | - | permalink |
18092301
旅行からの学び追加。

ヨーロッパ旅行行ったときは「日本の特質は『山』だ」という結論を抱いた。
今回のアメリカ経験から日本の特性を探すと、やはり似たようなものに注目が行く。山と神社だ。

日本では自然に神や聖なるものを見出す。
巨大な樹木があれば神木としてしめ縄を張って祀る。
山(日本の場合山=森)があれば神域として神社を建てて祀る。
神社は輸入文化ではないはずなので、これは日本における素直な信仰のあり方なのだろう。

アメリカではそもそも「聖なるものを祀る」という現象に遭遇しなかった。
モニュメントバレーの巨石なんかは先住民たちの信仰の対象らしいのだけど、日本における神社のようにわかりやすい祠を立てるわけではないようなので、観光客がバスで観光に来た程度では信仰を感じることはできなかった。

グランドキャニオンも観光地化されているだけで信仰に絡めたものは見なかった。日本だったら間違いなく「グランドキャニオン神社」を建てるところだと思う。

アメリカでの宗教というとやはりキリスト教で、しかしラスベガスで見たようにキリスト教はアメリカの社会や都市や歴史の骨組みというわけではない。

アメリカにも森や山はあったが、開拓者側がそれらを神聖視したという情報は一切なかった。開拓者側はキリスト教者だからで、新規に聖なるものを見出す必要がなかったのだろう。
キリスト教が浸透した以降の社会では自然に聖性を感じる感性は失われると思われる。
日本には自然に聖性を見出しそれを祀って表現するという感性が今でも継続しているように感じる。日本にはもちろん仏教もキリスト教も入ってきたけど、神社的な感性は破壊されずに来ているのではないか。

自然に神性を見出す感性とその表現としての神社。これがザ・日本であると。

で、別に出雲大社や伊勢神宮のような大きな神社に行く必要はない。もし近所にちょっとした里山があり、その森のなかに神社があるなら、それこそ日本の精神のエッセンスなのだ。
| 雑記 | 07:03 | - | - | permalink |
アメリカ西部旅行 感想
アメリカに旅行に行き、無事に帰ってきた。
期間は一週間ほど。
旅行会社のツアー旅行。

行った場所は
* ロサンゼルス
* アンテロープキャニオン
* ページ
* モニュメントバレー
* グランドキャニオン
* セドナ
* ラスベガス
* ハリウッド
* サンタモニカ

Twitterモーメントにまとめたもの

主要な目的は「西部劇の舞台となった土地を見る」というもので、これはモニュメントバレーがまさにそうなんだけど、アリゾナ州など今回行った場所の移動中のバスから見える光景がほぼ西部劇の世界なので目的は満足に達成できた。
それ以外での大きな旅行体験は実銃を撃ったことで、ラスベガスの射撃場で5丁撃ってきた。
* Colt .38 Special Revolver(リボルバー拳銃)
* H&K USP(自動拳銃)
* M14メインバトルライフル(アサルトライフル)
* Benelli M4 Shotgun(ショットガン)
* P90(サブマシンガン/PDW)


まだ疲れも時差ボケも抜けていないんだけど、旅行の振り返りをして今後のマンガに役立てられる経験値に落とし込んでおきたい。


アメリカはとにかくとてつもなく広いんだなということを実感できた。まがい物の広さではなくて世界規模の広さだ。
2017年にドイツ西部に旅行に行ったときもユーラシア大陸の広さを感じたが、アメリカはまた違った広さだった。
ヨーロッパは国が多い。広大とはいっても土地がムダに空き地として放置されているわけではなく、牧草地として利用されている。いわば人の目が届いている。
アメリカはそうではなく、広すぎて人間の管理が行き届いていない。移動のバスでは何時間も荒野の中を走るということが常だったが、移動中に目にした広大な空き地は州が所有している土地で文字通り空き地である。ヨーロッパのように「空き地に見えるが実は牧草地として利用されている」ということではなく、開発されていなくて自然のまま放置されている土地である。
例えばオランダとかのヨーロッパの国で、自国内の何処かに迷い込むと死んでしまうというような想像力は働きにくいと思う。
アメリカでは普通に死ぬなと思った。広大な荒野のど真ん中に突然放置されたとしたら、人里にたどり着くまでに飢えと渇きで死んでしまうだろう。西部劇でも悪党の追跡に行ったりした先で馬を失うと大きなピンチとなる。
西部劇の本質は「土地が広すぎるせいで法の支配が行き届いていない世界」という理解。で、それは現地でも実感できた。
じゃあそれをどうマンガに活かせるかな?

アメリカとヨーロッパとの比較で大きく異なるのは、キリスト教文化の濃度だろう。
ヨーロッパは街も教会中心に作られているし教会の建物も歴史的建造物で歴史文化の重みを感じさせる。ヨーロッパでは何かとキリスト教文化に触れる機会が多いというか全般的にキリスト教がベースになっているなという感じがある。
アメリカでは信仰を感じさせる文化にはほぼ触れなかった。一応、モニュメントバレーが現地のアメリカンインディアンの人々にとっての信仰の対象となっているようだけど、宗教的ニュアンスはあまり感じられなかった。
ラスベガスで自由行動の際、ギャンブルやショーにあんまり興味がなかったので地図で見つけた守護天使大聖堂なるものに行ってみたんだけど、ヨーロッパと違って建物は新しいし、街の中心や街の重要地点になっているわけでも全然ない。
私の見た範囲内におけるアメリカでの宗教は日本における近代的宗教と似てるなと感じた。日本におけるキリスト教や新興宗教に。つまり、文化の中心ではなく周辺である。
日本には神社(神道)や仏教みたいに歴史に根付いた宗教がある。長らく文化の中心を担ってもいた。
ヨーロッパでは言うまでもなくキリスト教。
アメリカは歴史そのものがそんなに長くないし、宗教が文化の骨組みだったことはないんじゃないか。

なので、ヨーロッパ旅行で魅力に感じられた宗教的精神性はアメリカ旅行では一切感じられなかった。

アメリカという比較対象を得たことでヨーロッパがかなり異常な世界だったんだなということを感じた。
宗教が歴史の中心だった中世に作られたものが多く残り、現在でも街や文化のベースになっている。
ただどうも私はヨーロッパのほうが気に入ったらしい。RPGでは僧侶系のキャラを愛用するしマンガでも主人公が僧侶系のジョブになりがちなように、私は精神性に興味があるようで、その分野はアメリカよりヨーロッパのほうが充実しているようだ。

なのでアメリカで得たものをまとめると、
* 真に広大な自然を目の当たりにしたこと(これはヨーロッパよりダントツに強かった)
* 銃を撃ったこと
になるかな。


銃は、反動の強さを実感できたのが良かった。
反動が強すぎると自分では制御不能になって武器としては使いこなせないなというのを実感した。

コルトリボルバーはだいたい予想していた程度の反動だったが、H&K USPは思っていたより反動が強く、拳銃でこの反動だったら使ってられないなと感じた。
コルトの.38リボルバーと何が違うのかなと調べたら、口径が違うらしい。
.38というのがコルトリボルバーの口径で、「.38スペシャル弾」というらしい。
今回撃ったUSPの弾薬が「.45ACP弾」というもので、これは大型拳銃用らしい。やはりコルトのやつより口径が大きいのだな。

今回撃った銃の中で最も反動が強かったのがM14バトルライフルで、これは反動が強すぎて引き金を引いた際の衝撃がもたらすカオスが大きすぎて制御できなかった。これで戦うのは無理があるなと感じた。的が巨大で対して狙わなくても当たるとか、援護射撃とかで別に的に当たる必要がない局面とかであればいいが、例えばFPSの世界に入ってしまってリアルM14を使って敵を倒していかねばならないというようだと使いこなせないだろう。

で、今回の実体験での結論としてはサブマシンガンがいい。
* ライフル弾ではなくピストル弾を使うので反動が弱め
* 拳銃と違ってストックがあるので胴体で反動を受けることができ、安定した姿勢で撃てる

で、サブマシンガンとしてはP90を撃ってきた。
射撃場には二回行って、一回目の教訓をもとに二回目での銃チョイスをした。私はサブマシンガンには興味なかったんだけど体験から学んだ結果サブマシンガンが良さそうだということで二度目に行った際にP90だけ追加で撃ってみたのだ。
結果、非常にいい手応えだった。

ただP90はいわゆる「ピストル弾をフルオートで撃つサブマシンガン」というのとは違い、通常のピストル弾を通さないケプラー製防弾チョッキが普及して今までの拳銃やサブマシンガンでは通用しなくなってきたので新しい弾丸とともに開発された銃らしいので、厳密には撃ってるのはピストル弾ではない。
Wikipediaによると、新規開発された「5.7x28mm弾」というのを射つらしい。P90のPは「プロジェクト」のことらしい。

で、とにかく、P90は反動が弱めだし構えやすいしで、とても撃ちやすくていい銃だった。これならもしリアルで銃を手に戦わねばならないとしても使いこなせる気がした。


と、今回の旅行での主要な感想は書いてしまったが、ではマンガに役立つ学びは抽出できるだろうか。
広さに触れたのは広さ好きの自分のストレス解消でしかない気がする。物語で表現するテーマがそれによって深まったという感じはしない。
銃を撃ったのもマンガよりはゲームの文脈での満足で、やはり物語を深められる視点や気付きが得られたというわけではない。

いまのところ、アメリカに行ったから思想がこう深まったと明確に言えるものはない。
なので、無意識のレベルで何らかのいい影響を受けてきたんだと思いこんでおくのにとどめておこう。

疲れがキチンと取れたら新しいアイデアを探さないとね。
| 雑記 | 22:49 | - | - | permalink |
18071601
この三連休はダラダラしている。

## 見た映画
* グレイテストショーマン
* カンフーヨガ
* スリービルボード
* ロスト・ハイウェイ
* 続・猿の惑星


グレイテストショーマン。
フリークスのひとびとが誇りを獲得する展開は好きだけど主人公が思い上がって失敗する展開は好きじゃなかった。上と中の間くらい。

カンフーヨガ。
いつものジャッキー・チェンの普通のアクション娯楽という感じ。肩の力を抜いて見られる。あの年齢でまだこんなアクションやるのすごいの一言。

スリービルボード。
ミズーリ州の景色が美しい。なんだかしんみり来る作品だった。

ロスト・ハイウェイ。
デビット・リンチ監督。マルホランド・ドライブに似た印象だった。高橋ヨシキ氏も町山智浩氏も解説してる作品なので解説とセットで楽しめた。

続・猿の惑星。
猿の惑星シリーズには全然興味がなかったんだけど町山さんの解説を聞いて興味を持った。これは第二作目。
当時の現代的な状況をSF的に社会風刺する手法がとてもうまい。


## 遊んでるゲーム
* ファークライ5
* 鋼鉄の咆哮 ウォーシップガンナーズ2

ファークライ5。
オープンワールドゲームがやりたく、ファークライ5はそれまでのシリーズと違って主人公がプレイヤーのアバターだというので興味を持った。
なんだけど、あんまり面白くない。ファンタジーものと違って「こんな魔法が使えるようになりたい」「こんな装備がほしい」「こんなダンジョンに行ってみたい」みたいなワクワク感に乏しく、また、カルト宗教に支配された土地が舞台なのでマップをウロウロしてるだけでどこに行っても信者に襲われて安らげない。スカイリム的な「ちょっと移動するだけで楽しい」感がなく、もういいやという感じになった。

鋼鉄の咆哮 ウォーシップガンナーズ2。
これはPSP版のをPSVITAでDL購入したもの。
アーマードコアでロボットをアセンブルしたのが楽しかったように軍用艦をアセンブルしたいなと言う欲求があって、このゲームではそれができる。
VITAではせっかく右スティックがあるのにもともとがPSPのソフトなので対応しておらず、操作系統に不満があるが、慣れてきた。船の改造もアンロックされて楽しくなってきた。
どうも私は足の早い船に魚雷をたっぷり積むのが好きらしい。なので駆逐艦と魚雷を優先的にパワーアップさせてる。ワールドオブウォーシップスと違って味方に魚雷が誤爆しないので敵艦隊に突っ込んで魚雷をばらまくという雑な戦い方をしている。


## 作業
オリジナルマンガが溜まったので同人誌を出そうと思いデータを作り始めた。
250ページほどになるようだ。
せっかく本を出すなら歴史アーカイブに入れたいと思い、国会図書館への寄贈の方法を調べた。ただ送りつけるだけでいいらしい。
カラーのデータをグレースケールに変換してイラレかインデザインで割り付けるんだけど、機械的にグレスケにするだけだと見えにくくなるコマがたくさん出るので少しだけ調整してる。


今日中に同人誌作業にめどを… 表紙を作らねばならないか。
| 雑記 | 11:38 | - | - | permalink |
18061101
マンガとは別の話。
夏休みを9月に取って休日と有給とを組み合わせると大きな連休を作れる。
そこでまた海外旅行に行こうかなと思う一方めんどくさくもある。
ただ、連休をとっておいた上でグズグズと決心せずに結局家でダラダラ過ごすことになったらかなり後悔しそうである。
旅行に出かけない方針なのであれば私は連休を作るよりは水曜日を休みにして週休3日の週を増やしたほうがいいと感じるのだ。

そこで、海外旅行に行く決心をつけるために考え事をしようというもの。

まず、めんどくさがらず行こうと思えばいける。
* パスポートの期限は切れてない。
* 9月というとおそらく仕事も今の案件の続きだろうけどそんなに忙しくはならなさそう。
* 金銭的にすごくピンチということでもない。
* 健康にも問題はなさそうに感じる。

行くなら行けるうちにと考えるべきだ。体力は年々衰えているしいつ大きな病気をするかわからないし、今のようなホワイトな職場にいるのは人生でも例外的な時期だと考えるべきだろう。今はチャンスである。

で、今までの会社員の経験に照らすに、夏休みはだいたい7〜9月の間に三日間好きなところで取れというケースが多い。で、9月には祝日が多いので有給と合わせると大きめの連休を作りやすい。
なので、会社員でいながら、かつ、9月に連休を作って海外旅行に行くという経験を一度しておけば、その経験を生かして今後はホイサッサと海外旅行に行くようになるかもしれない。

なので、行くべきだ。
去年の人生初海外旅行はドイツを中心に周辺国を周るツアーに申し込んだけど、今度はアメリカ西部の自然を周るツアーが日程的にもいい感じ。
西部劇で見たアメリカのあの広大な大地を見たいはずだ。

で、なるべく楽したいので旅行会社の組んでるツアーを利用するのだ。ヨーロッパ旅行もそうしたけど快適だったしね。

---

申し込んだ! が 去年の2月に行ったヨーロッパ旅行に比べて料金が高い!
つまり、2月はオフシーズンで安く、9月はそれなりにみんな行くから高い季節なのだろう。
すると、海外行くなら9月の連休ではなくオフシーズンに有給を多めに使って行くのが良かったのかも。
なんだけど、3日間の夏休みを使って長い休みが発生するからじゃあどっか行くかという受け身のモチベーションなので、そこまでのお膳立てはできないだろう。去年はたまたま転職に伴う無職期間がその季節だっただけなので。
で、一年を通しての連休というと年末年始、ゴールデンウィーク、8月の夏休み、9月の夏休みというところだろうが、この中では9月はそれなりに安い部類であるようには感じる。年末年始やGWよりマシだと感じる。
じゃあまあ、やはり価格と連休発生箇所とのバランスを考えると会社員やりながら海外旅行行くなら9月に連休作ってというのがやはり現実的な落とし所か。もしまた無職になったりしたら安い季節に行けるチャンスがあるかもしれないしね。
| 雑記 | 23:50 | - | - | permalink |
保険の勉強
母が保険を見直すと言うのでそれにつられて私も自分の保険を見直すことにした。

兄が保険について新書本で勉強してかなり役立ったというので私もその本を読んだ。実際すごく勉強になった。



保険みたいな金銭の関わる分野は私には苦手分野なのでせっかくなので今のうちに勉強になった箇所をメモっておいて今後の役に立てたい。数年後とかどうせ忘れてるだろうから。

勉強になったポイント。

[払った金額と得られる保障はトレードオフなのでお得な保険というものはない]
本質的にはお金をかけた分だけ保障が厚くなるので、選び方を失敗したことで大損したということはない。
大きな金額を払っていたのならそれだけ厚い保障を得られる可能性を持っていたということでしかない。

[保険の目的は三種類]
1. 死亡に備えるもの。生命保険。
2. 病気治療に備えるもの。医療保険。
3. 将来のために積み立てておくもの。年金保険など。

3に関しては貯金しておけばいいという話になる。

[保険の商品は上記のが混ざってる]
たとえば「20年間病気がなければ健康お祝い金がもらえます」という商品。
お得に聞こえるが、これは医療保険と年金とを組み合わせているのに過ぎない。
つまり、お祝い金がもらえる分だけ普段の保険料を高く払っているだけである。
お得感のある保険商品は全てその原理だと考えられる。
20年払えばあとは終身保証が得られるというものは、その分毎月の保険料が高い。長生きしないとお得にならない。

[日本は公の健康保険が充実している]
日本は国民皆保険制度があるので、医療保険についてはまず国の制度でかなりカバーされている。
アメリカの政治に興味を持つとアメリカには国民皆保険制度がないということが問題であることを知るんだけど、そのアメリカの低所得者層が喉から手が出るほど欲しがっている社会制度である国民皆保険制度が日本にはあり、これは世界でも有数の優れた制度なのだそうだ。おなじみの国民健康保険がこれである。

[高額療養費制度]
また、日本には高額療養費制度というのがあり、医療費に月額で上限がある。
高額療養費制度(厚生労働省)
ひと月あたりかかった医療費が一定の額を超えるとその超過分は支給を得られるのだそうだ。

つまり、日本に住んでる時点で、医療についての保障はかなり厚い。
なので、民間の保険会社の医療保険は公の保険に対しての補助的な規模で持っていればいいのだという。

[共済の特徴]
私は今アリコの医療保険と県民共済とに入っていて、見直すためにちゃんと自分の契約を読んでみた。
意外と共済の保障は充実してるように見えた。月額二千円で値上がりせず、入院や事故での通院だけでなく死亡時も保険金が出る。生命保険+医療保険のパターンだ。
共済は非営利団体がやってるので安くて厚いんじゃないか!いいじゃん!と思ったんだけど、ボトルネックもあって、最長で85歳までしか保障を受けられない。終身プランがないのだ。
医療保険は終身がいい気がする。わかりやすいので。

[掛け捨ては効率良い]
キャッシュバックのない掛け捨て保険は、必要なぶんだけを払って必要なぶんだけの保証を得ているので効率が良い。
キャッシュバックのある商品だったらキャッシュバックのぶん多く払っているだけ。
払込に期限があって保障が終身という場合払っている間に割高な金額を払っているだけ。
掛け捨てはお得感がない分無駄がないのでそこがよい。

[人件費のかかってる会社、昔からの会社に注意]
日本の保険業界は高度経済成長期に長い間保護政策によって守られてた業界であった由。
大量の保険外交員を抱え、彼らの人件費を賄うためにユーザーのニーズではなく会社の利益優先で商品開発をしていたとか。自由競争がなかったのでそれが可能であったと。
で、21世紀になって規制緩和で競争が生まれ、中堅の生保がバタバタと潰れたということらしい。パターンとしては資金の運用で利益を上げるために高リスクの金融商品に手を出し、リーマンショックなどの金融崩壊で大損をして潰れる。
営業員を大量に抱えている保険会社はその分利用者が払う保険料で人件費を賄っているんだから割高であると考えられる。なので昔からある大手の保険会社はこのパターンなのではないか。
外資系やネット通販中心の、価格競争を仕掛ける側の業者が良さそうに感じる。

[現時点での今後の方針]
払込と保障とが終身でシンプルな医療保険。今入ってるやつでいい気がする。
共済は使える年齢でいる分にはメリットがある選択肢であるように見える。しかしアリコの医療保険と役割かぶってるから生命保険だけのやつに乗り換えるなりしたほうがいいかも。

| 雑記 | 21:48 | - | - | permalink |
18012501
人生初インフルエンザでダウン中。A型。
横になってても辛いし縦になってても辛い。
| 雑記 | 20:42 | - | - | permalink |
17100801
ドラクエについて調べてたんですが、ドラクエ2のぱふぱふ娘、実は男性だったんですね。
ムーンブルクの王女が死んだ状態で話しかけるとぱふぱふしてもらえるんですが、「わたしきれい?」の質問にいいえで答えると実は男であることが判ると。
知らなかった!

ドラクエ11には過去作のすべてのぱふぱふを元ネタにしたぱふぱふがそれぞれあって、船の街ダーハルーネがドラクエ2と対応するんですが、どっちも同じオチとのこと。

この辺のリンクで確認できます。
http://ドラクエ11攻略まとめ.xyz/2610.html

過去にドラクエ2でマンガを描いたことがあるんですが、このオチ知らなかったのでぱふぱふ娘を普通にヒロインとして描いてしまっていた。ショック!!
| 雑記 | 22:11 | - | - | permalink |
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