ひたすら考え事。
西尾維新が年下だと知って死にたくなりますね。私が高校生の時読んだクビツリハイスクールかな、あれは西尾維新も高校生(下手すれば中学生)の時に書いたものということになる。その後ももちろん上達してるだろうからひとつの作品だけで判断してはいけなかったようだ。
で、どんなにしょぼくて情けないものであろうとも自分の創作は続けなくてはならない。
だらだらと今手元にあるヒントで考え事をしつつ物語の芯となる着想を探す。
昨晩が考えたのがええと「pixiv企画みたいに男性主人公からヒロインに好意を示させる」「問題は解決しなくても良い」というものだったか。
問題に取り組んでみたら実は問題じゃなかったというパターン。病気を治そうと思ったら仮病だったとかモンスターを退治しようと思ったら飼い慣らすことになったとか。
****ここまで朝の考え事
****以下帰宅してから
で。
西尾維新の猫物語のどっちだ、つばさタイガーの方読み始めた。
羽川視点。女性キャラによる一人称語り。
女性キャラの一人称で本来の主人公の男性(ここではアララギ)を持ち上げる地の文が続くと気持ち悪いですね。それはフェイトステイナイトか何かで遠坂凛視点のパートでも感じたこと。
でも羽川と戦場ヶ原との会話は面白い。どうも、化物語のヒロインで好みなのは千石撫子のはずなんですが、創作で扱うキャラとして見たらダントツで戦場ヶ原が魅力的だと結論せざるを得ないようですね。
日中考えてたこと。
「会話が面白い」というのは本当か。
私はこのブログでも常々「面白さとは何か。会話である」とか「会話が面白い」とか書いている。
会話は面白いものであるというのを定理みたいに扱っている。
けれどそれは本当だろうか。
例えばリアルでは私は話し好きではない。
物語でも、私は全体が論理的な一貫性があることを好み、本筋に関係ない部分が多いのを無駄に思って嫌う傾向がある。ムダ話は嫌いなはずだ。
一時期はサイレントマンガをこそ描こうと思ってた次期があるくらい、文字情報に頼ることには批判的な部分もあるはずだ。
それに、面白い会話とつまらない会話とがある。
何を話すのか予想がつくのはつまらない。
「いらっしゃいませ。」「セブンスターのソフトください。」「300円です。」「1000円で。」「700円のお返しになります。ありがとうございました。」
つまらない。
今タバコっていくらですっけ。
人類の存亡を賭けた戦いのクライマックスでお互いが巨大ロボットの中で自分の主張をぶつけ合うような会話はつまらない。
「人類は地球を汚染する一方だ! すべての生き物の総意を代表し、私は人類に粛清を加える!」「キミだって人類じゃないか! そうやって全ての生き物なんてものを引き合いに出して、結局はキミ個人の怒りをぶつけているだけだ! 子供みたいに!」
つまらない。
思想や知識をだらだらと解説するのはつまらない。
ちょっと例文がぱっとは書けませんが、ちょっと頭良さげキャラをした大学生のサークルが出すミニコミ誌に載ってそうな、ストーリーの無い小説なんかによくあるものと私はイメージしています。
つまり会話が面白くあるためには条件がある。
さっきのタバコのつまらない会話から始めてみるといええと。
「いらっしゃいませ。」「セブンスターのソフトをくれ。」「セブンスターの、アプリケーション。」「ソフトウェアではない。」「セブンスターの、ソフトクリーム。」「タバコを食べたら死んでしまう。置いてないんだな?」「BOXならございます。」「HDDは何GB?」「お客様、当店ではボケにつっこむサービスは承っておりません。」
こんな感じ。
私はこういうのに楽しさを感じる。
しかし、私がここで感じている楽しさの本質は、どうも「会話」にあるわけではないみたい。
多分、「逸脱」にある。
逸脱。ずらし。ボケ。
あるシーンを始めると、投げられたボールのように、慣性に従って、その後の展開のレールが敷かれる。それは現実世界での経験やフィクションでのお約束事などのデータベースによって作られるレール。
「グローブをつけた二人組が向い合っていて、片方がもう片方に向かってボールを投げる」というシーンを描くとする。当然、次の展開は、投げられた方の側がそのボールをキャッチすることだ。それがレール。
レールに従うと、つまらないというか、逸脱にはならない。
逸脱といってもまったく脈絡がなかったらそれもつまらない。脈絡と言うか関連性を保ちつつ以外な方向にずらすのが楽しい。
ということは、会話が面白いと言うか、より正確には逸脱が面白い。だからサイレントマンガでもその楽しさは実現することが可能なはずだ。
例えば、シーソーがある。ひとりがシーソーの片側に乗る。もうひとりが反対側に乗る。すると、支点の部分が地面に埋まって平らになってしまう。そういう感じ。
図式で示すと「A→B'」こんな感じかな?
「A→B」論理的つながり。
「A→美」これもずらしか。逸脱。
「A→醤油」脈絡の無い飛躍。
しかし、A→Bという論理的なつながりは、物語を前に進ませる基本的な原理だ。
逸脱だけじゃ物語は進まない。
だから、物語を無駄なくシンプルに語りたい場合、逸脱の入る余地は本来無い。
物語を無駄なくシンプルに語りたいという欲求と、逸脱が面白いという欲求とがそれぞれあり、矛盾している。
だから大筋では論理的に無駄なく運び、ディテイルで軽く逸脱させて楽しいシーンを演出するということが戦略になるのかな。
会話は逸脱させやすい。語呂合わせでずらしを作りやすいからだ。
日中考えてたものに、「時間制限のある会話」というのがある。
たとえばタクシー車内での、運転手と客との会話。会話は目的地に到着すると終了する。
たとえば列車の個室での、同席になった客二人の会話。ハリーポッターがホグワーツに行く列車でロイと同席した時みたいな。これも目的地に着くと終了。
乗り物系はバリエーションをいくつか考えられるな。馬車でもいいし飛行機でもいい。
ただ、そこで、何を話せばいい?
その会話を描くことに何の意味がある?
短い、1ページのギャグマンガを描くとき、特に「このマンガを描くのになんの意味があるんだろう」と深刻になったりしない。
短編ストーリーマンガになるとそれを考えだす。ふむ。
要するにストーリーマンガを考える際は「面白さ」をキーワードにはしないほうがいいってことだ。
って結論に飛びつくのがいつも早すぎるな。もうちょい粘る。
時間制限ありの会話劇。逸脱による楽しさを目当てにしつつ、このフォーマットを描く意味を考える。
どんな会話をさせればそれっぽいか。描く意味を見いだせるか。
詩人や小説家は「言葉」を大切にする。
私はマンガを描いたりする分、実は絵も言葉もどっちも大切にはしてない。
もっと言葉について重く考えるべきかな。
会話劇、面白い会話は好きだけど、会話だけじゃ物語にならないという考え方は持っている。先入観。
この先入観は正しいのかそうでないのか。会話だけで自分が納得する物語の全容を作ることが出来るのだろうか。
「問い→答え」これだな。
論文と同じ。
「問題→解決」という物語構造の根本原理を会話劇のために言い換えただけともいう。
会話を論理的な単位に区切るとすると、「問い→答え」がその単位になる。
時間制限なんて設けなくても、問いが発せられて、答えが出されれば、そこで論理的に会話は終了する。
さっきぱっと思いついたタバコを買う会話も、「タバコを販売していますか」という問いから始まっている。「はい、販売しています。/いいえ、販売していません。」の答えが出されればそこで会話は終了になる。
会話を引き伸ばすためにはどうするか。
脱線させる。「タバコはありますか?」「うちの娘がタバ子って名前なんですが、これが可愛くてですね。」
新たな質問を追加する。「タバコはありますか?」「ありません。」「じゃあ肉まんはありますか?」
すべての会話が「問い→答え」の構造を必ず持っているわけではないけれど、自分が今考えようとしている会話劇フォーマットという限定されたジャンルにおいてはほぼ確定できるルールかもしれない。
私の好きな男女一対を会話させるとして。
たとえばお嬢様と執事とする。
会話を考える。
キモは、質問だな。
執事「朝ご飯は何にしますか」これをキモに据えるとすると?
…
ちょっと御飯食べたり中断してた。
考え事は少し進んだ。
問い→答えを単位とした会話劇。
良い点がいくつかある。
戦わなくていい。
悪役が必要ない。
登場人物がふたりで済む。
表面上はその「問い」が物語の中心になるが、実はその問の裏に隠されたこころがその話の焦点になる。
「私はあなたのことを愛しています。結婚してくれますか?」みたいな質問もありうるが、これではストレートすぎる。
そうではない。
背後に感情や狙いが透けて見える問いが面白い。
「○○くん、いま付き合ってる子いるの?」という質問を女子高生がするとする。
実に含蓄がある。
その女子高生は相手のことを好きなんじゃないかというのがすぐに思い浮かぶ見通し。
あるいはその女子高生の友達がこの質問を受けた相手のことが好きで、その動向を探っているのかもしれない。
あるいはその男子が付き合っている相手が質問者の友達で、その友達の近況を知りたいのかもしれない。
表面に出た質問(言葉)自体は最重要ではなく、そこを通して何が見えるかが重要。
たとえばさっき例に出しかけたお嬢様と執事とを考える。
まずふたりの裏事情を設定する。執事はお嬢様を娘のように大切に思っている。幸せな結婚をして幸せになってもらいたい。お嬢様は執事に恋している。
ではどんな質問が考えられる?
執事の側から質問するとすると…
この質問設定を絶妙なものにできると面白い作品になるのか。
「お嬢様はジャニーズの芸人の中ではどなたが一番好きでございますか?」「ジャニーズはアイドルの事務所であってお笑いタレント養成所じゃないわ。」
こんな感じか?
執事はお嬢様の将来の家庭像を思い描きたい。幸せな家庭を築けるようにアドヴァイスしたい。お嬢様は婉曲に、自分が好きなのは執事だと言いたい。
「スポーツの得意なこちらの芸人様とクイズでいつも高得点を取るこちらの芸人様とどちらがお好きですか?」
で、執事の放った質問が一定の答えを得て、ひと幕終了になる。悪役も必要ない。どうせ解決されることが決まってる問題もない。戦わなくていい。でも論理的な始まりと終わりとがある。
いいんじゃないか!
最終的には、ふたりが向い合って話してる絵をひとこま描いて、絵はコピペで使い回してセリフのところだけ入れ替わるような形式でマンガや紙芝居的なものに出来るんじゃないか。
よし。
この着想がどこまで生き延びるかわからないけれど、とりあえず今回はここまで。着想を寝かせておこう。