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18080501
アイデアメモ。
艦娘たちとゴジラが戦って、精神共鳴が起きて戦意喪失する。
じゃあまたという感じでゴジラが去ろうとすると、突然現れた秘密兵器によってゴジラが捕まる(倒すのではなく固める系の無力化攻撃)。
その後、艦娘たちがゴジラを救出するミッションがある。その際秘密兵器と戦う艦隊が囮になる。
| マンガについての考えごと | 08:26 | - | - | permalink |
18080401
アイデア考え。
艦これ短編。
着想のスタート地点は「ゴジラ対艦隊これくしょん」というタイトル。

現状、骨子やコンセプトがふんわりしているのでそのへんを考えよう。

モチーフから導き出せるテーマと自前のテーマとがある。その交差点のあたりに今作のテーマを見いだせると良い。

現状のアイデア。
* ゴジラが現れ、主人公提督の鎮守府が対応を命じられる。
* 艦娘たち対ゴジラ。途中で双方が戦意を失いゴジラは去る。
* 軍の上層部からまるで戦前に戻ったかのような軍国主義的命令が届く。
* のらりくらりと交わしているうちに追い詰められてくる。
* 実は軍の上層部はハイドラ(マーベルのあのハイドラ)に乗っ取られていたのだ。
* ハイドラ軍の戦力として接収されようとする艦娘たち。
* 事前に察した提督は防衛体制を敷いてこれに反抗する。国家反逆者になる。
* ハイドラが兵器を繰り出す。艦娘たちでこれを倒す。
* ハイドラが象徴的な秘密兵器を繰り出す。メカゴジラか、宇宙戦艦ヤマト的なもの。
* 秘密兵器によって艦娘たちがピンチに陥る。
* ゴジラが現れ、秘密兵器を倒す。
* ハイドラでないまともな軍人たちがハイドラ勢力から軍を取り戻す。


今回悪役に想定しているのは軍国主義なので、オリジナル勢力考えるよりは手っ取り早くマーベルから取ってくればよかろうということでハイドラそのものを使う。

現状までのアイデアから導き出せるテーマ。
* 反軍国主義
* つまり現代はオリンピック関連とか節々で軍国主義のときのような精神がちらつくのでその批判
* 鎮魂

太平洋戦争で日本を破滅に追い込んだ主要な要因である理不尽な精神主義というものがあり、それがまだ根絶されてないというか日本人の精神の悪い癖として染み付いている。それが敵であると。それを克服したいというテーマ。

太平洋戦争がいかに悲惨であったかというのは私の世代までは祖父の世代が戦争体験者なので話で聞かされていたというのもありまだ多少は分かる。なんだけどそろそろ世代交代による忘却で認識がない人が増えているだろう。軍国主義的なものを悪役に設定するのはありふれたパターンなんだけどそれくらいで良い。悪いものは悪いというのを常識に定着させるべき。

鎮魂。艦娘もゴジラも太平洋戦争で傷ついた日本人の魂を背負っている。艦娘たちは穏やかな生活をすることでそれを癒やし、ゴジラは暴れて発散させることでそれを癒やしている。
艦娘やゴジラはそれ自体が目的を持った生態をしているので、それを捻じ曲げて自分の利益のために働かせることは出来ないしそうしてはならない。


自前の側のテーマ。
これはいつもの感じのものになる。
* 読者に「生きるにあたって消耗するエネルギー」を供給する
* 実存主義
* 平等主義

実存主義とか平等主義と四文字にしてしまうと非常に陳腐に響くな。でも要約するとこれだな。
邪竜の翼は、結局ピンナに「自分が良い存在か悪い存在かはひとに決めさせず自分が決めるのだ」というメッセージになった。実存主義。
メフィストフェレスのアイドルは「どんな生まれでも輝く資格がある」という内容だった。平等主義。

どっちも今回の艦これ短編には組み込みにくいテーマだな。

私のマンガはいつも、ヒロインに優しくしたいという強い欲求が働いている。邪竜の翼でもマッチ売りの少女とデッドプールでも艦これマンガでもそうだ。
提督が艦娘を大事にするというのがまずやりたい。しかしそれは別にテーマやメッセージではない気がするな。
やはりアンチ軍国主義、歴史から学んだ大事なことはやっぱり大事なんだぞという、今回のマンガのためのテーマに沿うのが良いってところかな。いつもの自前のテーマよりは。
どの艦娘に対しても平等に接するということであれば平等主義になる? うーん。

軍の上からの命令に背くというのは実存的行為である。主人公にまつわるテーマではこれが重要かな。
これは先行する映画だとキャプテン・アメリカがモデルになる。ウィンター・ソルジャーもそうだしシヴィルウォーもそうだ。
組織の命令と個人の倫理とがあるとして、個人の倫理を優先せよ、というメッセージは埋め込めるな。日本は長いものにまかれろ社会だからおそらく組織と個人とを対峙させたときに組織を優先させねばならないという感覚のほうが強い。しかしそれが組織の腐敗とか企業の犯罪とかの土壌になっている。悪しき文化だ。
なので、我が提督は命令に背く。しかし彼らの上部組織って何だ? 自衛隊?


ひとつのテーマにずっと沿って描くというよりは提督→艦娘→ゴジラというふうにリレー形式でお話が進む感じになるかなあ。

艦娘の活躍が現状のアイデアでは薄いので強化したい。ゴジラが出てくるために必要だとか、提督を救うとか。
もしくはゴジラと合体してゴジラが偽装をつける? 口から主砲が生えて放射能艦砲射撃をする?
それともやはりゴジラと戦う? 人間の愚かさを告発するのがゴジラ… やっぱり敵ではないな。

一旦区切るか。
| マンガについての考えごと | 10:05 | - | - | permalink |
18080101
艦これ短編着想メモ。

自分の所属している公的組織が実は悪だったというパターンの先行作品見つけた。
キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャーだ。SHIELDがハイドラに乗っ取られていることが判明し、キャプテン・アメリカはSHIELD=アメリカ合衆国=ハイドラに反旗を翻す。

ゴジラの使い方。
ゴジラは艦娘たちと同類の存在。

序盤:
ゴジラが現れ、艦娘たちが対処するが、途中でお互いに通じあるものを感じ、戦いが止む。ゴジラは静かに去っていく。

中盤1:
日本が軍国主義化し(あるいはハイドラ的な組織に乗っ取られ)、艦娘たちがその手先にされそうになるが、提督が反旗を翻して艦娘たちを守る。ここが提督の見せ場。戦闘能力ではなく政治的立ち回りと身の振り方の決断という艦娘が担うことの出来ない分野で活動する。

中盤2:
組織が兵器を繰り出す。これはミサイルを主兵装にしていて艦娘たちでは敵わない。次々倒されていく艦娘たち。ここが物語の底(最悪の状況)。

終盤:
長門が沈み、まるで長門が変身したかのようたタイミングでゴジラが海から現れる。
ゴジラが組織の兵器を破壊し、中枢基地を蹂躙する。
ゴジラ去る。
長門が無事に戻ってくる。


---

改善要求。
艦娘たちが活躍してない。いいところはゴジラが持っていっている。
物語のV字回復点で提督の活躍を入れたい。提督が何らかの決断をすることでゴジラの登場につながる的な。
| マンガについての考えごと | 20:24 | - | - | permalink |
18073101
艦これマンガのアイデアが尽きたのでだらだら艦これ攻略していた。
3-2を苦労してクリアして、ノーマークだった2-5をやってみた。2-5は金剛四姉妹揃って連れてっていいということなのであんまり使ってなかった彼女たちを総動員。強いな金剛四姉妹!


艦これ短編のアイデア続き考えてみよう。
旧日本軍こそ巨悪なんだけど艦娘たちを生み出したのも旧日本軍なんじゃないか問題。

ふたつの方向。
* こどもは親を選べないから別に艦娘に責任はない。
* 旧日本軍があんな感じだったからそのつけを払わされる形で艦娘というものが存在している。


こどもは親を選べない。親の肩を持つ必要はない。軍国主義が艦娘を生み出したのかもしれないが別に艦娘が軍国主義になってくれとお願いしたわけではない。「軍国主義がなかったら君ら生まれてないじゃねえか!」「うるせえ知るか!」の精神。
親とこどもは切り離して考えるべきだと。
こどもはこどもで親に気兼ねなく自身の願いを願って良い。これはだから犯罪者の子孫問題に通じる。凶悪犯のこどもだからという理由だけで社会から迫害されてはならない。
でも別に艦娘たちが軍国主義のこどもであるという理由で社会から迫害されているわけではないな。


軍国主義がひどい内容だったから、そこに生じた悲惨を弔うために艦娘が発生した。
つまり、彼女たちがそもそも必要とされない世界こそが本来は望ましいものだった。
そう考えるとまさにゴジラと同じ存在ということになる。
つまり、艦娘の誕生は「なくなって困る」ものではない。無いに越したことはないものだったと。



どういうお話にするのがいい?
艦娘は象徴力が高い存在。非日常。やはり怪獣映画が似た構造ではないかな。
あと戦争にまつわる映画。戦後を舞台として戦争の傷跡なんかを描くのがいい。ランボー?

どんな加害が描かれるか。
* ゴジラのような怪獣が現れる。
* 日本あるいは世界が再び軍国主義化しようとする。

今脳の一番手前にある着想は、日本が再び軍国主義化しようとする→軍国主義化の象徴としてメカゴジラ的兵器が作られる→艦娘たちがこれを戦う。ウルトラマンアラズのときと着想がおんなじだな。

そういう発想の既存の映画なかったかな。おそらくSF。身内/国/政府が悪になる。主人公ははじめその組織の一員だが組織が間違っていることを確信して裏切る。ガンダムにそういうのありそうじゃない?

鎮守府の上層部が艦娘たちを軍事兵器として悪用するという方針を立てる。
主人公の鎮守府に深海棲艦ではない相手に攻撃する命令が下る。
主人公はなんだかんだ理由をつけて従わない。
なんとかやり過ごす。
新たな命令が下り、今度の内容は決定的に軍国主義的なものである。
主人公は軍部に反旗を翻す。

艦娘というのは人為的に作られた存在ではない。だからその不確定性によって軍部では実は煙たがられている存在なのではないか。期待されている存在ではない。
そこで軍部としてはより本命的な兵器が開発されていて、それが…メカゴジラ? 私の中でメカゴジラの立場がいつもこれだな。人類の悪の結晶。

うーん。
軍部としては艦娘はよくわからない存在で、深海棲艦というやはりよくわからないものが出てきたからしょうがなく使っている。
しかしそんなよくわからない存在に頼らなくても深海棲艦を倒し得る軍事力を自前で持つべきだというのが基本路線なのではないか。
艦娘たちは意思を持つので、団結して軍部に牙を向いたら恐ろしい存在。必要がなくなり次第解体してしまいたいんじゃないか。

この文脈で登場する軍国主義側の兵器の主兵装はミサイルであるべきだな。太平洋戦争のあとに主流になった、艦娘たちよりも完全に上位の兵器。天敵と言っていい。

今考えつくのはこんな程度か。なんか参考になる構造を持った既存の名作映画とか見つからないかな。
| マンガについての考えごと | 00:03 | - | - | permalink |
18073001
考え事。

艦これ短編の着想。

艦娘の真の敵というのは深海棲艦ではなく旧日本軍の軍国主義ではないか。
日本の軍国主義が暴走して日本史上最も悲惨な汚点を残した。太平洋戦争。
艦娘たちは太平洋戦争で傷ついた魂を癒すために艦娘としてこの世界に再登場したと解釈する。
もし現代の日本(世界)が再び軍国主義的になったら、その状況は艦娘たちにとって看過し難いものになるのではないか。
艦娘の敵は軍国主義である。

で、こう考えたとき、では究極的にはタイムスリップして過去に戻って軍国主義を是正し戦争を回避するのが最も望ましい。
しかしそれだと多くの軍艦は作られなかっただろう。艦娘のもとになった軍艦は軍国主義だったからこそ生まれたものだ。
艦娘たちは出生が呪われている。歴史の汚点である軍国主義が敵だが、軍国主義がなければ生まれなかった。

バラドックスがある。そこにドラマを見出し得るんじゃないか。
太平洋戦争の悲劇の否定は自らの存在の否定につながる。
存在自体が呪われているから自分たちの裏返しの存在である深海棲艦たちと戦ってるのかな。お互いに自己を否定しあっているのだ。
悲劇や無念を晴らしたいが、自分の存在はその悲劇や無念がなくては存在できなかったと、

で、やはりゴジラか。
ゴジラは人間の愚かさに怒りをぶつけて粉砕する存在だ。
人間が愚かでなかったならゴジラは存在しなかったであろうが、ゴジラにとっては別にそんなもんありがたくもなんともない。
時間を巻き戻して軍国主義を崩壊させ戦争を回避し、その結果ゴジラが生まれない。ゴジラにとってはそれこそが最良の結果だ。

艦娘にとって見れば自分たちが生まれない世界のほうがより良い世界だったので自分の存在を消すという行為の代償として深海棲艦と戦っているのだと考える。

ゴジラ… 軍国主義… 自己否定… うーん。

そのへんをうまく組み合わせてお話にならないかな。
| マンガについての考えごと | 00:39 | - | - | permalink |
18072901
考え事。

猿の惑星旧五部作をひと通り見た。素晴らしいSFシリーズだ。当時の現実の社会問題ときちんとリンクしているし、異者との関係という普遍的なテーマにも通じている。
特に印象深かったのは第四作目の征服で、この話が猿の惑星シリーズの核だなと感じた。主人公としてはシーザーこそふさわしい。自分を育ててくれたサーカスの団長の死をシーザーが知って涙するシーンで私も涙を流していた。
私はこういうふうに現実世界とリンクしつつ象徴の技法を用いて描いた映画が特に好きらしい。
新三部作も順次見ていこう。



今回考えたいことは、「ゴジラのアニメ映画はなぜつまらないのか」。
以下、アニメゴジラ映画第二作目までのメタバレ含みます。

ツイッターでは色々配慮してつまらないとは言わずに「学ぶべき作品」とか「自分向けではない」とかいう言い回しをしていたが、ここはブログなので本音を表す言葉を使う。アニメのゴジラ映画はつまらない。
それはなぜだろうか。
脚本はあの虚淵玄である。まどか☆マギカの。今や日本のアニメ界を代表する脚本家の一人のはずだ。

でもつまらない。分析しよう。

その前に、アニメゴジラ映画の素晴らしさをきちんと述べておきたい。一連のアニメゴジラ映画は制作の発表がシンゴジラの公開の直後だったと記憶している。あの名作・シンゴジラの後の時代にゴジラを取り扱うというのはとてつもなく難しい事業だ。ハードルが高すぎる。シンゴジラのハードルを超えることはおそらくもう不可能なのではないか。
そういう文脈があるのに果敢にゴジラ映画に取り組んだ。それだけでこのシリーズには巨大な価値がある。それだけで一定の役割を果たしたと言って良い。
なので、シリーズ自体は否定しない。このアニメ映画の取組があったからこそ、ゴジラは今後も永遠に作られ得るシリーズになるのだ。

それを踏まえた上で。
ゴジラのアニメ映画シリーズはつまらない。
第一作目がつまらなく、期待していたのでがっかりした。
第二作目もつまらなく、しかし期待はしていなかったので平均点という感じ。
第三作目で多少巻き返す予感がする(これまでの伏線が回収されそうなので)けど、あんまり期待していない。

つまらない原因、大きく2つ思いつく。
* 現実世界との接点がなさすぎる
* 物語にコトワリがない

現実世界との接点。
精密には記憶してないんだけど、確か舞台は未来で、地球はゴジラを始めとした怪獣たちに滅ぼされている。宇宙船で逃げた人類は居住可能な星を探してたんだけど見つからないから地球に帰ってきた、みたいな話じゃなかったかな。で、途中でいくつかの別の惑星の種族と出会って宇宙船には彼らも乗り込んでいると。
この状況が、現実世界の現代的や歴史的の状況と何ら対応していない。

猿の惑星だったら、猿というのは黒人奴隷だったり移民労働者だったり平和活動家(ヒッピー)だったりする。

初代ゴジラ映画やシンゴジラだったら、もちろん現実世界が舞台なので、その当時の社会が基礎になっている。「現代にこんな怪獣が現れたら何が起こるだろうか」というシミュレーションの要素があり、それがお話への最低限の関心を確保する。
そして、初代ゴジラではゴジラは核兵器の象徴である。
ゴジラシリーズを通してゴジラは核実験で生まれた存在、つまり人間の愚かさを人間に突きつける存在である。
ゴジラ対ヘドラのヘドラだったら公害を表現していた。
ゴジラ自体は出てこないけど単独映画のモスラでは欲に目がくらんだ人間がモスラの禁忌に触れることでしっぺ返しを食らうという内容で、自然を尊重する心を失った人間の愚劣さを表現していたと記憶している。
シンゴジラでは現代の日本の政治機構を風刺的に描きつつそれでも前向きに活動させることができるはずだというような描き方をしている。光と影の両方を描いている。

では、アニメゴジラ。
怪獣に滅ぼされた地球というのは何を表現している?
宇宙で出会って協力関係になった異星の知的生命体は何を表現している?
決戦兵器として用意されたけど結局力を発揮できなかったメカゴジラは何を表現している?
何も表現していないように感じる。ただのお話上の装飾でしかない。だからどうでもよく感じ、この世界に興味が持てない。

今回の二作目。
メカゴジラの描写にカタルシスがないというのはもちろんある。
メカゴジラという名前であるからにはあのゴジラをメカにしたような姿のメカ怪獣が登場し、主人公たちがそれに乗り込み、ゴジラとガチンコバトルをやるのだろう!ということを視聴者は期待する。ところがその期待には応えてくれない。メカゴジラは都市になっていて、罠を構築してゴジラを誘い込むという描写になるのだ。
まあでも、「科学力を駆使するのなら一体のロボットにするより要塞を作ったほうが強い」という合理的思考に基づいているのだろうので、わからなくもない。科学の力でゴジラを倒そうとする場合その表現は怪獣ではなく都市を作ることであるべきだという主張であるのならそれはそれで面白い。だからメカゴジラ怪獣が出てこない事自体は別にマイナスにはカウントしない。
私がマイナスにカウントするのは物語だ。

クライマックスで主人公が選択を迫られる。
* ゴジラを倒すことができるが自分と恋人とが人間ではない存在になってしまうし、ゴジラを倒したメカゴジラ(ナノメタル)が地球全体を食い尽くしてしまう
* ナノメタルの増殖を食い止めて恋人も救えるが、ゴジラは倒せない

で、主人公はうだうだ悩んだ挙げ句、ナノメタルの増殖を止める方を選択する。
ところが、恋人は死んでしまうのだ。ナノメタルの侵食の度合いが深くなりすぎていたらしく手遅れだったらしい。
ゴジラも倒せないし恋人も救えない。
主人公の決断に意味がなかったのだ! いや、一応ナノメタルによる地球侵食は止めたんだけど、それだけでは釣り合わない。

選択したからには選択したものが得られなくてはならない。そういう理(コトワリ)が物語内に存在していないと、そのお話を信用して見ることができない。

つまり、ただでさえ現実世界とリンクしないふわふわしたただのお話に付き合ってやるかという我慢を抱いて見ているのに、その上さらに主人公の決断が裏切られる結果になる。
前提として興味を持てないのにダイナミズムとして信用できない。せめてお話として面白ければ救いがあろうものなのにお話としても不愉快でつまらない。

というふうに、静動両面でダメさを積み重ねているように見える。


でもおかげで、この作品以降はまたゴジラ映画が作りやすくなると思う。ハードルをこんなに下げてくれたんだから。

ゴジラ、素晴らしいシリーズです。
| 映画 | 00:35 | - | - | permalink |
18072201
見た映画。
* アンドレイ・タルコフスキー監督『ストーカー』
* スティーブン・スピルバーグ監督『マイノリティ・レポート』
* 新・猿の惑星


ストーカー(密猟者)は宮崎駿監督も対談の中で言及してる作品。哲学的な内容だった。見ただけではよくわからなかったんだけど町山智浩さんの解説を聞いたら理解できた。

マイノリティ・レポートはさすがスピルバーグ監督。めっちゃ面白かった。空飛ぶ個人装備(ジェットパックっていうのかな)を使ってのアクションが斬新だし、クライマックスで先の展開が読めないところが素晴らしい。

猿の惑星シリーズ三作目の新・猿の惑星(エスケープフロムプラネットオブエイプ)も、前作前前作に引き続き名作だった。このシリーズはハズレがないのかもしれない。
作品を支えているコトワリが科学的というか、理屈の通らない感情で動いているキャラがいないところがとてもいい。皆きちんとした理解力と理屈とを持っている。敵対者やモブでさえそうなのだ。


しばらくアウトプットから離れていいやと思っていたんだけどやはり基本的にアウトプットしている方が精神が安定するようで、艦これマンガがちょこちょこ描けている。

オリジナルマンガを集めた同人誌を作ることにして、やっとデータがまとまったので入稿した。イベントには申し込んでないのでのんびり出来上がりを待つ。データの不具合があればそれの直しがまたすげえ掛かりそうだからなんだかんだ言って手に入るのは9月頃かもしれない。冬のコミティアにでも申し込もうかな。

艦これマンガも溜まったら同人誌にしたい。これは砲雷撃戦よーいみたいなオンリーイベントに出したい。

次の短編のアイデアの種も探していこう。
艦これで描けたらいいなとも思うしもちろんオリジナルだとなお良い。

艦これを用いて面白い短編ストーリーを描くというのは結構難しいんじゃないかと感じる。倒すべき敵が深海棲艦というふわっとしたものになるので、艦これ世界観に即して描こうとするとストライクウィッチーズ的なふわっとしたお話になってしまう。
なのでアレンジのところが重要になると思う。純艦これ作品ではなくやはり艦これを利用した二次創作程度の準拠レベルになる。

入れたい要素。
* 太平洋戦争という愚挙
* 太平洋戦争の犠牲者の傷ついた魂の鎮魂

すると、深海棲艦を出す余地が無い気がする。
あるいは深海棲艦にどんな意味を見出すのかというのがひらめくとアイデアが進むかもしれない。

深海棲艦は艦娘のダークサイドと考える。
艦娘たちが穏やかな日常を送ることで鎮魂の効果を得る。
深海棲艦たちは太平洋戦争で理不尽な目にあった人々の怒りを表現している。怒りの発散なのだ。これもやはり鎮魂につながる。

艦娘と深海棲艦とは平静か爆発かの表現が違うだけで鎮魂という存在意義が同一の、表裏存在なのだ。
すると、艦娘も深海棲艦も同時に「看過できない」現象というものがあるはずだ。それは太平洋戦争の愚行の再来。
艦これ的現象の外側にはやはり人間の社会があり、その人間社会が旧日本軍のような愚かさを発揮しようとする。そのとき、艦娘と深海棲艦とは協力し、人間社会に立ち向かうのではないか。

つまり太平洋戦争の愚かさを軸として、そこから回復しようというベクトル(艦娘と深海棲艦)と、それを再生産しようというベクトルとが対立するという話ではないか。敵は人間社会のタカ派?

ゴジラは出せる?ゴジラも鎮魂側の存在だ。艦娘&深海棲艦&ゴジラVS人間社会。人間社会に勝ち目がない。

人間社会側のパワーを考えるべき?

今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 01:02 | - | - | permalink |
18072101
艦これの短編のアイデアの種が浮かんだのでメモ。

謎の艦娘と謎の装備(妖精)が工廠から作成される。
提督は彼女たちを絶対に出撃させようとしない。
彼女たちの正体はなんなのか?というのが基本的な読者牽引要素となる。ミステリ。
その正体は特攻専用飛行機の桜花と人間魚雷の回天なのだ。
鎮守府の本質的な使命は第二次世界大戦で傷ついた軍用艦たちの魂を鎮めることにあるというのをベースの価値観としている。
桜花と回天は旧日本軍の愚かさの極まった極限存在で、彼女たちの正体が艦娘たちに知られると、自分たちを生み出した人間の愚かさを思い知らされて連鎖的に全艦娘の精神が崩壊する可能性がある。

何らかの理由で鎮守府に危機が迫り、桜花と回天を出撃させねばならない状況に追い込まれる。提督は決断を迫られる。
| マンガについての考えごと | 20:40 | - | - | permalink |
18071701
表紙作業中。
結局、あんまり簡略化しないで普通の感じのアメコミヒーローものっぽいイラストになった。



この背景はデアデビルのコミック(デアデビル・イエロー)を参考にした。こういう都会のダウンタウンのビルの屋上がヒーローモノにふさわしい舞台だと感じる。デアデビル、スパイダーマン、ミュータントタートルズなんかがよく活躍するような場所だ。

| マンガについての考えごと | 00:22 | - | - | permalink |
18071602
同人誌データ作成作業に伴って自分のマンガを何度も読み返すことになった。

思ったよりも面白い。さすが自分の好きなものを描いているだけのことはある。

最も強く喚起された感情は「ヒロイン(特にヒロヴィラのマーメイド)が愛おしい」ということ。


最近ブログに書こうとしていたネタは「マンガの『連載』という形式が嫌いで、読み切りがいい、なぜなら終わりまでの枠が確定するので構造をきちんと作れるからだ」というものだった。
私は物語の「構造」に興味があってそれを表現するのが一番大事。なので短編マンガという形式が最も重要。
と書こうと思っていたんだけど、今回自分のマンガを読み返しててやっぱり必ずしもそれだけではないなと思い直した。
物語が構造によって伝えるパワーを発揮するのはおそらく初見のときだけだ。
でもマンガは何度も読み返されるのが醍醐味であると言える。
今回、内容がわかりきった自分のマンガを見返していて(というかグレースケールの色味調整の作業をしていて)、特にマーメイドにぐっと来た。
ぐっと来た要素はどうも物語にではないように感じる。作者的に可愛く描いてあげようと思ってうまく描けたコマとか、マーメイドとナカヨシとの台詞のやり取りとか。構造的に言えば末端の要素なんだけど、構造から離れて「そのキャラの想い」とか「作者が傾けた愛」とかが感じられるところが好印象になる。なんていう言葉で認識すればいいのかな。「構造」ではない要素… かといって構造と対立する概念というわけでもない。行間…? いや… キャラクターの存在感? キャラクター性?

例えばこのページ。

マーメイドを画面のいい位置に大きく入れてセクシーに描きたいという作者(私だが)の狙いがあけすけで、で、マーメイドもセクシーに描けた。なんだか嬉しい。


このページはまだマーメイドとナカヨシとが仲良くなりきっていない段階の会話で、しかしマーメイドは心を開きかけていて、澄ました態度を見せつつもナカヨシに甘えた感じになってる。これはだからエロゲと同じで、ヒロインによる好感度表現によってグッと来るというやつ。やはり嬉しみを感じる。

艦これやゴッドイーターと言ったキャラに絡んでいくタイプの1ページずつ描く二次創作は構造を持たない分こっち寄りの魅力が狙うべき価値なのだろう。まだ言語化出来てないけど。


で。
考えたいテーマ。
同人誌の表紙のデザインについて。
2013年に出した同人誌をチェックすると、表紙も描き下ろしてはいない。
今回はどうしようかな。
本を手軽に出すという観点で言えば描き下ろしなどしないほうが楽。
一方で、今回は前回から5年近くも間が開いているし、次に同人誌出すのがいつになるかわからないのでせっかくだから描き下ろしてもいいなとも思う。
どんな内容?

案。
マーメイドやピンナといったヒロインに愛おしさを感じるのなら彼女(たち)を表紙にすればいいのでは?
しかし、可愛らしい女の子を可愛く描こうとした絵を表紙にすると、脳が冷静なときに表紙を見返してげんなりした気分になりそう。
もっとクールで済ました感じの表紙にしておいたほうが精神衛生上いい気がする。

どの作品をベースに表紙にすべきか。ヒーローズアンドヴィランズだろうなページ数の割合も多いし。
マーベルやDCのコミックの表紙を参考にする? いや、あれはあれで熱量が高くてキツイ。

ナカヨシたちのヒーローチームは「リスナーズ」という。
私にとってのヒーロー的行動のイメージというと、ビルの上で事件に備えて耳を澄ませて街の物音を聞いているところ。これはデアデビルがよくやる行動だけど。
なのでそれがいいか。簡略化したビル。ビルの上にリスナーズ。耳を澄ませている。
| マンガについての考えごと | 00:30 | - | - | permalink |
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