Memo - Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

Love & Comic 本サイトへ戻る

16092501
考えごと。

なんかアイデアを探そう。

せっかくP5やってるんだから怪盗をキーワードに。
例えば昔から、ルパン三世のTVスペシャルを見るたびに、「つまんねえなあ、自分だったらルパンをどういう風にアレンジするだろうか」と考えることがあった。
でもなにも思いつかないというのがいつもの結論だった。

ルパンに縛られず、自分のオリジナルの怪盗ものを考えるならどういうのになるだろうか。

怪盗ものとは何か。
っていうふうに私はいつも何かを真似したり参考にしたりするとき、まずその構成要素を分解してその中から自分が本質だと思うものをピックアップするという作業を経るんだけど、これが映画批評なんかでよく耳にする「構造分解と再構成」ってやつなのかもしれない。

怪盗もヒーローとして描かれる。
似たような概念に義賊がある。義賊のイメージは強きものから盗み弱き者に与えるという正義のもの。
怪盗はその定義には必ずしも「弱者に分配する」と言うのは含んでいないな。ではなぜヒーローになるのだ? 盗まれる被害者が読者にとって悪に見える存在だから、あるいは読者と無関係な存在だからだろうか。
ルパン三世のイメージでは、世界の支配を狙う悪の集団がいて、それを達成するための重要アイテムがあり、ルパンたちがそれを盗み出すことでその邪悪な野望を打ち砕く、というパターンだと感じられる。

盗みという、悪とされる行為を通じて正義を達成するから、そのパラドクスが面白いのではないか。

だから、正義の詐欺師とか、必殺仕事人とか、悪行を行い正義を実現するヒーローはこの怪盗と隣接するジャンルに属するといえる。ダークヒーロー?ちょっとちがうか。



P5がうまいなあと思ったのは盗み出すのが現実世界での物体ではなく心の歪みの核であるということだ。象徴的表現。

盗みと正義とをいかに紐付けるかというところのアイデアが重要であると。
ねずみ小僧とか石川五右衛門なら、汚い商売をしている商家や民から搾取して富を蓄えてる代官とかの屋敷に忍び込んで蓄財を盗み出すのだろう。
悪人から盗む。

悪いものを取り除くというのはどうか。トラウマになっている記憶があるとして、それがその持ち主の人生を損ねている。その記憶を盗み出す。これは一種の洗脳であるな。だから正義とはいえないヒーローになるのかもしれない。
が、あんまりモチベーションが刺激されない。

強者が弱者を虐げるという構図があるとして。
盗みでそれを正すには?
強者の強みを奪えばいいのではないか。
周囲、あるいはある特定の相手を虐げている存在がいるとして、それが可能である根拠があるとする。優位性。この優位性を奪う。うーん。

匿名掲示板で有名人を叩いている連中から匿名性を奪う。それが実名を公開するということだな。それがヒーローのやることか?

例えば仮面ライダーから変身能力を奪うとかジェダイからフォースを奪うとか。うーん。
そういうことではない気がする?

普通にヒーローズアンドヴィランズでひとの特殊能力を奪うヴィランを出せということか?

うーん。

難しく考えなくていいな。自分だったら怪盗ものをこう描きたいなあという願望程度のもので良い。
主人公はチームではなくひとりの怪盗。
で、セクシーな美女怪盗がいて、盗み先でよく遭遇する。一味なのではなく思惑が必ずしも一致しない相手。
盗むのはリアル物質ではなく象徴的なものの方がいい。すると超能力とかオカルトとかの世界になるのか。

うーんアイデアは出なかった。

P5しよう!

---

人格が過剰に善良すぎると、そんなこと気に病まなくていいのにと言うことを気に病む自罰意識によって不当に不幸に陥ることがある。
この自罰の記憶を盗む。それはその人物の人格の美しさの結晶ポイントだから。この怪盗は人間のうつくしさの結晶をコレクションする。それは十字架のカタチに結晶している。どうかな。
| マンガについての考えごと | 09:07 | - | - | permalink |
16092401
P5やりたいが思いついたことがあるのでメモ。

サンタクロースのような存在感を描きたいのならサンタクロースを描いてはどうか。

現実味のない天使のような存在感というと、都市伝説だ。
口裂け女だったらポマードの匂いで撃退できるとかそういう類。逸話がある。
サンタクロースも逸話があるから都市伝説的だ。
クリスマスにトナカイに乗ってこどものもとに煙突を通って現れて靴下にプレゼントを入れていく。

サンタクロースの本質的機能は「ギフトを与える」ということだ。
クリスマス縛りやこども限定縛りは動かす際に邪魔になるので外していく。なのでサンタクロースから着想した新たなキャラということになる。

ヒーローモノからの連想で、与えるものは超能力。
ヒロヴィラで私の主人公・ナカヨシは自分自身では問題を解決せずに行動をともにする仲間による解決をサポートしていることが多い。
助けを求めるものがいて、そこにサンタクロース的なものが現れる。超能力を与えて、自分自身で問題を解決させる。う〜ん。
個人の自助努力を否定してないかこれ。
保留。

事件ベースでヒーローモノを描くという語りを出来ないか。
特定のヒーローの生活に足場を置くのではなく事件に足場を置く。

事件発生。
→ヒーロー集合。駆けつけたり巻き込まれたりするヒーローのメンツはマチマチ。
→解決のための行動。
→解決。
非日常的事件だけをすくい取れる。

じゃあどういう事件?
事件というと殺人が起きて探偵が犯人を探すようなものを思い浮かべてしまうが別に謎解きに関心がある訳ではない。怪獣やヴィランが現れて、というのがいい? 民衆が洗脳を受けて異常行動を起こしている、みたいな異常現象でもいいしエイリアンがやって来たというような事件でもいいのか。ウルトラマン的な事件。

象徴的表現。
ペルソナやスタンドみたいにその人物の内面や本性をキャラなりアイテムとして表現する、という端的な表現でなくてもいいんだな。
ヒロヴィラでの風のナカヨシの能力は「助けを呼ぶ心の声が聞こえる」。この能力が彼の願いを象徴する。悪くない。
マジックザギャザリング的に言うと、相手の手札を公開させるカードを使うプレイヤーなら「知力と戦略こそ最大の武器だ」というスマートな価値観を持つ人物であることが判る。特権的な情報を得たいという願望の現れ。
束縛から自由になりたいのだったら羽を持ったり飛んだり出来る。
静かに穏やかに暮らしたいのだったら強固なバリアを持ったり水中呼吸能力を持ったりする。

能力の由来や系統は何であれ、そのヒーローのヒーロー能力がその人物の性格や願いを象徴する。
むむ。この着想自分向きではあるとは言え、発想の柔軟性を大きく失わせる気もするな。
この原則で行くとスパイダーマンやブルズアイみたいな能力者を思いつくことが出来ないんじゃないか。

スパイダーマン。クモから得た能力。怪力。壁・天井張り付き。蜘蛛の糸。ピーター・パーカーに限らずこの能力から象徴性を引き出せるか? 「嫌われる」ということだな。クモはゴキブリほどではないけど嫌われる虫の代表だ。なのでスパイダーマンも新聞から叩かれて市民から嫌われる(理解されるシーンの印象が強いけど原則的には嫌われる)。すると、能力がそのヒーローが社会からどういうふうに見られるかを象徴するという使い方でもいいのか。

ブルズアイ。なにを投げてもひとを殺せるという投擲能力。これはでも、意外と簡単か。過去に野球の投手やアメフトのクオーターバックをやっていた人物。スポーツから引退して取り柄を失った。ヒーロー選手だった頃の自分を取り戻したい。投擲能力がヒーロー能力になる。

象徴象徴言ってる割に、マイ・フェイバリットキャラであるマーメイドは象徴から発想したキャラじゃなくて自分のスケベ心から発想したキャラだ。
彼女にも象徴を与えたい。
変身系能力は基本的には「変わりたい」という願望の現れだな。でも別に普段の自分を脱却して変身したいと思わせるほどには彼女のそもそもの私生活は描かれていない。
いや、彼女はそもそも改造された人間である。利用された被害者。ナカヨシ、というかヒーローが護るべき弱者の象徴だったのだ。その上で、守られることで力を蓄えて自らがヒーローとなった存在。弱者はただ弱いだけのお荷物なのではなく力を発揮する条件が整えば自ら問題解決も出来るし人を助けることも出来るパワーある存在になるのだ、という主張を象徴しているのだ。ただ、マーメイド能力は私の性癖に由来してるけど。セクシー!

うーむ。そうだな。能力と象徴との対応を厳密に考えすぎると発想の柔軟性が失われる。象徴を考えるならキャラクターのトータルで表現すべき。なのでマーメイドの能力の意味について悩むのはやめよう。
象徴性だけでスタンドやペルソナのような超能力を発想しようとしても、おそらく5〜6種類考えたところでネタが枯渇するだろう。ジョジョのようにたくさん考えるには、もっと幅広い視野で発想できたほうが良い。だからタロットカードから発想したりミュージシャンの名前から発想したりという自由な連想で正解なのだ。

一旦こんなもんかな。P5やろう。

---
いややっぱりあれだな。
象徴性に縛られすぎてはいけないな。ここぞというところで使うべき大技であり、どこもかしこもそれで満たすべき原則ではない。
たとえば主人公が普通の男で、戦いに巻き込まれ、武器もありふれた拳銃を拾って使うというシチュエーションだとする。それまでのところ彼の設定になんの象徴性もない。いや、「ありふれた普通」という象徴かもしれないか。とにかく、属性に乏しいキャラであっても作中で描かれる行動によってヒーローにも下衆にもなる。ならば重要なのは行動であって属性ではないと。その行動が彼がなにを象徴しているのかを表現することにもなる。罪人を許すのならメシアの象徴だし恩を仇で返す裏切りを働くなら悪魔やカオスの象徴になる。

象徴→キャラ設定という方向があり、
キャラの行動→象徴という方向がある。
何にせよ原則を考えるのもいいが原則に縛られないことも重要だと。
| マンガについての考えごと | 07:04 | - | - | permalink |
16092202
ペルソナ5をバリバリやりたいんだけどプレイし過ぎで電脳ダメージの蓄積がきつくなってきたので今日はここまで。
なんか考えよう。

ヒーローモノというジャンルについて考える。
私が描きたいジャンルってヒーローモノらしい。
アクションや戦いを描くのが苦手だしそういうのをかっこよく描くことに情熱を感じるタイプではないのでヒーローモノ(ヒーローアクションもの)は自分のジャンルではないなと思っていたんだけど、アメコミヒーローもの描いたりオリジナルウルトラマン脚本書いたりしてみて、どうもこの分野がしっくり来ると感じる。

ヒーローモノジャンルを構成する要素が複数あるとして、その中で好みがあるみたい。腑分けしてみよう。

[興味がない・好きではない]
■かっこいいアクション表現
■ハードなアクション表現
■暴力表現
■勧善懲悪のわかりやすい構図
■倒してスカッとするような憎たらしい悪役
■憎たらしい悪役を倒して得られるカタルシス

[興味がある・好き]
■正義や善悪の相対化
■複数の正義のぶつかり合い
■暴力への躊躇
■なにを正義としなにを悪とするのかという正義観
■ヒーローとは何かというヒーロー観
■バトルシーンは明確なイベントであってお話的にわかりやすいし退屈しにくい。
■戦いという非日常的出来事


退屈なお話の典型は、物語の筋にクライマックスがないというか出来事が起こらないもの。戦いは退屈させないイベントそのものだ。

戦う人物はいろいろなものを象徴できる。
行動の目的によってその人物の抱く正義観を表現できるし、その戦闘スタイルがでの人物の性格や内面を表現できる。

あんぱんまんが作られた際の発想順序が好きだ。「ヒーローとはお腹が空いたときに食べ物をくれるひとである」というのが戦争経験者であるやなせたかし氏のヒーロー観だった。
ヒーローとはなにかという哲学的な問があって、それへの答えからキャラクターが作られている。

現状では私のヒーロー観は「弱者を護るもの」だ。私には戦争体験のような強烈な実体験はないからこのヒーロー観はただ頭で考えたふわっとしたものでしかないかもしれないが、考えが深まれば更新していけばいい。
「悪を許さず成敗するもの」という審判・攻撃動作を本質とするのではなく、「抵抗力がなく理不尽に虐げられている弱者を護るもの」という庇護・防衛動作を本質とする。ということはぶっちゃけて言えば悪を倒さなくてもいい。悪は存在してもいい、ただし悪事を働かなければ。ということは悪とは存在ではなく行動・現象である。動的なものである。


目標を設定しよう。
自分のためのヒーロージャンルのスタイルを作ること。
ウルトラマンであれば、「事件発生→科特隊による捜査→科特隊による解決行動→ウルトラマン参戦→解決」という一連の流れ。これはウルトラマンがどういうヒーローなのかということだけでなく、お話の語りの型の指定までをも含んでいる。

とりあえず見えている指針。
■主人公は現実的バックボーンがよくわからない天使のような存在。職業やなんかの現実的側面が不明で、事件とともに現れて事件とともに去っていく。
■複数の正義がせめぎ合う。
■ヒーローは変身しない。コスチュームヒーロー。
■象徴的表現。

うーん。

どのへんから考えるといいかな。やはりヒーロー像か? というかヒーローの能力? スタンドやペルソナのような象徴表現的霊魂を召喚して戦う? それとも封神演義の宝貝みたいな象徴的道具にする?
「象徴的表現によるバトル能力」の発想があるとマンガ的になると思う。説明が短くて済むような設定が良い。

きええ まだ22時半だと言うのに眠い。
| マンガについての考えごと | 22:28 | - | - | permalink |
16092201
今日は休み! P5出来る! 神様ありがとう! マハムドオン!



いくつか。

P5の新島真さんから学べるなと思った。
私の描く女性キャラには性格がない。どういう人格なのかがきちんと定まっていない。なんとなく外側から受けるニュアンスがあるだけだ。「おっとりしてる」「ソフトだ」「クールだ」「冷静だ」そんな感じ。
奥行きがない。

新島真さんは基本的に「クソ真面目な委員長キャラ」だ。つまり、学校生活・学校での典型的な人間関係パターンという現実に根ざしたデータベースがあって、それを基本的な根拠にしている。
すなわち、
■勉強ができる。勉強ばかりしている。
■周囲の不真面目さをたしなめる。
■責任感が強い。
■周囲から疎まれる。「息苦しい」「ガリ勉」「口うるさい」「点数稼ぎ」。
■一方で、その頑張りをよく知る一部の人間から敬意を抱かれる。
■真面目=社会のルールに忠実→レールに乗る人生に疑問をいだき抑圧されている。

そういう「クソ真面目生徒会長という型」が人格のベースになっている。
その上で、任侠映画が好きだとか怒らせるとマジで怖いとかのアレンジが加えられる。

現実世界に存在する人間像の型を下敷きにするというのはベーシックな方法だと思うけど今まで気づかなかった。これ実践できないかな。
どういう型を思いつくか。
■仕事一筋で家庭を顧みない父親。家庭とのすれ違い。退職後の無趣味。
■仕事は最小限だけやって定時に帰ってプライベートを大切にしたい平社員。ドライ。
■娘時代は美人だったけどお高く止まっていたせいで結婚できず、年を取ってから若い女性に嫉妬して嫌がらせするようなお局さま。
■引きこもり生徒の家に家庭訪問に来るような熱血教師。世の中の陰性の価値観への共感力がない。
■仕事がイヤダイヤダ言いつつ言われた仕事を断れない社畜精神の社員。ストレスを溜め、休日は一日中ネットでヘイトを撒き散らしていたりする。

自分の興味としては脳内ヒロインのエリカさんに当てはめられる型を検討したい。
自分の投影としてのナカヨシにはむしろこういうのはない方がいい。


春日太一著の市川崑監督についての本から学んだ、「天使としての主人公」像にやはり惹かれる。これを意識的に用いたい。
市川崑監督の金田一少年シリーズがこの技法に自覚的なのだそうだ。
金田一は作中の人物たちの人生に手を出さない。事件を解決しない。
金田一はどこかわからないところから来てどこかわからない場所へ帰っていく。

ミステリーというジャンルがこの主人公像を発動するのに向いているのだと思う。つまり、生活ではなく事件を描く。
事件というのは謎が発生してそれが解かれるまでの一連の出来事で、人間の生活のペースが基準ではない。事件の論理的な展開が基準である。だから人間の現実的側面・生活感に影響を受ける度合いを低くすることが出来る。

一方でこういう天使としての主人公という技法に不向きなジャンルが伝記だろう。マルコムXやモハメドアリの伝記映画を見たとき、これは物語ではないなと感じた。中心的事件があってその解決までの展開を論理的に追うような構成ではなく、主人公の人生を事実ベースで追う。現実的側面だけで出来ている。
ドキュメンタリーとかになるともはや物語を語るジャンルですらなくなっていく。

作中時間が短いほうが現実的側面に縛られる度合いを減らすことが出来る。
事件があり、それにフォーカスする作りのほうが向いている。


ヒーローズアンドヴィランズ、ナカヨシの現実的側面をちゃんと設定してそこから話を膨らませないとなあというのが最新の問題意識だったけど、これは撤回し、むしろハンドルを逆に切りたい。
つまり、リスナーズが解決すべき事件の発生の発端・あるいはその事件解決に彼らが乗り出すところから語り始め、事件の解決とともに語りを終了するというスタイルを自明のものにしていく。そうすればナカヨシの現実的側面を不問にしておくことが出来る。
「主人公を現実感のない天使のような存在にしたい、そのためにはどうすべきか」という目的を持った技法をこそむしろ追いかけるべきなのだ。

なので、スーパーマンやスパイダーマンを思い浮かべるのは間違いな気がする。
新聞記者としての日常を送っているとオフィスのテレビに流れるニュースで重大事件が報じられ、スーパーマンの格好に着替えて飛んでいく。
大学生としての日常とスパイダーマンとしての活動との両立がうまく行かず、ヒーロー活動を投げ出したくなるという悩みを抱く。
こういうのは私の求めるカタチではないと。

事件が起こる。
ヒーローがぬっと現れる。
事件が終わる。
ヒーローがすっと消えていく。
あいつら普段は何してるひとなのかね、と不思議に感じられる。
そういうのがいい。
まさにサンタクロースだな。

ウルトラマンで言うと、科特隊員ではなくウルトラマン。科特隊員を描こうとするとかなり日常寄りになる。ウルトラマンはクライマックスの数分にしか登場しない。ベースとなる人間的要素を度外視したウルトラマンが良い。つまりウルトラマンの正体を知らない人々にとってのウルトラマンのような存在感がいい。

朝があって昼があって夜があって翌日になってという時間列ベースの語りではなく、発端があって展開があって解決があってという事件の論理的展開ベースの語りというスタイルを持ってこないといけない。じゃないと朝や夜に日常が忍び込む。そこはオミットできるというかオミットすべき。


すると、矛盾してるな。現実の人間の典型を導入することでキャラ付けを深めたいというのが今回の前半の話だったのに、後半ではいかに物語から現実的要素を排除するのかということを話している。どっちをやりたいんだという話。

主人公以外には現実的基盤があってもいい気がする。そういう住み分けか?
あるいは、キャラクターの性格付けの技術として類型を応用したいというだけで現実を描きたいというのとはちょっと違うということを言っている?
あるいは、えりかさんをはじめ私はすべての登場人物に現実感を付けたくないと思ってるのかな?

現実的基盤が比較的しっかりしたキャラって描いたことあったっけ。
ピクシ部の高校生。うーーーーーーん。マンガで言う現実的基盤ってせいぜいあんなものじゃないか。普段は学校ものっていやだって感じてるけどあれを描いていたときは別に気にならなかった。「現実味のない主人公がいい」という今回の着眼は勇み足かもしれない?

まあいいや。

しばらくP5につきっきりでマンガ描くどころじゃなさそうだけど次のアイデアをちょびちょび探そう。
女神転生シリーズが自分の好きな要素が相当詰まっているというのに気づいたので、オリジナルウルトラマンの次はオリジナル女神転生を考えてもいいかもしれない。
象徴的手法と、正義の水掛け論。

また、ウルトラマン熱が落ち着いて、P5やってることで、「コスチュームヒーローが好きなのかもしれない」と感じてきている。

というか私は基本的にヒーローが好きでヒーローモノが描きたいジャンルなんだなと感じてきてる。
自分のジャンルはなんだろうという話。


コスチュームヒーローに惹かれる。
■人間としての普段の姿とあんまり変わらない。
■「変身」しない=普段から本質的にヒーローのときと変わらない。
■コスチュームは非日常に属する。

逆にいうと変身にそんなに惹かれない。
■変身の前後でガラリと違う存在になってしまう。
■変身後の姿はたいてい描きにくい。

「普段のまま」というのが好きだ。これはつまり「いつでも一定のテンションでいたい」という好みと通じてる。
だから、コスチュームすら着なくて普段の姿とヒーローとしての姿とが全く同一であっても、むしろそういうのが好きだ。
ただ、非日常側に属するほうがいいので、コスチュームというのは「普段の姿との連続性がありつつ非日常側に属する」所が良いのかもしれない。

一方で、変身が嫌いというほどでもない。やはり仮面ライダーやウルトラマンにはなりたいし、変身した姿がその人物の本性を象徴するという象徴的手法になるのでそこには惹かれる。メガテンでいうならアバタールチューナーの悪魔変身は結構好きだ。
ただそうか、変身するヒーローだと変身してない時が現実的側面に属してしまうので例の職業とかの設定を入れないといけないな的な話になってきてしまうのか。それは煩わしい。

そういえば昔参加したpixiv企画のピクテンではデビルサマナーとペルソナ使いと悪魔変身アバターとの三人を投下したんだな。サブキャラ入れると4人いたな。メガテンにはライドウから入ったからナカヨシはデビルサマナーだったんだよね。今はペルソナ使いに惹かれる。


P5すっか!
| マンガについての考えごと | 06:53 | - | - | permalink |
16091902
考えごと。
ペルソナ5相変わらず集中プレイを続けてるけどそろそろ休憩しないとぶっ倒れる頃合いなので息抜きも兼ねて。

話はP5から離れて、最近通勤電車で読んでる本は春日太一の新書だ。





五社英雄の本を先に読み、今取り組んでるのが市川崑の本。

このふたりの映画監督は対称的な作風らしい。

[五社英雄]
代表作:『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち』『吉原炎上』
作風:ハッタリ、ケレン味、情念的、ストーリーテリングよりも見せ場の釣瓶撃ち。熱い。

[市川崑]
代表作:『犬神家の一族』『ビルマの竪琴』『野火』
作風:情念を排したクールな演出。知的で小洒落たセリフとテンポの良い筋運び。ウィット。モダン。


五社英雄の本を読んでたときは「自分とは違うタイプだな」と感じ、市川崑の本を読んでるときは「驚くほど自分と共通してる」と感じた。

市川崑監督、参考になるんじゃないか。作品をちゃんと見たことがないのでP5一段落したら見てみたい。

シンパシーを感じたところ。

Kindleで読んでるので正確なページ番号が記せないんですが引用しつつ。%がKindle中での位置。


五社英雄は主観的な視点と熱い情念で世界や人間を捉えていきます。一方、市川崑は徹底的に三人称の視点から世界と人間を客観的に捉え、決して熱くなることなく冷めたタッチで描く。
 特徴的なのは、市川崑は「情」と名のつくものを全部解体していることです。熱情、感情、情念、情緒…
(11%)


市川崑の映画に登場する人物たちは主張を高らかに語ったり、感情を大きく爆発させたりするようなことはしません。
(13%)


(市川崑の目指したソフィスティケイテッド・コメディについて)コミカルな動きや素っ頓狂な常識外の言動で笑わせるのではなく、ウィットに飛んだ会話と緻密な物語構成によって知的な笑いを展開していく。そのため、人間の描写は必ず乾いたクールなものになっています。
(13%)


(市川崑の著書から)日本映画では陰性をあまり取りあげていないようだ。たとえば、人を殺す場面でも、銃をかまえて、殺すぞ、殺すぞ、ダーンと撃つというような工合だが、陰性というのは、殺人を犯すときでも、あなたは大変やさしい、いい人だ、私はあなたに大変好意を持っているといいながら、ツッと殺すというようなやり方だ。
(中略)
『私は帰ります』といって帰ってしまう。『私は帰ります』といって、いつまでもそこに座っているというのはあまりない。
(16%)


こうした、正面から事物を捉えない技法を市川崑は「陰性」と呼んでいます。
(16%)


主人公の男は神様の使い、天使のようなキャラクターである。
(19%)



こんなところ。
淡白で冷たい演出。
登場人物が泣きわめいたり、感情を激しく表現することを嫌う。
主人公に現実的な基盤を持たせるよりはフィクショナルなふわふわした存在感をもたせる。まさにサンタクロースのような。

こういうふうに、大まかなところで概ね好みが似てて、主人公造形のような細かいところでも自分の好みと一致するところが度々ある。
たとえばマンガの技法書ではキャラクターの表情は豊かに描けるのこそ正義だということが自明のように説かれている。けど私はそういうのが嫌いだ。キャラクターの顔を表情豊かに描くのが嫌いだ。これは自分の技術が低いのを言い訳してるんだろうなと思っていたんだけど、そうじゃなくて「俺がそういう暑苦しいのが嫌いだしもっと冷たい表現をこそ目指しているんだ」ともっと堂々と能動的に主張し追求するべきだったのではないか。市川崑監督のように。

マンガや脚本作りにおいて自明的に是とされているけど自分の好みと照らして一致しない要素は結構ある。そのとき、セオリーを是として自分の感性が間違っていると診るか、それとも自分の感性を是としてセオリーをくそくらえと診るかは生き方の姿勢の問題だ。

自分の感性の側を美学として秩序付け・言語化して、それを積極的に追求していきたいというのが現在のスタンス。
主人公を現実感のない詩的な存在にしたいとか、登場人物たちの成長を必須とはしないとか、感情は平坦にして内面はクールに知的に表現させるとかそういうもの。

モダンという考え方があり、これは近代的と言うよりより厳密に言うと「無駄を排した」「装飾を排した」という意味らしい。その意味でのモダンが好きなので、モダニストになりたい。
モダニストであり象徴主義者。


なんだけど、ペルソナ5をプレイしていると人物たちがどんどん成長する。
主人公のクラスメイトの三島なんていうのは特に顕著で、優れたシナリオだなあと感じる。うーん。

かと言ってペルソナのシナリオは日付ベースなので長い。可能な限り短くシンプルにお話を切り詰めてまとめたいという私のタイプとは違うのか。

いまはペルソナに脳が占領されているから自分のアイデアどころではない感じ。
ま、これはインプットだと割り切って、P5クリアするか挫折するかした後にまた自分のアイデアを探そう。

モダンなマンガにしたいですな。
| マンガについての考えごと | 21:30 | - | - | permalink |
16091901
ペルソナ5を発売日に購入し、この土日は食事を摂ったり入浴したりする時間すらもどかしく感じるくらいずっとプレイしていた。
私はゲームにハマると自由時間それにすべてつぎ込むという集中型プレイをするので、体力の限界をに挑戦するような形になってしまう。倒れる寸前までプレイする。今も電脳ダメージの残りで気持ちが悪い。
面白くて夢中になっている一方で時間がかかることを苦痛に感じている。私の中でプラスとマイナスでせめぎ合ってる。

P5に興味を持ったのは数週間前にテレビでやっていたP5発売直前特番のアニメを見たからで、登場人物のアンちゃんというのがとてもセクシーで感動した。
P5は初めて情報が出てきたときに登場キャラの新島真さん(アニメには登場せず)がすごく好みだけどP4は序盤で挫折したし時間掛かるからプレイしないだろうなと言う予感を抱いていたので買わないつもりだったんだけど、アニメで見たセクシーな怪盗コスチュームに惚れて熱が高まってしまった。

P4で挫折したのは時間がかかるからというのもあるが、ゲームシステムがしっくり来なかった。
ダンジョンの探索も出来るし仲間との交流もできるしバイトや勉強をすることも出来る。行動の選択肢が広い。何をしていいのか判らないし、その時選ばなかった行動が気になる。カレンダーは容赦なく進む。つまり、選択の自由は広いのに時間的自由は少ないので不自由を感じたしそれが嫌だった。

P5をちゃんとプレイしてわかったのは、ゲームバランスが取れていてある程度なにをすべきなのかのセオリーが誘導されているということだ。ダンジョンが登場しているときはその攻略が優先。事件はカレンダーに従って起きるので早めにクリアすれば次のダンジョンが現れるまで時間に余裕ができる。なのでまずダンジョンをクリアし、その後で次の区切りまで仲間との交流や自分磨き行動を取る。仲間との交流も常に可能なわけではないから個人的行動よりも優先順位は高い。ダンジョンも出ておらず仲間との交流選択肢も出ていないときに個人的自分磨き行動をとらせる。
なのでシステム的にはそんなに苦にならなくなってきた。

それにしてもとにかく時間がかかるのが苦痛で、最後までプレイできる気はしない。途中で投げ出すだろう。

その一方で、まだ熱が冷めきってないのでもうしばらくはプレイしそう。

P5が(シリーズをプレイしてないのでペルソナシリーズはとは言わない)自分向きなところがいくつもある。

[象徴が多用される作品であること]
ペルソナというのはその人物の人格の象徴である。
今回のダンジョンである「パレス」もその人物の歪んだ欲望が作り出す象徴的世界。
怪盗活動のときに着る怪盗装束のその人物の性格を表している。
歪んだ欲望のパレスから核であるオタカラを盗み出すことでその人物を改心させることが出来る。象徴のみで形作った構造で、見事だ。
個人の欲望だけでなく集団的無意識が作り出したダンジョンもあり、これもうまいなあと感心した。
私は象徴主義者だからこういう手法が心地よいし惹かれるし、一方で悔しさを感じる。

[正義やヒーローについての話であること]
主人公たちの活動は悪人を改心させて弱者を救うことが目的なので正義の活動とされている。
一方で、その活動は人の心を他人が勝手に捻じ曲げることであり本当に正義なのかという問いがつきまとう。
さらに、法的裁きによらない私刑に過ぎないから、むしろ悪であるという立場のキャラも出てくる。
ウルトラマンやアメコミヒーローと同様に、正義とは何かについての哲学的なせめぎあいがある。
その主題が好きなので、やはり心地よく、やはり悔しい。

[女の子がセクシーである]
P4のときと違って主人公たちには制服・私服・ペルソナ以外に怪盗装束というビジュアル要素がある。
女性の怪盗装束、特に序盤で仲間になるアン殿の衣装が非常にセクシーで、目の快楽が得られる。これが大きい。
私のお目当てのヒロインである新島真さんもやはりピッチリしたセクシーな衣装で惹かれる。

[物語中心のゲームである]
私は物語至上主義者なのでゲームというものに対しての評価が年々下がっている。
自分が仕事で開発に関わってるゲームも物語性なんてあって無いようなもので、だからそのゲームに愛着はない。
最近のスマホゲーも物語要素はどうでもいいという扱いのものが多い。ゲームというものは必ずしも物語に属するメディアではない。制作に膨大な時間が掛かるから物語を語るメディアとしてマンガや映画や脚本には及ばない。だからゲームより映画やマンガのほうが好きだ。これが最近の認識。
なんだけど、P5は物語がしっかりしているし、漫画や映画では不可能な「主人公の人生を自ら疑似体験する」というゲームならではの物語体験ができる。
偉大な作品だ。
本来、ゲーム業界を志すというのはこういうゲームを作りたいからではないか。
今関わってるゲームが、シナリオは外注に出してて、ゲームにおいて物語なんてどうでもいいという扱いを受けている。これに失望した。
ペルソナは物語をしっかり語っている。


続きをやろう。
| マンガについての考えごと | 08:09 | - | - | permalink |
16091301
なんか考えよう。

昨晩候補に上げた筋。
「ヒーローが、虐げられた者を護り、虐げられたものがそれによって力を蓄え、虐げるものを打ち破る。」

この筋もワンパターンになってきているので、別の選択肢を検討する。

主人公の最重要な行動を考える。
上記の筋なら「弱者を護る」。

スタンダードな筋なら?
■悪と戦い打倒する。
■試練に打ち勝ち成長する。

筋自体に選択肢は多くないし工夫の幅も広くない。それで良い。

例えば私のヒーローは自分自身が成長することを避けているとも言える。手を汚さない。
自分自身が迫害された時、というのを想定してない。

自分がガッツを発揮してあいつらをぶっ殺してやる、という気概を抱くことが殆ど無い。過去わずかにあったけど。自分の手札ではないなという感じ。

じゃあ配られたカードでデッキを組むしかないかやはり。気に入ってる手札でもあるし。

面白さに注目したらどうか。
私にとっての面白さのキモ。
「先の予測が付かないこと」。
例えばヒーロー映画を見る。敵は悪の組織。この時点で「ヒーローはピンチに陥るが最後には悪の組織を打倒する」という結末がわかってしまう。その意味ではつまらない。

私が面白さを感じた作品の代表。
■仮面ライダー龍騎
■Fate/zero の前半

主役級が複数登場するバトルロイヤルモノは勝者が予想付かないから面白い。
一方で、バトルロワイヤルやハンガーゲームのような「不条理シチュエーションモノ」はむしろ嫌い。自由を奪われて無理やりやらされるというのがストレスに感じられて苛々する。

はじめに敷いておいたレールを無視して意外な方向に話が展開する、というのは嫌い。そうではなく、はじめに敷いたレール自体がどうなるのか判らない構造になっているのが良い。

その意味ではキャプテンアメリカシヴィルウォーも良かった。キャプテンアメリカとアイアンマンのどちらが勝つのかわからないからだ。
だから「正解のない複数の正義の戦い」が面白いといえるな。
しかし一方で、プロットというのは素早く物語の全容を示すものだから、どういう展開のなるのかわからないという風呂敷を広げるジャンルとうまく作るのに向いた方法論ではないな。それこそ序盤の設定をしっかり作って途中の経過をサイコロで決めるみたいな「作者も本当に先の展開が判らない」的に作らないと面白さを持続できないんじゃないか。

正義と悪とが作中ではっきりとポジション分けされてしまうと物語の法則に基づいて正義側が勝つということがほぼ自動的に決まってしまう。
どっちにも正義があるという(どっちにも正義がない)という場合、予測が難しい。そういうバランスで描けるといいんだろうけど。

ふたりの正義の味方… 二組の正義のチーム?
そうだな。対決すらしなくていいのか。ヒロヴィラで怪獣マーメイドのエピソードの時、ナカヨシと張刑事という二人のヒーローがそれぞれ別々の方針で解決に取り組んだ。問題は解決するだろうけどどっちがどうやって解決するのかは予測しにくかったんじゃないか。結末がおおよそわかるけど厳密には判らない程度の幅でいいのか。

あんまり進まなかったな。今日はここまで。
| マンガについての考えごと | 00:48 | - | - | permalink |
16091201
考え事。

今日は会社の帰りにアキバの書泉の映画書籍コーナーで脚本の書き方本を物色した。
で、今回は一冊も買わず、「セオリーなんぞ知るか! 俺は俺のやりたいようにやる!」という結論になった。
つまり現実的な設定をすっ飛ばすというやり方。
登場人物の職業や過去や家族関係みたいな、リアリティを持たせるための設定項目なんぞいらんという立場。
物語という動的要素に照らして最適な設定を見出すということに価値を置く。

つまり現実・現代ものというジャンルを避ければいいだけなんじゃないか。
実写に比べてマンガはそういうのが得意だ。もちろん、映画に惹かれているから映画脚本を意識して現実的なものが描ければなんか先に繋がりそうな気もするけど、マンガという形式を愛すのであればべつに無理して現代モノにする必要はない。

象徴的記号性で職業が決まる世界。
ちゃうな。職業設定という静的要素が意識の手前に来ているのが良くない。まず物語。それに奉仕するのが設定。

というか

ナカヨシとエリカさんという男女二人はほとんど迷いなく使うことができている。職業設定ないけど。
職業設定も迷いなく使えるようなディフォルト選択肢を決めちゃえばいいんじゃないか。

いや、無理だな。そういうことじゃないな。

短編。
連続ものだと「ベースの設定」を決めてそれにもとづいて個々のエピソードを考えるという順序になってしまう。設定が先に来る。
一方で一回限りの読み切りだったら物語を先行させて設定をそれに合わせて決めることが出来る。こっちが原則になるようにすればいいんじゃないか。
だからウルトラマンアラズ第二話で早速手こずったのは、物語は第一話目分しか考えていなかったからで、全話分のお話を先に考えてそれに合わせて設定を取り付けるという順序だったらよかったのかも。



P5が私の内部で盛り上がってるんだけど原因は端的に言って新島真さんだ。黒髪ぱっつん長身美人委員長。物語性とか象徴性とかそういう高尚なモノ全部ふっ飛ばして「女の子が好み」。
キャラは重要だな!



じゃあ次のマンガのアイデアを考えよう。どういうのがいい?

おもいっきりわがままに描きたいつまり、象徴性だけで設定されたような世界観がいいな。

なにを象徴したいのか。物語をまず考えねばならぬぞ。

ヒーローズアンドヴィランズの風のナカヨシはすごく気に入ってる。戦闘向けではない能力。助けを求める声に敏感。武器・兵器嫌い。
マーメイドはそんなに象徴性がない。ただ単に私の好みのセクシー美女というだけ。いや、そうだろうか。守られるばかりというわけではない女性。自ら戦う社会的弱者というポジションではなかったか。

虐げられたものの庇護者、代弁者としてのヒーロー。
味方する、かばうというのがその中心的機能。
そうして力を蓄えた弱者が、自らの力で迫害者に打ち勝つ。打倒する必要はなく、それを超える高貴な存在になればいい。そういう筋が良いんだけど。

あー

うん。それがいい。
虐げるものの象徴がいる。
虐げられるものの象徴がいる。
ヒーローがいる。ヒーローは虐げられるものに味方し、護る存在。だが虐げるものを打倒するのは彼ではないのだ。
虐げられるものが守られることで秘めた力を発揮することができるようになる。その力が虐げるものを打倒する。ウルトラマンアラズの筋だなこれ。

このプロットをなんかこう象徴的な、神話みたいに描きたいと。やっぱりほら設定からではなくて物語から入ると角度がいいんだよね。

ヒーローというのはこの世に自分の味方なんていないと絶望しているような人が作品を読んだ時にこのヒーローは自分の味方なんだと思ってもらえるようなのが理想だ。

虐げるものはなにで虐げられるものはなにでヒーローは何か。
虐げるもの:地球防衛軍的な、聖なる属性、かっこいい属性、正義の属性。天使?
虐げられるもの:ヒロインはこのポジションに置きたい。えりかさん。相対的に悪の属性。やはり怪獣マーメイド的な存在になるのかな。悪魔?
ヒーロー:ナカヨシ。護るもの。天使でも悪魔でもないお前は何者だ? 異星人?

時代劇にするとどうなる。
代官
ニンジャ
牢人

スペースオペラにすると。
銀河皇帝の軍隊。
辺境異星人。
ウルトラマン的存在。

不寛容で排他的な存在をなにに象徴させるか。ロボ? かっこ良い存在、魅力的な存在が良い。やはりロボ。ガンダム的なもの。うーん。軍事的要素がほしい気がする。スターウォーズ的帝国。

ここまで。
| マンガについての考えごと | 00:56 | - | - | permalink |
16091104
アイデア探し。
最近はインプット重点だったのでこの土日はインプット量を抑えて考え事に費やしていた。消化というやつ。でもあっという間に煮詰まるからまたしばらくインプット増やすようだね。P5プレイに時間とりそうな気がする。

レイパーキラーのことを思い出していた。
この主人公たちはまさに、プライベートが謎な(プライベートな側面が存在しない)都市伝説的なキャラで、虐げられた者達の無念を晴らすヒーローだ。
こういうノリがいいと思う。

次の作品を考える。
ウルトラマンアラズかヒーローズアンドヴィランズで、且つ、主人公たちのプライベート側面を謎とする話法のエピソード。
他人として登場するヒーローたち。

じゃあせっかくだから途中まで考えたウルトラマンアラズエピソードをもうちょい考えたらどうだ。
怪獣を倒すべきものとみなし、ウルトラマンアラズに倒させるとしたらどうか。
人々の凶暴性が怪獣の姿をとって現れる。
ヤプールがツイッターアカウントを開設して炎上を誘導。炎上に成功すると怪獣が出現する。ギャグだな。

不寛容を象徴化して何かモンスターなりとして描き、それと対峙するヒーローを描きたい。
不寛容というか、国民性を象徴したい。大人数の総体として現れる存在。
国民性。内面の闇。というか価値観。キャプテンアメリカウィンター・ソルジャーに出てきた国民監視&抹殺システムなんかがぴったりとも感じる。怪獣ではなくロボ? 人間の内面を象徴するには人間の生み出したもので表現するのがいいのではないだろうか。

ち こんな時間か。寝ねば。
| マンガについての考えごと | 01:08 | - | - | permalink |
16091103
散歩がてらにP5の予約をしてきつつ考えたこと。

物語の現実的側面の設定の話。

ふたつの方針を考えた。
1.象徴だけの世界で描きたい。
2.現実的職業・身分も象徴の側面から導き出す。


1.象徴だけの世界で描きたい。
現実的な設定が苦手な分象徴的要素への感度が高い。
リアリティと象徴性とで軸を引くとする。私の好みは象徴の側に大きく寄っているらしい。いや、そうなのか? 主人公が無職じゃ嫌だというのはリアリティ重視なのではないか?
ま、いいや。今回は「自分は象徴に寄っている」説を前提に考える。
リアリティ要素を考えるのが苦手なのは物語において論理的な意味付けが無いからではないか。
象徴だけで作品を構成したい。シンボリズム。
するとジャンルとしてはお伽話になるのかな。
王とか鳥とか悪魔とか鬼とかそういう抽象的な存在が主要な構成要素になる。

2.現実的職業・身分も象徴の側面から導き出す。
象徴性だけで描こうとしても選択肢が狭められちゃうから結局ほかの普通な感じのも描きたくなるだろう。
現実的職業や属性にも象徴性を見出す。
看護婦なら「優しい女性」とか「頼りになる実務家」とか。
警察官なら「正義感のある男性」とか「国家権力の手先」。
学校ものでも、生徒会長や委員長なら「真面目な優等生」、体育系の部活なら「活発」「健康的」、コンピュータ部なら「理系」「オタク」「技術に強い」、書道や華道の部活なら「伝統を重んじる」「育ちが良い」など、いろいろな属性を付与できる。


ゲームのマンガなんかは現実性がないから描きやすい気がする。
ここでいうゲームというのはゴッドイーターとかモンハンとかFF14のような、プレイヤーアバターが作れるゲームを想定してる。
例えばMMORPGのマンガなら、選んだジョブで象徴性をもたせられる。
ウルトラマンアラズ的なキャラならタンクになる。
ヒーラー職なら癒やしや優しさという記号になるし、アタッカーなら攻撃的という記号になる。


どうも脳がウルトラマンモードから離脱したな。ウルトラアイデア練りは一旦下げよう。
現実的側面が苦手問題について考え事をしてみてアイデアが見つかればそっちを描くつもりで。

象徴だけでなんか描くとして、なにを描きたい? いきなり作品に到達するまでの距離が遠くなったな。
怪獣モノを象徴だけで描くとどうなる?
というかウルトラマンアラズを象徴だけで再構成するとどうなる?

■地球防衛軍 : 人間社会
■怪獣 : 人間社会がはじき出した、虐げられた者
■ウルトラマン : 虐げられた者の庇護者
■怪獣弁護士 : 虐げられた者の代弁者
こうなる。
人間ドラマが全く無いな。

P5では、というかペルソナシリーズは伝統的に、登場人物の抱える悩みを描いているらしい。ハリウッド的な、内面の問題と外界の問題との一体化。
優等生だったら、周囲の期待に応えるのが重圧になって抑圧されたストレスがあるとかのドラマになるんじゃないか。だから奔放な別人格とかがSF的に出てくる。それが悩みの象徴的な表現になる。

P5に惹かれている理由は、女の子キャラが好みだからで、一番好みなのが新島真さん(長身黒髪ぱっつん美女生徒会長)、それにアニメで活躍していた高巻杏ちゃんもイイ。
女の子キャラに惹かれている。
ウルトラマンアラズや何らかの怪獣モノのアイデアを練っているとき、女の子要素はない。そこに不満を感じだしているんじゃないか。

例えば自分が怪盗モノを考えるとしたらどうだろう。
以前も何度も考えようとしたことがあるけど全然モノにならなかった。盗み出したいような財宝を想像できなかったからだ。宝石でも金でも美術品でも、私自身が別に盗み出したいと感じない。
でもP5みたいに象徴の空想設定を導入すれば違ってくると思う。
それを盗み出すことが美挙になるような財宝を考えつくことができれば描き甲斐があるだろう。
例えばトラウマになっているような負の記憶を盗み出す。記憶を改ざんするということなんだけどこれによってその人物のパーソナリティが前向きになって人生が好転するかもしれない。
あるいは罪を盗み出す。罪悪感?病気を盗み出す。精神の悪い癖を盗み出す。P5と同じような設定になる。
怪盗はいつもの三人組だろう。そして彼らは怪盗としての顔以外は描かれない。予告状を出し、盗みに入り、盗み、闘争する。昼間の顔は描かれない。現実に存在するのかどうか判らない。
つまり私が描きたいのは人間ではないのではないか。表の顔がないということはそれはもはや人間ではない。幽霊とか妖精とかそういう詩的存在を描きたく、経済に縛られている現実的存在である人間を描きたくないのではないか。人間のメリットは人間の形をしていて日常ネタのマンガが描けるというだけだ。

人型だけど人間でないものを描きたいと認めるとすると、なにを描き得る? 妖怪モノ?

神。神話の神。
ウルトラマンだってウルトラマンの姿自体は人型だけど人間ではない。
都市伝説的存在。口裂け女。風のおじさん。

描きたいアクションは「美挙(詩的行動)」である。
用いたい手法は象徴である。
描きたいキャラは詩的存在である。サンタクロースはこれだな。隊員要素を除けばウルトラマンもそう。つまりゾフィ、ウルトラの父、ウルトラの母、アストラ、ウルトラマンキングなんかがそう。

本来のドラマ方法論なら「人間的側面をキチンと描かねばならない」といったところだろう。私は「んなこたあねえ」ポリシーで行くかな。
登場人物の過去や家庭といった人間的背景をきちんと設定しておかねばならない。んなこたあねえ。

じゃあそのポリシーでマンガを描けないかな。
主人公たちは重要事件が起きるまで登場しない。重要事件が解決すると去って行き、プライベートは描かれない。

これヒーローズアンドヴィランズじゃん。
マーメイドエピソードで中途半端にプライベート要素が僅かに描かれたから起動を修正し、いきなり事件を始め、いきなり彼らがあらわれる、というのを描きたい。
どういうトラブルが起こってどういう敵が現れるかを考えよう。そこで怪獣?
| マンガについての考えごと | 21:21 | - | - | permalink |
1/381PAGES | >> |
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES