Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

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19120802
アイデア練り。

二次元美少女に対して踏みとどまるという着想と社会性との交差点を探る。
意外と難しくないのかもしれない。経済格差に着眼するのは悪手だったけど別の角度なら。
つまり、分断だ。世界中で起きてる。右翼(仮称)と左翼(仮称)の分断。ネトウヨとリベラルと言いたいがこの場合ネトウヨは蔑称でリベラルは美称(だと私はみなしている)なのでフェアではない。
要するに「自分と異なる意見には触れることすら無い」ということだ。私にも言えることだが。

現在の社会にこじつけるなら安倍政権の高い支持率を問題視してそこに政権と自己同一化してるネトウヨが悪いみたいな主張を持ってくることになるんだろうけど、これは私が自民党が嫌いだからでマンガに乗せる主張としてはフェアではないというか偏ってる。

雑にしないでちゃんとした主張にすべきだ。

分断の話題といえばアメリカ、トランプ大統領が加速させた社会的分断が思い浮かぶ。
んだけどアメリカを念頭に置いた話にすると対岸の火事化する。我々が当事者になっている問題に手を伸ばすべきだ。

二次元美少女への同化というのは他者の拒絶。他者の拒絶なら現代社会の身近な問題ではなかったかな。ええと…

これは自分(主人公)自身の問題とつながるな。
他者というのは自分を必ずしも暖かく受け入れてくれない存在。他者のいる世界とは自分が必ずしも尊重されない世界。自分はどこに行っても尊重させるべき価値のある存在だというのが揺りかご的自己認識で、そうではないという自分の矮小さを受け入れることが成長。主人公は作中で成長する。他者の集まりである世界における自分の正しい認識を得るということだ。

主人公は作中で自分の矮小さを受け入れることで成長する。
解決すべき問題とはなにか。
他者と遭遇するのが怖いから他者の存在しない世界を作ろうという碇ゲンドウ的動きがあり、それを止める。
現代社会の問題にするなら… 表現の自由のトピックじゃないか。自分にとって不快な表現を禁止させようという動きをする勢力がいる。これは社会の価値観を自分に居心地のいいもので一本化しようという動き。つまり他者の存在を許さないという衝動。
不寛容を動機とした公的な動きがあり、それが解決すべき問題。
現代で起きてる問題で言うと… うーん。
日々のニュースをチェックする際にこの視点を持っておこう。

ちょっと別のことを考えたいので区切ろう。
| マンガについての考えごと | 18:52 | - | - | permalink |
19120801
アイデア探し。

次の短編の構想はまだ課題程度しか要素がなくてプロットがないので本格始動というところまではいかないな。プロットにつなげるための着想を増やしていかないといけないな。

二次元美少女に対して踏みとどまるという課題。
だから主人公が作中で打倒すべき存在は逆に積極的に二次元美少女を求めているといいんじゃないか。
で、それで思いついた見本キャラは碇ゲンドウだ。今考えようとしているお話の構造、エヴァンゲリオンだ。

主人公は最終的には胎内への回帰を踏みとどまる。
打倒すべき父は積極的に胎内回帰願望を満たそうとする。

すると同化リスク美少女要素は作中のおまけ程度の位置づけではなくてメイン要素の位置づけであるほうがいい?


今日は朝から映画『ドクタースリープ』を見に行った。キューブリック版の映画『シャイニング』の続編。
ドクタースリープ自体は面白かったんだけどここで考え事の材料にしたいのは別の件。
映画が始まる前の予告編に登場する邦画、大抵は難病とか超常現象とかによる困難に遭遇する純愛ものだ。純愛があり、病気や超常現象にそれが脅かされ、純愛を回復するなり貫くことで感動させて終わる。
これをダメなパターンを考えている。なぜかと言うとこれは映画評論家町山智浩氏による指摘で気づいたんだけど、難病や超常現象ものばかりなのは「社会を描くことを避けている」からだ。映画世界を社会や政治と切り離そうという意図がある。
現実世界に存在している「不幸の原因」は多くの場合政治に責任を求めることができる。貧困、経済格差、都市と地方の格差…
で、映画のお話には遭遇して克服すべき「問題」が必要で、これをリアリティのあるものにすると政治への批判になる。社会的メッセージが生まれる。
作品が社会的メッセージを持たないように、無毒化するにはどうするか。責任を求める先がない問題にすればいい。それが難病であり超常現象であると、


私はお話には社会性があってほしいと感じる方なのでこっちの角度からアイデアを探せないかな。
現代の社会問題。最近脳が政治寄りじゃないからパッと思いつくかなあ。
といっても局所的トピックである必要はなくて大きなトピックでいいんだな。「格差」だ。富の集中。人口の集中。持てる者により集中し、持たざる者からより離れていく。経済格差も地方格差も構造は同じだ。

だから主人公が解決するべき問題、もしくはその世界が直面している問題も「格差」「集中」であるべきだ。
集中しているものを分散させることができたらよい。この構造が維持されるなら必ずしも富や人口でなくてもいい。メタファーになるので。



二次元美少女に対して踏みとどまるというコンセプトと格差問題とをどう接続する? 組合せが悪い?

* なにかが集中しすぎているという問題。
* それを分散させるミッション。
* そのミッションの達成のために美少女悪魔奴隷の協力が必要。

いまのところめちゃくちゃだな。具体的なアイデアでうまく接続できるんだろうか。

交換可能な要素は美少女悪魔奴隷だな。踏みとどまるべき二次元ヒロインであればいいんだから悪魔だったり奴隷だったりする必要はない。ただ主人公が問題を解決するために一時的に協力が必要になる相手であればいい。

あー

マンガ的設定。超能力。Xメンみたいに生まれながらに超能力を持つ人類。ところが超能力格差が生まれる。一部の特に才能のある人間に複数の能力が発現し、逆に能力を持たない人口が増えていく。ひとりで無数の能力を持つ存在がいて、能力を取り立てて無能力者に分配するというミッション。うーん。

基本は経済格差でいいんだな。金や財産を持ちすぎた存在からそれを取り立てて分配する。公に行うなら税の取り立てで、私的に行うなら義賊。

ねずみ小僧とか石川五右衛門とかのノリのお話がベースになるのかな。なんらかの財産(マンガ的設定の物質でもいい)を溜め込んでいる存在(悪役だろうな)がいる。それを回収して持たざるものに還元するのがミッション。主人公ひとりでは達成できないので協力者を呼ぶ。するとこれはオーシャンズ・イレブンのようなプロットになるか。

人為的に集中が起きてるなら義賊もの。
自然現象的に集中が起きているなら…別のジャンルになるな。

しかし格差集中要素と二次元美少女踏みとどまり要素とが噛み合ってない。
重要度で言えば二次元美少女踏みとどまり要素のほうが上だからこれとシナジーのある社会問題を検索したほうがいいかもしれない。


疲れてきたから一旦区切ろうか。
| マンガのアイデア | 17:36 | - | - | permalink |
19120704
なんか考えよう。デスストの次にやるゲームを物色してたんだけど特にやりたいのがないのでゲームモードから離脱してアウトプットを試みよう。

候補。
* シャニマスマンガの続き
* オリジナルで1ページギャグもの(既存シリーズでも新規でもいい)
* 次の創作短編のアイデア出し
* 好きなえろまんが作品のファンアート

アイデア出しは時間かかるし、思いついてる分を吐き出してしまうと次の思いつきが溜まるまで前に進めない状態になるからこれをベースにするのが良さそうだな。
GitHub使った考え事を始めるか。


シャニマスをちょこちょこ描けるとマンガ描いてる感を感じられて良さそうだな。ネタあるかな。ストレイライトの三人以外を描くべきな気がする。白瀬咲耶さんに興味ある。
| マンガについての考えごと | 00:44 | - | - | permalink |
19120703
アイデアを考えよう。

美少女キャラに甘えないという問題意識。

と、いうかアニメ的美少女ヒロインが出てこないマンガや小説は多い。普通は出てこない。自分がついそれを描いてしまうというカテゴリ内にいるだけだ。
バトルが描きたいというモチベーションで描いているひとなら必ずしも美少女出てこないだろうし。

まあいいや自分の問題は自分の問題。


持ち主にものすごく忠実で愛情をかけてくれるけど持ち主がそれに応えてはいけないという美少女アンドロイド?
「応えてはいけない」を具体的にどういう設定にするのかのアイデアが必要。
主人公が抱く「この子すごい好きなんだけどそれに甘えてはならない」という葛藤がそのまま作者である私の葛藤であり、大塚英志的に言う近代的個人としての目覚めのための戦いになる。

美少女アンドロイドではなく悪魔的存在にすればいいのでは? 問題解決のために利用するべき兵器として登場する。問題解決上のパートナーとして利用するが感情的に甘えてしまうと破滅するみたいな。それを愛してしまうと取り込まれてしまい同一化され、人類補完的な単一全存在の一部として回収されてしまう。だから主人公はドライで冷たいやつになる。


「好き毒」概念のアイデアはどうだろう。
方向は2つか。
1. 好きという感情を向けると対象に同時に害を与えるという能力(能動側)
2. 好きという感情を向けられると同時に自らの体内に毒素が発生する体質(受動側)

2は無理か。この場合は当該者は誰からも好かれないように引きこもったり嫌われる演技をするだけで、「好きになるということが同時に攻撃でもあるから好きになる相手は実体の存在しない架空のキャラだけにする」という行動に結びつかない。

超能力者。ターゲットを攻撃することができる。ただしその条件は「相手を好きになること」。スタンド能力みたいだね。
好きにならないことがモラルになる。
で、これを、悲劇として描くのではなく「別に普通のこと」として描く。
こうか。この能力者にとって「好きにならない」ということに価値がある。なのでそれを人生経験の末に完璧に身に着けている。で、別にそれを悲しいこととは思っていない。ふつうのこと。
二次元のキャラに推しがいる。二次元にしか興味がない。

マンガのキャラっぽくなってきたぞ。


今考えたふたつのアイデアを同時に使えないかな。
* 好きになった相手を害してしまう能力(というか殺してしまう能力?)
* 主人に熱烈な愛情を向けるがそれに応えられると主人を取り込んで一体化してしまう悪魔

このふたりでコンビを組ませる…と設定がだぶつくのか。悪魔とコンビを組む男性キャラが別に必要。
対戦させるか協力させるか。

好き毒能力者を主人公にする。
応答不可愛情悪魔奴隷とその主人が敵対者。
両者が戦い、悪魔奴隷の主人の敵対者は最終的には悪魔に愛情を抱いて消滅する。
好きという勘定に対するドライさが作中では価値あるものとして描かれる。


まてよ。ひとつの設定にまとまるんじゃないか。
この悪魔、嫉妬深く、主人が自分以外に愛情を向けたら対象を殺してしまう。ただし実在しない対象に対しての愛情には寛大。
…いや、これだと「好きという感情は同時に攻撃でもありうる」という思想を薄めてしまうな。

好き毒能力、「相手を殺す」だと効果が強すぎて余計な意味が付きそう。殺しのターゲットをこの能力で殺すみたいな要らない応用が可能になる。
もっと地味でいい。「好きになった相手に虫歯を作る能力」なんてどうか。確実に相手を死なない程度に不幸にする。


登場人物3人。
* 好き毒能力者(主人公)
* 美少女奴隷悪魔
* 美少女奴隷悪魔の主人

彼らは同じ課題に取り組む競争の関係にある?
うーん。

アニメ的美少女キャラを好きにならないようにするという葛藤を描かないといけない気がする。だから美少女奴隷悪魔と組むのが主人公でなければならないはず。
じゃあやはり好き毒能力者と美少女奴隷悪魔とがコンビを組まねばならないんじゃないか。
好き毒能力者はその能力故に現実に存在する生物に対して好きという感情を抱かなくなった。その素質を見込んで美少女奴隷悪魔とコンビを組まされることになる。この悪魔を使役しなければ解決できない問題がある。こういう流れかな。
で、最後どうする? 悪魔をどうするのか。通常の手続きに従って穏やかに悪魔の世界に返却する。ドライに。
じゃあ悪魔でなければ解決できない問題とはなにか。要アイデア。


---

あー

マンガの課題に「美少女を断念する」というのを設定するのはいいとして、これは引き算である。空白だけ増やしてもしょうがない。どんな価値を求めるべきなのか。
そもそも求めていた価値はなにか。
* 善いものを善いものとして描く
* 読んだ人の精神にエネルギーを供給するような効果を狙う

美少女悪魔奴隷を断念することで得られる価値があるべきで、主人公はそれを選択する。だから作中で解決するべき問題の設定が重要なんだな。
あと主人公の成長要素も入れたい。構想は…まだないな。

| マンガのアイデア | 20:22 | - | - | permalink |
19120702
「好き毒」概念をマンガ的アイデアにするなら、好きという感情を向けた相手に毒をもたらしてしまうという特異体質を持った人物なり種族なりを出すといいのではないか。
なのでその人(達)は非実在キャラに推しを持っていて、推しキャラがいない状態だと危険視される。
現実の人間を好きになることで悲劇がもたさられる。

一応マンガらしい骨子になる。主人公はどのポジション?
| マンガのアイデア | 12:42 | - | - | permalink |
19120701
デスストランディングをクリアしたのでモードがニュートラルになった。
考え事をして次の動きを構想しよう。

仕事はまだ繁忙期で相変わらず残業しているが峠は超えた感じでウゲーウゲーというテンションではない。
自宅から原付きで通える距離で募集があった社内SEの求人は応募だけした。現在書類選考中みたい。期待しないで待つ。
「自宅から原付きで通える距離の社内SE」という募集は多少レアだけど無いことはなく、グラブルで言うならSSRではなくSRくらい。なので応募中のが落ちたとしても今後もちょこちょこ探していこうかな。通勤時間が片道で1時間短縮できれば週で自由時間が10時間も増えることになる。ぜひ達成したい。


デスストの感想。
道を切り開いてインフラを整えていくというゲーム性はとても良かった。
ミュールやテロリストやBTとの戦闘要素はだるいのでなくてよかった。
終盤、やたらと戦闘がはいるのはうざったかった。
終盤、アメリやダイハードマンの話はどうでもいい感じだったので省くか、かかる時間を9割ほど短縮してほしかった。
最後の最後のBB関連のオチは良かった。
余計なストーリー要素を削って「道を切り開く」「すでに切り開いたエリアのインフラを整えて快適度を向上させる」というゲーム性を伸ばせばひとつの新ジャンルにできるんじゃないかと感じた。


デスストの次にやるゲームとして最近発売されたシタデルに興味があったので買ったんだけどこれは私には合わなかったようで2時間位遊んでアンインストールしてしまった。一人称視点魔法使いゲームというのは申し分ないんだけどサンドボックスゲームなのは私には合わないみたい。マイクラとかやっていられないタチなので。


マンガの考え事。
最近いい刺激があった。大塚英志氏の著作『感情天皇論』を読んだこと。



大塚英志氏の著作はほとんど読んでしまい、新しいのが出るたびに読んでる。


大塚英志氏がマンガ・アニメといった物語を読み解くとき、その着眼点は一貫している。
キーワードは「近代」「他者」「胎内回帰」など。

つまり、物語を通して作者が「理解不能な他者」と対峙することから逃げずにそれを成し遂げ、他者と対話することで「近代的個人として成長する」ことを良しとしている。
自分を無条件に受け入れてくれるような他者性のない慈母的存在に包まれ、その胎内に回帰するオチになっていたらそれに対しては批判する。
この態度が一貫している。

だから、宮崎駿の『崖の上のポニョ』は特に「失敗」として槍玉に挙げられる。羊水の比喩として取れるような母なる海で満たされた世界で母からあてがわれた嫁をもらって終わりというオチで、「他者性のない相手と一体化」「胎内回帰」そのものだからだ。

じゃあ大塚英志が「こういうのが見本だ」といってあげている作品は何かというと、これまで氏の著作を何冊も読んできたんだけど思い当たるものがない。挙げたことがないんじゃないか。つまり、大塚英志の評価軸に沿った作品はほぼ(少なくとも現代の作品には)ないんじゃないか。

で、「大塚英志の評価軸ってのはよっぽど異常なんだな!」と感じるかもしれないけど、私がいいたいのはそうではなく、私も大塚英志の評価軸にかなり賛同しているということだ。
だけど今まで描いてきているマンガが氏の評価軸に沿っているかと言うと必ずしもそうではない。

この評価軸、要は「成長を忌避して甘えたままでいるな」ということだ。
自分を無条件に愛し受け入れて優しく包んでくれる揺りかご(魅力的な異性キャラであることが多い)を求め、そこにとどまり続けたいという願望があり、しかしそれではダメだという問題意識がある。「それではだめだ」と踏みとどまることを評価して、なんだかんだカッコつけてごまかしつつ揺りかごの世界に安住することを失敗とする。

マンガやアニメにおいては具体的には美少女キャラに問題が集約する。
主人公の男性に無条件で惚れて味方になって愛してくれるような美少女キャラ。これが「他者性のない」「胎内回帰先」の典型になる。
だからそれに対していかに踏みとどまるのかということが課題になる。
私が描いてきたマンガではあんまり踏みとどまれていない。
一応、若い頃の作品と最近の作品とで比較すると、主人公(自分の分身)とヒロインたちとの心の距離感が多少離れてきてはいる。FEZマンガ(2007年)ではヒロインは主人公を愛しているというテイで描いてた。魔王バラーでのえりかさんもバラーを愛しているという形だった(2008年ごろ)。

最近のマンガではヒロインと主人公との間で恋愛的な関係は明示されてない。かと言って否定もされてないから留保されていると言った感じ。
シャニマスマンガでも艦これマンガでも、美少女たちは主人公(自分の分身)と概ね良好な関係ではあるけどスキスキといったノリではないようにしてる。だからむしろニコニコ静画のコメントで「イチャイチャが足りない」と書かれたりする。これは一応私なりに「踏みとどまろう」としていることの反映だ。

オリジナル漫画なら、邪竜の翼シリーズではヒロインのピンナとナカヨシとは恋愛的な話はさせていない。これは踏みとどまり。
ヒーローズアンドヴィランズではちょっと踏みとどまりが足りない気がする。ヒロインのマーメイドと主人公のナカヨシとはちょっと感情の距離が近い。



今後の課題。
主人公をちゃんと成長させる。
私は「キャラが変化するのが好きではないので成長など描かなくてもいいのだ」という立場が長かった。
でも成長を描くべきだという意識はあった。
少し前に見出したコツが「成長とはその人物本来の姿に近づくことだ」というもので、邪竜の翼2でのナカヨシにはこの要素の導入を試みた。

以前「主人公自身は成長しない(ぶれない)で、周囲に成長をもたらす」というのをポリシーにすればいいやと考えていたことがある。
なんだけど、これは自分の成長の拒絶を正当化するための詭弁に過ぎないんだなと自覚した。大塚英志氏の『感情天皇論』にまさにそういう指摘がある。著作の中でいくつかの小説に触れてるんだけど、男性作家が女性登場人物の成長を手助けするというパターンを共通して見出していて、「男性による女性の成長促し欲」という「よくある傾向」として指摘している。これは自分が成長しないでいることをごまかすための詭弁だとそれで気づいた。

ああ思い出した。大塚英志が評価している作品、というかシーン。
劇場版『エヴァンゲリオン まごころを君に』のラストシーン。人類補完計画で人類が溶け合った世界においてシンジは溶けずに個人としている。で、同じく個人として存在してるアスカの首を絞めるんだけど、アスカからは「気持ち悪い」と拒絶させる。このシーン。
ひとつに溶け合うこと(他者性の消滅に身を委ねる)ことに対して踏みとどまったのが評価される。
アスカがシンジを「気持ち悪い」と拒絶したことが評価される。ここではシンジにとってアスカは「他者」なのだ。

だからそういうことだ。マンガを描く際、甘いキャンディのような異性キャラは魅力的であるというかマンガを描く魅力の最大の構成要素はそれだ。しかし、それに対して踏みとどまることに、より上位の価値を感じる。しかし困難である。

可愛い女の子に愛されるマンガ描きたいなら描けばいいじゃんという話なんだけど、そういうマンガ描きたいかと言うとちょっと違う。やはり「こういうのを目指したい」というのを考えるときは高尚な頭が働く。だからここでも頭と感情のせめぎあいがあるのかな。頭では大塚英志的な価値基準のちからが強く、実際に描くときにモチベーションを刺激するのは美少女キャラによる甘やかし要素である。うーん。

話が散らばってきた。フォーカスを整理すると主人公を成長させるということ。
* ちゃんと変化する
* 私にとっての成長のイメージは「認めたくない自分を認める」ということ。ケガレの受容
* 慈母的美少女の胎内への回帰欲望に抗う

ということは私は「美しい愛」よりは「しんどい非愛」を描くべきだというのが理屈上での結論になるな。
そうかもしれない。

「愛」とか「好きという感情」なんかは、一種の銃弾というか攻撃の意味があると思う。
それを受ける側にポジティブなものだけでなくしんどさももたらす。
感情によっては執着化してトラブルの原因になる。
薬(毒)のようなものだ。

だから二次元キャラとかアイドルとかはそれらを受け止めるサンドバッグやデコイとしての役割があると思う。(だからここではアイドルは中の人とは切り離された虚像であるべきだという立場)
実体がないから攻撃を受けてもダメージを受ける本体がいない。残像拳とか身代わりの術のようなものだ。
現実世界の人間が現実世界の人間しか好きになれないなら好きのもたらす毒がもっといろいろな害悪の原因になるはずだ。

親子や家族の間には自然な愛情はあるべきで、安定した愛情のある環境が人間の基本的な世界観の形成には必要なのでこれと上記の「好き毒」とは別の話。だから私が毒視しているのは仏教でいうところの愛欲なのかな。

そうだな。「愛毒」の概念と「美少女への踏みとどまり」とは軸を通せば一貫性がある。むしろ「愛は素晴らしい」という主張のほうが通俗的(世間ではそうされているからそう思う)みたいな位置づけだ自分の場合。

この路線で考えてアイデア出せないかな。

---

映画なんかを見ていてもくっつきそうでくっつていない男女がいるとして、エイヤッでキスとかしてくっついてしまうシーンになるとがっかりしてしまう。つまり私自身すでに「恋愛はオミットされてるほうがいい」という価値観を強めに持っているということだな。
恋愛小説的恋愛要素で最近感動したものあったかな…? ぱっとは思いつかない。個人と個人とが作中で恋愛的に求め合う時、「いや嘘だろ」とか「個人と個人とは別の主体なんだから委ね合うように求め合うのは無理だろ」みたいに感じていることのほうが多い。そっちに重心を持つべきなのだ。
なんだけど、フィクションなんだから嘘でいいんだなうーん。えろまんがなんかは好き感情があったほうが私は好きだ。あれは割り切って読んでる分野だからだろうか。うーん。
| マンガについての考えごと | 12:16 | - | - | permalink |
19120501
社内SEに可能性を感じる。
IT以外の本業がある会社で、本業をITの技術で支えると。
ITの会社は基本的に職場が都心なるが、社内SEの募集をする会社はいろんな業界にあるので勤務地の選択の幅が広い。
製造業でも介護業でも運送業でも、どんな業界の会社でも社内SEの募集はある。
ただし社内SEの求人そのものは多いわけではないのでたまにあるいい感じの求人をいかにうまく見つけるのかが問題になるけど。
そういえば以前いた小さな商社でやっていたデジタル雑用みたいな仕事はいわば社内SEだ。なんだかんだで5年位続いた職場だったので受託開発の会社よりは性に合っているのだと思う。
| 雑記 | 07:04 | - | - | permalink |
19120102
マンガの考え事も少し。

着想。
なろう系小説を読んでいるわけではないんだけど自分の持ってるなろう系小説についての先入観がヒントになって出てきたもの。なのでなろう系小説についての知識が間違っていても勘弁してほしい。というのが前置き。
なろう系小説でのファンタジー観は基本的にドラクエやFFのようなゲームのシステムを持っていることが暗黙の了解になってる。
ソードアート・オンラインでは、最初に主人公が閉じ込められるのはまさにゲームの中だったからレベルとかステータスとかのゲームシステムがあるのに違和感はなかったけど、その後出てきた作品では割と「そこはゲームの世界の中である」という断りなしに、ファンタジー世界がクエストやステータスやレベルというゲームシステムを持っているものとして描かれているように感じる。

で、これを逆手に取る。主人公が事故にあって転生するんだけど転生先は現実世界。「あれ、事故ったのは夢だったのかな」と思っていると自分の知ってる現実世界とちょっと違う。世界は現実なんだけどゲームシステムがあることが前提になっている世界で、ステータスやレベルがあり、転職には必要ステータスや消費ポイントがあったりする。
ゲームシステムが当然のものとして世界に組み込まれるのは本来おかしいんじゃないのという異化の効果を狙う。
で、主人公はゲームシステム(世界を支配するシステム)に抗ってもいいし、システムを逆手に取ってもいいし、ゲームシステム自体は実は現実に実際に行われていることを可視化しているのに過ぎなくて現実はこんなに抑圧されているんだということを風刺として描いてもいい。そこはまだ着想なし。


もう一個なんか書いておきたい考え事の種があったように思うんだけど忘れてしまった。思い出したら書こう。

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思い出した。マンガに男性キャラを複数出す工夫を考えたいんだった。でもこんな時間なんで今度にしよう。
今脳内にあるヒントだけ列挙。
* 自分の人格を分与する。つまりどのキャラも切り取り方が違うだけで自分の分身
* 各キャラには異なる役割が割り振られるので「かぶる」ということはない。ナカヨシが複数になるだけなんじゃないのと感じるが、仮にそうだとしても「主人公のナカヨシ」「味方キャラの脇役ナカヨシ」「敵対者ナカヨシ」「ライバルキャラとしてのナカヨシ」など、役割が違えば出てくる面も違ってくる。そして、全く同一の役割のキャラがひとつの作品に複数出てくることはまず無い(意味がないのでひとりに統合しちゃうため)
| マンガについての考えごと | 21:24 | - | - | permalink |
19120101
最近は仕事を我慢してこなしつつ家では相変わらずデスストランディングをやっている。

いくつか考え事。

転職、自分の感情からのゴーサインは出てないけど職種候補に社内SEを入れておこう。職種を完全に変えるのではなく少しずらすという選択肢。
私のプログラマ経験では受託開発がメインになってきた。納期があるので納期近くはしんどい。
プログラマであり、且つ、繁忙期のきつさが緩やかになる職種として社内SE。社内SEのイメージはだいたいそんな感じ。
過去に求人を検索した感じでは、私が主にやってるPHPやJAVAといったWeb系の言語は社内SE向けではない。社内SEは社内ツールを作ることが多いらしく、ウィンドウズで直接動くアプリを作れるC系の言語が基本的には使われているらしい。そこは不利な点。
なんだけど、必須経験がJAVAというところもあるし、ぶっちゃけ言語が変わろうが大した違いはない。PHPとRailsとJAVAとJavaScriptの業務経験があり、だいたい新しい言語に入ってもちょっと書式のルールが違うだけで本質的に異なるものということではない。

なのでそうか、プログラマという職種についての態度を以下のように固めておけばいいんじゃないか。
* 通いやすい場所で私でも応募可能な社内SEの求人があれば候補になる
* 受託開発はNG
* 勤務先はプロジェクトにより異なります系の派遣のやつならもっとNG

例えば過去の経験からの学びとして私の中では「プログラマやるにしてもゲーム業界は嫌だ」というのがすでにある。
そういうふうに、プログラマという領域内での「これはいいかも」「これはもうゴメンだな」マッピングの情報量が増えていくというイメージ。

別にどうしてもプログラマじゃなきゃ嫌だということもないし、どうしてもプログラマは嫌だということでもない。有利な条件(今回念頭に置いているのが社内SE)で働けそうなら構わないという感じ。


それとは別に、デスストランディングの影響もあって、人や物を運ぶ仕事っていいなあと感じてもいる。
今年(2019)の10月後半に家族3人でスペイン旅行に行ったんだけど、最初に空港に行くまでの道のりで、自宅から最寄り駅までの移動が最も大変だった。深夜でバスも動いてなく、タクシーの事前予約も電話がつながらず、運転免許持ってるメンツはこの旅行に行くメンバー以外いないので家族にも車を出してもらえず、徒歩で移動するしかなかったんだけど雨風が強くてきつかった。
人や物を運ぶのって現実世界で現実のものが動くのですごいことだよなあと感じた。私は長いことパソコンに向かってプログラムやWebサイトや画像や資料なんかを作る仕事をしてきているのでいまいち現実世界と歯車が噛んでいない感じがする。


また、祖母が入院しているので最近お見舞いに行き、久しぶりに介護的なものをやった。タオルを絞って足を拭いたりなど。認知症ケアがキツイということはあるけど介護自体には自分はそれなりに向いてるなというのを久しぶりに感じた。なので今後の転職の際、介護関係で、且つ、自分でも続けられそうな条件のものがあれば検討してもいいかもしれない。ただし今のところ理論上はそういうのはなさそう。介護=認知症ケアというのが現状だろうので。医学が発達して認知症がない世界になったら普通に介護職も検討に値すると感じるんだけどね。


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サラッと検索したら通いやすい場所の社内SE一件見つかった。タイミングによってはあったりなかったりする頻度の領域かなこれは。以前の転職活動の際にもやっぱりだいたいそんな感じの、無いこともないけどいつもあるわけではない「ちょっとレア」くらいの求人だった。

と、いうかこの求人かなりいいな。残り掲載日5日… いや、ものによってはズルズル募集が続くものもあるから「今求人があるから転職しよう」という順序での発想はやめよう。自分の感情がゴーサインを出すときがスタートラインだ。だからこの求人が念頭にあるから明日からの一週間は転職ゴーサイン判定が手前に来るかもしれないね。感情と思考とは相互に連携する。

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気になる求人もうちょっと調べたらうちから原付きで通える距離だ… 奇跡的に良条件なんじゃないか…
応募するつもりで該当求人サイトの登録情報の更新などしてみよう。で、今の会社に行って今の仕事してるとき感情がどういう影響を受けるのかを観察しよう。「もっと近くで似たような仕事できるならここにいる意味ないのでは?」と感じるか、「なんだかんだでここの待遇に満足してるしめんどくさい転職活動しなくていいか」になるか。
| 雑記 | 20:41 | - | - | permalink |
19112701
転職を考えてた時期からここしばらくは一日一時間三十分のペースで残業している。
社内でそんなに衝突しないでいられているが残業が続くとやはり衝突がなくても精神が暗くなっていく。この「早く一区切り付いてくれ」の暗い気持ちはこの仕事には必ずついてまわると覚えておこう。
考えてみれば開発の仕事には炎上案件もザラにあり、プログラマが逃亡というケースもよくある。そもそもそんなに恵まれた世界ではないということを思い出した。
| 雑記 | 07:16 | - | - | permalink |
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