Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

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17112201
マンガの考え事。

アイカツ。
物語の構造。
悪役を出さない。
戦いを避けない。

戦い自体に耽溺するようなマンガがバトルマンガ。「真島くんふっとばす」とかそういうマンガ。ドラゴンボールもそうだろうな。
戦いを通してメッセージなり象徴なりを描くとするとそればまた別のマンガ。アメコミでは戦闘シーン自体は日本のバトルマンガに比べてサラッと終わってしまう。戦い自体に耽溺して描いているのではなく戦いもメッセージをもった物語全体におけるパーツに過ぎないという位置づけなのだろう。
例えば「ウォッチメン」。ヒーローモノなのだから当然戦いが入る。しかし、ウォッチメンが描いているのは「核を手にした人類は核ミサイルを打ち合って滅びるしかないだろう、それを避けるには突出した天才が人類を詐欺にかけてでも共通の敵を作り出すしかない、つまりそれはフィクションでしか可能にならないから現実では人類は滅びるしかないだろう」というメッセージだ。
戦い自体は構成要素のひとつでしかなくてメインディッシュではない。

ドラゴンボールでもナルトでもブリーチでもワンピースでもジョジョでも、戦いがメインディッシュだ。そういうマンガはバトルマンガというべきか。戦いを取り扱うカテゴリの中でもさらに狭義のカテゴリだと考えるべきだ。戦いに特化した特殊なマンガ。
ヴィンランドサーガやヒストリエはおそらくそうではない。バトルマンガではない。
「構造的に戦いを必要とするけれどバトルマンガではない」という形式が自分向けなのではないか。ドラクエマンガはそうだったしヒーローズアンドヴィランズもそうだ。

で、アイカツ。
アイカツの登場人物たちの中心的な機能は「輝く」ということだ。
私の主人公に担わせたい中心的な機能は「救う」というもの。
ドラゴンボールの悟空なら「戦う」。ルパン三世なら「盗む」。あんぱんまんなら「助ける」。

コ・オペレイション? 協力?
大空あかりちゃんがお天気お姉さんのオーディションを受ける決断をしたのは、「みんなを元気づける」という共通点を見出したからだ。アイドル活動を通してファンのみんなを元気づけたい。みんなを元気づけるという事業はお天気お姉さんとしても実現可能。
みんなを元気づけるという事業と救うという事業とは根は同じだ。

なので、いつもの主人公がアイドルを救う話ではなく、いつもの主人公とアイドルとが協力してなんらかの存在を救う/元気づける話でどうだろう。
あかりちゃんの夏期講習エピソードを下敷きにするのではなく、スター宮がクリスマスツリーを伐採するエピソードを下敷きにする。

ではどんな存在を元気づける?
三人目のキャラが必要になる。

クエンティン・タランティーノは、「歴史の被害者」に注目し、彼らに復讐を遂げさせる作品を好んで描く。
ユダヤ人がヒットラーを殺す=イングロリアス・バスターズ。
黒人奴隷が白人の農場主を殺す=ジャンゴ。

ドラクエマンガで私が注目したのは「難民」。
ヒロヴィラで注目したのが「研究所実験体改造人間(マーメイド)」「怪獣人間」。
ウルトラマンアラズで注目したのが怪獣。
PFRDで注目したのが「復活者」=ゾンビ・その世界の文明の敵対者。
PFNWで注目したのが開拓前のその土地本来の姿(登場しなかったけど人間ベースで言うなら原住民となるか)。

つまりクエンティン・タランティーノ監督の着眼点と似てると思う。「歴史の被害者」カテゴリは私も注目が向く。
一方で、「悪のレッテルを貼られた存在」にも目が向く。怪獣、怪人、悪魔…

歴史の被害者または悪のレッテルを貼られた存在がアイドルを目指す?
主人公はそのアイドル活動を支え、そのアイドル活動が大衆を救う。
主人公→助ける→アイドル→救う→大衆。
うーん。
大衆が救いを求める時代… デストピア?

たとえばハーフエルフのような被差別種族がいる。
アイカツシステムのようなものがあるが、これはエルフか人間しか使ってはいけないことになっている。
アイドル志望のハーフエルフがいて、密かに練習しているんだけど、人間やエルフからは馬鹿にされ、権力(警察とか)からは弾圧される。
主人公が彼女と出会い、歌やダンスが教えられればいいんだけどそうすると主人公もそれらの能力もってないといけないな…
で、アイカツシステム的なものを使ってのステージに立たせる。この手段は強硬手段なのか合法的なものなのかは要アイデア。
で、彼女のステージが彼女と同じく抑圧されている人々に大きな勇気を与える。

この主人公にふさわしいのはジョニー別府だな。うーーーーん。
歌やダンスを教えられなくてもステージ立たせる段取りを立てることはできるかもだな。むしろルパン三世みたいなアウトローに向いている?

| マンガについての考えごと | 23:49 | - | - | permalink |
17112101
アイデア考え。
アイカツをリスペクトしつつ、でもやっぱりなんかしっくりこないなと感じるのでこだわりすぎずに。

アイカツで一番好きなエピソードはあかりちゃんの夏期講習の前後編で、これを下敷きに描けないかなとちょっと考えたんだけどいいプロットが浮かばない。
ひねりがないのが私向けじゃないのだろう。
つまり、
* できるようになるべき何らかの課題がある
* 当該の人物はそれができない
* 練習する
* 練習の結果、出来るようになる
ということだから展開としては順接のみだ。

何が選ばれるかわからない選択があったほうが私向けだ。
たとえばスパイを捕まえる。殺すか、スパイ交換のために人質として取っておくかという議論になる。どちらかが選ばれねばならないがどっちが正解かわからない。

む、選択というテーマだったらアイカツ文脈考え事で何度か登場してるな。
* 人気が取れる路線(ひとから求められる路線)
* 自分が本当にやりたい路線

なんだけど、どうせ自分がやりたい路線選ぶのが正解なんだろということが見え透いてしまって、正解のある選択肢になってしまっている。これだと燃えない。
もっと難しい選択にできないか?
例えばパートナー選び。二人組ユニットで参加する大会があり、数人のアイドルから組もうというオファーをもらう。
でもなんかこれ選ばなかった相手と遺恨が残りそうで嫌だなあ。

やはりアイカツから離れるべき。

戦い。うーん。戦い。
戦いがあればそれが見せ場になるのでまとまりがよい。
しかし悪役を出さないというメソッドには向いてない。
そもそもPFマンガでもそうだけど、自分の投影キャラ自身は戦いに消極的だ。マンガとしては戦いがあるとまとまるんだけど私のキャラは戦いを避けがち。
うーん。
コメディにしたらどうか。アイカツも実はコメディである。コメディなら戦いでないシーンが見せ場になる?

うーん。
うちの本棚にあるマンガを見渡す。
* ドラゴンボール:戦う
* ジョジョ:戦う
* ハンターハンター:戦う
* ヴィンランドサーガ:戦う
* ウルトラマングレート:戦う
* ジャスティスリーグ:戦う
* マーベルのアメコミ:戦う
* ウォッチメン:戦う
* ナルト:戦う
* PEANUTS:戦わない
* ラッキーブレイク:戦わない
* ベルセルク:戦う
* ブッダ:戦わない(たまに戦う)
* 孔明の嫁:戦わない(たまに戦う)
* MONSTER(浦沢直樹):戦わない(たまに戦う)

戦わないものは基本的にはコメディだ。4コマ漫画
コメディはお話全体としての構造をきちんともってないことが多い。1ネタ1ネタの単発を積み重ねてページが増えていく。

戦い。うーん戦い。
やはりフィクションにおける戦いには多くの意味が凝縮されていてお話全体の爆発どころでもあり、魅力的だ。
フィクションにおける戦いは肯定しよう。
戦い自体を避けるのではなくもっと認識を精密にしてどんな戦いを描きたいか・どんな戦いを描くのに価値があるのかというところを問題にすべきではないか。

しかし、手塚治虫の作品は戦わないのにすごいものが多いな。
* ブラックジャック:戦わない。手術が見せ場。
* キリヒト賛歌:戦わない
* ブッダ:戦わない。説法が見せ場…?

もっとありそうなんだけど意外と手元に手塚治虫氏の作品がないな。
手塚クラスタ。藤子不二雄作品も戦わないものが多い。でも、コメディが基本か。ドラえもんが基本的には戦わず、コメディだ。

男性キャラは戦士(戦うもの)であると収まりがいい。描きやすい。
* ウルトラマン
* 仮面ライダー
* 悟空
* モビルスーツのパイロット
* 騎士や戦士や勇者
* スタンド使い
* 念能力者
* スパイ
* ホグワーツの魔法使い

しかしアイカツやアイマスのアイドルは戦うわけではない。アイドルは戦士ではない。

フィクションにおける戦わない存在
* アイドル
* 料理人
* スポーツマン(広義の戦い)
* ギャンブラー(広義の戦い)
* 仕立て屋
* 教師

しかし、料理バトルやオーディションなんかをするならそれも広義の戦いだ。
アイカツでさえ広義の戦いだと解釈すればいいのか。そうすれば汎戦闘論になる。
物語が構造を持つ限り、戦いは必須である。構造は戦いを必要とし、戦いは構造を生む。
戦いを避けるなら構造を避けるしかない。つまり4コマ漫画のような単発ネタだ。

戦いは避けない方向で。
構造に惹かれる度合いが強いので。
大空あかりちゃん的な「諦めない根性」というのは、見る分には感動するけどどうも自分が描こうとするとモチベーションを上げにくいテーマらしい。
アイカツ内で私がモチベーション高く描けそうな要素ってあるか?
ジョニー先生が生徒たちに辛抱強く教える姿はかなりいい。
スター宮が友達のためにもみの木を切ってくるような行動の選択は予測がつかなくていい。
おとめちゃんは全体的に予測がつかなくて詩的だ。

むむ。
友達のために、クリスマスツリーを用意しよう。
元気のない、犬のために塹壕を掘ろう(私のマンガ「DROP DROP」のあらすじ)。
詩だな。スター宮の行動はかなり詩的だ。
ひとのために何か(得にならないこと)をするということ。

あかりちゃんの感動エピソードは自分を輝かせるために努力するものが多い。セルフヘルプ。向上心。

ひとのために何かするほうが私の描きたいマンガとしてはマッチする。
セルフプロデュースよりはひとの手助けになるというエピソードのほうがよい。

選択。
選択ということで言えば1stシーズンで紫吹蘭ちゃんがトライスターから抜けてソレイユに合流するところは「予想の付かない選択」でとてもよかった。

戦わなくても選択をすれば見せ場になる。これは転換点、論理的な意味での重要ポイントだな。スペクタクルなビジュアルがどうというものではなく。

で、次のマンガの具体的な狙いは…?

まだ見いだせてないな。
今日は眠いのでここまで。
| マンガについての考えごと | 00:13 | - | - | permalink |
17112001
アイデア考え。
アイカツメソッドリスペクト。

数字にとらわれず好きなことをする、というテーマはどうもやはりモチベーションが上がらない。私のテーマではないのかもしれない。

すると普通に、製造目的よりも自分のやりたいことを選ぶという氷上スミレちゃんエピソードのようなことをする?

一旦、テーマの段階から探し直そう。
最近のヒント…
アイカツ。特に大空あかりちゃん。
実存主義。
AI。AIは人間に取って代わる。
数字にとらわれないこと。
ハリーポッター。私はハッフルパフ生になりたい。
ドラクエマンガでは北朝鮮の難民という社会問題を念頭に置いた。社会的なテーマを探す?

アイカツメソッドを実践したいという希望。悪役なしでお話を作る。
私が最も影響を受けたマンガ「PEANUTS」でも悪役は(原則として)出てこない。
悪役の出てこない、自分にしっくりくるジャンルを見出すことができたらたくさん描けるかもしれない。

空想の世界やSFの世界を考えることに喜びを見出す系ではない。
やはり物語の持つメッセージのところに着眼が強い。

「善いものを善いものとして描く」という方針があり、アイカツメソッドはそれに方向が一致している。
では善いものとは?
それがだから、数字にとらわれない姿勢、ということになるが。
あとは大空あかりちゃん的に言うならうまく行かなくてもしぶとくやり続ける根性とかだな。

「読んだ人間に生きる力を供給する」という狙いがある。願望。この方向から考えられないか。
アイカツは視聴者に生きる力を供給しているか。供給している。やはりここでもアイカツは偉大だという結論になる。
アイドルたちの頑張る姿が尊いから生きる力になるのか?

うーん。アイカツにとらわれすぎているんだな。素晴らしい作品ではあるが自分のマンガ文脈に無加工で接続可能なわけではない。

PFRD→ドラクエマンガとスムーズに描けたのは自分のマンガの文脈から逸れなかったからだ。PFRDマンガを通してより理解が深まった自分のマンガの特性をドラクエマンガとして実践したからうまくいった。

自分のマンガの特性に寄せて考えてみよう。
主人公は作者の分身。
主人公は天使的(メリーポピンズ的)存在。
主人公は成長しないが周囲の人物に変化を促す。
主人公は対立するふたつのカテゴリの間に入る存在。
主人公は決定的な能力を持つわけではなく、決定的な活躍(見せ場)は周囲のキャラに譲る。

周囲のキャラに成長を促すという角度がアイカツと接続し得るインターフェイスかもしれない。
アイドル的存在がおり、彼女と関わる天使的存在として主人公がいる。アイドルがぶつかっている壁を乗り越える助けとなる立場。
アイカツにおけるジョニー別府先生、というよりはあかりちゃんにおけるスター宮の立場だな。でも主人公はおっさんなのでジョニー先生の路線でイメージするといいか。

アイドルが成長する物語である。
それを手助けするのが主人公である。
そのアイドルは… それこそ容姿に優れた氷上スミレちゃんみたいなタイプで、彼女の美貌を利用して儲けようという勢力がおり、しかし本人は歌なり踊りなり別のことをやりたがっている? 主人公が味方する? しかしこれじゃまんま氷上スミレエピソードだ。

アイドルたちはいろんな壁にぶつかる。
* 自分は可愛くないのではないか
* 自分の得意は何か
* 親の七光りではなく自分自身を見てほしい
* 歌も踊りも下手で先輩のように輝けない
* etc

そう考えるとこのパターンは第三期に多いな。
1〜2期ってどういうパターンだったっけ…?
あなたがドなら私はレ…
よく思い出せないな。意外と私にはしっくりくる構造じゃなかったのかもしれない。

どうせ私の分身キャラは出る。
アイカツリスペクト文脈なら必ずアイドル的女の子が出るだろう。
すると自分がアイドル的女の子にどう関わるのかという空想を練ることになる。
自信を失っていたら自信をつけさせるとかだな。しかし無難だ。もっとこうパンクな方がいい。
イメージを壊したらファンに悪いと萎縮しているアイドルの背中を押す?
これはひなきちゃん-あかりちゃん間で行われたテーマだな。やはり大空あかり!!

どういう展開だと燃えるか。
ドラクエマンガでモンスター難民に肩入れしたように、立場の弱いものに肩入れするのにロマンを感じる。

なので、その選択をすることで責められるであろうような選択をしたいけど踏み切れないでいるアイドルに味方するという展開になる?
なんかキモいアイドルオタクの妄想じみていてイマイチだな。
アイドルそのものを使うのはだめな気がする。置き換えが必要。やはりロボット? ボツにしたテーマに戻ってくる?

2期における大空あかりちゃんのエピソードはどれも名作だ。特にアイカツブートキャンプと夏期講習。
「ひとよりもできない」ということに打ちのめされながらしかし逃げずに向き合い続け、克服するその姿がうつくしい。
夏期講習ではジョニー先生が親身になって教えてくれる。その姿もうつくしい。これか?
できない生徒と根気強い先生。

うーん

私の好みの展開で言うなら…
悩んでいる存在がさまよっている。
偶然、主人公と出会う。
主人公が何かエキセントリックな行動で悩んでいる存在に感銘を与える。
悩んでいる存在が悩みを突破する。

つまり「天使的存在との出会い」であり、私が天使役をやりたいということか。

ニンジャ…

もず落としをマスターしないと修行完了とならない忍者の里。
ひとりだけで気が悪くてどうしてももず落としができない。
そこで特別な修行をさせるために特別な山に入らせる。
そこで師匠として出会う仙人が、スパルタで厳しい師匠かと思いきや辛抱強く修行をつけてくれるやさしい先生だった、みたいな。
うーん。

エキセントリックな天使…
天使といえば悪魔。エキセントリックな悪魔でもいい。要するに常識にとらわれない考え方を提供する存在であればいい。天使という善なる属性が重要なのではなく現実感がない存在であるということが重要。

夏期講習におけるジョニー先生。よい着眼点ではあると思う。
寝かせてみるか。
| マンガについての考えごと | 23:14 | - | - | permalink |
17111903
アイデア考え。

AIとアイカツメソッド。

しかしそもそもはアルタミラの壁画家のような「稼げた数字ではなく活動そのものに価値がある」という主張だったはずだ。焦点がずれてきている。

ということはAIロボの初期状態の悩みは「現状、数値が稼げているから満足のはずなのに何か虚しい」というもの?


漫画家学校スターライト学園では生徒たちはセルフプロデュースして描くものを決める。
学年一売れっ子の○○は今何を描けば流行に乗れるかを見抜く能力に優れていたがこれが自分の描きたいものなのかどうか確信が持てないという悩みを抱いていた。
そんなときジョニー先生が特別講師として学校に呼んできた旧友の漫画描きの話を聞く。彼は普段無人島にこもってひとりでどこにも発表するあてのない漫画を描いているのだという。

うーん。

アンチ数値的な主張をするのならAIロボットという題材は向いてない気がする。
既に成功しているけど満足していない何者かと、全然成功してないけど満足してる何者か。

AIの優れたデータ処理能力によって流行ドンピシャの絵を描くことができるAIロボが自らの芸術(誰にも理解されない)を見出す?

なんか落描きでもするか。
| マンガについての考えごと | 22:59 | - | - | permalink |
17111902
アイデア考え。
アイカツメソッドまわり。

悪役(読者を不愉快にさせるキャラ)を出さないというポリシーは私もすごく惹かれるし向いてる気がする。
実践レベルに落とし込みたい。

ここでいう「悪役」はそもそもどういう役割を持っているのか。
「敵対者」とは区別して考える。

悪役
* 読者を不愉快にする
* 読者を不愉快にすることでそのキャラの唱える思想について作者は反対の考えを持っていることを表明する
* 倒されるべきで、倒された際にカタルシスが得られる

敵対者
* 主人公の目的遂行を阻害する

加害者
* 解決すべき問題を発生させる


加害者という立場もまた別に考えられるなと気づいた。
敵対者と必ずしも一致しない。
例えば日照りが続いて水不足になる。水を求めてオアシスを見つけ出すがオアシスはモンスターに独占されているのでこれを駆除しなくてはならない。
加害者 : 自然現象
敵対者 : オアシス独占モンスター

悪役というのは構造に関わる存在ではない。

ヒーローズアンドヴィランズを描いているときはアメコミヒーローモノが自分のジャンルかなと感じている。
しかし正義の味方が戦うというジャンルなのでどうしても悪役が登場してしまうのではないか。
悪役の登場しないヒーローモノを考える。

ヴィランが自分なりの社会正義を抱いていればどうか。
義賊で、富者から金を盗んで貧者に還元しようとしている。
この場合むしろナカヨシたちは義賊の方に肩入れしそうだな。

スパイダーマンホームカミングのヴァルチャーが悪役かというとどうもそうでもないんじゃないかと感じる。
ヴァルチャー自身はちゃんと従業員を食わせなければならないという責任感の強い親父にすぎない。政府に理不尽な仕事の奪われ方をしたから目には目を方式で犯罪を商売にし始めただけで。
するとキャプテン・アメリカ・シヴィルウォーも不愉快な悪役は出てこない。アイカツだったのでは?



ガンダムバーサス(PS4)を買ったので攻略サイトなど見て時間を潰してしまった。

アイカツはアイドル活動を中心にしているから一話あたりの見せ場がステージのシーンになる。
私が最近描いているマンガだとなんだかんだ言って戦闘シーンが見せ場になっている。ヒロヴィラでも戦いがあるしドラクエでも爆弾岩迎撃があった。
アイカツメソッドを使いこなすなら戦闘ではないシーンが見せ場になっている方がいい。それは可能か?

いや、見せ場の解釈が曖昧だな。
何らかの見せ場は必要だというか、見せ場があるべきだと私は考える。
見せ場がないマンガを描くことは可能だろうけどつまらないと思う。そういうのを描きたいわけではない。

見せ場シーンはやはり動きが必要だ。キャラの物理的な動きもそうだし、事態が進展するという意味での動きもそうだ。

アイカツのステージのようなシーンが見せ場になり得るのはアニメだからだ。マンガという形式にはそれは向いていない。
戦いはやっぱり見せ場に向いている。

見せ場でないシーンというと
* 会話。何らかの選択を迫るものではなく情報が提供されるためのもの。
* 移動。舞台を変更する。

「物事が順接的に推移する」のが「見せ場でないシーン」だ。道路で言えば一本道。
見せ場を道路に例えると「分かれ道」。どういう結末になるのかが(予想はつくとはいえ)確定していないシーンが見せ場になる。

でもアイカツのステージシーンについてはただ「見ていて面白いシーン」というニュアンスで理解しているな。成功失敗という結果が重要というわけでは必ずしもない。
アニメではそういう、動きが面白くて見栄えがするシーンだけで見せ場になる。
むしろ戦いのシーンというのはマンガというフォーマット向けなのかもしれない。
これがもし小説なら、マンガよりも更に動きを描くのが苦手だから、むしろよりロジックに寄ったイベント・探偵による謎解きのようなシーンのほうがより見せ場感が出ると思う。

アイカツステージのように「見ていて面白いという理由で見せ場足り得る」シーンをマンガフォーマットで見出すならそれはえろマンガのえろシーンだと思う。とりあえずえろいイベントがあればそのシーンにお話的に意味がなくてもOKという感じ。

戦い(とえろシーン)以外の見せ場シーンを模索するのはなぜだ?
戦いのシーンがアイカツの精神に反する気がするから?
むかしから戦いレスでマンガ描けないかなという模索は考えてきたけどあんまりうまく行ってないし、ヒロヴィラやドラクエマンガはこだわりなく戦いシーンを入れることでむしろスムーズに行っている。じゃあ別に戦いを描くことに屈託を抱かなくていいのでは?

会話シーンも見せ場足り得る。
必要条件は「結末がどうなるかわからない分かれ道」であることだ。
* 恋愛漫画における告白シーン。返事がどうなるかわからない。
* 探偵小説における謎解きシーン。犯人が誰なのか(表立っては)判らない。

分かれ道であれば戦おうが戦うまいが見せ場になるのだ。
あんまりメタなこと考えてるだけでも非生産的だから具体的なアイデアを練るべきだな。


AIロボ、実存、アイカツメソッドの話。
分かれ道見せ場説で言えばロボットが製造目的よりも自分のやりたいことを選ぶシーンこそが見せ場になるな。それは戦いではない。
しかし決断するシーン自体は絵面が地味になるから絵面見せ場シーンがほしい。
ということは構造上の見せ場シーンと絵面上の見せ場シーンとがあると理解すべきだな。
で、見せ場という言葉にふさわしいのは絵面の方だ。構造上の分かれ道シーンは別の単語で認識すべきだな。構造上の最重要ポイント… 起承転結でいう「転」。ここは「転換点」としておくか。

分かれ道と見せ場とが一致することもあれば一致しないこともある。
アイカツでスミレちゃんが歌を選ぶ回では、転換点はステージシーンよりも前にある。シャンプーのオーディションを捨てて歌のオーディションを選ぶシーンが転換点だ。でも絵面としての見せ場はステージのシーンだ。

AIと実存のお話なら、転換点と見せ場とがやはり一致しないやり方になる気がする。

マンガ絵面だけで見せ場を持たせる…?
絵面見せ場のあとに転換点があってもいい気がする。

戦闘ロボットが激しい戦闘の最後に敵を逃し、私は銃をマイクに持ち変えるよと宣言するとか。
するとアイドルものになる? オリジナルドラクエとしてドラクエMOBSを描いたように、オリジナルアイドルものとしてAIロボを描く?

アイドルを見てアイドルに憧れた戦闘用美少女アンドロイドがレールガンをマイクに持ち替えるお話?
いいかもしれない。ちょっと脳内で寝かせてモチベーションが続くか観察してみよう。
| マンガについての考えごと | 19:48 | - | - | permalink |
17111901
アイデア考え。
アイカツメソッドを使ってAIと実存主義を描く。
まだエピソード内の中央部分がひらめいていない。

AIについて考えることでヒントを探ろう。
私にとってのAI観は「仕事を奪うもの」である。
日本人は本来ドラえもんや鉄腕アトムで育っているのでAIにはフレンドリーな価値観を持つことが多いというんだけど、もう脳が経済社会に毒されてしまったのか、欧米的な「仕事を奪うロボット」観のほうが私の内部では優勢になった。

なので主人公(AIロボットを励ます役目)はAIに仕事を奪われて今は社会福祉で生きている人物にしたらどうだろうか。
いや待て、AIに奪われない仕事はなんだろうと考えて、主要な職を奪われた後にその職に就いていると考えてもいいか。

AIに奪われる仕事として私が思い描くもの。
* 運転系。運輸業、タクシードライバー、飛行機のパイロット、電車の運転手…
* 警備系。警備員。警察…は流石に無理か?
* 金融系。銀行員、株式関係。

主人公はタクシードライバーだったが自動車が自動運転になることで職を失った。
この世界では人間ができる仕事をわざわざ用意されている? 何かしらやらせておかないと人間が社会不安の要因になるので。
あるいは働いてないと不安な人はそういう不安解消用の仕事に就き、別に働かなくて不安じゃないという人間は社会保障で生活してる?

今回のマンガの狙いはなんだっけ?
実存主義か。
AIロボの自己実現を応援する。

最終的にこのロボットが選択するのは何なのか。やはりこのヒラメキが必要だな。
意外にも暴力的なもの? セクサロイドとして作られたがヒーローに憧れて警察に志願するとか。違う気がするな。
やはり芸術系… 歌、踊り、陶芸、絵画… 無難なところ。
オタクになる? アイドルファン、鉄道マニア、オーディオ機器…
何らかの職業? 看護師、弁護士、ケーキ屋、おもちゃ屋…

ニチアサはじまるのでここまで。
| マンガについての考えごと | 08:25 | - | - | permalink |
17111803
アイデア考え。

アイカツの本がほしいなと思ってAmazonで検索などしていた。
次の本を見つけた。



この本のユーザーレビューに次のような記述があった。

> 監督が「悪役が一人も出なくても面白くまとめ上げることはできる!」という強い意志のもと作られた本作(アイカツ)

アイカツの世界にはリアリティはそんなになくて不思議な世界だなと感じていたけど、この「悪役がいない」というレギュレーションこそがこの特異性の本質なのかもしれない。

私は悪役を描く(考える)のが著しく苦手だ。
私はアイカツが大好きだ。
つまり、アイカツから悪役レスな作品作りの方法論を学べば私の創作のブレイクスルーにできるのではないか?


今考えているネタをアイカツメソッドでアレンジするとどうなるか。

まずアイカツメソッドを自分なりに消化しなくてはならない。
110話ほど見た現在での理解で一度整理しよう。

負の感情が描かれない。
アイドルものだったらオーディションで落とされた子が受かった子に対して恨みや妬みの感情を抱くのが現実だろうけどそういうのは描かれない。
負の感情で歪んだ人物は描かれない。アイドルものの登場人物でのステレオタイプのひとつに「(大人から見えるような)オモテヅラはいいんだけど同じくらいや下の立場のアイドル志望者に対しては陰湿な嫌がらせをする」みたいな悪役がいると思うんだけどそういうのは出てこない。
だから安心して見られるしストレスも感じないのか!

ではどういうドラマの見せ方をしているんだろう。

悪役がいないということは戦いがないということ?
競い合いはある。オーディションがそうだしWM対Twingsの対決ステージもあった。
でもこれらはスポーツマンシップに則った競争だ。善悪の白黒をつける闘争ではない。

問題→解決の流れ。
さっき見た「117話 歌声はスミレ色」ではどうだったか。
問題 : アイドルとしての自分の進むべき道を見出しかねているスミレちゃん。周囲からの期待(優れた容姿を活かす方向)と自らの希望(歌)との間で板挟みになる。
解決のための布石 : 大空あかりちゃんがスミレちゃんを応援するために、スミレちゃんのお姉さんから教わったハーブティーを淹れる。
解決 : スミレちゃんはオファーされたシャンプーCMの仕事よりも歌手オーディションを選び、合格する。

ここでもし悪役のいるパターンとしてこの話を作っていたらどうなっていたかを考える。
スミレちゃんの容姿の美しさを活かして自分の手柄にしようとする存在が悪役。プロデューサーかもしれないし母親かもしれない。その人物がスミレちゃんにシャンプーCMの仕事を強要する。スミレちゃんはシャンプーCMオーディションと同日に開催される歌手オーディションに出たい。スミレちゃんがシャンプーCMオーディションに向かう自動車に乗っていると、ビルからデッドプールが振ってきて運転手の悪役プロデューサーを射殺、そのまま歌手オーディションに連れて行く。無事合格する。

ということは、実はお話の根本を弄る必要はなくてお話作りのかなり末梢の水準で悪役レスに調整すればいいだけという気がする。

悪役というのは実は個人が超えるべき悩みとか課題とかの象徴に過ぎなかったりする。
成長するのにあたって超えるべき課題。

悪役を倒す以外の形で成長を描けば良い。


今回構想しているAIの話では?

自らに与えられた本質(殺戮なり性処理なり)に価値を見いだせず、自分の価値を求めて悩む存在。これって上記のスミレちゃんまんまじゃない?
で、AIに「お前はこのために作られたんだ!」と強要するキャラは出さない。このキャラが悪役なので。
しかし、「あなたは世界一の戦闘マシンとして作られたんだから良ければ世界の平和のためにうちの軍隊に入ってほしい」というスカウトマンはいてもいい。これは上記のアイカツエピソードでいうシャンプーメーカーのプロモーション担当の人に相当する。役割は悪役と同じ(AIロボに製造目的に沿うように働きかける)だけど態度が友好的というだけ。

つまり、悪役的「機能」をなくすのではなく悪役的「性格」をなくせばいいだけか。
* 悪役的機能 : 主人公の進むべき方向とは違う方向に主人公を誘導しようとする。
* 悪役的性格 : 不愉快な言動で読者の神経を逆なでする。

自己の存在価値に悩んでるAIロボットがいる。
君は高性能戦闘ロボとして作られたんだからうちのフォースに入らない? 世界のヒーローになれるよ? と提案してくれる友好的スカウトマン。
人間もロボットも同じで自分の人生の価値は自分で与えるしかない。好きなことやればいいよと勧める人物。これが主人公のナカヨシ。アイカツ117話における大空あかりちゃんポジションになる。
AIロボットは自分の好きなものを選び、祝福される。もちろんスカウトマンも祝福する。

おっ! これでいいんじゃないか! アイカツメソッドと整合性あるのでは!!??
ではAIロボットは何が好き? 歌? 踊り? 農業? 釣り? マンガ描き?


---
今回の主要な学びは「悪役的機能と悪役的性格とを分けて考え、悪役的性格を排除する」というもの。

もし悪役的機能を避けて悪役的性格は許容するということであればアイカツはどうなるか。
* ジョニー先生は生徒たちの成功を祈るが、「こんなことも出来ないのかお前は!」みたいに責める言動ばかりする。
* 織姫学園長も生徒たちの成功を祈るが、歌のオーディションを受けようとするスミレちゃんに対して「反対はしないけどせっかくオファーしていただいた仕事を新人であるあなたが断るなんて常識はずれだわ」と責める
* シャンプーCMと歌のオーディションとのどっちを取ろうかと悩むスミレちゃんに対してあかりちゃんが「好きな方選べばいいじゃん。美人に産まれると悩みも贅沢で羨ましいよね」と皮肉をいう。

これらは全て、機能・構造としては変更しないで台詞から受けるニュアンスという末端のレベルで変更を加えているに過ぎない。んだけど、これだけでアイカツ世界の良さが吹っ飛ぶくらいの違いがある。

負の感情を喚起する性格・言動が登場しないという末端レベルでのレギュレーションこそがアイカツ世界の重要な本質のひとつなのだろう。そしてこれは学び得る。

---
しかし、機能・構造としての悪役をアイカツ世界で探すのはやはり難しいな。たまたまスミレちゃんの歌のエピソードではそれに該当する立場のキャラがいただけで普段はそうでもない。

ここでいう機能的悪役というのはアイカツ世界自体が是としている価値観の反対を唱える存在だ。
たとえばアイカツシステム自体を廃止しようとする存在とか「お前にアイドルは無理だ!カタギになれ!」と強いる存在とか。やはりいない。

もっと末端レベルでの悪役はいる。悪役というか「敵対者」というべきだな。
やはりツイングスにとっての対戦相手のダブルエム。トップアイドルになるという目標に対してそれを阻止しようとする存在。
プレミアムドレスくれ交渉エピソードにおけるトップデザイナー。プレミアムドレスがほしいという要求に対してそう簡単にはあげられないなという課題を課す存在。超えるべき壁。超えた際の報酬がプレミアムドレス。

| マンガについての考えごと | 23:52 | - | - | permalink |
17111802
実存主義的テーマの着想、物語に落とし込むといまいちビッと来ない。
私のマンガのテーマではないのかもしれない。私自身が抱く思想であってもマンガに描くテーマとして馴染むとは限らないか。
しっくり来るテーマ探しからかな。

実存主義テーマは結局「作者である自分自身を持ち上げる」機能を持つ(つまり私は世界が滅んで最後の人類になってもマンガを描くようなキャラに感情移入する)。

盛ち上げるなら自分自身とはかぶらない存在がよく、自分自身はそれを持ち上げる立場のキャラだと良い。
ドラクエマンガなら持ち上げられるのはモンスター難民と村長で、持ち上げているのが僧侶のナカヨシになる。

実存主義的テーマはPFRDのナカヨシは口頭で語ったけどあれはpixiv企画ならではだったと解釈しておくか。しかも自ら語りだしたのではなく他の方のキャラからの問いがきたのでそれに答える形で描いたものだ。

ドラクエマンガで言うモンスター難民やデッドプールマンガで言うマッチ売りの少女みたいな、「弱い者」「困っている者」がいたほうが私には描きやすいらしい。

「困っている者」か、それならさっき出てきたな。自らの存在価値に悩むAIロボット。
実存主義的テーマは第一線からはどけるにしても隠れテーマの位置で使えるかもしれない。

存在価値を求めるAIロボット…
彼(彼女)を「持ち上げる」立場になるのが主人公。
私の主人公は「間に入る」のがしっくり来る機能だから、このAIロボットに敵対する立場の存在を出すといい。
で、主人公がこのロボットをかばう。ロボットは主人公の支えを得て信じるべき価値を見出す。
落とし所はAIと人間との融和ではないか。
とすると人工知能と人間との争い。地球の次なる霊長類の座をかけての戦争。主人公が人間とAIとの間に入る。

AIロボットに敵対する人間。
* AIロボットは軍事兵器。与えられた職務以外のことで悩むようなのは欠陥品である論者。
* AIロボットは霊長類としての人間を脅かす存在だ論者。モデルはホーキング博士。

主人公キャラが何気ないシーンで誰も読まないであろう絵なりマンガなり詩なりを描いている、くらいの弱いやり方で実存主義的隠しテーマに触れる。

出来事としては?

アイアン・ジャイアントみたいな殺戮ロボット、もしくはセクサロイドとして作られたAIロボットが主人公と出会う。
ロボットは製造者の思惑よりも高度な人工知能を持っていて、自己の存在意義について悩んでいる。逃亡してきたのもそれ故。
追手がやってきてロボットの引き渡しを要求するが主人公が守る。
何らかの出来事(要ヒラメキ)があってロボットが実存に目覚める。自らに与える価値を自ら決定する。

これベースで考えてみようかな。

---

AIロボットに人権はあるかという話題は既にステレオタイプになっているからそれ自体は「人権がある」の方でスルーしてその次の段階のところにテーマを持たせられればいい。
ロボットに感情はあるかみたいなのも既に古い。感情もある。
すると人間とロボットとは全く同じ存在になってくる。人間にとってのテーマをロボットに載せ替えるだけということになる。が、現段階では一旦それでいい気もする。それこそ普遍的なテーマというものではないか。
| マンガについての考えごと | 16:51 | - | - | permalink |
17111801
マンガの考え事。

次のマンガのテーマ候補は趣味礼賛的なあれ。
「問題を解決する」「困っているひとを救う」系の話にはならないのでいまいちな気もしてきたけどもう少し考える。

ドラクエマンガでは「解決すべき問題」が明確だったのでお話の構造として分かりやすかったが今の着想のやつだとそうはならない。
詩みたいなマンガの方向を探ることになるか。

そうか、少し前の着想に「音楽を聞いてるときに喚起されるような精神をマンガに使えないか」というのがあったな。これも同時に試せるか。

すると、物語は歌詞のように構想されるべきだ。
見本となる物語を探すよりは見本となる歌を探すべきか?

歌詞のように物語を考える…
でもマンガであるからにはやはり物語の基本構造が必要だ。主人公がいて出来事があって。

物語形式になっている歌もあればそうでもない歌もあるが、物語形式になってない歌でも内容に沿った物語を補ってやればマンガに出来なくもない。

見本となる歌…

私にとっての歌手というものは第一にピーター・ポール・アンド・マリーだ。
物語形式の歌も多い。

特異な人物・特異な存在を描く歌というのがある。
『パフ ザ・マジックドラゴン』。ハナリー島に住んでいるパフという名前の魔法の竜を描く。
『フローラ』。西部の百合と呼ばれる女性を描く。主人公は彼女に騙される。
『Jesus met a woman』。イエス・キリストが井戸端で女性に会う。
『ギルガラ山』。上官の金を盗んだ兵隊のお話。語り手自身が主人公。

一人称なのか三人称なのかという違いはあるけどいずれにせよ「特異な存在」が出てきてその言行を歌うというのが枠組みだ。

該当の人物の数奇な生き様や悲しい運命なんかを描くと良い。
語り手と該当の人物とが一致しない場合、語り手がその人物に対してどういう感情を抱くかというところを考えれば良さそう。憧れだとか愛情だとか憎しみだとか執着だとか。

『ギルガラ山』の歌詞が面白くて、語り手は上官を銃と短剣で脅して金を強奪して逃げるんだけど恋人に裏切られて捕まる、んだけど脱走するみたいな破滅的人生が語られる。ケモノか!

とにかく描いてれば満足という画家のボンクラさや愚かさや狂いを描く?
例えば幼馴染の女の子がデートに誘ってくれたけどちょうどいい画想が浮かんだので断った、幼馴染は他のやつと結婚した、好きだったのになあみたいな内容。
地下室にこもって絵を描いていて久しぶりに外に出たら世界が滅んでいた、生き残りは自分だけかもしれない、今取りかかかってる絵は今月中には仕上げたい、みたいな。
イマイチだな。

アルタミラの洞窟壁画の画家というイメージがある。これベースでなんか考えられないか。
アルタミラの洞窟にこもって誰も見ないであろう壁画を黙々と描いている原始の時代の画家をそのまま描くとする。それだけでも「誰も絵を見る人がいないのに情熱を持って描けるこの人物は偉大だ」と読み取ることができる読者もゼロではないだろうけど極めて稀だろう。
物語の狙いを明確にする描き方をしなければならない。
例えばちょっと落描きを上げるだけで数千RTもらえるような絵師がいて、しかし自分の絵に悩んでいる。依頼に従って描くだけだったり流行に乗ったものを描くだけだったりして自分の内部に強い画想がないんじゃないかという悩み。で、この人物が事故でタイムスリップし、アルタミラの画家と出会う。アルタミラの画家には画力も画材もないしファンもいないが、画想と情熱がある。
イマイチだな!

やはり狂気ベースで描けるといいんじゃないか。芸術は素晴らしいが狂ってる。狂ってるから素晴らしい。狂ってるから見返りを求めないで成立し得る。それは別に褒められた姿ではないがそういう側面もあるよね、的なもの。
普通の人間(もしくは普通の画家)と狂った画家(芸術至上主義的な画家)とがいる。
狂った画家は描ければ満足で、それ以外には頓着しないのでいろいろなものをそれと知らずに犠牲にしている(豊かな生活とか好意を寄せてくれる異性とか)。
普通の人間は若干引き気味。
狂った画家は現世的成功に愚かにも意図的に背を向けてしまう。
作中でも狂った画家は別に報われるわけではない。普通の人間の方は作中で現世的幸福を手に入れる。つまり狂った画家は作中で報われることにすら無頓着。
うーん。

「困っているひとを救う」フォーマットに無理やり当てはめるなら?
やはり「自分が生きる意味」を探している悩める存在がいて、彼が狂った画家に会ってその思想に触れるというものになる気がするな。
で、悩める存在が自らに与えた価値が元で人類が滅ぶみたいな皮肉な展開になったら面白いんじゃないか。ということはこの存在はAI、ブレードランナーでいうレプリカントみたいなもの?

実存主義が登場した背景には神の不在の発見というのがあるらしい。ヨーロッパでの話だけど。
人間は神が作ったものなのだから価値がある。人間の運命は神がデザインしたものなのだから価値がある。自ら人生の意味を求めなくても普通に生きているだけで価値があった。
しかし神はいないらしいぞということになってきた。ニーチェだっけ、「神は死んだ」と。これが近代的自我の始まりだって話じゃなかったかな。
進化論か! 人間は科学的に探求したところ神が作ったものなのではなく猿から進化したらしい。ということは神なんぞいない。
で、神がいないなら人間や人生には「神が与えた価値」がないということになる。自分には価値がないし自分の人生には意味がない。
これが近代的悩み。
で、これに答えるのが実存主義で、好きなように生きろと。人生の意味や価値は自ら与えるものだと。

AIは現代的な関心。
AIにとって見れば人間が創造主。人間は猿から進化したがAIは明確に創造主を持っている。
ということはAIには目的がある。本質。軍事用ロボなら勝利すること。性処理ロボットならクライアントに性的解消を与えること。
むしろAIロボットには近代的悩みがない?
AIが生み出したAIならどうだろう。AIにAIが生み出し得るかという技術的課題からのみ作られたもので、生み出された時点で実験の目的は達成されている。生み出されたAIには存在目的がない。近代的自我。彼はさまよい、狂った画家と出会う。

いや待てよ。与えられた目的(自分という存在の価値の保証)があってすら、そんなもんより実存を優先させろという思想でもいいかもしれない。
アイアン・ジャイアントみたいなものだ。征服兵器として作られたロボットが茶道に目覚めるとかそういうのでもいい。ただ、最初の段階で自分の価値に疑問をいだいているということが必要だな。

うーん。一旦区切るか。
| マンガについての考えごと | 13:04 | - | - | permalink |
17111501
次のアイデアを探そう。

アイカツを相変わらず見ていて、ネットフリックスではシーズン2までしか見られないのでシーズン3以降を見るためにバンダイチャンネルに登録した。
で、せっかくだからアイカツ以外も見ようということでガンダムのサンダーボルトの第一部を見たんだけど、凄まじい内容だった。あんまり期待しないで見始めたのでその内容のハードさにびっくりした。
今までのどのガンダムよりも戦場の地獄を描いていると感じたので結構おすすめです。

アイカツは今のところ大空あかりちゃんが殿堂入りで、紅林珠璃ちゃんが好きになってきたところ。アイカツはなんかこう萌えるというよりはリスペクトを感じさせる不思議なアニメだ。


で、次のマンガの構想。
今のところの第一候補は実存主義的なやつ。
人類最後の生き残りになっても描き続ける画家みたいな話。

この着想の根本は何だ?
俺は大して読まれもしないマンガを描いてるが気にしてねえぜ!という虚勢ではないか。私自身の。つまり、読者の人生に力を与える動機ではない気がする。
しかし、そうだろうか。映画『桐島部活やめるってよ』では、やはりオタクの映画マニアの眼鏡のひとが映画への情熱を見せるところは感動的だった。

現代の我々は何でもかんでも数字に支配されていて、数字を追うことを内面化してしまっている。
仕事で言えば売上を上げねばならない。
SNSではフォロワー数・いいね数・RT数。「自分が注目されていること」の数値化。

絵を描いたり詩を書いたり作曲したり歌を歌ったりするのは芸術だ。
芸術はそれ自体で価値がある。
数字を稼ぐための下位概念ではない。まず芸術があり、たまたま数字がくっついてくるかもしれない。
この考え方自体は私の価値観に過ぎず、ひとを救う思想にはなっていない。

少なくとも何らかの状態の読者を救い得る形を目指すべきだ。


実存主義。
何のために生きているのかわからない。人生に意味が見いだせない。自分という存在に価値が感じられない。こういう状態は誰にでもあるだろう。
ニヒリズム。
どんな年令になっても、自分が偉大な事業をこれっぽっちもやっていないことに焦りを感じる。
自主映画を作ってるような人物は、自分の人生を燃焼させる回路を持っているということだ。人生の意味を獲得している。

人生には偉大さが必要。
ネトウヨが国という大きな価値に集合しようとするのも偉大さを求めてのことだろう。
キリスト教で言えば神。
上座部仏教で言えば悟り。

現代の最大の「偉大さ供給者」は「SNSにおける数字」ではないか。
自分のツイートがバズって数万RTされたとする。その時、ひとは偉大さを手に入れた気になるのではないか。

現代人は数字を経ないと偉大さに到達できないと思っているのではないか。5000兆円。6万RT。


うーん。

風刺にしたいわけではない。つまり、数字に踊らされる現代人の愚かさを描く、という方向ではない。結局それはSNSやってる同胞をコケにするということにしかならない。そうではない。

偉大なものを探しているけど見出しかねている迷子人間に偉大なものを示すというのが目的となるのではないか。

数字に踊らされるひとを馬鹿にする方向ではなく、
空虚と戦っているひとに私の信じる偉大さを示すという方向。


だからキャラを設計すると
1. ぶれない芸術家。読者(鑑賞者、聴衆)がいなくても自分の作品を作り続ける。それ自体が人生の目的。
2. 虚無に悩む人物。人生の目的がわからない。
3. 数字を追い求めるクリエイター。流行に敏感。

上記1〜3だったら、3が風刺枠になるのでこれは不要な気がする。

芸術家と、悩める人物。
ふたりのコントラストは社会的地位とかで逆転させておいてねじれ構造にしておくといいと思う。
芸術家は収入に乏しく貧乏で惨めとも言えるレベルの生活をしている。
悩める人物は超優秀で高収入の職業についておりリッチな生活をしている。

やはり桐島部活やめるってよの劣化版焼き直しにしかならないか。

象徴の道具が必要だな。
前回のマンガで言えばドラクエの世界観が象徴の道具なった。

何に仮託して描くか。

現世的な成功はなんでも手に入れた存在。しかし心が空虚。
現世的には底辺だが芸術を抱いた存在。心は充実している。

現世的成功存在。これを象徴するのにぴったりなもの…
王。
独裁者。
金持ちの息子。
貴族。
ベンチャー企業の社長。

情熱を持ってない方がいい。言われることをやってたら成績が良くて、みたいな受動的なのがいい。
ベンチャー企業の社長はこの設定に向かない。ベンチャー立ち上げるには能動性と情熱が必要だ。
天才、優等生、跡継ぎ。王子?

いや待て。
悩めるキャラは一旦置いておいて、芸術家キャラの行動を考えよう。
世界が滅びて人類最後のひとりになっているのに作品を描く?
誰も来ない洞窟の奥で壁画を描く?
無人島でダンスの練習をしている?

この芸術家は絵描きである必要はない。そもそも芸術家である必要もなく、打ち込む事業があればよい。金儲けやRT稼ぎ以外の。

まだいいアイデアは湧かないな。
| マンガについての考えごと | 23:41 | - | - | permalink |
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